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レジェンド  作者: 神無月 紅
陰謀の商会
1338/3865

1338話

 レイ達がその報告を受けたのは、アジモフの家から出ようとした頃だった。

 模擬戦を行い、アロガンは相変わらずのレイとの実力差に溜息を吐き、キュロットはビューネのような小さい相手にも戦闘力で負けるとレイに断言されて乾いた笑いしか出ない。

 もしかしてちょっと失敗したか? とレイが微妙に冷や汗を掻いてしまったのは、ある意味当然のことなのだろう。

 護衛を任せようとした二人の戦意を思い切り挫いてしまった……それどころかへし折ってしまったのだから。

 一応向こうの強さに合わせての模擬戦ではあったのだが、もう少し手加減をするべきだったかと、そう思いながら一旦アジモフの家を出て何か情報でも集めようかということになり……そこに、以前プレシャスがスラム街に行ったという情報を持ってきた女が接触してきた。

 その女から聞かされた情報が、スピール商会のギルム支店に馬車が突っ込んだという情報。

 単なる事故か何かとも考えることが出来るのだが、現在の状況を考えたレイ達は当然そう思うようなことはしなかった。

 ほぼ間違いなく、プレシャスの件の飛び火。

 そう思い、レイ達はスピール商会のギルム支店に向かって走り出す。


「多分……いや、間違いなくプレシャスの仕業と考えて間違いない筈だ。もしかしたら本当に事故だったり、もしくはプレシャス以外の襲撃という可能性もあるが」

「もしそうだったら、どうするの?」


 パーティドレスという明らかに動きにくい格好をしているにも関わらず、マリーナの走る速度は質問をしながらもレイと変わらない。

 もっとも、それは人の多い道を走っているからであって、街の外であれば当然差が出てくるだろうが。

 それはヴィヘラやビューネもまた変わらない。

 そして何より、セトはかなり力を抑えて走っていた。


「どうにもしないさ。勿論何か危ないようなら手を貸してもいいけど」


 レイはトリスに貸しはあっても借りはない。

 そうである以上、わざわざ自分から何か手助けをしようとは思わなかった。

 プレシャスが一連の事件を巻き起こした証拠や情報を渡すのであれば、話は別だったが。

 もしくは、全く関係のない人物が死にそうになっているといったところであったりしても、手を貸す可能性は高いだろう。


「まぁ、今の状況でトリスの店に馬車が突っ込むようなことが起きるのは色々と不自然だわ。恐らくプレシャスが何かを仕掛けてきた可能性の方が高いでしょうね。……けど、もう事態は起こった後なんだから、手掛かりの類はないと思うわよ?」


 こちらは、ヴィヘラ。

 踊り子や娼婦が着ているような薄衣を風になびかせて走りながら、そう告げる。

 そんなヴィヘラの後ろを走りながら、ビューネも無言で頷いていた。


「ああ。それは分かってる。ただ、今は少しでも情報や手掛かりが欲しいからな。もしかしたら……という可能性もあるかもしれないだろ?」


 馬車を店に突っ込ませるような真似をした以上、それで終わりになるとはレイには思えなかった。

 勿論、実際には本当にただの脅しでしかないという可能性も十分にあったのだが。

 その辺りは、実際に店に行って確かめる必要があった。

 そうして道を進んでいくと、やがて人の数が多くなってくる。

 こうなってしまえばレイ達も走る訳にはいかず、移動方法を歩きに変える。


「馬車が突っ込んだんだって?」

「ええ。そうらしいけど……御者はいなかったらしいわよ? それで怪我人はともかく、死んだ人がいないのは奇跡よね」

「え? 御者がいないって……じゃあ、なんで馬車は走ってたんだよ? 御者がいないなら……」

「そうね。恐らく何か訳ありってことなんでしょうね。このお店はスピール商会ってギルムに来たばかりの商会の支店らしいし」

「うわ、本当かよ? なら、あまり関わり合いにならない方がいいんじゃないか?」


 道を歩いていると、レイの耳にはそんな声が聞こえてくる。

 大声で話している訳ではなく、隣の相手と小声で交わしている会話。

 だが、レイの聴覚であれば十分にその話の内容を聞き取ることは出来る。


(御者のいない馬車、か。馬だったら建物が目の前にあれば普通に避けたりしそうだけどな。もしくは、止まるか。けど、それをしなかったってことは……出来なかった?)


