1319話
トリスとの話も一応決着し、レイは多少不満が残るものの自分達で独自で動くことになった。
そうしてレイはプレシャスが今回の件を企んだ証拠を見つけなくてはならなくなったのだが、スピール商会も……いや、トリスも自分達の手で今回の件を解決したいと判断している以上、レイの行動を黙って見ているだけではすまないだろう。
(どうやって向こうを出し抜くか、だな)
考えながら、レイはマリーナ達と共にスピール商会の建物を出る。
そしてセトのいる厩舎の場所を教えて貰ってそちらに向かうと、そこでは女子供……中には成人している男の姿もあり、皆が揃ってセトに料理を与え、撫で、可愛がっていた。
(ここもか)
相変わらずのセトの人気振りに、レイは自分の中にあった激しい感情が多少ではあるが落ち着いていくのを感じる。
そう、自分が今ここで焦っても何も変わらない。
結局やるべきことは決まっているのだから、それをやればいいだけなのだ、と。
「あ、レイさん!?」
セトに構っていた者の一人が、レイ達の姿に気が付きそう声を上げる。
その言葉に、他の者達もすぐにレイの方に視線を向け、残念そうにしながらセトから離れていく。
こうしてレイが来た以上、セトと遊ぶ時間も終わりだと、そう理解した為だろう。
その聞き分けの良さに助かりながら、レイはセトに呼び掛ける。
「セト、行くぞ」
「グルルゥ」
レイの呼び掛けに応え、セトは食べ物に未練を残しながらも立ち上がり、レイの下へ向かう。
そんなセトを撫でながら、レイは口を開く。
「セトの相手をしてくれたようで助かった。セトも嬉しそうにしてたしな」
「グルゥ」
レイの言葉通り、セトは嬉しそうに鳴く。
そんなセトの様子に、先程までセトを愛でていた者達はうっとりとし……だが、次の瞬間にレイが口に出した内容に我に戻されてしまう。
「暫くは俺と敵対……いや、競争関係になるからあまり関わることは出来ないけど、この件が片付いたらまた仲良くしてやってくれ」
「え?」
「敵対関係?」
「競争関係?」
「何で?」
レイの言葉に、数人がそう呟く。
何故そんなことになっているのか、全く理解出来ないといった口調で。
だが、それ以上はレイも口にせず、セトを連れてその場を離れる。
(これで、少しはスピール商会の動きを鈍らせることが出来ればいいんだけどな)
そんな風に思いながら。
ギルムに支店を持ったスピール商会だったが、当然ながらその職員全てをスピール商会の本店から連れてきた訳ではない。
ギルムに来てから雇った者の数もそれなりに多かった。
そのような者達は、当然ギルムにおけるセトの地位を知っている。
いや、ギルムに来たばかりの者であっても、少し情報に聡ければセトがギルムにとってどのような存在なのかを知るのは難しい話ではないだろう。
それだけに、レイの口から出された言葉にそれを聞いていた者達は驚き、身体を強張らせてしまう。
……敵対関係ではなく、競争関係と言い直されたのが唯一の救いか。
それでも動揺している者達をその場に残し、レイ達はスピール商会の敷地から出ていく。
馬車で送ろうかと、店の外に出て来たテリーに言われたものの、これから競争関係になるスピール商会に借りは作りたくないと、レイはそれを断り、歩き出す。
「……少し、意地悪じゃない?」
スピール商会から少し離れた場所まで移動すると、不意にマリーナがそう呟く。
レイにとってはそこまで言われるようなことではないと判断し、首を傾げる。
「そうか? けど、後でトリスにいきなり俺達と競争することになったって言われるよりは、早い内に知っておいた方がいいと思うけどな」
「その分、あの人達は私達と敵対関係になったって考えて、動揺する時間も多いけどね」
レイとマリーナの会話に、ヴィヘラが口を挟む。
「いや、敵対関係じゃなくて競争関係だろ?」
「普通ならそこまで変わらないわよ、それ。……まぁ、レイが相手だと変わるんでしょうけど」
敵対関係になった相手に対し、レイはそこまで優しい対応はしない。
そう考えれば、競争関係という言い方は決して悪いものではなかったのだろう。
もっとも、それでもショックを受けている者はそれなりにいたのだが。
