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レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1382/3865

1382話

虹の軍勢も更新しました。

 森の中に入ったレイがまず抱いたのは、違和感だった。

 正確には、違和感がないことが違和感と言うべきか。

 昨夜の戦いがあった場所は既に森に呑み込まれている。

 それだけが原因という訳でもないのだろうが、それでもやはり何も違和感がないというのが、逆に違和感を与える。


「……どう思う?」

「そう言われてもね。モンスターや動物がいないというのは、どうしたって私にとっては不思議でしかないわよ」


 最初にレイの言葉に答えたのは、ダークエルフとして植物に深い知識を持っているマリーナ。

 だがそのマリーナにしても、このトレントの森のような存在は今まで見たことも聞いたこともない。


「この何でもない木がトレントに変わるんでしょ? もしそれが本当なら……不思議よね」


 ヴィヘラが、そっと木の幹を撫でる。

 だが、当然その木の幹が突然動き出す……といった真似はしない。

 昨日助けた樵達の中の一人が、襲われたトレントについていた傷は自分が目印として生えていた木につけたものだという情報は、当然ギルドにもされている。

 もっとも、昨日はレイ達が助けた後ですぐに家に帰ったので、今朝早くにまた呼び出されてそこで色々と細かく事情聴取されたのだが。


「もしそれが本当だったら、だけどな」

「あら、レイは信じてないの?」


 ヴィヘラの言葉に、レイは少し悩んでから頷く。


「そうだな、今回の件に限っては完全に信じることは出来ない。これが冒険者なら信じられるけど、樵が戦闘に巻き込まれて極限状態に陥った状態で見た光景だろ? それこそ、トレントについていた傷が偶然自分のつけた傷に似ていたからとか、そう思ってもおかしくはない」

「……それは否定出来ないわね」


 戦闘に慣れていない樵が、その戦闘の中で見た傷を信じろという方が難しいだろう。

 ましてや、ただの木がいつの間にかトレントに変わるといったことを。


(ああ、でもそのトレントも恐らく俺達が倒したんだし、ギルドに渡された筈だ。それを改めて見れば……どうだろうな)


 木に関しては専門と言ってもいい樵の言葉であったり、何よりここが色々な意味で謎の多いトレントの森だということもあり、樵からの情報を疑いはするものの完全に否定は出来ない。

