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レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1370/3865

1370話

 レイがセトと共にトレントの森にやって来ると、そこには驚くべき光景が存在していた。

 森の外側に向け、何本もの木が倒されているという状況。

 普通に考えれば特におかしな光景という訳ではないのだが、ここがトレントの森だという前提で考えた場合は間違いなく不思議な光景でもあった。


「グルルゥ?」

「ああ、あの木が大量に倒れている場所に降りてくれ」


 どうするの? と円らな瞳を向けてくるセトに、レイはそう答える。

 するとセトはそのまま地上に向かって降下していく。

 その際にも、木の幹に斧を叩きつける音が周囲に響いていた。

 それも一ヶ所や二ヶ所ではなく、そこら中から聞こえてくる音だ。


(一応、樵の護衛という名目の筈だったんだけどな。……まぁ、モンスターが出ないんだし、その辺は仕方がないか)


 自分がやることは、取りあえず伐採された木をギルムの近くまで運ぶこと。

 そう考えたレイは、そのまま着地すると集まってきた樵や冒険者に向け、口を開く。


「俺が伐採された木を持っていくことになっている。それで、持っていく木は今倒れている木だけでいいのか?」

「え? あ、はい、そうです。ただ、これからもまだ木は切るので……」


 出来れば、また来て欲しい。

 レイに向け、樵の代表と思しき男がそう告げる。

 冒険者側も、木を切れば切っただけ金になるのだから、出来ればまたレイに来て欲しいという思いはあった。

 ……ただ、冒険者達はレイがどのような人物なのかを知っており、それでいてレイと親しい相手は特にいない為に口に出さない。

 中にはレイのことを噂くらいでしか知らないようなギルムに来たばかりの者もいるのだが、レイの外見はともかく、レイが乗っているグリフォンを見れば迂闊なことを言える状況ではないというのは分かったのか、黙ってレイと樵のやり取りを見守っている。

 そんな冒険者達とは裏腹に、樵達にとってレイは恐れるべき相手ではない。

 街中で会えばセトに食べ物を与えたりといった真似をしたりすることも珍しくはなく、その際にレイと軽くではあるが言葉を交わすこともあるのだから。

 冒険者とそれ以外の面々で、レイに対する態度は全く違っていた。

 この辺り、レイの普段の行いが影響しているのは間違いない。


「分かった。この木を運んだ後でも……そうだな、もう数時間くらいしたらまたここに来る。ああ、それと伐採した木はそのまま持っていくから、誰がどの木を切ったのか分かるように何か印を付けて置いてくれよ」


 後でこの木は自分が切った、この木はお前が切った……といった風に揉めるのはごめんだと、レイは告げる。

 樵や冒険者達もそれは分かっているのだろう。

 それぞれが木の幹に適当に印を刻んだり、自分が切った木だと分かりやすく紙に書いて貼り付けたりといった風にし始めた。

 そうして準備が終わった木から、次々にレイが触れてミスティリングに収納していく。

 レイがミスティリングを使うのは、そう珍しいことではない。

 それこそ、街中でも料理を頼んではそれを鍋ごと、皿ごと、フライパンごと……といった具合にミスティリングに収納するといった行為を頻繁にしているのだから。

 だが……それでも、こうして木が丸々一本消えていくというのは、見る者にとっては驚く。

 レイという存在を知っている者ですらそうなのだから、ギルムに来たばかりの者の驚きは並ではない。


「うおっ、あのでかい木を一本まるごと収納って……深紅がアイテムボックス持ちって噂は本当だったんだな」

「ああ、そうらしい。……まぁ、本人の力は勿論、グリフォンを従魔にしてるんだ。幾らアイテムボックスを持っていても、それを奪おうなんて命知らずはそうそういないだろ」

「それが、たまに出てくるんだよな」


 ギルムに来たばかりの冒険者に、ギルムで数年活動している冒険者が告げる。


「うげ、本当か? 異名持ちに手を出すような真似をする命知らずがいるのかよ」

「そうだな。けど異名持ちって言っても、レイが深紅の異名を得たのはベスティア帝国との戦争でだ。それで本格的に名前が知られるまでは、レイはグリフォンを従えていても舐められることが多くあった」


