1313話
リトルテイマーの57話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
URLは以下となります。
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154961630
情報のやり取りについて一通りの交換が終わると、当然次には誰が今回の件を企んだのかという話になる。
「レイの性格を考えると恨まれている可能性は十分にあるし、同時にアゾット商会もその大きさや過去の件から恨まれている可能性はある、と」
ヴィヘラの言葉に、レイとガラハトはそれぞれに頷く。
どちらも色々な理由で自分が恨まれたりすることは多いという自覚があった。
「恨み以外にも、レイとアゾット商会が持っている何かを欲して……という可能性も否定出来ないわよ? 実際、レイが幾つも持っているマジックアイテムとかは、普通ならそれこそどんな手を使って欲してもおかしくないもの」
マリーナの言葉は、間違いなく真実だった。
特にレイだ。
アゾット商会の方は、曲がりなりにもギルムでも大きな商会として名前が知られている。
つまり、それだけ巨大な組織を相手にしようと思う者は決して多くはない。
だが、レイの場合は違う。
その強さからレイを狙おうと考える者はいない……訳ではないが、事情を知っている者であれば、まず狙うようなことはない。
しかし、それはレイが異名持ちの冒険者としての強さを持っている為であり、同時にセトという相棒が一緒にいるからだ。
もしレイがその辺のランクB冒険者と同程度の強さしかなく、セトという存在がいないにも関わらず、今のように様々なマジックアイテムを持っていれば……恐らく、何者かの襲撃を受けていたのは間違いない。
勿論そのような真似をするのは、表の冒険者ではなく後ろ暗いところのあるような者達……いわゆる、裏の存在だ。
そしてレイの実力が足りなければ、そのような者達にマジックアイテムを根こそぎ奪われていただろう。
「それは否定しない」
レイも、自分がどれだけのマジックアイテムを持っているのかは理解している。
それこそ普通に使っているミスティリングは、現在数個しか現存していないと言われているアイテムボックスなのだから。
ミスティリング以外にも、ある程度の地位や権力、実力があるような者であれば、レイの持つマジックアイテムはミスティリングに関わらず欲するだろう。
「だからこそ、どちらも狙われる心当たりが多すぎるのよね。……正直なところ、今この場で話していてもどっちが狙われたのかは分からないでしょう」
マリーナの言葉にはその話を聞いていた皆が頷く。
「じゃあ、どうする?」
「そうね。一番いいのは、やっぱり私に接触してきた相手ともう一度接触することだと思うけど……見つけるのは難しそうよね」
そう呟くマリーナの言葉に言い返せる者がいない。
そもそも、このギルムにどれだけの人数がいるのかも分からないのだ。
その上、平凡や平均といった言葉を形にしたような相手をその中から探せというのは、不可能に近い。
「相手の顔を絵に描いて、それで探す……というのは駄目なの?」
「……駄目ね。もう頭の中でかなり相手の顔の記憶が薄くなっているわ」
似顔絵を作ってみては? というヴィヘラの言葉だったが、マリーナが首を振りながらそう告げる。
「臭いなら……と言いたいところだけど、それも無理か」
セトの嗅覚上昇のスキルを頼ろうかと考えたレイだったが、そもそもマリーナは街中を移動しているのだ。そうなれば当然大勢の知らない者の臭いが付いている。
その相手と直接会った時にセトがいれば、臭いを追うことも出来ただろう。
だが、残念ながらと言うべきか、生憎と言うべきか、その時のセトはガラハトの屋敷にいた。
そうなれば、当然マリーナが言っている相手の臭いを判別出来る筈もない。
「そうなると、地道に探すしかないと思うんだけど……大人しく出て来てくれるかしら?」
「無理だろうな」
呟くレイの言葉に、全員が同意するように頷く。
今回マリーナに情報をもたらした者が、向こうから接触してこなければ見つけるのは難しいだろう。
だが、それ以外に手掛かりがないのも事実なのだ。