 半信半疑……いや、三信七疑といったところか。


「とにかく、この辺りには特に異常はないようだしもう少し先に進みましょう」


 マリーナの言葉に従い、レイ達は森の奥へと向かう。

 だが、当然のように周囲には動物やモンスター、それどころか虫といった生き物すら存在しない。


「相変わらずだな。……それでいて植物とかはちゃんと育ってるんだから、受粉とかはどうしてるんだろうな」

「あのね、レイ。そもそも普通の植物は一晩でこんなに育ったりしないわよ」

「……それもそうか」


 ここ最近毎日のようにトレントの森にやって来ている為か、レイの常識が少しだけ普通の常識から外れてしまったのだろう。

 ともあれ、改めてレイは周囲の様子を見ながら森の中を進んでいく。

 春らしい柔らかな日射しが木々の枝の隙間から木漏れ日として降り注ぐ。

 何も知らない者であれば、この光景を見てここで休憩したいと思う者もいるだろう。

 だが、このトレントの森の真実を知っている者からすれば、このような光景ですら森の中に入ってきた相手を騙す為の擬態ではないかと考える。

 勿論それは決して間違ってはいない筈だ。

 トレントの森での戦いを経験したレイ達にしてみれば、このような場所でゆっくり寛ぐような真似は出来る筈もない。

 それでも、やはりどこかほっとする気分を感じてしまうのは……ある意味、仕方のないことなのだろう。


「ん!」


 風が枝や葉を揺らす音と、遠くから聞こえてくるレイ達とは違う調査班が発しているのだろう声だけが響く中、不意にビューネの声が響く。

 レイが視線を向けると、そこでは手に果実を持っているビューネの姿があった。


「あら、ビューネ。それ、どうしたの?」

「ん!」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネは視線を少し離れた木に向ける。

 そこには、ビューネが持っているのと同じような果実……黄色の皮の果実が幾つも木になっている。


「この果実、知ってるか?」


 レイの目から見る限り、ミカンに近いような色合いの果実だ。

 だが、トレントの森に生えている果実をそこまで信用出来るのかと言えば、答えは否だろう。

 事実、その果実を口に運ぼうとしたビューネは、ヴィヘラに止められていた。


「止めておきなさい、この森で採れた果実なんて何があるのかわからないわよ」

「んー……」


 ヴィヘラの言葉に、ビューネは残念そうにしながらも果実に齧りつこうとするのを止める。

 そんな二人のやり取りを眺めながら、レイは改めて周囲の様子を見回す。

 生き物が存在しないというのを抜かせば、どこにでもあるような普通の森にしか見えない。

 だが、それでもやはりこの森は異常なのだ。

 そもそも、一晩で木々が生えるという時点でおかしいと言わざるを得ないのだが。


「ほら、取りあえずもう少し進むぞ。出来れば何か手掛かりを見つけたい」


 木の枝や葉が揺れる音を聞きながら、レイはそう告げる。

 他の面々もそんなレイの言葉に特に異論はないのか、森の中を進んでいく。


「……なるほどね」


 森の中を歩くこと、十分程。ふとマリーナが呟く。


「どうした?」


 森に詳しいマリーナだからこそ何かに気が付いたのではないかと、そう思って尋ねるレイに、マリーナは地面を指さす。


「ほら、見て。……違和感がない?」

「……違和感?」

「グルルルルゥ?」


 違和感という言葉に何か触発されたのか、セトが前足で地面を掘っていく。

 元々大型のモンスターですら一撃で吹き飛ばすだけの力を持つセトだけに、爪を伸ばして地面を掘ろうと思えば容易く掘れてしまう。

 だが、そこには土と……地面に埋まっている木の根しか存在しない。


「何やってるのよ?」


 そんなセトの様子が面白かったのだろう。ヴィヘラは口元に笑みを浮かべつつそう告げる。


「グルゥ?」


 どうしたの? と地面を掘るのを止めて小首を傾げるセトだったが、どこが笑いのツボに嵌まったのか、ヴィヘラは何とか笑いを堪えているだけだ。

 そんな一人と一匹を少しだけ呆れたように眺めつつ、改めてマリーナは口を開く。


「ほら、地面をよく見て。どの木の間もある程度の距離があるでしょう?」

「……まぁ、それはそうだな」


 だからこそ、こうして歩くのに特に手間取ったりはしていないし、身体の大きなセトも普通に森の中に入ることが出来ているのだ。

 もしこれがもっと木が密集しているのであれば……それこそ山道や獣道のようになっているのなら、セトは身体に蔦や茂みが引っ掛かって歩きにくいだろう。

 もっとも、セトの力の強さを考えれば、多少引っ掛かっても普通に引きちぎりながら歩くことは不可能ではないだろうが。

 そう考え、この光景が不自然極まりないことであることを思い出す。

 レイは日本にいる時も子供の頃は好き勝手に山の中を走り回っていたし、このエルジィンにやってきてからも何度となく山や森、林の中に入ることはあった。

 そのよう場所では、それこそ人が踏み固めた道でもない限り楽に歩くことは出来ない。

 だが、このトレントの森は丁度いい具合に……それこそセトが歩き回っても問題がないくらいに木と木の間は空いており、茂みの類もあまり生えていない。

 勿論皆無という訳ではないのだが、それでも普通の森に比べると明らかに少なかった。


「けど、ここはトレントの森でしょう? 元々毎日広がっていくような非常識な森なんだから、そのくらいは許容範囲じゃない?」

「そう言われると、こっちとしても否定出来ないな」


 元々特殊な森なのだから、多少特殊なところがあってもおかしくはない。

 そう告げるヴィヘラの言葉には、レイも頷くしかなかった。


「ヴィヘラが言いたいことも分かるけど、もう少し聞いて頂戴。もしこの木がトレントになるのだとすれば……当然だけど、密集して生えていると他のトレントが邪魔になるわよね?」

「……まぁ、それは確かに」


 木の根を足代わりにして歩いているトレントだが、それだけに近くに他のトレントがいれば、木の枝や根といった部分がぶつかるのは間違いない。

 そうなれば、移動する時に邪魔になるのも事実だ。


「でしょう? で、さっきの話に戻るけど、この木は私達やセトが歩くのに丁度いいだけに隙間が空いている。……これは、木がトレントになるって樵の説明を少しだけは信じる気にならない?」


