1412話
洞窟の中でレイが襲いかかった相手は、当然のようにそれ程強い訳でもなく、現在は意識を失って地面に寝転がっていた。
もっとも、強くないというのはあくまでも攻撃した側がレイだからであって、敵地に等しい……それも多種多様なモンスターが存在している辺境に潜入して行動していたのだから、一般的に見れば十分に強い部類に入るのだろうが。
ともあれ、そんな意識を失った者達を一瞥すると、レイは改めて洞窟の中を見回す。
そこには、木材や石材、金属のインゴットの類もあり、見るからにかなりの量があると分かる。
(そう言えば、潜入した時にも洞窟の中がもう一杯だとかなんとか言ってたな。ってことは、こいつらが襲ったのは今日の件が初めてじゃないのか?)
今日襲われた商人が、かなりの量の資材を運んでいるというのはレイも聞いていた。
だが、それでもこの資材の量はちょっと多すぎるように感じられたのだ。
勿論、実際にはこれだけの量の資材を運んでいたという可能性も捨てきれないのだが。
「ま、ともあれ……この資材を全部没収するのは間違いないんだけどな」
呟き、洞窟の中にあった資材を次々にミスティリングの中に収納していく。
触れるだけで収納出来るとはいえ、量が量だ。
結局資材全てをミスティリングに収納するのに十分程の時間が掛かる。
「ん!」
そうして最後の石材をミスティリングに入れたところで、洞窟の入り口からそんな声が聞こえてきた。
それが誰の声なのかは、一緒にパーティを組んでいるレイには考えるまでもなく分かった。
「ビューネ、こっちに来たってことは、もう外は片付いたのか?」
「ん」
頷くビューネの姿を見て、レイもそうだろうなと頷く。
そもそも、レイ達のパーティ紅蓮の翼は、戦闘力に特化したと言ってもいいパーティだ。
実際に盗賊の筈のビューネまでもが、その年齢に見合わぬ戦闘力を持ってるのを考えれば、誰にも否定は出来ないだろう。
ヴィヘラは戦闘狂だし、レイとセトの存在も加われば、戦闘力特化と思われるのは当然だった。
実際にはセトの鋭い五感や、マリーナの知識や精霊魔法といったように戦闘力以外にも秀でている能力は多数あるのだが。
……それでも戦闘力が突出して高いのが事実である以上、そのように見られてしまうのだろう。
「そうか、じゃあ行くか。……いや、その前に意識が戻っても逃げられないように縛っておくか。 ……けど、こいつらをどうやって連れていくのかが問題だよな」
「ん?」
ミスティリングから取り出したロープで、地面に倒れている男達の手足を縛っていく。
そう簡単に縄抜け出来ない特殊な縛り方だが、それはあくまでも一般的な意味でのことだ。
それこそ、この男達が特殊部隊のような存在であれば、この縛り方でもあっさりと……という訳にはいかないだろうが、逃げ出す可能性は十分にあった。
(マジックアイテムで何か相手を拘束するような奴を作って貰うか? ……けど、錬金術師は今、猫の手も借りたいくらいに忙しいらしいしな)
その最大の原因は、言うまでもなくトレントの森から伐採してきた木だ。
ギガント・タートルを倒す前までにもそれなりの数を伐採しており、ギガント・タートルを倒してからはそれこそ毎日大量に伐採している。
レイの主な仕事の中には、トレントの森で伐採した木を運ぶというのがあるのを考えれば、どれくらいの量を運んでいるのかが分かるだろう。
……もっとも、ミスティリングがある以上、普通に伐採した木を運ぶよりもレイに頼んだ方が早いのだから、そこまでの量ではなくてもレイが頼まれた可能性は高いのだが。
ともあれ、その木はそのままではそこまで特別な木ではない。
だが、錬金術で手を加えることにより、ある程度の魔法防御力を持たせることが出来るのだ。
そして錬金術で手を加える以上、そこに錬金術師は幾らでも必要となる。
結果として、ギルムの錬金術師は大忙しになってしまった。
勿論他の街や村から錬金術師を呼ぶという手段もあるのだが、トレントの森から採れる木材は、ギルムを増築する上で重大な鍵となる存在だ。
それだけに、出来れば他の街や村の錬金術師には詳細を知らせたくないという、ギルム上層部の考えがあった。
