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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1299/3865

1299話

リトルテイマーの55話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。

URLは以下となります。


https://kakuyomu.jp/works/4852201425154961630


 冬の寒さも和らぎ、降ってくる雪の量も少なくなってきた頃……レイはヴィヘラと共にギルムの大通りを歩いていた。

 いつもであれば、ここにビューネやセトが一緒にくるのだが、今日はレイとヴィヘラの二人だけだ。

 尚、マリーナの方はギルドマスターとしての引き継ぎが終盤になっているらしく、今日はワーカーと共に仕事をしていた。

 何故今日に限ってレイとヴィヘラの二人だけでこうして出掛けているのかと言えば……


「ほら、レイ。折角二人きりで出掛けてるんだから、もう少し嬉しそうにしたら?」


 レイと手を繋いでいるヴィヘラが、満面の笑みと共にそう告げる。

 ……そう、今回こうして二人で出掛けているのは、デートの為だった。

 これからはパーティを組む以上、二人きりになる機会は殆どない。

 その為、今日はヴィヘラと……そして数日後に引き継ぎが完全に終わったらマリーナと、レイはデートをすることになっていた。

 最初ヴィヘラからその案が上がったのは、夕暮れの小麦亭にあるレイの部屋で皆が話していた時。

 当然その話には対のオーブでエレーナも参加していたので、反対したのだが……何故かレイと、ついでにビューネまでもが部屋から放り出され、女三人で話し合いをした結果、エレーナがヴィヘラの言葉を認め、こうしてデートとなった。


「一応嬉しそうにはしてるつもりなんだけどな」


 そう告げ、被っていたドラゴンローブのフードを脱ぐ。

 冬の終わりを告げ、春の訪れを知らせるかのように、空は雲一つない青空だ。

 その青い空に浮かんでいる太陽は、とてもではないが今がまだ冬だとは思えない程に元気に輝いている。


「そう? まぁ、レイが嬉しいと思ってるなら、それでもいいんだけど……あ、ほら。今日は天気がいいせいか、屋台が多いわね。何か買っていきましょうか」

「そうだな。まぁ、屋台が多いってのはそれだけ暇してる奴も多いんだろ」


 冒険者も、毎日自堕落にすごしていれば、どうしても何か他のことをしたくなる者が多い。

 勿論それは人にも寄るのだが、こうして暇潰しも兼ねて屋台を出している者達は、そういうタイプなのだろう。

 もっとも、暇潰しとして屋台を出している以上、それは当然のように本職の者達には及ばない。

 それでもある程度は売れているのは、冬らしくない天気の良さで通行人達も気が緩んでいるからか。

 ただ、中には冒険者でありながら天賦の才で本職顔負けの料理を作ったりする者もいるので、レイはそういう屋台がないのかを探すように多くの屋台を見回す。


「あ、ねぇ、レイ。屋台じゃないけど、あれがちょっと面白そうよ?」


 何か美味そうな料理はないかと周囲を見回していたところで、不意にヴィヘラがレイの手を引っ張る。

 面白そうだという言葉の通り、ヴィヘラは好奇心に目を輝かせていた。

 そんなヴィヘラの見ている方に視線を向けたレイは、なるほど、これはヴィヘラが喜びそうだと納得する。

 そこにあったのは、レイが見ていた屋台の類……ではなく、いわば大道芸に近い。

 数人の冒険者がそこにおり、自信に満ちた笑みを浮かべて周囲を見回している。


「はいはい、挑戦料は銀貨二枚! 二枚だよ! そうしたらこの面子の中から誰か一人を選んで地面にある円の中から出ないようにお互いに紐を引っ張る。そして相手が手から紐を放すか、円から出させた方の勝ちだ! 賞金は相手によって変わるよ!」


 その競技……もしくは遊びは、綱引きと相撲を組み合わせたような代物、とレイには思えた。

 色々と制限がある為、単純な腕力だけではなく相手の考えを読んだりといった真似をする必要もある。

 その辺りに、ヴィヘラも興味を引かれたのだろう。


「やっていくか?」

「そうね。折角だし、ちょっと試してみましょうか」


 レイの言葉にヴィヘラは面白そうに笑みを浮かべ、挑戦者を探している者へ近付いていく。

 そうなれば当然レイもそんなヴィヘラの後を追い……そして呼び込みをしている者が二人の姿に気が付き、頬を引き攣らせる。

 この呼び込みも冒険者である以上、レイの顔は知っていた。

 更に、レイと行動を共にしているヴィヘラのことも知っている。

 そして何より、この二人が色々な意味で規格外な存在であることは、これ以上ない程に理解していた。


(やばい……どうする?)

