1403話
虹の軍勢も更新しています。
馬車から降りてきた騎士が友好的な雰囲気だった為、レイを含めて他の冒険者達もその騎士を前にして安堵の息を吐く。
「援軍に来たのは、やっぱり戻った連中からか?」
「そうなるな。本来なら真夜中にギルムにやってきても正門は閉められているんだが、今回のトレントの森の件は知らされていたから、すぐに対処された。それこそすぐにでもな」
「……それで今ここに来たんなら、何だかんだと俺達も結構長時間ギガント・タートルと戦っていたんだな」
「ギガント・タートル?」
レイの言葉に、騎士は不思議そうに尋ね返す。
そんな騎士の姿に、レイはそう言えば……と思い出し、口を開く。
「分かってると思うけど、あの巨大な亀のモンスターのことだよ。いつまでも巨大な亀ってのだと、色々とやりにくいだろうから、適当に俺が名前を付けた。別に正式名称って訳じゃなくて、この場限りの名前だけどな」
「ああ、なるほど。……まぁ、それは別にいい。それで、このギガント・タートルだが……どうするんだ?」
「取りあえずこの大きさだと、死体のまま放っておけば間違いなく腐るだろうから、俺が収容しておくよ」
そう言われ、騎士も納得したように頷く。
レイがアイテムボックスを持っているというのは、当然のように騎士も知っているので、それに関しては何も異論はなかった。
いや、寧ろこのままここにギガント・タートルの死体を置いておけば、腐って最悪腐臭がギルムまで届きかねない。
それでなくても、街道までは確実に届くだろう。
また、ギガント・タートルの肉を求めてモンスターが集まってくるということも考えられる。
そう考えれば、レイがこのモンスターの死体をどうにかしてくれるというのは、騎士としてはありがたい。
……勿論、これだけのモンスターの素材だ。騎士にも興味があるし、売ったりするにもギルムで相当の騒ぎになるのは間違いないが。
「分かった。なら、取りあえずこの問題は片付いたと思っていいんだな?」
「ああ。ただ、トレントの森がこれからどうなるのかは分からない。明日以降もゆっくりと見る必要があると思う」
「その辺りは先に何人か戻らせて報告させて貰う」
騎士との短いやり取りを終えたレイは、改めてギガント・タートルに視線を向ける。
そこでは、馬車に乗って援軍としてやって来た者達も、間近でギガント・タートルの巨体を見て驚きの声を上げている光景がある。
「うん?」
そんなやり取りを見ていたレイは、ふと疑問に思う。
「どうしたの?」
そして、近くでレイと騎士のやり取りを見ていたヴィヘラが視線を向けて尋ねてくるが、レイはギガント・タートルの方に視線を向けたまま、それに答える。
「なぁ、最初にトレントの森から出て来たモンスターとかは、ギガント・タートルが出て来た時に黒い塵になって消えていったんだったよな?」
「……そう聞いてるわね」
レイが何を言いたいのか分かったのだろう。ヴィヘラも、ギガント・タートルの死体をじっと見つめる。
トレントを始めとしたモンスターと、ギガント・タートル。
姿形は大きく違うが、それでもどちらもトレントの森から生み出されたモンスターであるというのは間違いない筈だった。
にも関わらず、レイ達の視線の先にあるギガント・タートルは消えもせず、そのまま死体となって残っている。
「どう思う?」
「……さぁ? でも取りあえず、なるべく早い内に収納しておいた方がいいじゃない? アイテムボックス……ミスティリングだっけ? その中にあれば、消えなくても済むかもしれないし、肉も新鮮なままになるんじゃない?」
「血抜きの問題とか、その辺はちょっと気になるんだけどな。しょうがないか。じゃあ、事情の説明は任せた」
ヴィヘラに騎士との話し合いを任せると、レイはそのままセトと共にギガント・タートルに向かって歩き出す。
「え? あ、おい、ちょっと、レイ!」
そんなレイの背中に、騎士は声を掛ける。
何故なら、出来ればレイと話をしたかったからだ。
それは別に騎士の性癖云々という問題ではなく、騎士にとってヴィヘラやマリーナの格好は刺激が強いというのが大きい。
