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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1298/3865

1298話

「なぁ、ハスタ。この肉ってちょっと変わった香辛料が使われてるよな?」

「あ、はい。そうです。よく分かりましたね」

「いや、少し辛いんだから、普通に考えれば誰でも分かるだろ」

「……いえ、香辛料が使われているというのが分かっても、それがどんな香辛料かは分からないって人は結構多いんですけどね」


 そう言えばそうか、とレイも納得する。

 レイが山椒だと……もしくは山椒とは違っても似たような種類の香辛料だと分かったのは、純粋に山椒の味を知っていたからに他ならない。

 その特徴的な辛味は胡椒や山葵といったものとは風味が違うのだが、山椒を食べたことがない者はそう言われても分からない者も多いだろう。


「この香辛料は保存が利くので、結構使えるんですよ。集めるのも楽ですし」

「そう言うってことは、これはハスタが採ってきてるのか?」

「ええ。まぁ、モンスターを倒すのに比べたら、随分と楽ですから」


 そう言われれば、レイも納得出来る。

 日本にいる頃も、小さい時から山の中で走り回っていたレイだ。

 当然のように山椒を見つけることはあったし、それ以外にも様々な山菜を採ったりもした。

 それだけに、ハスタの言いたいことには素直に頷くことも出来る。


「それにしても……凄いですね。全然寒くないですし」


 周囲を見回しながら、ハスタが呟く。

 マリーナの家の庭とは全然比べものにならない、裏通りにある道にテーブルや椅子が並べられている。

 その光景はかなり目立っているのだが、それでもセトの姿を見れば通行人達も納得してしまう。

 セトなら仕方がない、と。


「よう、ハスタ。今日も美味い料理を食べさせて貰うぞ」

「いらっしゃい、サンチェスさん。ゆっくりしていって下さいね」

「おう。……それにしても、冬だってのにこの辺は寒くないな」


 寒さを感じさせない状況に、サンチェスと呼ばれた男は不思議そうにしながらも、それ以上は気にせず店の中に入っていく。

 そしてサンチェスが店の中に入ったのを見たハスタは、改めてテーブルの上にある料理を味わっているレイに尋ねる。


「この暖かいのって、やっぱり……」

「俺じゃないぞ」


 炎の魔法が得意ということが知られているのでもしかしたら自分がやっていると思われているのではないか。

 そう思ったレイの言葉に、ハスタがマリーナを羨ましそうに見る。

 薄い思慕も含まれたその視線には当然マリーナも気が付いていたが、そのような視線を向けられることが多いマリーナは、それを気にした様子もなく受け流して口を開く。


「精霊魔法を使えるなら、ある程度誰でも出来るわよ」

「いや、元々その精霊魔法を使える者が殆どいないだろ」


 魔法を使える者がそもそも少なく、その中でも精霊魔法となれば、更に少なくなる。

 その上、誰でも出来ると言われているような、周囲の気温を上げる真似だが、そこには一定以上の技量が必要だ。

 ましてや、地面の雪を解かさないように調整するとなると、例え精霊魔法を使えても一朝一夕で出来る訳がなかった。


「そうかもしれないわね。……それより、スノウサラマンダーの肉も美味しいけど、こっちの串焼きも美味しいわよ?」


 レイの言葉を受け流し、マリーナは皿に盛られている串焼きに視線を向ける。

 オーク肉の串焼きという、ギルムではありふれた料理。

 だが、肉の下処理や丁寧な味付け、熟練の焼き加減によって、その辺りの店で売っている串焼きとは一段……いや、二段程も違う料理になっていた。


「おい、ハスタ! 次の料理が出来たぞ! 持っていけ!」


 串焼きを褒めてくれたマリーナに、ハスタが嬉しそうな笑みを浮かべ……そのタイミングを見計らったかのように、店の中からディショットの声が響く。

 厨房にいるディショットの声が外にまで響くのだから、それがどれだけ大声なのかは考えるまでもないだろう。


「っと、すいません。じゃあ、ちょっと料理を持ってきますね」


 慌てて店の中に戻っていくハスタを見送ると、そんなやり取りを眺めていたヴィヘラがスープを口に運びながら面白そうに笑う。


「あら、マリーナったら前途ある青少年を誑かすなんて、随分といけない女ね」

「別に誑かしているつもりはないわよ? それに、そう言うのならヴィヘラだって人のことは言えないと思うけど?」


 満腹亭には多くの客がやってくるし、店の前を通りかかる者も多い。

 そんな者達の視線は、一番目立つセトに向けられるが、次いでヴィヘラやマリーナといった、人の目を惹き付ける美人二人にも向けられる。


「こういう視線とさっきの視線は、色々と違うでしょう? それが分からないとは言わせないわよ?」

「さて、どうかしらね。……ただ、その視線がどういうものであれ、私はそれに応えることはないわ。レイの視線なら別だけど」


 普通の男なら、それだけで真っ赤になってしまうような、女の艶を感じさせる流し目。

 だが、それを向けられたレイはマリーナの視線に気が付いた様子もなく、セトと一緒にスノウサラマンダーの串焼きを味わっていた。


「美味いな、この肉」

「グルルルゥ」


 レイの言葉に、セトも串から外された肉を食べつつ嬉しそうに鳴く。

