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レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1392/3865

1392話

 それは、遠目に見れば小さい子供のように見える。

 だが、そもそも普通の子供がこのような時間にこのような場所にいる筈もない。

 ましてや、枝に座っているその子供は、枝の間から降り注ぐ月明かりに照らされ、その異形の姿を露わにしていた。

 等身大の人形……恐らく、そう呼んでもいいのだろう。

 だが、それはあくまでも敢えて言うのであればであり、普通に考えれば人形と呼ぶのは少しばかり難しい。

 枝と葉と蔦を乱雑に繋げたそれは、遠目でこそ子供のようにも見えるのだが、しっかりとその姿を確認したのであれば人形と呼ぶのは少し難しかった。


「あれは……」

「どうしたの?」


 呟いたレイの方に視線を向けた言葉を聞き咎めたのか、セトの足に掴まっているヴィヘラが疑問を口にする。


「ああ、あそこ……え?」


 そんなヴィヘラの言葉で我に返ったレイが、一瞬だけヴィヘラの方を――殆どその姿は見えないのだが――見て、再び人形と思しき物がいた方に視線を向けたレイは、間の抜けた声を上げながら動きを止める。

 何故なら、一瞬前までそこにいた……いや、あった人形の姿が既に消えていたからだ。

 自分の見間違いではないというのは、レイにも理解出来た。

 だが、現実としてそこに人形の姿は既にない。


「ちょっと待った、セト!」


 翼を羽ばたかせてここから離れようとしていたセトに、レイは慌てて声を掛ける。


「グルルゥ?」


 どうしたの? と背中に乗っているレイを見ながら喉を鳴らすセトだったが、レイはそんなセトに対して地上を……人形があった場所を指さして口を開く。


「セト、あそこに降りてくれ」

「グルゥ」


 セトは何故急にレイがそんなことを言ったのかは分からなかったが、それでもレイの言うことであればと地上に降りていく。

 この時、レイはセトがあの人形に気が付いていなかったのだと理解する。


(セトの感知能力は全体的に俺よりも上だ。そのセトが気が付かなかったなんて……有り得るのか? いや、なら何で俺が気が付くことが出来たんだ?)


 レイがその人形を見つけたのは、本当に偶然だった。

 他の場所の探索に行こうとしたレイがヴィヘラに声を掛けつつ森を見たら……そこに、人形はいた。いや、正確にはあったと言うべきか。

 それが偶然なのか、レイだけに姿を見せようとした何者かのメッセージなのか、はたまたそれ以外の何かなのか……そのことに疑問を抱くレイだったが、結局こうして悩んでいても始まらない。

