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レジェンド  作者: 神無月 紅
命喰らう森
1358/3865

1358話

 スレーシャは、レイの言っていることが理解出来なかった。

 いや、理解はしているが驚きでそこまで頭が回らないというのが正しいだろう。

 勿論、森が侵蝕しているのは逃げ出す時に見ている。

 だが……それでも、一晩でそれ程に森が広がっているというのは、完全に予想外だったのだ。


「数分、ですか?」


 間違っていて欲しいと、そう思いながらも改めて聞くスレーシャに、レイは頷きを返す。


「そうだ。森の木々もそれなりに大きなものだったけど……本当にお前達が野営をした場所がそのままになっているのだとすれば、森が広がる速度はかなりのものだな」

「……そんな……」


 レイの言葉に何を思ったのか、スレーシャは口を覆って動きを止め……やがて、恐る恐るといった様子でレイに向かって再び口を開く。


「その、私の仲間の姿は……」


 見なかったか。

 言葉に出来ず尋ねてくるスレーシャに、レイは首を横に振る。


「俺が見た限りだと、どこにもその姿はなかったな。森の中心部分とかに行けば、何かの手掛かりがあったかもしれないが……俺の役目は森の確認だったからな」

「そうですね。森があるかどうかを確認して貰う筈だったのですが……森に降りたのですか」


 ワーカーがレイを見ながら溜息を吐く。

 だが、そこに責める色はない。……いや、殆どないというのが正しいか。

 ワーカーとしては、出来ればレイには危険なことをして欲しくはなかった。

 それはレイを贔屓しているといったことではなく、今回の森の件についてレイは切り札といえる能力を持っているのを理解していたからだ。

 レイが使う、炎の竜巻。

 それは、森という存在に対する攻撃手段としては、これ以上ないものの筈なのだから。


「あー……悪いな。けど、森の上空から何か光る物が見えてな」


 そう言いながら、レイの視線が向けられたのはスレーシャのパーティの荷物。


「……そうですか。ですが、出来れば勝手な行動は慎んで貰えると、私としても助かります」


 もしレイが森の中に入らなければ、スレーシャのパーティの荷物はそのまま森に呑まれ、スレーシャの手に戻ってくることはなかっただろう。

 それが分かっているだけに、ワーカーもあまり強く言うことは出来ない。


「ああ、悪かったな。……ああ、それとこんなのも拾ってきたぞ」


 そう告げ、レイが次に取りだしたのは一本の枝。

 普通に見ればただの枝でしかないが、今の状況で出すということは、この枝がどのような意味を持つのかは明らかだった。

 それでも一応ということで、ワーカーは枝を手にしてレイに声を掛ける。


「もしかして、この枝は……?」

「ああ。その森の枝だ。丁度地面に落ちてたから、それを持ってきた。……あの森について調べるのに役立つだろ?」

「ええ。勿論です。……ですが、枝を持ってきて何も影響はなかったのですか?」


 人を喰らう森……そんな異様な森なだけに、何かあってもおかしくはない。

 そんな意味でワーカーはレイに視線を向けたのだが、レイは特に問題はないと頷きを返す。

 レイの様子を確認したワーカーは、改めて枝に視線を向ける。

 もっとも、ワーカーはギルドで働いているが、モンスターの素材を見分けるような目を持っている訳ではない。

 その枝を手にじっと見つめるが、何かが分かる訳でもなかった。

 枝に目で見て分かるような異常があれば話は別だが、レイが持ってきた枝は見かけは普通の枝にすぎない。


「ワーカー、ちょっと貸して貰える?」


 ワーカーにそう声を掛けたのは、マリーナ。

 ダークエルフとして、植物には色々と興味があるのだろうと判断し、またそれだけに何かこの枝に違和感でも見つけて貰えるのでは? と、ワーカーはその枝をマリーナに渡す。

 そうして受け取った枝を数十秒程見ていたマリーナだったが、やがて小さく溜息を吐きながら、テーブルの上に枝を置く。


「駄目ね。見た限り何か特別な枝ではないわ。ただ……普通の木に比べると、少し強い魔力を持っているようだけど」

「いや、それが特別って意味じゃないの?」


 マリーナの言葉にヴィヘラが突っ込む。

 だが、そんな突っ込みに対して、マリーナは首を横に振る。


「いえ、木が魔力を持っているというのは、そう珍しいことじゃないのよ。ただ、この枝は少し多いというだけで」

「……そうなの?」

「ええ。もっとも、エルフやダークエルフ以外だと、……ああ、そう言えば」


 喋っている途中で、何かに気が付いたかのようにマリーナの視線がルーノに向けられる。

 話している内容が深刻なものだというのは分かっているのだが、それでもマリーナのような女の艶を無意識に発しているような相手に視線を向けられれば、どうしても緊張してしまう。


