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レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1367/3865

1367話

「お願いします、ルーノさん! 私に力を貸して下さい!」


 深々と頭を下げるスレーシャだったが、それを見るルーノは持っていたエールのコップをテーブルに置きながら、口を開く。


「あのな、俺がお前さんを助けたのは、ほとんど成り行きでしかない。なのに、何で俺が協力すると思うんだ? そもそも、俺に協力を頼むくらいなら、他の……もっと人数が揃ってるパーティにでも依頼した方がいいと思うけどな」


 ここは、ギルムにある酒場の一つ。

 夜だけあって、客の数も多い。

 そんな中で、ルーノは今日の仕事の疲れを癒やす為にエールを飲み、夕食を食べていたのだが……そんな優雅な気分も、こうして目の前で頭を下げられれば台なしになってしまう。


「それは……その……報酬の方に余裕が……」


 元々スレーシャのパーティは、ランクDパーティだ。

 一人前という扱いではあるが、それでも金銭的に余裕がある訳ではない。

 ましてや、仲間の荷物を売って得られた金額も、ランクD冒険者の持ち物であればそこまで高くはない。

 その金でパーティを……それもトレントの森という、モンスターや動物がおらず、とてもではないが金にならない場所を探索するという依頼で雇うのは、無理があった。

 勿論、その金で雇えるパーティというのも存在する。

 だが、そのようなパーティの場合、報酬が安くてもいいと言えるだけの理由があるパーティであり……要するに、何らかの問題を抱えている可能性が高かった。

 だからこそ、スレーシャは自分に縁があり、それでいてソロ――それもこのギルムで――活動しているルーノに目を付けたのだ。

 実際、スレーシャの狙いは決して間違っている訳ではない。

 いや、それどころかルーノに目を付けたのは見る目があると言ってもいいだろう。

 ……ただし、高ランクの冒険者を雇うには当然のように相応の報酬が必要になるのだが。


「だろ? なら、これで話は終わりだ。俺は夜の一時を楽しんでるんだから、酒が不味くなるような真似はさせないでくれ」


 皿の上にあった、甘辛く……エールに合うように濃く味付けされた炒め物を口に運ぶ。

 そしてコップを口に持っていき、エールと共に料理を味わう。


「ぷはぁっ! ……うん、美味い。ほら、お前さんもそろそろ自分のやるべきことをやった方がいいぞ。ここにいたって、お前さんの望みは叶わないんだからな」

「……その、どうしても駄目でしょうか?」

「ああ。俺だってお前は可哀相だと思う。思うけど……俺も冒険者なんだ。安い依頼料でどうにか出来る訳がないだろ?」

「そこは……その……」


 ルーノの言葉に、向かいに座っていたスレーシャは口籠もり……やがて小さく深呼吸をしてから口を開く。


「もし何でしたら。報酬の代わりに私を好きにしても構いません。ですから、お願いします。私に力を貸して下さい」


 まさかスレーシャの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったのか、ルーノはエールを飲んでいた手を止める。