実際、ギルムの錬金術師の中でも行動が怪しい……他の街や村、もしくは都市と深い関係にあると思われる錬金術師は、今回の件に関わっていない。
それが余計に仕事を任されている錬金術師が忙しくなっている理由なのだが。
「ん!」
洞窟の中で意識を失っていた男達全員を縛って逃げられなくしてから、ビューネに急かされるようにして洞窟の外に出る。
そうして洞窟の周辺を見ると、そこではこのアジトにいた男達全員が意識を失って倒れている。
これだけの人数を相手に、一人も殺すことなく無力化する。
それだけで、レイ達がどれだけの実力を持っているのかが明らかだろう。
「あ、レイ。洞窟の中はどうだった?」
洞窟から出て来たレイを見て、ヴィヘラは笑みを浮かべてそう尋ねる。
少し離れた場所に隊長と呼ばれていた男が倒れているのを見て、レイはヴィヘラが機嫌のいい様子から、隊長との戦いが満足出来るものだっただろうと安堵する。
(それに、生きてるし)
ヴィヘラのスキル、浸魔掌は今では身体の内部を爆発させるという効果を持つのだ。
だが、それは相手を殺すという意味では非常に頼りになるスキルなのだが、生かして捕らえるという点では決して向いているスキルではない。
だからこそ、もしかしたら隊長は死んでしまっているのではないかと……微かな不安を感じていたレイだったが、幸いにも隊長は身体のどこも爆発しておらず、意識を失っているだけのように見えた。
そんなレイの視線で、何を考えているのかを理解したのだろう。ヴィヘラは浮かべていた笑みを少しだけ不満そうにして口を開く。
「何よ、もしかしたら殺したとでも思ったの?」
「あー……いや。別にそんな訳じゃない。ただ、ヴィヘラが満足出来る戦いが出来て良かったなと思ってな」
「そうね。レイが心配してるように浸魔掌とかは使わなかったし、手甲の爪や足甲の刃の類も使っていない、本当に素の状態での戦いだったわ」
その言葉で何故隊長が無事なのかを理解したレイだったが、ともあれヴィヘラが満足そうにしてるのであればこれ以上突っ込んで不機嫌にする必要もないかと、話を変える。
「それで、これからどうするかだけど……こいつらを連れてギルムまで戻るのに、少し時間が掛かりそうだとは思わないか?」
「……そうね。自分が捕らえられたんだと知れば、当然のように何とか脱出しようとするでしょうし」
周囲に生き残り――誰も死んではいないが――がいないかどうかを確認してきたマリーナが、そうレイとヴィヘラの話に割り込んでくる。
「グルルルルゥ!」
そしてマリーナの側には、セトの姿もあった。
「あれ? セトを呼んだのか?」
「ええ。敵が誰も逃げ出さなかったみたいだし、それならセトを上空で待機させておく必要もないでしょ?」
「……まだ倒した敵がこれで全員とは限らないと思うんだが」
もしかしたらどこかに隠れて隙を窺っている相手がいるのでは? と、そう告げるレイに対して、マリーナは自信に満ちた笑みを、それでいて男であれ女であれ思わず蕩けさせてしまうような笑みを浮かべながら口を開く。
「精霊魔法から逃げられる相手がいれば、まだ潜んでいる相手がいるかもしれないわね」
「あー……うん。なるほど。分かった。……相変わらず精霊魔法って出鱈目だな」
「そう? でも、適性がある人は人間だとかなり少ないし、思い通りに精霊に動いて貰うのも難しいのよ?」
「俺達の前で散々使いこなしているマリーナが言っても、説得力がな……」
精霊魔法を使いこなすマリーナの技術は、それこそレイが知っている限りでは最高峰のものだ。
以前ベスティア帝国で水の精霊に竜の形を作らせて戦うという戦闘方法を持つエルフの精霊使いと遭遇したことがあったが、精霊を自由に使いこなすという意味では明らかにマリーナの方が上に思える。
(それにマリーナの場合、やろうと思えばあの水竜よりも巨大な存在を精霊で作ったり出来そうなんだよな)
しみじみとそう思うレイだったが、そんなレイの様子にマリーナは小首を傾げる。
「どうしたの? 何かあった?」
「……いや、何でもない。とにかく、ここにいた連中は間違いなく全員倒した。そういうことでいいんだな?」
「ええ」
「そうね」
「ん!」