 

 真っ直ぐ自分に向かってくる以上、自分達に挑戦するのは確実だった。

 純粋に身体能力であの二人に勝てるとは思えない男は、そっと仲間達に視線を向ける。

 だが、その視線を向けられた者達は、全員が男に頷きを返す。

 もしこれが純粋な腕自慢……模擬戦のようなものであれば、男達も素直に頷かなかっただろう。

 しかしこの遊びは、男達の故郷ではそれなりに広く知られたものだった。

 それだけに、円紐と呼ばれているこの遊びでなら、もしかしてヴィヘラやレイに勝てるかもしれないと、そう思ったのだろう。

 実際、これまでにも男達はランクが上の冒険者とこの円紐を行って勝ってきているのだから。

 レイやヴィヘラを相手に簡単に勝てるとは思えないが、もしかしたら……そんな思いがあった。


「じゃあ、一番強い人でお願い」


 そしてヴィヘラが挑むのは、男達の中で一番強い相手。

 それこそ、村の中で行われた円紐ではいつも上位の成績を収めていた者だ。


「分かった。なら存分にお相手しよう。普通なら手加減はいるか? と聞くところだが、あんたにそう聞く必要は……ないようだな」

「ええ。全力でお願いするわ」


 男の言葉に、ヴィヘラは満面の笑みを浮かべてそう告げる。

 男の態度に好感を持ったのだろう。

 挑戦料を支払い、ヴィヘラと男はそれぞれ紐を握って円の上に立つ。

 そして、挑戦者を募集していた男が、周囲の反応を煽るように叫ぶ。


「では、麗しの戦乙女は悪漢に勝てるのか! この好勝負を見逃す訳にはいきません」

「おい、こら」


 仲間である筈の自分をあっさりと切り捨て、ヴィヘラを正義のヒロインに仕立て上げた男に紐を手にして不満そうに呟く。

 だが、言われた方の男は特に気にした様子もなく、ゲームの開始を宣言する。


「始め!」


 その言葉と共に、真っ先に反応したのはゲームに慣れている男……ではなく、純粋に反射神経が高いヴィヘラだった。

 これで一気に勝負を決めてしまえと言わんばかりに紐を引っ張るが、男の方も円紐はこの中で最強の者だ。

 紐を掴んでいる手の力を抜き、ヴィヘラがいきなり力の抜けた相手の反動で背後にたたらを踏む展開にもっていく。

 だが、ヴィヘラはそんな男の行動を読んでいたように、足に力を入れて円の中から動くことはない。

 それどころか、男の手から力が抜けたのをこれ幸いと思い切り紐を引っ張り……


「あ!」


 見る間に自分の手の中から紐がなくなっていくのに気が付いた男が、必死にそれを阻止しようとして紐を握る手に力を込めるが……そうしようとした時、既に紐は完全に手の中から消えてしまっていた。


「勝者、戦乙女のヴィヘラ!」


 司会の男の声が周囲に響く。

 ヴィヘラと戦っていた男は、自分がこうもあっさり負けるとは思ってなかったのだろう。

 ただ、呆然とヴィヘラに視線を向けることしか出来なかった。


「いや、お見事ですな。さすがレイと行動を共にする冒険者。まさか、こうもあっさり勝つとは……」

「そう? でも、今回は純粋に私の身体能力でこうなったけど、次からはそう簡単に勝てそうにもないでしょうね」


 ヴィヘラの口から出た言葉に、呆然としていた男は我に返る。

 そしてヴィヘラの方に視線を向け、堂々と頷きを返す。


「当然だ! 次に円紐をやることがあったら、絶対に負けないからな!」

「ふふっ、そうね。楽しみにしてるわ」


 ヴィヘラは男に笑みを向け、賞金として金貨二枚を受け取る。

 予想外の賞金の高さにヴィヘラは驚いたが、円紐について絶対の自信を持っていたが故の賞金額だったのだろう。

 また、実際今まで何人もが男に挑戦してきたのだが、その全てを蹴散らしてきたという実績もある。

 円紐ならヴィヘラを相手にしても負けないという思いが、完全に裏目に出た形だった。

 もっとも、今日の儲けは今の時点で金貨二枚を超えているので、赤字という訳ではないのだが。

 レイも挑戦しようかと思ったのだが、司会の男にお願いだから辞めて下さいと潤んだ視線を向けられれば、それを断ることも出来ず……結局諦めることになった。


「ほら、レイ。あまり残念そうな顔をしないの。折角私と一緒なんだから、もう少し楽しそうにしてもいいんじゃない? ……でも、そうね。何か食べる? 賞金も貰ったし、その範囲内なら奢るわよ?」