「あ、ああ。えっと、ちょっと待ってくれ」


 マリーナという存在そのものに目を奪われていたルーノだったが、その言葉で我に返り、慌てて魔眼で枝を見る。

 だが……すぐに首を横に振る。


「……駄目だ、俺には普通の木にしか見えない」

「あら、そうなの? ……まぁ、普通の木よりも強い魔力と言っても、普通の人間には見分けがつかないのかもしれないわね」


 残念そうに呟くと、マリーナはその枝をワーカーに渡す。


(一mmも二mmも、見ただけだと同じように見える……みたいな感じなのか?)


 何となくだが、マリーナの言いたいことを理解したレイは不意にマリーナが自分の方を見て笑みを浮かべたのに驚く。

 自分が何を考えていたのか、それを見抜いたのではないかと。

 だが、マリーナはそれ以上は何も口に出さない。

 別に疚しいことを考えていた訳ではないレイだったが、そんなマリーナの仕草を見れば何だか自分が妙なことを考えていたかのように思えてしまう。


「それで、これからどうするんだ? そんな森があると分かった以上、このままには出来ないだろ?」


 少しだけ慌てたように尋ねるレイだったが、その言葉は間違いのない真実でもあった。

 動物やモンスターが住んでいる訳でもなく、それどころか迂闊に森の中に入れば攻撃されてしまう。

 そんな森が一晩で十mずつ広がっていく……もしくは移動しているのだ。

 どう考えても、ギルムにとって危険なのは間違いない。


「そうですね。……そもそもそのような森があるのが今まで見つからなかったのは疑問ですが……」

「それは街道からかなり離れているからだろうな。そもそもあの辺りには特にこれといった物もなかったから、街道を逸れてまで移動しようと思う奴はいなかったんだろうし」


 レイの場合はセトに乗っていたから殆ど距離を感じなかったが、スレーシャ達は街道から意図的に外れて、それから歩き回ってあの森の側に到着したのだ。

 また、スレーシャが森から逃げ出した時も、街道に出るまで夜から朝まで走りっぱなしだった。

 勿論、スレーシャがダグザ達と行動を共にしていた時は、モンスターを探しながらの移動だった為に時間が掛かったのだろうし、森から逃げ出した時は半ば恐慌状態のままで逃げ出したこともあって、真っ直ぐ街道まで向かっていた訳ではないだろう。

