1341話
リトルテイマーの61話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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部屋に入って来た相手を見て、ダスカーは溜息を吐く。
「あのな、もうマリーナはギルドマスターじゃないんだろ? なのに、仮にも領主に対して前もっての約束もなしに会おうとするとか、色々と不味いんじゃないか?」
読んでいた書類を机の上に置きながら告げるダスカーに、マリーナは真面目な顔で頷く。
「そうね。普通ならそうかもしれないわ。けど、今日はダスカーの悩みを一つ……完全にって訳じゃないけど、解決してあげようと思ってね」
「俺の悩み? なら今俺の前に立っている誰かさんの件なんだけどな」
「あら、それは面白いわね。私が何かあったのかしら?」
「……ふん。で、結局用件は何なんだ? 俺の悩みってのは色々あるけど」
口ではどうやっても勝てないと思ったのだろう。不服そうにしながらも、ダスカーはマリーナに話の先を促す。
自分の小さい頃のことを知られており、特に子供の頃にマリーナに対して結婚を申し込んだということを持ち出されてしまえば、ダスカーは全面降伏するしかない。
黒歴史と呼ぶに相応しい、そんなことを持ち出されるよりも前に、大人しく話を進めた方がいいという判断だった。
当然マリーナもそんなダスカーの考えは理解しているのだが、今はそれを口にしたりはせず、率直に本題を口にする。
「今、レイが巻き込まれている件は知ってる?」
「ああ。最近ギルムにやって来た商会の内輪揉めに巻き込まれたんだろ。相変わらずだな」
レイの性格……いや、この場合は性質、それもトラブル誘引性質とでも呼ぶべき様子に、ダスカーは呆れたように、それでいてどこか面白そうに笑みを浮かべる。
「どうやら情報網はしっかりと働いているらしいわね」
「当然だ。特にレイは色々な意味で重要な人物だからな。その周辺はしっかりと情報収集してるよ。マリーナとヴィヘラ皇女とビューネの三人で紅蓮の翼というパーティを組んだこともな」
自分達がパーティを組んだことを知っているのは、マリーナも特に驚きはしない。
そもそも、レイがスピール商会の内輪揉めに巻き込まれた情報を知っている時点で、相応に詳しく情報収集されているのだ。
であれば、紅蓮の翼というパーティを組んだという情報は知っていてもおかしくはない。
「そう。それで……レイが巻き込まれている件でちょっと動きがあったんだけど、それは知ってる?」
「支店に馬車が突っ込んで、その混乱に紛れて支店長の護衛が殺されたんだろう?」
「ええ。で、その護衛を殺した暗殺者……ケーナを捕らえて色々と情報を聞いたんだけど……」
マリーナの口から出た言葉に、ようやくダスカーは驚きを露わにする。
暗殺者のことは知っていても、既にその相手をマリーナ達が捕らえていたということまでは情報が上がってきてなかったのだろう。
……だが、それも当然と言えた。
マリーナ達がケーナを警備兵に引き渡してから、この領主の館にやって来るまでは殆ど時間が経っていない。
警備隊から報告が上がってくるよりも、マリーナの行動の方が早かったということだろう。
「……それで? 俺に何を要求する気だ? どうせマリーナのことだ、その情報を俺に教えたのには何かしら理由があるんだろう?」
「ええ、勿論。まず第一に、どうやらケーナに依頼をしてきたのはプレシャスの護衛をしていた男のようなのよ。その人物がギルムの外に出ようとしたら、可能な範囲でいいから足止めをして、私に知らせて欲しいの」
「まあ、暗殺者に依頼をして誰かを始末したという時点で犯罪者なのは間違いない。そのような人物を好き勝手に動き回らせる訳にはいかんが……その相手の顔が分からなければ、どうしようもないだろう?」
「そうね。だから、あくまでも可能な限りといったところよ。それと、ケーナについてだけど……暗殺者という身の上だけど、話した限りではそこまで性格が悪い訳じゃないわ。腕もそこそこ立つし……草原の狼の一員としても十分に使えるわよ?」
「罪を犯した暗殺者を、味方に引き入れろと? それは色々と無茶じゃないか?」