 実際にあの人形をもう一度見れば、その辺りの事情もはっきりするだろうというのがレイの正直な思いだった。

 勿論何か明確な理由がある訳ではない。

 だが、自分だけに姿を見せたあの人形が、間違いなくこのトレントの森に関わっているのだと、そう理解出来た。


「下に降りるの? 一応ざっと上から見て調べてみたと思うけど……何か気になる物でもあったとか?」


 セトの前足に掴まっているヴィヘラが、レイの言葉にそう疑問を抱く。

 レイは人形を見たが、ヴィヘラはその人形を見ていないのだから無理もないだろう。


「ああ。今、木の枝の上に人形っぽいのが座ってるのが見えた」

「人形っぽいって何よ? ……で、どこにあるの?」


 レイの言葉に少しだけ疑問を抱きながら、ヴィヘラは地上の木々へと視線を向ける。

 だが、そこにはレイが言ってるような人形のようなものはどこにもない。


「ちょっと、レイ? もしかして見間違いだったとか、そんなことはないわよね?」

「間違いなく見た……と思う。ただ、一瞬目を離したら、もうそこには人形がなくなっていた」

「ふーん……別に見間違いって訳じゃないのよね?」


 レイがどれだけの能力を持っているのかというのは、当然ヴィヘラも知っている。

 それだけに、レイが何かを見間違えた……とは、思わなかった。

 だとすれば、間違いなくそこに人形はあったのだろうと考えるヴィヘラは、少しだけ興味を抱いて改めて地上を見る。

 だが、セトがレイの指示した場所に降りていく間も周囲の様子を見ていたヴィヘラだったが、そこには何もない。

 正確には木々はあるのだが、レイが口にした人形のような代物はどこにもなかった。

 セトが地上近くまで高度を下げたのを見計らい、ヴィヘラは掴まっていた手を離す。

 ヴィヘラの身体能力があれば、そのまま地面を転げ回るといった真似もせず、普通に地面に着地することが出来た。

 そしてヴィヘラが自分の足を離したのを感じたセトは、いつものように地上に着地する。

 地面に着地し、少し歩いて速度を殺す。

 レイもセトの背の上から降りると、何があってもいいようにデスサイズと黄昏の槍をそれぞれミスティリングから取り出して周囲を見回した。

 周囲には、何もない。……そう、それこそセトに乗って飛び立つまで延々と攻撃をしてきた、トレントを始めとしたモンスターの姿さえ。

 そのことが、既に異常だった。

 何があってもおかしくない。

 そんな雰囲気を感じながら、レイは改めて周囲に視線を向ける。

 レイが感じていることは、セトやヴィヘラも同様なのだろう。

 空中にいる時は、レイの言葉を疑う……とまではいかなかったが、それでも完全に信じていた訳ではないヴィヘラも、現在のトレントの森の様子を見れば先程までとの違いは如実に感じることが出来る。

