1333話
レイ達がスラム街に向かってプレシャスと会った翌日……レイの姿は、アジモフの家の前にあった。
警備隊で気が付き、一日はすごしたのだが……それでも翌日には既に自分の家に戻っていたらしい。
それはレイも知らなかったのだが、街中で警備兵に会った時にそう聞かされ、真偽を確かめる為にやって来たのだ。
建物の外見からは、特に何も異常はない。
アジモフの研究室にセトが突っ込んだが、それはここから見える場所ではなかった。
だからこそ、表から見る分には特に何も異常はない。
「……まぁ、それでもアジモフのことだし、当然何か対応策でもしてるんだろうけどな」
アジモフの性格を考えれば、一度襲撃されたところを同じようにしているとは思えない。
そう考えてレイが呟くと、その隣でヴィヘラが頷く。
「そうね。寧ろ、何か反撃する為の準備をしているのは間違いないと思うわよ?」
「だろうな。それでも、この家にはパミドールとかもやって来るんだし、問答無用で迎撃するようなことはない……と思う」
それでも言い切ることが出来ないのは、やはり対象がアジモフだからこそだろう。
アジモフの性格を考えれば、それこそドアをノックした瞬間に爆発……などということも、全く有り得ないということはない。
(問題ないよな? ……うん、多分大丈夫)
自分に言い聞かせるように呟き、やがてレイは自分がしっかりとドラゴンローブを身につけていることを確認してから、扉をノックする。
「アジモフ、いるか?」
ノックをした扉が特に何もないことに安堵しながら、家の外から呼び掛ける。
そのまま一分程が経ち……やがて、扉が開かれた。
「誰だ? ああ、レイか」
姿を現したのは、当然のようにアジモフ。
特に何か異常……怪我の後遺症の類があるようには見えない。
そのことに安堵しながら、レイは口を開く。
「警備隊の詰め所から戻ってくるのはともかく、一人で家にいるってのは不用心じゃないか? 一時的にでもいいから、護衛を雇ったらどうだ?」
「そんな物好きなんか、殆どいねえよ。それに、今の時季は色々と信用出来ない冒険者も多いしな」
自分の研究に熱中することの多いアジモフでも、ギルムに住んでいる以上その辺りの事情は知っていたのだろう。
(いや。錬金術師なら当然なのか。折角作ったマジックアイテムとか、迂闊な冒険者を護衛として雇ったら、それこそいつの間にか護衛と共に消えている……のは、まだいい方か。下手をすれば、それこそ護衛の冒険者に襲われる可能性が高いし)
実は結構しっかりしてるのか……と、アジモフの様子を見たレイは感心する。
だが……だからといって、狙われた人物が護衛を付けないというのは、物騒でしかない。
「別に新人を選ぶ必要もないだろ? それこそ、前からギルムにいたような冒険者なら、ある程度信用もあるだろうし」
「……そう言われてもな。俺は研究で忙しいから、殆ど冒険者なんて知らないし。それこそレイ達以外だとランクA冒険者や異名持ちの少数くらいしか名前を聞いたことがない」
「お前、一応腕利きなんだから……冒険者が何か依頼をしに来たりとかするんじゃないのか?」
「来るけど、相手にしないのが殆どだしな。いや、何人か相手にした奴はいるけど……名前を覚えてない奴の方が多い。顔を見れば分かるかもしれないが」
「そんなんで、よく俺のこととかは覚えてたな」
「レイの場合は……セトもいたしな。パミドールの奴が連れてきたし」
変人だけあって、アジモフの考え方がよく分からない。
それがレイの正直な気持ちだった。
もっとも、それを言ったところであまり意味がないのは分かっている以上、何も言いはしないのだが。
「なら、レイが誰か護衛を紹介したらどう? レイの知り合いなら、この家から何かを盗もうとするような者はいないでしょ?」
そう告げるヴィヘラの言葉に、マリーナとビューネ、そしてまだ中庭に向かっていないセトも同意するように頷く。
「俺の知り合い?」
「ええ。どう?」
「そう言われてもな……」
ヴィヘラの提案に、レイは言葉に詰まる。
アジモフ程ではないにしろ、レイも決して顔が広い訳ではない。
いや、レイの顔を知ってる者は冒険者の中にも多い。
ドラゴンローブのフードを脱いだ顔も、それなりに広まっている。