「そう? でも、そういう意味では草原の狼だって元々は盗賊でしょ?」
「……自称義賊だけどな」
「一般の人から見れば、変わらないわよ。そんなの。それに、ケーナにはプレシャスの件で少し手伝って貰いたいと思ってるの。その報酬ということで死刑は免除して、ダスカーの部下にしてみたらどう?」
マリーナの言葉に、ダスカーは難しい表情で悩む。
草原の狼を含め、ダスカー直属の諜報機関は決して人数的に余裕がある訳ではない。
また、これまでの経験からマリーナの人を見る目には確かなものがあるというのは理解している。
である以上、今回の申し出を検討してもいいのではないかと。
そう思ってはいるのだ。
それでも素直に頷けないのは、やはり暗殺者という存在に色々と思うところがある為だろう。
だが、それでもダスカーはどうすればギルムの……ラルクス辺境伯領の利益になるのかと考え、やがて頷く。
「分かった。マリーナの提案を引き受けよう」
そして最終的に、ダスカーはマリーナの提案を引き受ける。
色々と問題があるようだったが、それでも草原の狼の人員を増やすことが出来るというのは、ダスカーにとってありがたかった。
……尚、以前は草原の狼と言えば義賊の名前だったが、今ではダスカー直属の諜報機関の名前として使われている。
その草原の狼の人員は、現在決して十分にいる訳ではない。
草原の狼を率いるエッグが何人か昔なじみを引き入れてはいるのだが、それでもまだ人数が不足しているのは事実だった。
そこにマリーナの目に叶った相手がいるのであれば、それに対して反対するつもりはない。
当然ながらケーナという人物はエッグに見て貰う必要があるのだが、マリーナの様子を見れば、そこで落とされる心配も殆どない。
スピール商会の内部抗争については多少問題があるが、それとても珍しいという訳ではなかった。
いや、ここまで大規模な争いに発展するのは多少は珍しいのかもしれないが、それとて他に皆無という訳ではない。
ギルムが得ることの出来る利益を考えれば、多少の問題は気にする必要はなかった。
「そう、ありがとう。おかげでこちらも色々と助かるわ」
「ああ、そうかい。それじゃあ、俺は仕事があるから用件が済んだら出てってくれ。誰かさんとちがって、俺は忙しいんでな。……ほら」
マリーナに声を掛けながら、ダスカーは素早く書類を作成して渡す。
警備隊に持っていけば、ケーナをある程度自由に使えるようにする書類。
普通ならそう簡単に渡せるものではないのだが、ダスカーはマリーナを苦手としていても信頼している。
このような書類を渡すのを、躊躇うようなことはなかった。
「ありがとう。なら、早速動くわね」
「そうか。……ありがとよ」
最後にダスカーが短く告げた感謝の言葉を背に、マリーナは小さく笑みを浮かべながら執務室を出る。
マリーナにとって、ダスカーはまだ小さい頃から知っている相手だ。
そのダスカーがこうして立派に領主をやっている姿を見れば、どうしても嬉しく思ってしまう。
ダスカーをその場に残し、マリーナは早速警備隊の詰め所に向かうのだった。
詰め所にある牢屋のすぐ前で、ヴィヘラはビューネと共に寛いでいた。
……そう、寛いでいたのだ。まるでそこが牢屋の前ではなく、いつも泊まっている夕暮れの小麦亭の部屋だとでも言いたげな様子で。
「あのねぇ。捕まった私が言うのもなんだけど……何でここでそんな風にしてるのよ? 別に見張ってなくても逃げたりはしないわよ?」
少し呆れた様子でケーナがヴィヘラに話し掛ける。
だが、そう言われた方はケーナの様子を全く気にした様子もなく口を開く。
「しょうがないじゃない。もしかしたらケーナが捕まったのを向こうが察知して、口封じに来るかもしれないもの。そうなった時、牢屋の中で……それも素手でどうにかなる?」
「それは難しいでしょうけど、それでもどこか他の場所ならともかく、警備隊の詰め所にまで来るかしら?」
「普通なら来ないでしょうけど、ケーナに依頼したのがもしかしたらプレシャス……今回の一件の裏で糸を引いている相手の護衛かもしれないでしょ?」
「……そう言えば、それらしいことを言ってたわね。それでこの護衛な訳? わざわざ私だけに」