「うーん……そうだな。なら、あそこの屋台で売ってるサンドイッチを食べないか? 結構いい匂いがしてるし、美味そうだけど」


 レイが視線を向けたのは、一軒の屋台。

 見た目は普通の屋台で客の姿はあまり多くない。

 だが、その屋台から漂ってくる香りは、間違いなくレイの食欲を刺激した。

 レイの言葉に、ヴィヘラもその屋台の方に意識を集中する。

 すると、レイの言う通り食欲を刺激するような香りが漂っていた。

 刺激的という訳ではなく、どこか懐かしくなるような……そんな郷愁を誘う香り。

 レイとヴィヘラでは、育ってきた環境……どころか、世界そのものが違うのだが、それでも漂ってきた匂いから感じた印象は同じものだった。


「そうね、じゃあ食べましょうか。……雪が積もってなければ、もっとゆっくり出来たんでしょうけど」


 ヴィヘラはレイの手を握り、屋台に向かって歩き出す。

 レイも特にそれに逆らわず、ヴィヘラと手を繋ぎながら口を開く。


「そうだな。ただ、もう少しで春になる。そうなったら……パーティ全員でどこかに遊びに行くか? 採取の依頼ついでにピクニックでもいいけど」

「あら、それはいいわね。たまにはどこかの湖の畔とかでゆっくりとしたいわ。……いっそ、海に行ってもいいかもしれないけど、時間が掛かりすぎるし」

「あー……そうだな。セトに乗って移動すれば、海まではそんなに掛からないんだけど、パーティを組むとその辺りが少し問題になるか」


 パーティを組む上で、それが一番のマイナス点だった。

 レイだけ……正確にはレイとセトだけであれば、それこそレイはいつでもセトに乗って移動出来る。

 セトの移動速度を考えると、普通に歩くのとは文字通りの意味で桁違いの速度差が出るのだ。

 だが、セトの背の上に乗って飛ぶことが出来るのは、レイだけ……いや、ビューネもまだ子供で軽いので、レイとビューネの二人のみ。

 それも、レイとビューネの二人が一緒にセトの背に乗ると、セトの飛べる距離は限られてしまう。

 勿論アンブリスを探していた時のように、セトの足首に掴まって移動すれば問題はないのだが、空中での身動きをセトに一任するというのは色々と危険であり、好んでその方法を使いたいと思う者はいなかった。

 ……ヴィヘラは、セトに掴まって空を飛ぶのが楽しいと喜んでいたのだが。

 ともあれ、パーティとして行動する以上、どうしてもその辺りは妥協するしかなかった。


「そう言えば、馬車の方はどうなったんだっけ?」

「マリーナが伝手を当たってくれるって言ってたわよ?」


 サンドイッチの注文を終えたヴィヘラが、レイに半分渡しながらヴィヘラは答える。


「ああ、そう言えばマリーナがそう言ってたか。……けど、どんな馬車になると思う?」


 道を歩きながらサンドイッチを口に運び尋ねるレイに、ヴィヘラは首を横に振る。


「レイがどんな馬車を期待しているのかは分からないけど、多分普通の馬車だと思うわよ?」

「……やっぱりそうなるよな」


 出来ればエレーナが乗っているような、内部が拡張されているマジックアイテムの馬車が欲しいと思うレイだったが、当然ながらそのような馬車は非常に高価だし、ましてや金があればそれで買えるという物でもない。

 それこそ、コネや素材、運……様々なものが必要となる。

 それが分かっていても、エレーナの馬車に乗った経験があれば、どうしても快適な馬車に乗りたいと思ってしまうのは当然だった。

 一度贅沢に慣れると、それ以下の生活にはなかなか戻れないのと似てるだろう。


「エレーナが乗ってた馬車、出来れば欲しかったんだけどな」

「……パーティを組んだばかりの私達があんな馬車を持ってたら、それこそ色々と面倒な出来事に巻き込まれると思うけど?」

「そっちの問題は……そもそも、俺達がパーティを組んだ時点で、面倒な出来事が揃いすぎてるだろ」


 異名持ちのランクB冒険者のレイ、グリフォンのセト、稀少なダークエルフにして精霊魔法の使い手のマリーナ、元ベスティア帝国皇女のヴィヘラ。……更に後者二人にいたっては、男の欲望をこれでもかと刺激するだけの美人。

 一番目立たないのがビューネだが、そのビューネも迷宮都市では大きな意味を持つ血統の生き残りだ。


「……そう言えばそうね。それより、今日は折角のデートなんだし、今は他のことを考えないでゆっくりと二人の時間を楽しみましょ」


 笑みを浮かべてそう告げてくるヴィヘラにレイも頷き……冬の終わりも近いこの日、二人きりの時間を楽しむのだった。

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