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レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1393/3865

1393話

虹の軍勢も更新しています。

 トレントの森に生えている木は、基本的にある程度の距離がある。

 それこそ、体長三m程もあるセトが普通に歩き回れる程度には余裕のある間隔があった。

 だが……現在レイ達が進んでいる場所は、明らかに道と呼ぶに相応しい場所となっている。

 勿論、石畳が敷かれていたり、踏み固められて道となっているのではない。

 しかし、それでも歩く場所に草が生えておらず、森の中だというのに地面に……正確にはレイ達が歩いている場所には木の根が浮き上がっていたりもしない。

 レイ達が歩くのに邪魔にならないよう、しっかりと整えられていた。

 これを見て道ではないと言う者は、それこそかなりの捻くれ者と表現すべきだろう。

 そう思ってしまってもおかしくないだろう、そんな道。

 そこを、現在レイ達は進んでいた。

 これだけあからさまなのだから、何らかの罠がある可能性は既にレイの中ではなくなっていた。

 当然完全に油断している訳ではなく、何かあったら即座に反応出来るようにはしているのだが。


「こうもあからさまだと、疑うのが何だか馬鹿らしくなるわね」


 最後尾を歩いているヴィヘラが、どこか呆れたように呟く。

 その意見にはレイも賛成だった為に、道の左右に生えている木に視線を向けながら言葉を返す。


「大抵、こういう感じだと、あの木が実はトレントでしたとかなんだけどな」


 日本にいる時に見た漫画や小説、アニメ、ゲームといった代物だと、意味ありげに立っている場所にある石像とかは実はゴーレムだったよな……そんな風に思いながら、レイは周囲に生えている木を眺めていた。


「ふーん……じゃあ、ちょっと確かめてみる?」


 レイの言葉を聞いていたヴィヘラは、そう言いながら近くに生えている木に近付いていく。

 最初はきちんと隊列を組んでいたヴィヘラだったが、この道に入ってからは特に何も起きない為か、暇に思っていたのだろう。

 そうして木の幹に触れ、手甲から伸びている爪を使って少し削ってみたりもするのだが……そうしてみても、これといった何かが起きるようなことはない。


「あら、残念ね」


 言葉程には残念に思っている様子を見せないまま、ヴィヘラはレイ達の下に戻ってくる。


「あのな……一応ここは敵地なんだから、気をつけろよ?」


 ヴィヘラの腕は信頼しているので、一応といった具合にレイが声を掛ける。

 もし何かあっても、自分がすぐ助けに行く気はあったのだが、それでも今回のように何が起きるのか分からない状況で迂闊な行動は止めておいてほしかった。


(まぁ、ここは敵地云々より、寧ろ敵の腹の中といった方が正確なんだろうけど)


 トレントの森の何かがこの先にある可能性が高いとなると、ここは文字通りの意味で腹の中という考え方をすることも出来る。

 勿論それはヴィヘラもセトも分かってることだろうからと、わざわざ口に出したりはしないが。


「グルゥ」


 先を急ごうと喉を鳴らすセトに、レイとヴィヘラはここで話をしているよりも、とにかく前に進んだ方が色々とはっきりするだろうとお互いに頷くと再び進み始める。

 そうしてこの先にいるだろう何者かによって生み出された道を歩くこと、十分程。

 それだけの時間を歩き続け……


「ようやく出口が見えてきたわね」


 レイは、背後から聞こえてくる不満が混ざったヴィヘラの声に頷きを返す。

 勿論セトに乗って走れば、それこそ数分でここまで辿り着くことは出来ただろう。

 だが、あからさまに罠があると言わんばかりの光景に、そんな真似は危なくて出来なかった。

 それはレイだけではなく、ヴィヘラも感じていたのだろう。

 ……それだけ周囲の様子を警戒していたのに、結局出口までは特に何も罠らしきものがなかったのを考えれば、ヴィヘラが不満を感じても仕方がなかった。


(それに、俺達がこうやって歩いている間も、トレントの森の前では戦いが続いているんだろうし。……向こうで、被害はあまり出ていないといいけど)


 レイの脳裏を過ぎったのは、この依頼で知り合った冒険者達……ではなく、研究者達。

 錬金術師や魔法の研究者、学者……様々な研究者達の集まりではあったが、例外なく知的好奇心が強い者達ばかりだ。

 そもそも、そのような者達でなければこの調査にやってくることもなかったのだろうし、それは当然なのだろうが。

 だが、間近で戦闘が起こっているにも関わらず、戦闘より自分達の知的好奇心を優先させるというのは、研究者としては正しいのかもしれないが、それを護衛する冒険者達にとっては厄介以外のなにものでもない。