 それでも、やはり街道から森までの距離は相当なものがあるのは事実で、何もないと分かっている冒険者がそこに行くかと言われれば、否だろう。

 もっとも、冒険者の中には変人も多い。

 そうである以上、絶対に誰も行かないということはないのだが。


「そうですね。それに、ついこの前までは冬だった……というのも影響しているでしょう。わざわざ冬に外に出るような人は……まぁ、いないとは言いませんが」


 ワーカーが言っているのは、冬越えの資金を貯めることが出来なかった者達のことだろう。

 レイを含めて紅蓮の翼の面々は資金的に全く困っていなかったが、中には実力不足、不運、怠け癖、それ以外にも様々な理由で資金を貯めることに失敗する者もいる。

 そのような者達は、当然のように金がなくなれば冬にも依頼を受ける必要が出てくるのだ。

 そして冒険者の仕事には採取や討伐といった依頼がある。

 特に討伐依頼は、討伐証明部位、魔石、素材、肉といった具合に多くの収入を得ることが出来る。

 そして討伐依頼を行う場合には、街道から逸れた場所に向かうのも珍しくはない。

 だが、もし冬であってもそのような者達が森を見つけていれば、間違いなくギルドに説明しているだろう。

 それがなかった以上、もしかしたら森は春になってから出来たのかもしれないと、ワーカーは考える。


「一応聞きますが、引き継ぎの時にこの件を知らせ忘れたとかはないですよね?」

「ええ、そんな森があるなんて情報は全く私に入っていなかったわ」

「そうですか」


 ワーカーとマリーナのやり取りに、スレーシャは意味が分からず不思議そうな表情を浮かべる。

 それに気が付いたのだろう。スレーシャの隣に座っていたルーノは小さく囁く。


「あっちのダークエルフは、マリーナと言ってついこの前までギルドマスターだった人物だ。冒険者に戻る為に、ワーカーにギルドマスターの地位を譲ったんだよ」

「な……」


 スレーシャにとってみれば、ギルドマスターというのはレイのような異名持ちの冒険者とは別の意味で雲の上の存在だ。

 にも関わらず、何故自分から冒険者に戻るのか……その理由が分からなかった。

 もっとも、自分が口を出せば余計なことに巻き込まれると予想し、それ以上は何も口に出すことはなかったが。


「とにかく、レイさん。明日からも一日一回でいいですので、森が毎日どの程度広がっているのか……もしくは移動しているのかを調べて貰えませんか? 先程の報酬はそれも込みということで」

「……後出しってのはちょっと卑怯じゃないか?」

「そうかもしれませんね。ですが、先程の報酬にはそれだけの価値があるものだと、そう思いますが?」


 ワーカーの言葉は、間違いのない事実だった。

 火炎鉱石の値段を考えれば、小さめではあっても樽に入るだけの量の値段を考えると相応のものになるだろう。


「……もう一樽だ。それで一ヶ月は毎日森の様子を見に行くのを約束する。それ以降にもって場合には追加の報酬を希望する」

「ええ、それでいいでしょう」


 レイの言葉に、ワーカーはあっさりと頷く。

 そんなワーカーの様子に、レイはしまったと思う。

 今のワーカーの口調から、恐らくもう少し押せばもっと報酬は増えていたのだろうと。

 この手の交渉がそれ程得意ではないレイとしては、その辺りを読み違えたのだ。


(こっちもマリーナに任せればよかったか? いや、けどな……)


 元々火炎鉱石を報酬として貰うことが出来たのは、マリーナのおかげだ。

 ただし、そこには交渉の類は殆ど存在しなかった。

 当然だろう。つい先日までギルドマスターをしていたマリーナなのだから、報酬がどのくらい貰えるかというのは十分以上に分かっているのだから。

 だからこそ、ワーカーも前もって集めていたレイの情報から、レイが欲しがるだろう火炎鉱石を渡したのだ。

 結局レイは火炎鉱石二樽での依頼を引き受ける。


「それで、あの森だが……」

「トレントですね。少なくても私達を襲ったモンスターはトレントでした」

「……けど、俺とセトが近寄った時はトレントは現れなかったぞ?」

「擬態……いえ、レイはともかく、セトの感覚を誤魔化すのは無理よね」


 レイとスレーシャの会話にヴィヘラが言葉を挟むが、別にこれはレイを軽んじている訳ではない。

 そもそも、レイの五感は普通の人間に比べると遙かに鋭いのだから。

 だが、グリフォンのセトはそのレイ以上に鋭い。

 それこそ力が同じくらいのモンスターであればともかく、トレントがセトの感覚を誤魔化せる筈はないという思いが……いや、確信がヴィヘラにはある。

 それはヴィヘラだけではなく、マリーナやビューネ、そして何よりセトの相棒のレイが一番よく知っていた。


「そうだな。擬態してもセトならそのくらい見抜く筈だ。特にセトは以前一度トレントと遭遇している。そうである以上、見逃すってことはない筈だ。けど、そのセトが森の中では何も反応しなかった。……何でだ?」

「スレーシャが見たモンスターがトレントではなかったとか? ……ねぇ、スレーシャ。貴方今回の件以前にトレントと戦ったことは?」

「あります。私達が活動していた場所の近くの林にトレントが出たとかで。……けど、その時は相手が一匹だったこともあって、苦戦はしましたが無事に倒せました」


 その言葉に、更にレイは首を捻ることになる。


「森を形成している木の全てがトレントじゃない……のか?」

「けど、トレントでもなきゃそう簡単に増えるなんてことはないでしょ?」

「……まぁ、そう言われれば」


 そもそもそこまで不自然な森という時点で色々とおかしいのだから、森がトレントでなくてもいいのでは? という風に思ってしまうのだが。


「とにかく……トレントであろうとなかろうと、厄介な存在なのは間違いないだろうな」


 呟くレイの言葉に、その場にいる全員が頷きを返すのだった。

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[気になる点] 森の中に動物もモンスターも一匹もいなかったって報告してなくない?
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