 その説明に、話を聞いていた冒険者達は、うわぁ……といった表情を浮かべる。

 今はレイの実力が広く知れ渡っている。

 噂もそうだが、ベスティア帝国との戦争や、それ以外の戦いでもレイは多くの者が見ている。

 それだけに、何か明確な理由があるのであればまだしも、自分から好き好んでレイと敵対したいとは思えない。


「それで、そのレイに手を出した奴は?」


 恐る恐るといった様子で尋ねてきた男の言葉に、レイのことを説明していた男は自分の首を斬り裂くような仕草をする。

 それを見れば、レイに手を出した人物がどうなったのかを想像するのは難しくない。


「レイには敵対しない方がいいよな」

「ああ」


 そうやって話す声は、あくまでも小さく……小声と呼ぶに相応しい声の小ささだった。

 だが、そうしてお互いに目と目を合わせて意思疎通をした瞬間……


「そうだな。なるべく敵対しないようにしてくれれば、俺としても助かるよ」


 少し離れた場所で、伐採された木をミスティリングに収納していたレイが、そう声を掛ける。

 まさか自分達の話している内容が聞こえているとは思っていなかった二人の冒険者は、一瞬身体を硬直させる。

 そしてレイについて教えてくれた冒険者に助けを求めようと視線を向けるも……数秒前まではそこにいた人物は、今はどこにも姿が見えなかった。


(逃げられた!?)


 恐るべき危機察知能力……そんな風に思いながらも、見捨てられたと思ってしまうのは当然だろう。

 それでも、レイはそれ以上二人の冒険者には特に何も言う様子もなく、近くに倒れていた木へ手を伸ばす。


「こうして木が近くに纏めてあってくれれば、集めるにも便利だな」

「そうだな。もっとも、外側から順番に切ってるんだからこうなったのは当然だろうけど。……にしても、この森は毎日広くなってるんだよな?」


 レイが収納した木を切り倒した樵が不思議そうに呟く。


「ん? ああ、そうだな。多分この調子だと明日になればこの場所はまた木が生えていると思うぞ」

「それだよ。一晩で森が広がるのはいい。……いや、普通に考えれば有り得ないことだが、ここが辺境だと考えれば納得も出来る。けど、広がった森に生えている木がどれも一定の太さ以上の木ってのは……どうなんだ?」


 樵として、その辺はどうしても気になったのだろう。

 レイにとっては、そもそも森が広がって木が生えている時点で異常なのだから、その木の太さが全て一定以上というのはそれこそ誤差程度でしかない。


「そんなに気にすることか?」

「……樵としては、気になるな」


 レイと言葉を交わしている樵にとっては、本当に気になることなのだろう。

 真剣な目を、じっとレイに向けて聞いてくる。


「そう言われてもな。俺だってこのトレントの森に関しては、そこまで詳しい訳じゃないし。分かっているのは、多分夜になれば危険になるってことくらいだな。実際、昨日もこの先にある場所で全滅していると思しきパーティの痕跡を発見したし」