 マリーナの言葉を聞いていたレイは、ミスティリングの中から解体用のナイフを取り出す。

 そうして、何が起きてもすぐに対応出来るようにと他の者達に視線を向けた後で、木の幹に刃を軽く突き立てる。

 数cm程刃先が木の幹に突き刺さるが、その木が動く様子は全くない。

 念の為にと、もう数回ナイフの刃を木の幹に突き刺してみるのだが、それでも木が動き出したりはしなかった。


「……マリーナ」

「あら、おかしいわね」


 マリーナにとっても、これは予想外の光景だったのだろう。

 不思議そうに木に視線を向けていた。

 だが、少し考え……やがて口を開く。


「ねぇ、レイ。この木をちょっと持って帰ってもいい?」

「いや、それは別に構わないけど……本気か?」

「ええ。レイならそこまで苦労しないでしょ?」

「それはそうだけどな」


 樵にしろ、冒険者にしろ、普通なら木を伐採する為には何度となく斧を振るう必要がある。

 だが、レイの場合は伐採するのにそこまで時間は掛からない。

 それこそ、デスサイズを振るえばそれで済むのだから。

 マリーナに期待の視線を向けられ、小さく溜息を吐くとレイはナイフをミスティリングに収納し、それと入れ替わるようにデスサイズが取り出される。

 レイがデスサイズを取りだしたのを見て、何も言わずともマリーナ達はレイから距離を取る。

 デスサイズの一撃は強力だが、同時に攻撃範囲も広い。

 レイの邪魔にならないようにとの行動だった。


「ふっ!」


 魔力を流したデスサイズを、真横に一閃する。

 刃が通りすぎても、木は全く動かない。

 だが、そのまま木に触れると……次の瞬間、木はミスティリングに収納され、残っているのは切り株だけとなっていた。


(明日になれば、また生えているんだろうけどな。……全く、厄介なことだ)


 デスサイズもミスティリングに収納し、延々と広がり続けている森の厄介さに嫌な予感を抱きながらも、それを表情に出さず、レイはマリーナに声を掛ける。


「取り合えずこれでいいのか?」

「ええ、ありがとう。……本当にこういう時にレイのミスティリングは便利よね」


 笑みを浮かべて告げるマリーナにレイは頷き、改めて周囲の様子を伺う。

 だが、当然ながらそこには特に何がある訳でもなく、ただ森がひたすらに広がっているだけだ。


「どうする? どっちに向かっても構わないと思うけど」

「グルルゥ……」


 どこに進むのかというレイの言葉に、真っ先に反応したのはセト。

 右側の方を見ながら、セトは喉を鳴らす。

 レイはセトが選んだのであればと頷き、マリーナとヴィヘラの二人も同様に特に異論はないのか何も口にはしない。

 ビューネもまた、セトの頭を撫でるだけでその意志を尊重する。

 こうしてレイ達は、森の中を右側へ進んでいく。

 そのまま少しの間進んでいくと……


「グルゥ」


 不意にセトが喉を鳴らす。

 セトの見ている方に視線を向けたレイも、やがて自分達の方に近付いてくる気配に気が付く。


「っ!?」


 素早くミスティリングから黄昏の槍を取り出すレイ。

 ここが森の中である以上、デスサイズでは戦い難いと判断したのだろう。

 また、レイの動きを見てマリーナやヴィヘラ、ビューネも誰かが近付いてくる気配に気が付いたのか、それぞれ戦闘準備を始める。


「おい、本当にこっちに何かあるのか? 折れてる木はともかく、生えている木はそこら中から魔力を発してるから、その辺りは分かりにくいんだぞ?」

「大丈夫ですよ、僕の勘がこっちに大きな何かがあると囁いています。スレーシャさんも、そう思いませんか?」

「いえ、私は……」

「待て!」

「っ!? ……な、何ですかいきなり」

「強い、強い魔力が……うん? あれ、これは……」

「強い魔力!? やはりこっちに何かがあるんですね! ほら、行きますよ!」

「いや、おいちょっと待て。そっちには別に……」


 そんな声と共に、レイ達の視線の先にある木の枝を強引に退かすようにして数人の人影が姿を現す。

 真っ先に姿を現したのは、二十代くらいの小太りの男。

 レイよりも身長は高いが、それでもこのエルジィンで見れば平均よりも大分低いだろう。

 そして次に出て来たのは……レイが予想した通り、ルーノとスレーシャ、それと見覚えのある数人の冒険者達だった。

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