 セトにいたっては、レイの言葉を完全に信じていたので、疑うということはなかった。


「……変ね。さっきはあれだけ大量にモンスターが出て来たのに、今回に限っては一切何も出てこない。これもレイが見た人形が関わっているの?」

「どうだろうな。多分関わっているとは思うけど」


 レイは周囲の様子を窺いながら、ヴィヘラの言葉に答える。

 だが、そうしながらも、次に何が起きても大丈夫なように油断はしていない。


「グルルルゥ」


 どうするの? と尋ねてくるセトの言葉に、レイは少し考える。

 先程自分が見た人形はもしかしたら見間違いか何かだったかもしれない可能性はあった。

 だが、こうして森の中に降りて何も起きていない……あれだけ大量に現れたモンスターすら一切現れていないというのは、やはり何かがこの周辺にあるというのは確実だった。


「少し探索をするか。……何かがあるのは間違いないだろうし」

「そうね」


 レイの指示に異論はないのか、ヴィヘラはすぐに納得する。

 セトも短く喉を鳴らし、周囲の様子を確認し始めた。

 嗅覚上昇のスキルを使って周囲に何か異常がないのかを調べるセトだったが、漂ってくるのは森の香りばかりで、特に何か違う臭いはない。

 もっとも、トレントの森に現れるモンスターは植物系のモンスターのみだ。

 そう考えれば、森の臭いしかしないというのはおかしな話ではないのだろう。


「グルルゥ」


 セトは嗅覚上昇で臭いを嗅ぎ取ることが出来ず、申し訳なさそうにレイに向かって鳴く。

 レイはデスサイズを握った手の甲で、そんなセトを気にするなと軽く叩いてやる。

 それだけで、セトは落ち込んでいた気持ちが復活したのか、嬉しそうに喉を鳴らしていた。


「ほらほら、周囲の探索もしっかりね。何があるのか分からないんだから」

「あー……うん、悪い」


 ヴィヘラに促され、レイは改めて周囲の様子を確認する。

 月明かりが木々によって遮られ、周囲は暗いと言ってもいい。

 だが、ここにいるのは、レイとヴィヘラ、セトという二人と一匹だ。

 この程度であれば、周囲の様子が暗くて見えないといったことはない。

 ……もっとも、だからといって何か怪しいものをすぐに見つけることが出来るかと言われれば、答えは否なのだが。


「にしても、何もないな。……あの人形のようなのもあれっきり姿を現さないし」


 周囲の様子を警戒しながら呟くレイだったが……まるでそれが合図だったかのように、近くに生えていた木の枝が揺れる。

 風が吹いた訳でもなく、ましてやその枝以外は揺れていないのを考えると、明らかに人為的なものが枝の鳴った理由だった。


「っ!?」


 咄嗟に枝の鳴った方に視線を向けたレイだったが、そこには何もない。

 ヴィヘラとセトも枝の方を見ていたが、何も見つけることは出来なかった。


「鳴った……よな? それもかなり不自然に」

「ええ」

「グルゥ」


 レイの言葉にヴィヘラとセトはそれぞれに返事をする。

 その返事に、自分の聞いたのが幻聴か何かだったのではないと、安堵したレイだったが……それでも何かが周囲にいるようには見えない。

 レイやヴィヘラは通常よりも鋭い五感を持っているし、セトに限ってはその二人を更に上回る五感を持つ。

 そんなレイ達が何も見つけることが出来ないというのは、それだけで異常とも言えた。

 そして次の瞬間、レイ達が見ているのとは別の方向にある木の枝が再び不自然に揺れる。


「……挑発してるのか?」


 木の枝を鳴らすという行為だけではあるが、自分達を挑発してるようにしか見えない。

 それはヴィヘラも同様なのだろう。何かあったらすぐ攻撃出来るように、手甲に魔力を流して爪を作り出す。


「さて、どうなのかしらね。私達をここまで呼び出したということは、何か意図があってのものなのは間違いないと思うけど。少なくても、私達を歓迎してくれるとは思えないわね」


 自分達がトレントの森に与えてきた被害を考えれば、恨まれることはあっても歓迎されることがないというのは、容易に予想出来る。

 そうしてじっと周囲の様子を窺うこと、数分。

 再び木の枝が不自然に揺れる。

 だが、今回揺れたのはレイ達がいる場所ではなく、少し離れた場所にある枝だった。

 そして、まるでその枝が揺れるのを合図とするかのように、次々に枝がなっていく。

 それも、レイ達から少しずつ離れていくかのように……


「俺達を誘っている? どこかに連れていきたいのか?」

「敵対しているだろう私達を? ……けど、そうとしか思えないのも事実なのよね」


 レイの言葉にヴィヘラが疑問を感じさせる呟きで返し、それを聞いていたセトはレイの言葉に賛成するように喉を鳴らす。

 そんなレイ達一行の悩みを解決するかのように……もしくは更に悩ませるようにと言うべきか、再び先程と同じ少し離れた場所にあった枝が揺れる。

 揺れる枝を見て、レイ、ヴィヘラ、セトの二人と一匹は顔を見合わせる。

 こうまであからさまなことをされれば、当然その先に何かがあるのは確実だった。

 だが問題は、その何かというのが罠なのか、それともレイ達が探していたこの森を構成する何かなのか……ということだろう。

 それでも、レイが悩んだのは一瞬だった。


「行ってみよう」

「……いいの? 罠かもしれないのよ?」


 自分らしくないとは思いつつ、レイが積極的な行動を口にしたのだからとヴィヘラは慎重論を口にする。

 もっとも、ヴィヘラも口ではそんな風に言いながら、自分の意見もレイと同じだと……いや、それ以上に積極的に向こうの誘いに乗りたいという思いを隠しきれてはいない。

 普段であれば罠を警戒して慎重に行動する冒険者の方が多いだろう。

 だが……幸か不幸か、ここにはレイ、ヴィヘラ、セトと、一流の……それも超がつく程の一流の戦闘力を持っている者達が揃っている。

 その辺にある罠程度であれば、それこそ力づくで強引に突破出来るだけの戦力が揃っているのだ。


「そうだな、何かあるのかもしれない。けど、結局のところ動いてみないとこの先にトレントの森に関係する何かがあるのか、それとも単純に罠があるのか……それも分からないだろ?」

「まぁ、それは……」


 とにかく、動かなければどうにもならない。

 そう告げるレイの言葉に、ヴィヘラは反論する言葉を持たない。

 実際、それは間違いのない事実なのだ。

 ……もっとも、最悪の場合はトレントの森から離れて距離を取るという方法もあるのだが。

 森に突入する前は、ヴィヘラとセトが森の中にいたから、その選択は出来なかった。

 だが、こうして合流した今なら、その選択肢を選ぶことも可能なのだ。

 それでも、レイはこのトレントの森という場所の秘密を解く方を選ぶ。

 目の前に、間違いなく何らかの手掛かりがある。

 それは、レイにとって確実なように思えた為だ。

 レイの考え全てを理解出来る訳ではなかったが、それでもヴィヘラはレイの様子を見て頷く。


「分かったわ、行きましょう」


 そう呟いたのは、レイの思いを無駄にしたくないというのもあったが……何より強敵と戦えるかもしれないという自らの欲求がある。

 セトは、レイの言葉なら問題ないと判断し……そして全員が賛成ということになり、レイは安堵の息を吐く。


「よし。……じゃあ、先頭は俺、真ん中がセト、後衛がヴィヘラでいいか?」


 隊列を指示するレイに、セトとヴィヘラは黙って頷く。

 そうして準備を整え……レイ達はこれみよがしに枝が揺れている方に向かって歩き出すのだった。

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