 疑問を抱きながらも道を進み、やがて馬車が突っ込んでいる店が見えてくる。

 既に警備兵の姿があり、現場を調べているところだった。


「やっぱり来るのがちょっと遅かったわね」

「しょうがないわよ。ここに馬車が突っ込んだという情報を得てから、それを私達が人伝に知って、それからこうしてここにやってきたんだもの」


 マリーナとヴィヘラの言葉を聞きながら、レイは顔見知りの……アジモフが襲撃された時に詰め所にいた警備兵の姿を見つける。

 すると向こうもレイの姿を見つけたのだろう。……いや、セトやマリーナ、ヴィヘラといった目立つ面々がいるのだから、向こうがレイ達を見つけるのは難しい話ではないのだろうが。


「レイ、どうしたんだよ?」

「いや、ちょっと通り掛かってな。それよりも馬車が突っ込んだんだって?」

「ああ。被害は少なかったが……」


 警備兵は、言葉を濁す。

 それは周囲に物見高い見物客の姿があった為だ。

 ここで重要な情報を口にするのは、色々と不味い。

 そう思ってのことだったが、それでも何か事情があるというのはレイにも理解出来た。


「そうか。トリスとは会えるか?」

「いや、今は色々と事情を聞いているところだ。悪いが、会わせる訳にはいかない」

「……なるほど」


 その言葉で、レイは今回の件がただの事故ではないということは理解出来た。

 普段であればトリスのような立場の人間が店頭に出るということは少ない。

 にも関わらず、こうして事情を聞かれているということは、何かあったのだろうと。

 勿論普通の事故でも多少事情を聞かれたりはするのだから、必ずしもそうだとは限らないのだが。


「グルゥ」


 警備兵と話していたレイのドラゴンローブの裾を、セトがクチバシで軽く引っ張る。

 一瞬腹でも減ったのか? と疑問に思ったレイだったが、セトが自分を見つめる円らな目の中には、鋭い光があった。

 それは街中で見せる、マスコットとしてのセトの視線ではなく……街の外で見せる、モンスターとしての視線。

 それだけで、セトが何か異常を見つけたのだというのは分かる。

 レイの気配が変化したのを、マリーナやヴィヘラも感じたのだろう。油断せずにレイとセトの側に近付く。

 一瞬遅れて、ビューネもレイ達の方にやって来た。


「どうしたの?」

「セトがな」


 短く呟き、レイの視線を追ったマリーナの視線に止まったのは一人の女。

 肩で切り揃えられた髪型をしている人物で、どちらかと言えば美人と表現するのに相応しいだろう人物。

 だが、その女はレイ達が自分を見ていると気が付いたのか、何故自分が見られているのか分からないといった様子で首を傾げると、やがてその場から去っていく。


(どうする? 追うか?)


