表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1401/3865

1401話

「グラアアアァァァアッ!」


 ウォーターブレスを吐く首が、口を開けてセトを食い千切らんと迫ってくる。

 体長三m程のセトだったが、そんなセトですら一呑みに出来る程の巨大さを持つギガント・タートル。

 だが、今その顔には幾つもの傷が付き、鋭い牙は数本が切断されるという状態になり、顔中から血を流していた。


「ちっ、いい加減しつこいっての! セト!」

「グルルルルゥッ!」


 レイの言葉にセトが翼を羽ばたかせてギガント・タートルの攻撃を回避しながら鳴き声を上げ、同時に周囲には風の矢が幾つも生み出される。

 そうして放たれるウィンドアロー。

 勿論、その威力はギガント・タートルに致命傷を与えられるような強力なものではない。

 それこそ、少し痛いといった程度の代物だろう。

 人間であれば、戦闘中の興奮で痛みを感じないような代物。

 だが、それでも放たれた風の矢は、顔に狙いを付けたこともあってギガント・タートルが嫌がり、微かに噛み付きの勢いが衰える。

 それは本当に微かなものだったが、それでもセトが攻撃を完全に回避するには十分であり、何より……


「そう同じ行動ばかりじゃなぁっ!」

「グギャアアアアアアアアアアアァ!」


 デスサイズの一撃で右目を斬り裂かれ、ギガント・タートルの口からは悲鳴が響き渡る。


「っと、セト!」


 その悲鳴に反応するように、背後から迫ってきた尾の一撃ともう一つの口から放たれたウィンドブレスの一撃をセトは回避する。

 線の攻撃である尾と、点の攻撃であるウィンドブレス。

 その二つの合間を縫うように移動するのは、セトだからこそ可能なことだろう。

 その辺に幾らでもいる空を飛べるだけのモンスターであれば、その両方を回避するのは難しかった筈だ。


「はああぁぁあっ!」


 ウィンドブレスを回避しながら、レイは黄昏の槍を投擲する。

 片目を潰されたウォーターブレスを吐く方の頭は、次の瞬間には岩の槍を吐き出していた顔と同様に、頭部の半ば程を粉砕されて地面に崩れ落ちる。

 これで、三つあった頭部のうち二つが地面に落ちていることになる。

 ギガント・タートルがどのような生態なのか……そもそもトレントの森の化身である以上モンスターなのかどうかも分からないが、それでも三つある頭のうち二つが地面に崩れ落ちているのだから、動きに影響が出てくるのは間違いがなかった。


「そっちの尻尾も、いい加減邪魔だよ!」


 頭部をまた一つ破壊された復讐なのか、再び背後から襲い掛かって来た尻尾。

 巨大なモーニングスターと呼ぶべきその一撃だったが、それ単体では既にレイに……より正確には相手の攻撃に慣れ始めたセトに当たる筈もない。

 あっさりとセトは尾の一撃を回避し、レイは尾の先端ではなく、その途中の部分。鞭のようにしなやかになっている部分をデスサイズで一閃する。

 炎帝の紅鎧を使用している影響もあるのだろうが、全く何の躊躇いもなく……それこそ一切の抵抗を感じることもないままに尾は切断され、先端の部分があらぬ方へと向かって飛んでいく。


「グルルルアアララララララアアッ!」


 頭部を砕かれ、尾を切断され……ギガント・タートルにとって、現状は非常に厄介なままだった。

 これだけ切断されつつ、それでいてまだ致命傷と呼べる程には傷ついていない。

 だがそれでも、頭部二つが地面に崩れ落ちている以上、動きにくいのは間違いない。

 そして目の前を飛んでいる、自分よりも圧倒的に小さい存在は、それでいながら自分を傷つけ、殺すだけの力を持っているのは確実なのだ。

 トレントの森を広げるという行為をする為には、絶対にどうにかしなければならない。

 本能的にそう考え、本来であれば逃げ出してもおかしくないだけのダメージを負いながらも、ギガント・タートルは全く逃げる様子を見せず……レイに向かって更に攻撃を行う。

 再度吐き出されたウィンドブレスだが、既に他の二つの頭や強力な一撃を与える尾も切断されている以上、現状ではレイとセトをどうにか出来る筈もない。

 もしレイとセトが空を飛ぶのではなく地上で戦っているのであれば、それこそ六本の足を使って踏みつける……といった攻撃方法も使えただろう。

 だが、残念ながらレイとセトは空を飛んでいる。

 今の状況でギガント・タートルが出来る攻撃方法はそう多くはない。


(もっとも、このまま何事もなく倒されてくれるような相手じゃないだろうけどな)