 そして、改めてスレーシャに視線を向けた。

 顔立ちはどちらかと言えば整っていると言えるだろう。

 それは認める。

 だが……二十代半ばのルーノにとって、スレーシャはまだまだ幼かった。

 十代後半に入ったばかりといった年齢のスレーシャだが、普通なら女として見られることはある。

 実際、これまでに幾度となく誘いは受けていたのだ。

 それを考えれば、スレーシャも自分に魅力がないとは思えない。……思いたくない。

 この場合、不幸なのは単純にルーノが女を女として……正確に言えば恋愛や欲望の対象として見るのが二十代以上だったことだろう。

 また、スレーシャは顔立ちは整っているが、身体つきという意味では良く言えばスレンダー……直接的に言えば貧乳だ。

 それだけに、ルーノにとってスレーシャはそういう対象として見ることは出来なかった。


「もっと自分を大事にしろ。そんな真似をしていれば、好きな相手が出来た時に後悔するぞ」


 そう告げるルーノだったが、もしスレーシャが二十代の美人であれば違った反応を返したことだろう。

 ……それが分からないスレーシャは、自分のことを心配してくれている――ように見える――ルーノに尊敬の視線を向ける。

 だが、その尊敬の視線もすぐに消える。

 そもそもスレーシャは、トレントの森の件を自分で解決したいのだ。

 それをどうにかする手段の当てがルーノくらいしかない以上、幾ら感謝してもここで引き下がる訳にはいかない。


「私に出来ることなら何でもします。ですから……」

「そう言われてもな」


 スレーシャの様子を見ながら、ルーノは気分を変える意味でも再びエールを口に運ぶ。

 どうしたものか……と考えている最中、ふと夕方にギルドで噂されている話を思い出す。


(トレントの森の木を大規模に伐採するから、一応その護衛として冒険者を募集するとか言ってたな。それに参加すれば……ああ、ランク制限か)


 トレントの森の件は、色々と危険なことも多い。

 それこそ、分かってるだけで既にスレーシャ達を含めて二つのパーティが全滅をしている。

 これはあくまでも分かってるだけであり、スレーシャ達はともかく、もう一つのパーティ……第三の瞳の方は、レイがセトに乗って上空を飛んでいたからこそ分かったことだ。

 それが分かった理由も、あくまでも偶然木々の隙間から荷物に光が反射していたからであって、木々の密集している場所に荷物の類があった場合、直接的な意味で隠されているのだから、セトでも見つけるのは難しいだろう。


(にしても、伐採ね。……まぁ、トレントの森は毎日広がっているんだから、それを抑える意味でも伐採はやった方がいいだろうけど。それに、労働力に対して割りはいいし)


 樵の仕事で何が大変かと言えば、当然のように切った木を運ぶことだろう。

 だが、明日からの依頼ではその運ぶという作業をアイテムボックスを持っているレイがやってくれるというのだから、一番大変な仕事を心配する必要はない。

 それどころか、護衛の冒険者も木を切り倒せば切り倒した分だけ報酬が増える。

 ……もっとも、護衛を疎かにしないというのが大前提なのだが。

 だからこそ、この依頼にはランク制限が掛かっており……スレーシャはそのランクに到達していなかった。


(けど、そんなに木を集めてどうするんだろうな? 木材として売り出すのか? トレントの森は色々と特殊だから、その木も特殊なのかもしれないけど)


 ギルムの増築が検討されているとは、思ってもいないのだろう。

 もっとも、ルーノに大工の知識がないことが、ここでは幸運に働いていた。

 普通であれば、伐採した木はある程度の時間乾かす必要があるのだから。

 それこそ、木によっては半年といった具合に。

 ……だが、まだ一部の者しか知らないが、トレントの森の木は話が別だった。

 元々微量な……それでいて特殊な魔力を有している為、それを錬金術で使う特定の液体を使うことにより、自然乾燥をさせる必要がないのだから。


「あの、ルーノさん?」

「……あー、そうだな……」


 自分を見ているスレーシャの姿に、どうするべきか迷ったルーノだったが……パーティを全員失ったスレーシャのことを思えば、このまま見捨てるのも性に合わない。

 伐採の護衛という依頼であれば、ある程度の報酬も約束されている。

 勿論他にも割りのいい依頼というのは多い。

 特に魔力を見る魔眼を持っているルーノは、ソロということもあり他のパーティに助っ人を頼まれることも珍しくはない。

 その時の報酬は、それこそ伐採の護衛よりは明らかに高いだろう。

 それでもやはり目の前にいるスレーシャを本格的に切り捨てるといった真似は、ルーノには出来ない。


(俺も甘いな)


 もし本当に自分のことだけを考えているのであれば、それこそ最初にスレーシャと遭遇した時に助けるような真似をせず、そのまま街道に捨て置けばよかったのだ。

 だが、それが出来なかった時点で、ルーノは自分が甘いということは理解してしまっている。

 再びエールの入ったコップに口を付け……中に入っていたエールを飲み干してコップをテーブルの上に置く。


「分かった」


 短い一言。

 だが、その一言を聞いたスレーシャは、顔を輝かせる。


「けど、言っておくが俺に譲歩出来るのは、臨時でお前とパーティを組んで、トレントの森の伐採をする樵達の護衛に行くことだ。聞いた話によると、そういう依頼が明日からされるらしい」