現在ケーナが入れられている牢屋は、独房と呼ばれる類の牢屋だ。
街中で騒動を起こした相手であれば、普通なら牢屋が幾つもある場所に入れられる。
それも、一つの牢屋に数人といった具合にだ。
だが、ここにいるのはケーナだけで、他には誰もいない。
これは、ヴィヘラがもしかしたら刺客が来るかもしれないという話を警備兵にしたからこその結果だった。
普通であれば、一冒険者の言うことをここまで素直に聞いたりはしないのだが、今回はその情報を持ってきたのがヴィヘラ……紅蓮の翼の一員だというのが大きかった。
元ギルドマスターのマリーナに、異名持ちのレイ。
この二人が所属している紅蓮の翼は、結成からまだ一ヶ月も経ってない。
だが、それでも所属しているメンバーがメンバーなだけに、信頼度という面では一目置かれるのは当然だった。
……ヴィヘラも非常に腕の立つ冒険者ではあるのだが、ギルムでの知名度はそこまで高くない。
ビューネにいたっては、そんなヴィヘラよりも更に知名度が低い。
それでも紅蓮の翼の一員ということで、こうしてその恩恵を受けることが出来てはいたのだが。
「それだけ、膠着状態だったのよ。……正直なところ、何故プレシャスがこんな尻尾を出すような真似をしたのか分からないけど、今回の件は私達にとって絶好の機会なの。貴方に依頼を持ってきた相手を目の前に連れてきたら、判断して貰えるわよね?」
「……一応、私はこう見えても裏社会の人間で、依頼者を売るような真似はしたくないんだけど」
「あら、でもこのままだと処刑でしょ? なら、素直にこちらに協力した方が生き延びられるかもしれないわよ?」
「え?」
ヴィヘラが何を言ってるのか分からない。
そんな風に視線を向けるケーナだったが、ヴィヘラは一瞬首を傾げ……そういえばまだマリーナのことを言ってなかったことを思い出す。
「今、マリーナがここの領主に会いにいってるわ。上手い具合に話が纏まれば、ケーナはギルムの諜報部隊に引き取られることになるわ。……勿論、それを望まないで死を望むのなら無理にとは言わないけど」
「勿論諜報部隊の方に入るわ!」
まさに反射的と呼ぶに相応しい速度で叫ぶケーナ。
死を覚悟してはいたのだが、それでも生き延びられるのであれば生き延びたいと思うのは当然だろう。
ましてや、表には出していなかったが、実際にはケーナは処刑されるよりも前に逃げ出す気満々だった。
それが強引な脱走になるのか、それとも色仕掛けで警備兵の男を引っ掛けて脱走するのか、はたまたそれ以外か……
ともあれ、そんな企みをしていたケーナにとって、違法ではない手段で処刑を回避出来るのであればそれに乗らない手はない。
そんなケーナの叫びに、暇そうに周囲を見ていたビューネも一瞬視線を向ける。
暇そうにしてはいるのだが、実際には刺客が来た時、すぐに反応出来るように周囲の様子を探っているというのが正しい。
もっとも、ビューネは盗賊としてある程度の能力は持っているものの、戦闘力に特化しているタイプだ。
セトのように完全に接近してくる相手を察知出来る訳ではない。
それでも盗賊としてヴィヘラよりは周辺の異常を察知する能力が高かった。
そんなビューネも、いきなり叫んだケーナの言葉には思わず視線を向けてしまったのだろう。
すぐに再び周囲の様子を探り始める。
「随分と決断が早かったわね。まぁ、こっちもそれは嬉しいんだけど。……それで、改めて聞くけど諜報部隊に入るということでいいのね?」
「ええ。処刑にならないのなら、それでいいわ。……少し、その諜報部隊というのは気になるけど」
少し前から、ギルムの諜報部隊は飛躍的に力を増したという噂は、裏社会の人間としてケーナも知っている。
まさか自分がそこに入ることになるとは思わなかったが、それだけにその諜報部隊というのがどのような存在なのかは気になった。
「何でも、レイが紹介してギルムの領主が引き抜いたらしいわよ?」
「……あの坊や、どこにでも顔を出してるのね」
呆れたように呟くケーナに、ヴィヘラは否定する言葉を持たない。
それは間違いのない事実であると、レイと共に行動していれば思い知ることになるからだ。
「ん!」
そんな中、不意にビューネが声を上げる。
緊張が混ざったその声は、現在何が起きてるのかを如実に示していた。