そうであれば、その限りなく小さい可能性に賭けるしかない。
「……俺はアゾット商会の力を使ってその辺を調べてみる。レイ達を俺達にぶつけようとしたんだ。どっちを狙っていたのかは分からないが、それでも俺達に害意を持っているのは明らかだ。このまま放っておく訳にはいかないからな」
ガラハトも、自分達が何者かによって嵌められたというのは理解しているし、それを放ってはおけないのだろう。
尚、放っておけないというのは、別に虚仮にされたとガラハトが許せないというのではない。
いや、勿論このような真似をされて許せる訳がないのだが、それ以上にこのまま放っておけない最大の理由は、アゾット商会というギルムでも屈指の商会としての面子の問題だった。
このような真似をされて何も行動を起こさず、やられっぱなしとなれば……それは、アゾット商会与し易しという印象を周囲に与えてしまう。
そうなってしまえば、当然他の商会にアゾット商会が狙われてもおかしくはない。
そうならない為には、自分達に手を出した相手に相応の報いをする必要があった。
レイもそんなガラハトの狙いは理解しているので、遠慮せず素直に頷く。
「分かった。ただ、今回の件を企んでくれた奴は俺の知り合いの錬金術師に大怪我をさせてるからな。向こうの情報を得たらこっちにも渡してくれ」
「そうしよう。だが、それはそちらにも言える。レイ達が向こうの情報を仕入れたら、こちらに報告してくれないか?」
ガラハトの言葉にレイが頷き、こうして今回の件に関しての協力関係が結ばれることになる。
そして協力関係が結ばれれば、このままという訳にもいかない。
この部屋に来てからずっと黙って話の成り行きを見守っていた警備兵の男も、そのような人物を見つけたらレイやアゾット商会に知らせると約束する。
「……そうなると、早速動くか。今なら今回の件が起きたばかりで、向こうも今すぐに動くとは思っていない……可能性もあるし」
「出来れば、レイとは今回の件は関係もなしに色々と話をしたかったんだがな」
レイの言葉に少しだけ残念そうに呟くガラハト。
そんなガラハトの横では、ムルトはレイを相手に腕試しをしたいと考えてもいたのだが、今の状況でそのような真似が出来る筈もない。
「ま、話は今回の件が片付いたらゆっくりとさせて貰うさ。出来れば、美味い料理とかを出してくれると嬉しいけどな」
「レイに好きなだけ料理を食べさせると、こっちが破産するような……」
ムルトが小さく呟く声が聞こえてきたが、レイはそれを意図的に無視して座っていたソファから立ち上がる。
これ以上ここにいるよりは、早く今回の件を企んだ相手を見つけてきっちりと礼をする必要があった。
「ああ、そう言えば……」
執務室を出て行こうとしたレイの背に、ガラハトが声を掛ける。
「うん? どうしたんだ?」
「いや、最近流行っている肉まんとピザって、レイが作った料理なんだろう?」
「提案はしたけど、俺が作った訳じゃないな。俺が教えたのは、あくまでも概要だ。それをきちんと今の料理にしたのは、料理人達だよ」
レイが冬に黄金のパン亭で概要だけを教えた、肉まんとピザ。
肉まんは冬の間に既に売られており、ピザも最近だが売りに出されている。
……そんな中でレイにとって驚きだったのは、春になっても肉まんが売られていることだ。
レイにとっては肉まんというのは冬の食べ物というイメージだったのだが、それはあくまでもレイのイメージでしかない。
ギルムの人間にとって、春になっても肉まんを食べるというのは特に違和感のないことだった。
例えばガメリオンのように、特定の時季だけ食べるものではなく、一般的なパンの一種として受け入れられたのだろう。
もっとも、肉まんは熱々の蒸したてを食べるものであり、冷めると極端に不味くなる。
その点は冷めて味が落ちても普通に食べられるパンに比べると、大きく劣っている点だろう。
また、蒸したてでなければ美味くないということは、夏になればどうしても売り上げが落ちてしまうというのも普通のパンとは違うと言ってもいい。
「出来れば何か新しい料理を、アゾット商会にも教えて欲しいんだけどな」
「……は?」
その言葉に、執務室から出ていこうとしていたレイは足を止め、後ろを振り向く。