 自分達が護衛をしている中でも、研究者達はトレントの森についての仮説をそれぞれ話し合っているのだから。

 これが、トレントの森から離れた場所であれば、そこまで冒険者達にとっても負担はないのだろうが……実際には戦闘が行われているすぐ側でそのような真似をされていた。

 それこそ、冒険者達にとってはいい加減にしろと言いたくもなるだろう。

 そんな戦いは、今こうしてレイ達がこの道を歩いている間も続いているのだ。


(出来るだけ早く何とかしないとな)


 道の出口を見ながら、レイはそう思い……やがて、レイ達はようやく道の最奥に到着する。


「これは……」


 そこに広がっている光景を見て呟いたのは、当然のように最初にその光景を目にしたレイだった。

 かなり広い空間。

 それこそ、上空から見れば見逃しようがないだけの広さの空間がそこにはあった。

 地面には月明かりに照らし出される草が生えており、もし今が昼間であれば緑の絨毯と呼ぶのに相応しい光景をその目にすることが出来ただろう。

 そして太い木が、まるで柱のように広い空間を囲むようにして円状に何本も立っている。

 更に空間の中心部分には、木の根が組み合わさり、玉座のように見える物があり……その木の根の玉座には、これもまた木の根で作られた人の形をした者が……いや、物が座っている。


「ねぇ、あれ……何だと思う?」


 周囲の様子を見て驚いていたヴィヘラが、木の根で出来た玉座と人の形をした物を見ながら呟く。


「何だろうな。ただ……こうしてあからさまに俺達を待っていたように見えるのを考えると、トレントの森に関係しているのは間違いないと思うけど」


 じっと木の根で出来た相手を見ながら、レイが呟く。

 ここまであからさまに自分達を待ち構えていたのだから、向こうも意思疎通をするつもりがあるのだろう。

 そうは思うのだが、木の根で出来た人形を前にどうすればいいのか、レイは迷う。

 このまま話し掛けてもいいのか……それとも、一気に倒してしまってもいいのか。

 どうするか迷ったが、ここで迷っていては現在戦っている冒険者達に掛かる負担が多くなるだけだということで、取りあえず前に進みながら口を開く。


「俺の言葉が分かるか?」


 そう尋ねるも、木の根の人形からは何の反応も戻ってこない。

 これで、何か身動きでもすれば自分の言葉が聞こえているというのは分かるのだが、身じろぎすらしないとなると、レイもどう反応したらいいのか迷う。


「……もしかしてあの人形、実はモンスターとかそういうのでもなくて、本当にただの人形だったりしないだろうな?」

「誰があんな人形をここに作るのよ」


 ここまで来るのも、普通の冒険者であればかなりの難事なのは間違いない。

 ましてや、レイ達を出し抜いてここまで来てこのような光景を作り上げるというのは、ちょっとやそっとでは出来ないだろう。

 その上、この広い空間はレイ達が空にいる時は確実に存在しなかった代物だ。

 つまり、もし本当に誰かがこれを作ったというのであれば、レイ達が道を歩いてここまで来ている間に作ったことになる。


(しかも、あの道も作ったってことになるだろうし)


 レイは視線の先にいる相手を見ながら、それはまずないだろうと判断する。

 だとすれば、間違いなく目の前に広がっている光景は何らかの意味がある筈だった。

 それでも……意味があるとしても、レイが声を掛けても全く反応する様子がない人形は、不気味でしかない。


「こうして椅子……いや、結構大きいし、玉座か? 玉座とかを作って俺達を待ち受けていたってことは、人間についての知識も持ってると考えて不思議じゃないと思うんだが」

「でも、ゴブリンキングとかオークキングとか、そういうのもいるわよ? そっちから来た知識とは考えられない?」

「あー……うん、まぁ、そうかもしれないな」


 自信満々に答えた言葉をあっさりと返され、レイは何かを誤魔化すように視線を逸らし、セトを撫でる。

 どうしたの? と喉を鳴らすセトを見ながら、気を取り直したレイは再び口を開く。


「ともあれ、だ。ゴブリンだろうが、オークだろうが、それこそオーガだろうが……何であっても、とにかく本能だけで暴れている存在じゃなく、知恵があるというのを言いたかったんだよ」