だが……それはあくまでもレイの顔を知っているというだけであり、レイが相手を知っているということはそれ程多くはない。
レイの強さもそうだが、やはりその性格だろう。
敵対した相手には容赦しないという性格は、畏怖を抱かれることはあっても親愛を抱かれることは少ない。
勿論全員がレイを畏怖し、近付かない訳でもないのだが……
「ミレイヌは、今日からまた依頼があるって言ってたな」
昨日セトと嬉しそうに遊んでいたミレイヌだったが、若手のホープとして注目されているだけあり、この時季は指名依頼が入ることも多い。
また、それがなくても今は春になったばかりで、冬の間に目減りした資金を何とか増やそうと、受けられる依頼は受けている筈だった。
「だとすると……エルク? いや、エルクはギルムにいないか」
リハビリの件もあり、現在エルク……いや、雷神の斧は一家揃ってギルムを出ている。
「うーん……難しいな。ちょっとギルドに行って考えてみないか? もしかしたら、ギルドに誰かいるかもしれないし。それともいっそ……」
そこで言葉を止めたレイは、マリーナに……少し前までギルドマスターをやっていた人物に視線を向ける。
どのような意見を求められているのかは分かっているのだろう。マリーナは少し考えながら口を開く。
「うーん、残念だけど今の状況で私がギルドに顔を出して色々と口を出すのは止めた方がいいわね。色々とあらぬ誤解を受けることになるだろうし」
「じゃあ、ギルドでじゃなくてここで聞くのは?」
「……どうしてもって言うのなら、それも仕方ないけど……出来れば止めた方がいいわ」
「何でよ?」
レイとマリーナの会話に、ヴィヘラが口を挟む。
「これは紅蓮の翼としての行動でしょう? これからのことを考えても、出来れば私の能力じゃなくて権限とかにはあまり頼らない方がいいわ。ギルムでならそれでもいいけど、他の街や村で活動する時に困るでしょ? 今のうちに少しでも慣れておいた方がいいわ」
別に今やらなくてもいいのでは? と一瞬思ったレイだったが、こういう時の経験というのは非常に重要だというのがマリーナの考えだった。
何もない時に誰かに任せるのなら、それ程難しい話ではない。
だが、今回の場合は時間がない状況で……更に他の冒険者も忙しくて連絡が付かない時、どう行動するのか。
勿論いざとなれば、マリーナが知り合いの冒険者に頼むつもりではあったが、今はそれを口にするつもりはない。
とにかく、これから紅蓮の翼として行動していく以上、パーティリーダーとしての経験を積むのは早急にやるべきことだった。
「……分かった。なら、取りあえずギルドに行ってみるか。アジモフの護衛は……」
「ん!」
……何故?
それが、レイの正直な気持ちだった。
何故ビューネがアジモフの護衛に立候補するのかと。
基本的にビューネは、自分から何かを進んで行動することは少ない。……食べ物に関係している時は例外だが。
そんなビューネが、何故か今日に限ってはこうしてアジモフの護衛に名乗りを上げたのだ。
レイが疑問に思うのは当然だろう。
いや、疑問に思ったのはレイだけではない。ビューネとはまだ付き合いが浅いマリーナと、付き合いの長いヴィヘラの二人も同様だった。
「どうしたの、珍しい」
「ん」
ヴィヘラの問いに、ビューネは短く答える。
だが、それだけで大体ビューネの意志は理解したのだろう。ヴィヘラは少し考えながらレイに向かって口を開く。
「自分が残るのが一番いい……そう思ってるみたいよ?」
「ビューネが? って、よく今のやり取りで分かるな。……今更か」
ヴィヘラとビューネが自分とセトのように全てを言葉にしなくても相手の意思を理解出来るというのは、以前から分かっていたことだ。
何となくテレパシー的なものでもあるのか? と一瞬疑問に思ったレイだったが、すぐに首を横に振っていらない考えを頭から追い出す。
実際問題、ビューネが護衛としてここに残ってくれるというのはレイにとっても悪い話ではない。
ビューネは他の三人程に強い訳ではないが、それでも冬の訓練を通して以前に比べると大分戦闘力は上がっている。
少なくても、護衛をするという意味では問題ないと思える程度には。