当然だろう。アゾット商会はギルムで大きな影響力を持っている商会だが、武器や防具といったような物を主に扱う商会だ。
少なくてもレイはそう思っていたし、事実今までアゾット商会が料理店に手を出しているということは聞いたことがない。
勿論アゾット商会に所属している者が趣味で屋台を出すようなことはあるだろう。
それこそ、冒険者達が屋台を出すように。
だが、食べ物関係にアゾット商会が本気で手を出してくるとなると、それは話が違ってくる。
だからこそ、レイはどこか間の抜けた声を上げたのだ。
そんなレイの姿を見て、ガラハトはしてやったりといった表情で笑みを浮かべていた。
「まぁ、すぐにって訳じゃない。いずれそのうち……といったところだ。うちの商会は大手ではあるが、だからといってそれに安心しきる訳にはいかないだろ」
「それは分かるけど……全く畑違いのところに手を伸ばすってのは、正直どうなんだ?」
レイは商売についてそれ程詳しい訳ではないが、それでも全く畑違いのところに手を出すのはどうかという思いもある。
(まさか、武器屋や防具屋で武器や防具を見ながら、食事をするのか? ……何だか色々とシュールな光景にしか思えないけど)
武器屋の中にテーブルがあり、高級料理を出している光景を想像したレイは、思わずといった様子で首を横に振る。
そんなレイの姿を見て、ガラハトは笑みを浮かべたまま口を開く。
「レイが何を想像したのかは大体予想出来るが、別にその通りになるという訳じゃない……と言っておこう」
「取りあえず、その話は今回の件が片付いた後でまた持ってきてくれ。こっちに余裕があったら引き受けるよ。もっとも、今はパッと思いつく料理はないけど」
元々レイはそれ程料理に詳しいという訳ではない。
いや、日本にいる時は料理漫画もそれなりに好んで読んではいたが。
だからといって、その内容を細かく覚えている訳ではない。
もしそうであれば、最初から肉まんやピザの作り方をもっと詳しく教えることが出来ていただろう。
だからこそ、もし本当にガラハトが……アゾット商会がレイに対して何か新しい料理を考えるように依頼してくるのであれば、また何か考えておかなければならなかった。
(うどん……焼きうどんはあるんだし、焼きそば? けど、中華麺とうどんって、どう違うんだ? うどんをもっと細く切って、それを茹でてからソース味で炒めれば焼きそばなのか? あ、いや、でもスーパーで見た時には蒸し麺とか書いてあった気がするな)
うどんと中華麺の違いを考えながらも、取りあえず今は料理よりも今回の件を企んだ相手をどうにかするのが先だと、考えを切り替える。
「この調子で新しい料理が増えていけば、そのうちギルムは辺境だけじゃなくて、食の街としても有名になりそうね」
「あら、うどん発祥の地ということで、もうそれなりにギルムは有名になってるわよ? ねぇ?」
「ん」
マリーナ、ヴィヘラ、ビューネがそれぞれ会話をしているが、レイはそれは特に気にしていない。
元々レイは、食べるということは大好きだ。
そんなレイにとって、ギルムが食の街として栄えていくのであれば、それは利益でしかない。
元々ギルムは辺境だけあって、この地にしかない食材というのも数多い。
そういう意味では、食の街として栄える下地が多少なりともあったということなのだろう。
そこに表面的なものでしかないが、それでも様々な料理の知識を持つレイがやってきて、そのレイは食べるという行為を非常に楽しむ性格をしているのだから、遅かれ早かれギルムがそのような街になってもおかしくはなかった。
(もっとも、それが知られるのはギルム近辺のみで、実際にミレアーナ王国中に知られるには時間が掛かるでしょうけどね。ああ、でも商人からの情報を考えれば、そんなに遠くない話なのかしら)
マリーナはこれからギルムがどんな発展をしていくのか。それを楽しみに思いつつ、それでも紅蓮の翼のストッパーとして口を開く。
「ほら、レイ。料理云々に関しては今回の件が解決してからでしょ。今はとにかく、私達を陥れようとした相手を捕らえましょう」
そう告げ、レイがそれに頷き……今度こそ本当に執務室を、そしてガラハトの屋敷を出るのだった。