 向こうの動きを警戒しつつ、黄昏の槍の一撃を放って最後の頭を潰そうとし……ふと、視界の端で何かが動いた存在を確認して咄嗟に叫ぶ。


「セト!」

「グルルルルゥ!」


 レイの呼び掛けに、セトは即座に答える。

 レイよりも五感が鋭いセトだ。

 当然ながら、レイが感じた動きはセトも感じることが出来ていたのだろう。

 即座に翼を羽ばたかせて、その場から移動する。

 そしてセトが移動してから数秒後……セトのいた空間を一本の木が通りすぎていった。


「は? 木!?」


 セトの背の上で周囲の様子を警戒していたレイは、一本の木が自分達のいた場所を貫いていったのを見て、唖然とした声を上げる。

 驚きのままギガント・タートルの背を見ると、そこでは数本の木が幹の半ばから折れている光景が見えた。

 それをやったのが誰なのかというのは、考えるまでもない。

 そもそも、内部から相手の体内を爆発させるような真似が出来るような者は限られているからだ。

 だが、今の木が飛んできたのはそんなのとは全く関係のないことだ。

 内部から爆発しても、セトが飛んでいる高度まで届くというのは考えられない。

 そもそも、浸魔掌は皮膚や甲殻、鎧……そのようなものに関係なく内部に衝撃を通すスキルだ。

 今でこそアンブリスと融合、もしくは吸収した影響によりその効果は高まり、相手の体内で爆発を起こすスキルに変わっているが、それでもセトのいる高さまで吹き飛ばすような威力はない。

 体内で生み出された爆発は、その内部を破壊することに使われるのだから。

 つまり、今の木……正確にはトレントがここまで飛んできたのは、ヴィヘラの仕業ではない。

 では、誰の仕業なのか。

 そう考えれば、もう残っているのは一人……いや、一匹しかいないだろう。


(けど、何で今更? もっと前に……それこそ、まだ他の頭があった時に攻撃していれば、こっちも防ぐのに苦労した筈だけど)


 それでも命中すると言わない辺り、レイが無意識に自信を抱いている証なのだろう。

 だが、その答えはトレントが飛んできた方向……ギガント・タートルの甲羅を見て、すぐに分かった。

 トレントが生えていたと思われる場所には、何もない。

 それこそ、甲羅も、トレントの根もなかったのだ。

 ……代わりに、トレントが生えていたと思しき部分からは赤黒い液体が流れている。

 それを見れば、ギガント・タートルが何故今までこの攻撃をしてこなかったのかは明らかだった。

 それは、文字通りの意味で自分の身体の一部を切り取って……いや、千切って相手に投げるといった攻撃手段。

 だとすれば、出来るだけそのような手段を使いたくないと考えても当然だろう。

 だが、それも余裕があればの話だろう。

 自分の頭二つが破壊され、尾も切断され……空を飛んでいる以上、巨体を使った踏みつけといった攻撃も可能ではない。

 そう考えれば、残る攻撃手段はそう多くなく……そうして実際の意味で身を切る攻撃を行ったのだろう。


(俺で考えれば、指を自分で噛み切って、投げる……ようなものか?)


 ふとそんなことが脳裏を過ぎったが、今はそれどころではない。

 数に限りはあっても、こうしてトレントを飛ばすという手段を向こうが行える以上、そちらを警戒する必要があった。

 ともあれ、向こうがそこまでの覚悟を決めて自分を攻撃してきている以上、レイもここで手を抜くような真似をする訳にはいかない。


「セト、一旦上空まで移動してくれ。あの甲羅のトレントが飛んできても大丈夫なように」

「グルルルゥ?」


 レイの意図が読めなかったのか、一瞬不思議そうに喉を鳴らすセト。

 だが、次の瞬間には空に向かって……夜空に輝く月に向かって翼を羽ばたかせる。

 そんなセトに向かって、追撃するようにギガント・タートルは唯一残った頭からウィンドブレスを吐き出すが、一直線にしか飛ばないブレスはセトにとっては寧ろ回避しやすい攻撃でしかない。