普段から女慣れしていない騎士にとって、胸元が大きく開いたパーティドレスを身に纏っているマリーナや……ましてや、踊り子や娼婦のような薄衣を身に纏っているヴィヘラは、目に毒でしかない。
もっとも、今が朝方に近いというのはまだ救いだったのだろう。
もし今が昼間で、ヴィヘラの姿を正面から見ようものなら、色々な意味で致命的な衝撃になりかねないのだから。
背後から聞こえてくるそんな声は無視しながら、レイはギガント・タートルの死体に近づいていく。
そんなレイ達は当然目立ち、ギガント・タートルを近くで見ていた者達が場所を空ける。
「悪いな」
短く告げ、そのままレイはギガント・タートルの死体に……足の部分に触れ、次の瞬間その巨体は姿を消す。
小山の如き大きさを持つ巨体が一瞬にして消えたのだから、驚くのは当然だろう。
ただひたすらに驚愕の声を上げる周囲の冒険者達をそのままに、レイは次はセトに乗って切断した頭部のある方に向かう。
何気にそれなりの距離があるので、セトの背に乗ったのだろう。
そちらの頭部にも、数人の冒険者達が物珍しそうに集まっていたのだが……セトが近付けば、当然のように場所を空ける。
そうしてギガント・タートルの身体と斬り飛ばされた頭部をミスティリングに収納したレイは、騎士の下に再び向かう。
……尚、当然戦いの中で周囲に飛び散ったギガント・タートルの肉片の類もあったのだが、そこまでは集めようという気にはならなかった。
「今回の戦いに参加していた人達はこっちに集まって。報酬の分配についての話があるから」
マリーナが先程レイに言っていたように、素材についての話をする為に呼び掛けているのを見ながら、レイは改めてトレントの森を一瞥する。
トレントの森の化身と言うべきギガント・タートルは倒した。
だが、木の根の人形を見る限り、化身というのは端末に等しいのではないか。
勿論木の根の人形のような弱い相手であれば幾らでも作れるのに対し、このギガント・タートルのように強力な存在をそう簡単に作れる筈もないとは、思うのだが……
(それでも、このトレントの森は色々な意味でまだ未知の要素が多い。警戒はしておいた方がいいだろうな)
その辺りは、明日……いや、今日にでもギルドマスターのワーカーに話を通しておいた方がいいだろう。
そう考え、再び騎士の方に向かう。
「いや、あの……その、ですね」
そうして戻ってきてみると、案の定と言うべきか……騎士がヴィヘラを相手に、しどろもどろしながら言葉を続けている。
「何をやってるんだよ」
つい先程まで自分が真剣に考えていたのが馬鹿みたいに思えたレイは、溜息を吐きながら呆れたようにそう告げた。
そんなレイを見て、騎士が助かったと明るい表情を浮かべる。
勿論この騎士も女嫌いという訳ではないし、男を好きという訳でもない。
ただ、単純に女慣れをしていないだけなのだが、それだけにヴィヘラの相手は大変だったのだろう。
そんな騎士の様子を見ながら、ヴィヘラは笑みを浮かべて口を開く。
「取りあえず大体のところは説明しておいたわ。……覚えているのかどうかは、分からないけど」
ヴィヘラに視線を向けられた騎士は、少しだけ落ち着いていた頬の紅潮を再び発揮する。
「ああ、分かった。後は俺が話すから、ヴィヘラは……ビューネとでも話しててくれ」
いつの間に戻ってきたのか、ビューネがヴィヘラの側に姿を現していたのを見て、レイはそう告げる。
「そうね。……じゃあ、少し話しましょうか」
「ん!」
ビューネはヴィヘラに対していつものように短く一言だけ告げると、そのまま二人揃って少し離れていく。
レイ達にあまり聞かせたくない女の話をする……というのもあるが、それとは逆に自分達がいては話しにくい内容の話をするかもしれないと配慮したのだろう。
(いや、ヴィヘラがいては冷静に喋ることが出来ないからとか、そんな可能性も否定出来ないけど)
ヴィヘラが離れたことにより、ようやく落ち着いてきた様子の騎士を見ながら、レイは半ば冗談でそう思う。
……もっとも、半ば冗談ということは半ば本気ということでもあるのだが。
ともあれ、ヴィヘラが離れたことによりまともになった騎士を見て、レイは尋ねる。