「ま、それはそれ、これはこれって奴だな。それよりもこれからどうするかだが……そろそろ、アジモフは目を覚ましてないか? 傷はポーションで回復してたんだろ?」
「そう、ね。そろそろ意識が戻っててもおかしくはないと思うけど。ただ、問題はアジモフが自分を襲ってきた相手の情報を何か持っているのかどうかね」
マリーナの言葉にレイは少し悩んだが、すぐに考えを改める。
そもそもの話、今回の件では手掛かりらしい手掛かりは残っていない。
セトに臭いを追って貰って、それで到着したのがガラハトの屋敷だったのだ。
そこからは臭いを辿れなくなっている以上、今の手掛かりはアジモフの記憶が一番大きい。
……腕ずくでいいのなら、それこそプレシャスに直接聞いてみるという手段があるのだが、今回その手の方法は禁止されている。
(ああ、でも禁止されているのはあくまでも暴力的な手段なのか。なら、直接手を出すんじゃなくて、相手に話して動揺を誘う……無理か)
幾らレイがプレシャスに話し掛けたとしても、向こうはその程度で動揺をする筈もない。
ましてや、その動揺から下手な手を打ってくる可能性は皆無に等しい。
そこで下手な手を打ってくれれば、向こうにとっては致命的なものとなるのだろうが……そう思うレイだったが、すぐに首を横に振る。
実現不可能なことを悩んでも仕方がない、と。
(もっとも、本当に追い詰められて……それこそどうしようもなくなれば、一発逆転を狙ってそんな手を打ってくる可能性もないではないだろうけど)
だが、そこまで追い詰められたプレシャスであれば、さっさとギルムから去っていくのではないかという思いもある。
今プレシャスがギルムにいるのは、あくまでもトリスへの対抗心からだ。
自分が破滅するかもしれないと、そう思ってもまだギルムに残るとは、レイには思えなかった。
(まぁ、そこまでトリスに対する恨みがあるのなら話は別だけど……いや、可能性はあるのか? そもそも、ギルムの支店はトリスに任された場所だ。なら、プレシャスが来る筈もないのに、わざわざ来ている。その時点で、トリスに対する嫉妬や恨み、羨望が強いのは確実だ)
これが、辺境のギルムでなければ他の街や村に移動するのもそう大変ではない。
だが、ここは辺境なのだ。
それこそ、様々なモンスターが大量に存在している、そんな人外魔境の地域。
そんなギルムにわざわざ自分からやって来るのだから、そこに強い感情があるのは確実だった。
もっとも、今は春になったばかりでギルムにやって来る冒険者の数も多い。
そのような者達に護衛を頼めば、大して金を掛けずにギルムまでやってくることが出来るだろう。
……ただ、この時季にギルムに来る冒険者は正に玉石混淆と言ってもいい。
腕の立つ者はギルムでも十分やっていけるだけの強さを持つが、中には何かを勘違いして自分は腕利きだと判断しているが、実際にはそこまで腕の立たない冒険者というのもいる。
そのような者に限って声が大きく自信に満ちているように見える為、商人の中にはその勢いに半ば誤魔化されてしまう者も多い。
(プレシャスはスピール商会の中でもかなりの商人だって話だし、そんな奴に引っ掛かることはないと思うけどな)
トリスに対抗出来るのだから、その辺りは間違いなかった。
もっとも、そのような人物であるにも関わらずレイにちょっかいを出してくるような無謀さも持ち合わせているのだが。
ギルムについて……そしてレイについて少しでも調べれば、迂闊に敵に回すようなことが出来る相手ではないというのは、容易に想像出来る筈だった。
にも関わらず、レイを現在進行形で敵に回しているのだから。
「じゃあ、アジモフの意識が戻ってるかどうかを確認して……それからは聞き込みか? 情報屋とか、俺は会ったことがないんだけど」
今までは何か情報を集めるにしても、運が味方したのか特に苦労することなく……いや、苦労はしたが、それでも自力で情報を集めることが出来ていた。
だが、情報屋という存在がいるのだから、そちらを使った方が手っ取り早いのは間違いない。
マリーナやヴィヘラに情報屋についての話を聞かされていたレイのその言葉に、最初に反応したのはマリーナ。