 踊るように空中を左右に動きながら、セトはより高い空に向かって飛んでいく。

 そうして高度百五十m程の場所まで来ると、レイはセトの背を軽く撫でてから……次の瞬間、乗っていたセトの背から飛び降りる。


「グルゥ!?」

「俺は大丈夫だ。スレイプニルの靴もあるしな。それよりセトも、俺に続いて攻撃してくれ」


 落下しながら叫ぶレイ。

 そんなレイを見て、ギガント・タートルは絶好の機会だと判断したのだろう。大きく口を開く。

 空を飛ぶ手段を持っていないレイであれば、ウィンドブレスで吹き飛ばし、より高い位置から地面に叩きつけてやろうと。

 そう考えたのだ。

 それは、決して間違っている選択肢ではない。

 ただ、相手がレイでなければの話だが。

 普通であれば高い位置から落下し、更に真下には牙を剥き出しにしているギガント・タートルの姿を見れば恐怖するだろう。

 だが、レイはそんなギガント・タートルの姿を見て、口元に笑みすら浮かべていた。

 そうして落下しながら左手に持った黄昏の槍に魔力を込め……次の瞬間、投擲する。

 落下しながらの一撃だけに、とても万全の一撃とは呼べないだろう。

 だが、炎帝の紅鎧を展開している状態での一撃だ。

 当然普通に攻撃を放つよりも数段威力と速度は増していた。

 まさに光の稲妻と表現するのが相応しいだろう一撃。

 そのまま真っ直ぐ一直線に空気を斬り裂きながら落下していった黄昏の槍は、次の瞬間にはギガント・タートルの口を貫き、喉を貫き、肉を砕き、皮膚を破り……そのまま口を貫通して、喉の中程辺りから外側に出る。


「グララアァアッ!?」


 喉を貫かれたにも関わらず、ギガント・タートルは驚きと苦痛の混じった声を上げる。

 だが、レイは黄昏の槍を放ったまま、デスサイズを構え……そのまま落下した速度を活かしてギガント・タートルの首に刃を入れ……次の瞬間、三つある頭の内、唯一無事だった最後の首が綺麗に切断され、斬り飛ばされる。

 喉を貫かれた瞬間、ギガント・タートルは本能的にか次の一撃を回避しようとした。

 しかし……その動きは数秒遅れてしまったのだ。

 その理由は、地上で戦っていたレイ以外の冒険者達。

 これだけの体躯を持つモンスターを相手に、まともに攻撃しても殆ど効果はないと理解していながら……それでも尚、攻撃を続けていた効果が、ここに来て出たのだ。

 おかげでギガント・タートルは、レイの攻撃を全く回避することが出来ずまともにくらって頭部を切断されてしまった。


「っと!」


 ギガント・タートルの首を切断したのはいいものの、落下した速度そのままに地上に向けて墜落しそうになったレイは、スレイプニルの靴を発動させて何度か空中で着地して速度を殺しながら地面に着地する。

 そうして上を見たレイが見たのは、追撃として頭部がなくなったギガント・タートルの首に向かって前足の一撃を振り下ろすセトの姿だった。

 上空から真っ直ぐ、翼を羽ばたきさえして速度を上げ、グリフォン特有の高い身体能力に、剛力の腕輪というマジックアイテムの効果とパワークラッシュというスキルの効果が組み合わさった一撃。

 その一撃は、小山の如き体躯を持つギガント・タートルに向けて多大な一撃を与える。

 同時に冒険者達の攻撃により足の一本を痛めつけ、体重を支えることが出来ない程度の傷を与えていたこともあり……その一撃で、ギガント・タートルは完全に地面に崩れ落ちる。

 最初、それを見ても冒険者達は自分達の勝利だとは思えなかった。

 そもそも、これだけ巨大なモンスターと戦った経験のある者など殆どおらず、それだけ現在地面に崩れ落ちているギガント・タートルが本当に死んでいるのかどうかの確証がなかったのだ。

 だが、レイとセトの攻撃で地面に崩れ落ちたギガント・タートルは、一歩も動かない。

 それどころか、首や身体、先端を切断された尾、そして冒険者達が攻撃していた足から流れる血が地面に流れているのを見て、誰もが黙り込む。

 そんな中、ギガント・タートルの背中から生えていたトレントと戦っていたヴィヘラが姿を現す。

 少しだけ不満そうな表情を浮かべているのは、トレントとの戦いそのものは楽しかったにも関わらず、ギガント・タートルが死んだのと同時に全てのトレントが攻撃を止めたことだろう。

 思う存分戦えると思っていただけに、肩すかしを食らった気分だった。

 そんな少し不機嫌そうな様子のまま、周囲を見渡すと口を開く。


「何をしてるの? 勝ったんだから、喜びなさいよ」


 その言葉が周囲に広まるにつれ……


『う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 冒険者達の勝利の雄叫びが周囲に響き渡る。

 それは、レイとセト、それとマリーナ率いる遠距離部隊がこの場にやってくるまで、止むことなく続いていた。

 その中でも一際喜んでいたのは、やはり仲間の仇を討つことが出来たスレーシャだっただろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] スレーシャ、仇をうったって… ギガントタートルがこの森の本体なのかな? すると、森の拡大も止まってギルムの拡張政策も滞るんじゃ… まあ続きを見ればわかるかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