 ルーノの言葉に、スレーシャは顔を輝かせる。

 だがそんなスレーシャに対し、ルーノは落ち着かせるように再び口を開く。


「けど、この依頼にはランク制限がある。……まぁ、トレントの森なんて不気味な場所で行動するんだから、その辺りは当然だろうな。だから、臨時で俺がパーティを組んでやる。……ただ、当然お前からの要望でこの依頼を受けるんだから、取り分は俺の方が多くなるぞ」


 これは、ルーノの冒険者としての最大の譲歩だった。

 そしてスレーシャは、そんなルーノの言葉に当然のように頷きを返す。


「分かりました! それで構いません。私の報酬は最低限でいいですから、是非お願いします」

「……いや、そこまで毟り取るつもりはないんだけどな」


 最低限の宿をとれ、身体を壊さない程度の食事を出来れば十分という認識のスレーシャに、ルーノは呆れて告げる。

 純粋に冒険者としての格で言えば、それこそスレーシャが言ってるような割り当てにしてもどこからも文句はこないだろう。

 だが、スレーシャのような女……いや、ルーノの認識では少女と呼ぶのが相応しい相手にそのような真似をしていると他の者に知られれば、それはソロのルーノにとって大きな痛手となる。

 ルーノがソロとして活動し、他のパーティに助っ人として呼ばれることが多いのは、その技量もそうだが、性格的な評価もある。

 討伐依頼にしろ、護衛依頼にしろ、採取依頼にしろ……危険を伴う依頼の中で、パーティを組んでる者や親しい者以外で助っ人として雇う場合、その性格は大きな問題となる。

 当然だろう。いざという時に自分勝手な行動をされたり、ましてや自分達を裏切るような真似をするというのであれば、それこそ最悪と呼ぶに相応しいのだから。

 それだけに、ルーノは自分の評判にも出来るだけ気をつけていた。

 だからこそ、スレーシャから一方的に搾取していると噂が立ってしまうと、色々な意味で不味かった。


「この依頼はパーティ単位で受けることになる。でないと、スレーシャはランク制限に引っ掛かるからな。それは構わないな?」

「……はい、分かっています」


 スレーシャにとって、パーティというのはそれこそ以前組んでいたパーティという思いがある。

 それだけにいきなりルーノとパーティを組むと言われて少しだけ戸惑ったが、それでも今の状況を考えるとトレントの森を調べる手段はそれしかないのは事実だ。

 一瞬の躊躇の後、やがてパーティの件を了承する。

 もっとも、言うまでもなくこのパーティの件はルーノにとっても自分から望んだものではない。

 ソロで行動しているというのが、ルーノの売りの一つになっているのだから。

 特にこの辺境のギルムでソロというのは、かなりの売り文句となっていた。

 もしここでスレーシャがパーティを拒むようなことがあれば、それこそすぐに見捨てていただろう。


「報酬は、そうだな。俺が七割、お前が三割でいいか?」

「え? そんなに貰ってもいいんですか?」

「ああ。幾ら何でもお前が生活出来ないような報酬を……って訳にもいかないしな。分かったら、さっさと帰って明日の準備をしておけ。言っておくが、トレントの森を調べたいからって護衛の手を抜くような真似はするなよ」

「分かってます! すぐに準備を整えてきますから、これで失礼します」

「いや、待てって。俺の話を聞いてたか? 依頼があるのは明日だぞ? なら、今から張り切って……しかもここにやって来ても意味はないだろ」


 呆れた様子で告げるルーノに、スレーシャは小さく頭を下げる。


「あ、その……すみませんでした」

「分かればいい。とにかく、明日の朝、午前六時の鐘が鳴る頃にギルドで待ち合わせでいいな?」

「はい、勿論です」

「そうか、ならもう帰って寝ろ。子供は寝る時間帯だぞ」

「……はい」


 最後に自分を子供扱いしたのにはスレーシャも色々と思うところはあった。

 自分はもう一人前の女だと、そう思っていたのだから。

 だが、ここで何かを言ってルーノの機嫌を損ねるような真似は出来ないと、それ以上は何も言わずに去っていく。

 それを見送ったルーノは、ようやくゆっくり出来ると……エールのお代わりを頼むべく、給仕に声を掛けるのだった。

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