 迷ったのは一瞬。すぐにこの中で最も隠密行動が得意なビューネに向かって声を掛ける。


「ビューネ、今のあの女を追ってくれ。ただし、あくまでも無理をしない範囲でだ。何か危険があったら、すぐに離脱するように。俺達はセトの鼻でお前を追う」

「ん!」


 任せて! といったように一言呟くと、ビューネはすぐにその場を走り去った。

 そんなレイ達の様子を見ていた警備兵が何かを言おうとするも、ここで変に口を出せば色々と不味いというのは理解していたのだろう。

 結局は何も口に出さず、レイに短く声を掛けるとそのまま持ち場に戻っていく。


「行くぞ」


 そんな警備兵を一瞥すると、レイはそれだけを言う。

 そしてセトが歩き出し、レイ達はその後を追う。


「予想外の展開だったな。……いや、犯人は現場に戻ってくるってのは結構ありがちだけど」

「そうね。ただ、向こうにとっても今回は色々と予想外のことも多かったんじゃない? でないと、馬車を店に突っ込ませるなんて無茶な真似はしないでしょうし」


 ヴィヘラの言葉は、レイにも納得出来るものがあった。

 実際、普通であればこのような大掛かりな……いや、無意味に派手な真似をすることは殆どない。

 裏組織同士の抗争であればその可能性もないではないが、スピール商会は歴とした表の商会だ。……多少後ろ暗いところはあるのかもしれないが。


「つまり、それを誘発するべき何かがあったってことか。……それって、もしかして俺達の件じゃないか?」


 レイ達がスラム街に姿を現し、これ見よがしに実力を見せつけ、脅すと呼ぶのに相応しい行動を取った。

 元々はプレシャスを慌てさせ、それによって尻尾を出させるようにするというのが目的だった訳だが、プレシャスの手はレイではなくトリスに伸びたのではないか。

 そう思うレイの言葉に、ヴィヘラは頷く。


「このタイミングでこういうことが起きたということは、恐らくそうでしょうね。……向こうがこういう手段に出てくるとは思わなかったけど」

「そう? 私達に手を出すのは色々と無謀でしょう? なら、向こうが次に取るべき手段として、今回の件は決して間違っているとは思わないわ」


 マリーナの説明は、納得出来るものだった。

 プレシャスがレイをそこまで評価していないとしても、プレシャスが組んだスラム街の住人は違う。

 ギルムに住んでいるだけあって、レイがどのくらいの強さを持っているのかという情報は、しっかりと得ている。

 ここで妙な真似をすれば、レイを敵に回す。

 だが、プレシャスからの依頼は受けたい。

 そう思えば、こうしてレイに手を出さずトリスに手を出してきてもおかしくはないと、そうレイも納得出来る。

 ……実際にはもっと色々と複雑な事情があるのだが、当然レイはそれを知らない。


「グルルゥ!?」


 レイ達を先導していたセトが、不意に鋭い鳴き声を上げる。

 何の意味もなくセトがそんなことをする筈もなく、何かが起きたのは明らかだった。

 そして現在の状況で何が起きたのかと言えば……それは、考えるまでもない。


「ビューネ!」


 それが何を意味しているのかを悟ったヴィヘラは叫び、走る速度を上げるのだった。






「ん!」


 自分のすぐ顔の横を通りすぎていくレイピアの刃を前に、ビューネは特に焦った様子もなく攻撃に移る。

 後をつけていた女に、あっさりとそれを見抜かれ、逆襲を受けたのだ。

 最初は向こうが自分を待ち受けているというのに気が付かず、レイピアの一撃で小さな傷を負ってしまった。

 それでも女の一撃を斬り傷程度で済んだのは、ビューネが冬の間にやってきた戦闘訓練の成果が出た形だろう。

 先制攻撃はされたが、それ以降は互角に……いや、どちらかと言えばビューネが優勢に戦いを進めていた。

 レイピアと比べれば、リーチが短い――それでも普通よりは刃の長い――短剣。

 また、身体の大きさでも大人の女とまだ子供と呼ぶに相応しいビューネ。

 武器と体格の両方で負けているビューネだったが、そのリーチの差はビューネの素早い身体能力と、レイやヴィヘラとの模擬戦で得た経験から覆すには十分だった。


「厄介なおちびちゃんね。そろそろ休もうとは思わないの?」


 窘めるように告げる女だったが、ビューネはそんな女の言葉を全く気にした様子がないままに自らの武器……白雲を構える。


(おちびちゃんも厄介だけど、何より厄介なのはあの短剣ね。……短剣、よね?)


 女……ケーナにとって、レイピアは十分に自信のある武器だった。

 それこそ、今までフリーの暗殺者として活動することが出来たのは、それだけの技術と隠密行動に自信があった為だ。

 当然暗殺者として活動している以上、その武器には自分の納得出来る物を使うのは当然であり、ランクBモンスターの素材を使って作ったレイピアは、それこそその辺にあるレザーアーマー程度であれば容易に貫くだけの鋭さがある。

 にも関わらず、目の前の子供の持つ武器と少しだけ触れ合わせた時、このままではレイピアが破壊されると、そう手応えではっきりと理解してしまう。


(何でこんな子供が、こんな短剣を持ってるのよ)


 普通の短剣よりは明らかに刃が長く、それでいて長剣よりは明らかに短い、そんな奇妙な短剣。

 目の前の子供が持つには明らかに相応しくないだろう、そんな武器。

 それこそ、自分が持っている方が有効利用出来るだろう。

 そう思ったケーナは、一瞬だけ目の前の純白の短剣……白雲に目を奪われ……


「痛っ!」


 不意に感じた激痛に、悲鳴を上げる。

 ふと見ると、自分の左腕に細長い針が突き刺さっており、一瞬の隙に投擲されたのは間違いない。


「厄介な真似をしてくれるわね」

「ん」


 一旦距離を取ったケーナは、左腕に突き刺さった長針を抜いて地面に投げ捨て、忌々しそうな表情を浮かべてビューネと睨み合うのだった。

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