元ギルドマスターという立場上、ある程度情報屋に対しての伝手があるのだろう。
ヴィヘラは以前いた迷宮都市であれば情報屋に対しての伝手はあったのだが、残念ながらギルムではそのような伝手はない。
情報屋に対する伝手も作らなければならないと思ってはいたのだが、何だかんだと先延ばしになってしまっていた。
だが、マリーナの方もそこまで詳しい伝手がある訳ではない。
ギルドマスターになる前に冒険者として活動していた時には、何人もの情報屋を知ってはいた。
しかし、それは随分と前の話であり、今も活動している者は殆どいない。
「情報屋ってのはどうやって接触を持つんだ?」
「情報屋自体は、それこそ探せば幾らでも見つかるわよ? ただ、本当に信用出来る情報屋、能力のある情報屋というのは少ないんだけど」
レイの疑問に、マリーナがそう答える。
情報屋というのは、冒険者と同じように玉石混淆だ。
それこそ、全く見当違いの情報を持ってくる者、それどころか適当に情報をでっち上げる者、情報料を極端に高値とする者……といった者は珍しくない。
寧ろ、冒険者と比べるとより玉の方が少ないだろう。
それだけに有能な情報屋との伝手は非常に稀少なものだった。
また、有能な情報屋の方も自分が下手な真似をすれば、自分の命に関わるというのは知っており、自分から進んで前に出てくるような者はそう多くはない。
だからこそ、そのような有能な情報屋に対する伝手を得るには、誰か有力者からの紹介のような方法を取る必要がある。
その伝手を作るのも、また難しいのだが。
何故なら、迂闊な相手を紹介してその紹介した相手が情報屋に対して妙なことをした場合、その紹介した者の責任にもなる為だ。
腕の立つ情報屋としては、そんな危険な相手とは付き合いたくないのは当然だろう。
そうなれば、冒険者と情報屋の縁は切れる。
「あ、見えたわよ」
そのまま買い食いをしつつ進むこと、暫く。
買い食いのついでに色々と情報収集をしながら歩いてはいたのだが、そこで得られた情報らしい情報はない。
……プレシャスが表立って活動していたとしても、本人はそこまで目立つ外見ではない。
少なくても、マリーナやヴィヘラのように……そしてドラゴンローブのフードを脱いだレイや、何よりもセトのように一目見ただけで強く印象づけられるような容姿ではなかった。
そんな人物の情報を求めても、すぐにはいそうですかと情報が集まる訳がない。
「結局情報は入手出来なかったか」
「その分、食べ物は色々と買えたでしょ。……普通なら到底食べきれない量なのに、レイとセトとビューネがいれば、寧ろ足りないくらいだったわね」
「いや、セトがいる時点でその辺は決まってるだろ?」
ヴィヘラの、どこか呆れた様子にレイはセトを撫でながらそう告げる。
撫でられたセトは、どうしたの? と小首を傾げてレイに視線を向けていた。
「何でもないよ。俺達は詰め所で少し話をしてくるから、セトはその辺で遊んでてくれ。丁度いい具合に暖かいし、昼寝をするのにもいいかもな」
「グルルゥ」
レイの言葉に空を見上げ、太陽から降り注ぐ柔らかな光にセトは嬉しそうに喉を鳴らして詰め所の近くに寝転がる。
……当然詰め所の前には警備兵が立っているのだが、そんなセトに対して注意をするようなことはない。
言っても無駄だというのは分かっているし……何より、自分のすぐ側でセトが眠る姿を愛でることが出来るのだから。
警備兵もギルムの住人である以上、当然のようにセトを好む者は多い。
いや、ギルムから出る者の手続きをする以上、冒険者で頻繁に外に出るレイと警備兵は接する機会が多い。
レイと接する機会が多いということは、つまりセトと接することが多いということでもある。
そうである以上、警備兵の者達がセトに対して好意を抱くのは当然だった。
事実、レイが手続きをしている間に、手の空いた警備兵がセトに干し肉を与えるという光景は半ば恒例になっているのだから。
勿論全ての警備兵がセトに対してそこまで好意を持っている訳ではないのだが、少なくても今こうして詰め所の前に立っている警備兵は寝転がっているセトの姿に目を細めるのだった。