それに盗賊だけあって、自分の気配を消すという能力にも秀でているので、アジモフの邪魔をしないということでは間違いなくこの中で最善の人物だろう。
最大の問題は、アジモフとビューネがしっかりとした意思疎通を出来ないことだ。
勿論、頷いたり首を横に振ったりして、最低限の意思疎通は出来るのだが。
「……はぁ、しょうがないわね。分かったわ。私もここに残るから、レイとマリーナでギルドに行ってきてちょうだい。セトは……」
「そうだな、一応ここに残した方がいいか。それでいいよな、セト?」
「グルゥ」
レイ達の話と春の日射しに負け、眠そうにしていたセトだったが、レイの言葉にはすぐに反応する。
「じゃあ、そういうことで……行くか。アジモフ、ギルドでお前の護衛をしてくれる奴を見つけてこようと思うけど、いいか?」
「俺の研究の邪魔をしないなら、別にいいけどな。けど、そこまでする必要があるのか?」
「お前、自分がもう少しで死ぬところだったって自覚が足りないんじゃないか?」
アジモフの言葉に、レイはどこか呆れたように呟く。
「そう言ってもな。襲撃されて気を失って、気が付けば全く傷がない状態で警備隊の詰め所にいたんだ。それで危機感を覚えろって方が少し無理がないか?」
「あー……うん。かもな」
アジモフにとって、襲撃されて意識を失ったというのは幸運でもあったのだろう。
そんなことを考えるレイだったが、それはそれ、これはこれだ。
「それでも、これからまた狙われる可能性があるだろ。一度狙われたんだから、もう安全なんてことは限らないんだし」
「まぁ、そりゃそうだろうけどよ」
「金に余裕は? ……いや、これは聞くまでもないか」
アジモフは性格には多少問題があるのだが、黄昏の槍を作ったりスレイプニルの靴を改良したりと、凄腕の錬金術師であるのは違いない。そうである以上、金に困るということは基本的になかった。
ここで基本的にとしたのは、あくまでも普通ならだ。
錬金術師というのはマジックアイテムを作ることを主な仕事としているが、そのマジックアイテムを作るにも各種素材が必要となる。
普通であればある程度の素材で満足するのだが……アジモフの場合、下手に腕が立つだけに色々な素材を使いこなせる為、より稀少な素材、より高性能な素材……と求めてしまう。
それこそ、黄昏の槍にどれだけの素材を注ぎ込んだのかを考えれば、アジモフの素材への拘りが理解出来るだろう。
だが、少しだけ心配そうな表情を浮かべたレイに、アジモフは任せろと頷く。
「取りあえず金貨五枚程度までなら、すぐに出せる」
「……そこまで報酬は高くないから」
勿論頼む相手にもよるが、それでも護衛に金貨五枚というのは高額すぎる。
「取りあえず数日……それで様子を見て、もう少し時間が必要なようなら追加って形になると思うけど問題は?」
「構わねえよ。俺の邪魔をしなければ、という注釈がつくけどよ」
「じゃあ、そういうことで。……ヴィヘラ、頼んだ」
「はいはい、任せておきなさい。レイはいい護衛を選んできてね」
軽く手を振り、ヴィヘラはビューネとアジモフを引っ張って家の中に向かう。
セトも、レイと離れるのを少し残念そうにしながら中庭に向かう。
そんな三人と一匹を見送ると、その場に残されたのはレイとマリーナの二人だけ。
「じゃ、行きましょうか。……考えてみれば、レイと二人きりなんて少し珍しいわね」
「そうか? ……そう言えばそうだな。何だかんだと冬は一緒の時間をすごしてたと思うけど、二人だけってのはそう多くなかったか」
「ええ。だから、こう見えて今は結構嬉しいのよ? 勿論、アジモフの件で護衛が必要で、その護衛を探しに行くのが理由なのは分かってるけど」
艶のある笑みを浮かべるマリーナと一緒に、ギルドに向かう。
マリーナがパーティドレスを身につけていることもあり、そこだけを見ればデートをエスコートしているようにも見える。
……レイがドラゴンローブを身に纏い、パーティドレスを身に纏っているマリーナも弓を手に、矢筒を背負っていなければ、だが。
そうして二人は表通りに出て、ギルドへ向かい……
「あー! レイ!?」
ギルドを目の前に、不意にそんな声が周囲に響くのだった。