「それで、話は聞いたのか? ……もしかして、ヴィヘラの姿に目を奪われて何も覚えてませんとか、そんな馬鹿なことは言わないよな?」
「当然だ。……何とか覚えてる」
そう告げる騎士だったが、女慣れしていない性格にヴィヘラの美貌と肢体は色々な意味で強烈だったのだろう。
寧ろ、今が日中であれば半ば開き直ることも出来たかもしれないが。
「そうか。なら……これからどうすればいい? 正直なところ、まさか今日いきなりトレントの森の本性というか、本体というか、真実の姿というか……ともあれ、そんな相手と戦うようなことになるとは思ってなかったからな。完全に予想外だった」
本体と自分で口にしながら一瞬疑問を抱いたのだが、ともあれ今はそういうことにしておいた方がいいだろうと判断する。
「そうだな、まずはダスカー様に報告する必要があると思う。レイの方もギルドの方に知らせる必要があるだろ?」
騎士の言葉に、レイはセトの身体を撫でながら頷く。
レイが口にしたように、今回の件は本来ならここまで本格的な戦いになる予定ではなかった。
だが、奇襲を受けてその流れにより、最終的には今のような状況となってしまったのだ。
「ああ。色々と予定外の結果だったしな。……ただ、予定外ではあったけど最善の結果だとは思う」
「それは俺も同意するよ。……にしても、あの巨大な亀のモンスターを相手に、よく誰も死人を出さずにすんだな」
怪我をしている者はそれなりの数がおり、援軍として駆け付けた冒険者に治療を受けている者も多い。
だが、致命傷と表現出来るような怪我をしている者はおらず、もっとも重傷な怪我でも手足の骨が折られたくらいだ。
「幸い……という言い方はどうかと思うけど、敵は空を飛んでる俺とセトだけを狙ってきたからな。まぁ、そう仕向けるために思い切り強さを見せつけたし、向こうにとっては絶対に俺を逃がす訳にはいかなかったんだろうしな」
レイの言葉に、騎士は少しだけ不思議そうな表情を浮かべる。
そんな騎士に、レイは木の根の人形のことを話す。
勿論イメージ言語やそれ以外にも分かっている様々なことではなく、あくまでも木の根の人形という化身がいたことをだ。
その化身を魔法で焼いたのが向こうの怒りに火を点け、焦燥感を抱いたのだろうと。
「あー……トレントの森で、木だもんな。そりゃあ火に対する嫌悪感は強いか」
もしこの騎士がトレントの森で伐採された木の使い道を知っていれば……より正確にはギルムの増築について知っていれば、魔法防御が強いのでは? という疑問を抱いたことだろう。
だが、残念ながらこの騎士はあくまでも一般の騎士であって、騎士団の上層部に位置する訳ではない。
もっとも、ギルムの増築に使えるだけの魔法防御と、炎の魔法に特化しているレイの魔法の威力では、多少の魔法防御はあってなきが如しといったところなのだが。
「そんな訳で、向こうは最初から最後までずっと俺を狙ってた。おかげで、他の冒険者達に死人は出なかった訳だ。……まぁ、だからって手放しで喜べるかと言われれば、そうでもないんだが」
骨折をした冒険者は、治療をされたからといって、明日にでもすぐに動けるという訳ではない。
回復魔法の類を使えば話は別だが、この場に回復魔法の使い手は存在しなかった。
(まぁ、ギルムに戻ってから診療所に行って回復魔法を掛けて貰えばいいんだろうけど)
レイが支払う金額はまだ詳細なところは決まっていないが、それでも金貨数枚は確実だ。
骨折を治しても、まだある程度の余裕がある金額だった。
「レイ」
そんな風に考えていたレイだったが、ふと自分を呼ぶ声で我に返る。
声の聞こえてきた方に視線を向けると、そこにはマリーナの姿があった。
……先程までレイと話していた騎士は、ヴィヘラの近くにいた時程ではないにしろ、薄らと頬を赤く染める。
レイは騎士の様子を一瞥した後、特に気にした様子もなくマリーナに返事をする。
「どうした?」
「取りあえず話は纏まったわ。全員が多少の肉と金貨四枚で手を打ってくれるそうよ」
「そうか」
レイが予想していたよりは若干金貨の枚数が多かったが、レイは元々金に困ってはない。
ギガント・タートルと戦うのに命を懸けたと思えば、許容範囲内だった。