「グルゥ!」
三人と一匹が、それぞれレイの言葉にそう返事をする。
それを聞いたレイは、それなら……と、ミスティリングでロープを取り出す。
「結局ギルムに連れていくまでは、ロープで繋ぐのが一番無難だよな。……意識を失ってる間にとっとと縛るか。全員それぞれ散らばって、一気に片付けてしまおう。セトは、意識を取り戻した奴がいないかどうかの確認を頼む」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
先程まではただ林の上で飛んでいるだけだった。
敵が逃げ出さないように注意しておくという重要な仕事だというのは分かっていた。
だがそれでも、やはり何もしてないまま空を飛んでいるというのはセトにとって退屈だったのだ。
ましてや、林の中に何匹かモンスターの姿を見かけても、見張りである以上はそれを倒すようなことが出来る筈もない。
それだけに、目の前で倒れている者達の意識が戻ったかどうかを確認するというのは、セトにとってはやり甲斐のある仕事といえた。
特に聴覚や嗅覚、視覚といったような感覚器が優れているセトにとって、それこそ気を失った振りをしている者、もう少しで意識が戻りそうな者といった者達を見抜くのは得意なところだ。
「じゃあ、行動開始だ」
その言葉と共に、紅蓮の翼の面々はそれぞれにレイがミスティリングから取り出したロープを手に散っていく。
レイもまた、少し離れた場所で意識を失っている男に向かう。
そうして先程洞窟の中で縛った男のように縛っていくと……
「そう言えば、レイ。洞窟の中にあった資材はもう回収したのよね?」
少し離れた場所で意識を失った男の手を縛っていたマリーナが、そう尋ねてくる。
「ああ、そっちはもう大丈夫だ。全部俺のミスティリングの中に入ってるから、最低限の依頼は完全に達成出来る。……で、残りはこいつらを連れていけばそれで依頼を最高評価で終わらせられるな」
「……ま、そうでしょうね。それが最高評価かどうかはまだはっきりとは分からないけど」
「うん? それはどういう意味だ?」
「依頼に関しては、冒険者が知らないところでも色々とあるのよ。まぁ、そういう意味だと、今回の件は最高の評価かどうかはともかくとして、かなり評価が高いのは間違いないと思うわ」
元ギルドマスターだけに、レイの知らないことをマリーナは色々と知っているのだろう。
だが、それを敢えてレイに対して何も言わないということは、それはレイが知らなくてもいいことなのだ。
そう判断し、レイはそれ以上は特に突っ込んで説明を求めたりはせずに男の手を縛っていく。
尚、洞窟の中で縛った男達のように足を縛らないのは、これからギルムまで戻る為だ。
その際に足を縛っていれば、それこそ歩く速度が非常に遅くなってしまう。
出来るだけ早くギルムに戻ろうとしているのに、そのようなことは絶対に避けたかった。
「それにしても……改めて、この男達は何者なんだろうな? とてもじゃないが、ただの盗賊には思えない。まぁ、任務云々って言ってた時点で盗賊の類じゃないのは確実だけど」
「そうね。けど、その辺りの事情もこの連中をギルムまで連行すれば判明するでしょう。……ダスカーは基本的には公明正大だけど、だからと言って拷問の類をしないという訳じゃないわ」
元騎士であり、性格も豪放磊落と呼ぶに相応しいダスカーだったが、それでも領主という立場にある以上、尋問も拷問も躊躇うようなことはない。
自分の領地を守る為に情報を集めることを躊躇うことはない。
特にこの男達は、明確にギルムの増築を妨害する為に行動していたのだ。
であれば、ギルムの領主としては手段を選んではおけないだろう。
ダスカーの立場は、ダスカーだけのものではない。
ギルムという街にいる者達、ラルクス辺境伯家に仕えている者達……そして三大派閥の一つ、中立派の中心人物として、多くの者の生活が懸かっているのだ。
その為に出来ることがあるのなら、それを躊躇う必要はない。
「こいつらも、ギルムにちょっかいを出すなんて妙な真似をしなければ良かったのにな」
意識が戻りつつある男達を見ながら、レイは若干の哀れみを込めてそう呟くのだった。