「それくらいは分かってるわよ。……それでどうするの?」

「いや、どうするって言われてもな」


 溜息を吐いたレイは、改めて木の根で出来た玉座と人形を見る。

 こうして手間を掛けている以上、これに何の意味もないとは思えない。

 だが、何の意味があるのかと言われれば、それも首を傾げざるを得ないのは事実だった。


(最悪、破壊してみるって手段があるけど……今の状況でそんな真似をした場合、色々と不味そうなのは事実だしな)


 もし下手に破壊してしまった場合、何が起きるか分からないというのがある。

 実はあの人形がトレントの森の秘密を握っている何かで、それが壊れたことにより、トレントの森がこれ以上広がらなくなる……というのであれば、最善の結果と言えるだろう。

 だが、逆にあの人形こそがトレントの森の広がりを抑えている存在であり、人形を壊した結果、これまで以上の速度で爆発的にトレントの森が広がるという可能性だってある。


「取りあえず、俺が近付いてみる。セトとヴィヘラは、何が起きてもすぐ対応出来るように準備をしておいてくれ」

「いいの? というか、私を置いていくの?」


 そう告げるヴィヘラの言葉にあるのは、若干の不満。

 もしかしたら戦いになるかもしれないのに、何故自分を置いていくのか……と。


「これを見る限り、何が起きるか分からないからな。……それに、ここにある木がトレントだという可能性は否定出来ない」


 レイの言葉に、ヴィヘラはこの空間の端に並んでいる木々に視線を向ける。

 このトレントの森に生えている木は、その殆どが一定以上の大きさ……太さを持つ。

 だが、ここに生えている木は、それらと比べても更に太く、大きい。

 もしこの木々がトレントだとすれば、今まで戦っていたトレントよりも強力なモンスターであるのに間違いはなかった。

 レイの言葉に、ヴィヘラは周囲の様子を一瞥する。

 トレントとの戦いは、ヴィヘラもこの森で経験している。

 戦ってみた感じだとそこまで強敵という程でもなく、だからこそヴィヘラはトレントの相手を止めて、森の中に生えた巨大な花と戦うべく行動したのだが。


(けど、ここはトレントの森にとっても、間違いなく重要な場所よね? そこを守らせるんだから、当然トレントも森で出てくる相手……それも森の外縁部分で出てくるような奴よりは強くてもおかしくはない、かしら?)


 この時、ヴィヘラの脳裏を過ぎったのは、ただの兵士と近衛隊の兵士の違い。

 同じ兵士であっても、普通の兵士と強力な兵士がいる。

 このトレントはその考えでいうところの、近衛兵なのではないかと。

 ここで近衛兵という言葉が出て来たのは、やはり曲がりなりにも玉座のようなものが存在したからだろう。

 また、この空間もこれまで自分達が歩いてきたトレントの森とは明らかに違うという印象があった。


「しょうがないわね」


 結局ヴィヘラは、レイの言葉に頷いていつ何が起きても大丈夫なように準備を整える。

 セトは、そんなレイを心配そうに眺めつつ、それでもレイが決めたことならばと小さく喉を鳴らす。

 そんな一人と一匹に見送られながら、レイは中央にある玉座と、それに座っている人形に近付いていく。

 勿論何かあった時にはすぐに対応出来るように、右手にはデスサイズ、左手には黄昏の槍と応戦準備は万端だ。

 地面に生えている草を踏む音のみが周囲に響く。

 ここまで来れば、レイの耳でもトレントの森の外側で行われている戦闘の音は聞こえてこない。

 ……冒険者の中に爆発を使うような者がいれば、もしかしたら聞こえてきたかもしれないが……幸か不幸か、そのような者は存在しなかった。

 いや、精霊魔法を使えるマリーナなら、爆発を起こそうと思えば可能だろう。

 それをしなかったのは、ギルドがこの森に高い価値を見出していたからだ。


(それでも、いざとなればマリーナなら決断するだろうけどな)


 そんな風に考えながら、レイは歩き続け……やがて玉座の前に到着する。

 そしてじっと木の根で出来た人形を観察した。

 レイと比べれば大きいが、それでも三m、四mといった程に大きい訳ではない。

 そんな木の根の人形に向かい……レイは油断せず、いつ何があっても大丈夫なように構えながら口を開く。


「俺の言葉が分かるか?」


 そう告げた瞬間、風も何もないのに、人形はピクリと腕を動かした。

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