 スレーシャのパーティと、昨日レイが見つけた野営の跡地と思われる場所に転がっていた荷物の持ち主のパーティ。

 その二つから予想して、恐らく夜が危険なのだろうと予想しているだけなのだから。


「レイさん、それは本当ですかっ!?」


 レイが呟いた言葉を聞き、周囲に驚愕の声が響く。

 それは、つい数秒前までレイと話していた樵の声……ではなく、少し離れた場所にいたスレーシャの声。

 先程まではレイがミスティリングに木を収納するのを声も出ない様子で眺めていたのだが、レイの口から出て来た言葉を聞き逃すような真似はしなかった。


「スレーシャ? それにルーノも……お前達もこの依頼を受けてたのか。その割りには、木を切ってないみたいだけど」

「ああ。ちょっとスレーシャの手伝いでな。……分かるだろ?」


 レイの言葉に答えたのは、スレーシャの側にいたルーノ。

 だが、自分の隣でそんな言葉を発されているスレーシャは、ルーノの言葉に構わず前に出る。

 今レイの口から出た言葉は、間違いなく自分にとって重大な意味を持っているものなのだから。

 自分が夜に襲われたのは、間違いない。

 だが……それだけでは、まだ夜になれば襲われるという確証にはならない。

 いや、普通に考えればモンスターが活発に動くのは夜なのだから、そこまでおかしな話ではないのだが……それでも確証がない以上、何とも言えないのは間違いなかった。

 それだけに、今のレイの言葉を聞き逃すことは出来ない。


「それは本当なんですか?」

「うん? 昨日……いや、一昨日に他のパーティが襲撃されたってのか? まぁ、証拠の類は何もなかったが、多分間違いないだろうな」


 レイが確実に襲撃されたと言い切れないのは、荷物のあった場所でセトが血の臭いを嗅ぎ分けることが出来なかったからだ。

 嗅覚上昇のスキルを持つグリフォンのセトだけに、それこそ例え一滴でも血が流れたのであれば、セトに嗅ぎ分けられない筈がなかった。

 にも関わらず、荷物のあった場所でセトは血の臭いを嗅ぎとっていない。

 それはつまり、この森に臭いを完全に……それこそセトですら嗅ぎとれないくらいにまで消す為の何かがあるということなのだろう。

 何かを捜索する時、セトの嗅覚を頼りにしているレイにとっては非常に厄介な相手でもあった。


「そう、ですか」


 レイの言葉に、スレーシャは小さく呟くと、それ以上の言葉を口には出来ずに黙り込む。

 どうかしたのか? と一瞬疑問を抱いたレイだったが、スレーシャの身の上を考えればそれ以上は何も言うことは出来ない。

 パーティメンバーが全滅したというのは、それ程に大きなことなのだから。

 もしレイも、自分のパーティが……マリーナ、ヴィヘラ、ビューネの三人が殺されてしまったら、それこそ何をするのか分からないだろう。


(まぁ、あの三人がそう簡単に死ぬようなことになるとは、とてもじゃないけど思えないけどな)


 マリーナは長年ランクA冒険者として活動してきた実績があるし、ダークエルフとして精霊魔法や弓に長けている。

 ヴィヘラは戦闘を好むから危なそうにも思えるが、野生の勘……もしくは女の勘とでも呼ぶべきもので本能で致命的な危険は避ける。

 ビューネは他の二人に比べれば各種能力は低いが、それでも盗賊をやっているだけあって危機察知能力は高い。


(うん? そう考えると、もしかして紅蓮の翼の中で一番危機察知能力が低いのって、実は俺だったりするのか? まぁ、俺の場合はセトがいるけど)


 視線の先にいるセトの様子を眺め、レイは小さく首を横に振る。

 自分の能力にも自信があるレイだったが、こと感覚という面で自分はセトに勝てるとは思っていない。

 そのセトは、現在樵や何人かの冒険者に干し肉を与えられ、撫でられて嬉しそうにしている。

 レイに対しては色々と思うところがある冒険者にしても、人懐っこいセトに対しては違うのだろう。

 そのことに若干の疑問を抱くレイだったが、ともあれ今は倒れている木をミスティリングに収納するのが先だと判断し、そちらを優先する。

 こうしている間にも、森からは斧を木の幹に向かって叩きつける音が周囲に響いているし、幹から折れて地面に倒れる木の音も周囲に響く。

 ただ、木を切り倒すことが本職の樵とは違い、冒険者の方はそこまで上手く木を切り倒すことが出来ない。

 樵の切った木は、その全てが森の外側へ向かって綺麗に倒れている。

 それこそ、レイがミスティリングに収納しやすいように。……これは、本来なら馬車に乗せて木を運ぶ時、手間を省く為という理由があった。

 だが、樵達が切ったそんな木に対して、冒険者達が切った木はとても綺麗に倒れているとは言えない状況だ。

 森の外側に倒れていても、その方向はそれぞれ違っている。

 それはまだいい方なのだろう。

 中には森の外側ではなく内側に向かって倒れている木もあるのだから。

 まだ生えている木のおかげで地面に倒れることが出来ず、寄り掛かっている状態になっている木も多い。


(本職とそうでない者の違いか。……まぁ、実際木を思った方向に倒すというのは、見た目程に簡単なものじゃないし)


 レイも、日本にいる時は父親の手伝いとして畑を広げる為に木を切ったりしたことがある。

 トレントの森に生えているような太い木ではなかったが、それでも思ったように切り倒すことが出来なかった。


(まぁ、ミスティリングで収納するから、特に困らないんだけど)


 樵の倒した木を全て収納すると、レイは次に冒険者達が切り倒した木のある方へ向かうのだった。

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