 ランクBモンスターのスノウサラマンダーの肉だけに、当然その味は絶品と言ってもいい。

 勿論銀獅子の肉と比べると比較にならない程に味が落ちるが、それは比べる対象が悪かった。

 純白という肉の色を活かした串焼きは、口の中で山椒のような辛味の香辛料と共に肉の味が口の中に広がり、繊維が解けていく。

 山椒の辛味が効いているのか、純粋な肉の旨味がありながらも非常にさっぱりとした味わいになっていた。

 それでいて肉の旨味は濃厚なのだから、見た目もあって非常にインパクトが強い。


「……はぁ」


 自分のアピールをあっさりと受け流されたマリーナが、残念そうに溜息を吐く。

 そんなマリーナの様子を、ヴィヘラは笑みを浮かべて眺め、ビューネの汚れている口の周りを拭いてやる。

 いつものやり取りをしつつ、お互いに笑みを浮かべて打ち上げを楽しむ。

 そこに、先程店の中に戻っていったハスタが料理の入った器を持って戻ってくる。

 セトと一緒に串焼きや煮物を食べていたレイは、その器から漂ってくる若干甘い香りに気が付く。

 それは、レイも何度か嗅いだ匂いだった。

 更にハスタの持っている器はレイにとっても見覚えのある形をしている。


「蒸し器……じゃあ、それってやっぱり?」

「あ、はい。やっぱりレイさんには分かってしまいますか。これが、現在うちで出している肉まんです」

「ん!」


 肉まんと聞き、ビューネが嬉しそうに声を上げた。

 黄金のパン亭で売られている肉まんは、以前程ではないにしろまだ人気だ。

 行列も短くなってきているが、それでも並ばなくても買えるという程ではない。

 その為、何だかんだとまだビューネは……いや、レイ以外は肉まんを食べたことがなかった。

 だからこそ、ビューネはこうして実際に肉まんが出されたことに喜んだ。


(本音を言えば、最初に肉まんを売りに出した、黄金のパン亭の肉まんを食べたかったんでしょうけど……まぁ、近い内に食べればいいわよね)


 ビューネの喜ぶ様子を見ていたヴィヘラが、笑みを浮かべてテーブルの上に置かれる蒸し器に視線を向ける。

 全員の視線を受けながらハスタが蒸し器の蓋を開けると、白い湯気が一瞬だけ見ていた者の視界を塞ぐ。

 精霊魔法で春くらいの気温に保たれているだが、それでも湯気が出て来たのは……それこそ魔法だからこそなのだろう。

 漂う甘い香りは、肉まんの生地の香り。


「これが肉まんなのね。……随分と面白い形をしてるけど?」


 姿を現した肉まんは、レイにとっては見覚えのある形をしている。

 だが、普通のパンに慣れていたヴィヘラにとっては、珍しい形に見えたのだろう。面白そうな視線を蒸し器の中の肉まんに向けていた。


「ん!」


 真っ先に手を伸ばしたのは、当然のようにビューネ。

 前から肉まんを食べたいと思っていただけに、こうして実際に目の前に出されれば、手を伸ばすのを止めることは出来なかったのだろう。


「あっ、熱いから……って、平気みたいですね」


 蒸したての肉まんは、当然のように熱い。

 それを注意しようとしたハスタだったが、ビューネは全く気にした様子もなく肉まんを手に取り、齧りつく。


「まぁ、ビューネだしね。……それより私達も食べましょうか。噂の肉まん、どんな食べ物なのか気になってたのよね」


 ビューネの様子に笑みを浮かべ、マリーナも肉まんに手を伸ばす。

 マリーナとレイもそれぞれ肉まんに手を伸ばし、セトの分はレイが皿の上に乗せて地面に置く。

 そのまま食べるのではなく、レイがまず最初に行ったのは肉まんを二つに割ること。

 蒸し器の時と同じように、湯気が上がる。

 また、具の匂いも周囲に漂い、食欲を刺激した。


「へぇ……」


 レイが感心した声を上げたのは、肉まんを割って漂ってくる匂いが、黄金のパン亭で出されている肉まんに決して負けていないからだろう。

 勿論中身の肉餡の味付けが違う以上、漂ってくる匂いも違う。

 だが、それは店の独自性を出すという意味では、決して間違ってはいなかった。


「んー!」


 肉まんを食べたビューネが声を上げる。

 表情を変えないままだが、それで頬が赤くなっているのは……肉まんが予想外に美味かったからか、それとも蒸したての肉まんに躊躇なく齧りつき、その結果として口の中が火傷したからか。もしくは、その両方か。

 そんな風にビューネの様子を見ながら、レイはそっと肉まんを口に運ぶ。

 ビューネと同じように口の中を火傷するのではなく、ともあれ、肉まんをしっかりと味わう。

 肉は少し大きめに切られており、肉の食感をしっかりと味わえるようになっている。

 また、他の具も茸を始めとして幾つもの野菜が入っている。

 レイが驚いたのは、タケノコに近い食感を持つ野菜が入っていたことだ。

 勿論それが本当にタケノコなのかどうかは分からないし、時季的にも今はタケノコを採れるとは思えない。

 そう考えると、恐らくタケノコではないのだろうが、それでも似たような食感の野菜があるというのは、レイにとって嬉しいことだった。


(タケノコがあれば、メンマとか作れて……あー、ラーメンがないのか。だとすればうどんの具に? うーん、そもそもメンマの作り方が分からないしな)


 ラーメンの具の中でもメンマはそれなりに好きなレイとしては、出来ればメンマを作りたい。

 だが、当然ながらメンマの作り方は知らなかった。

 日本でレイが住んでいた山では、春になれば各種山菜が採れる。

 その中には当然タケノコもあるのだが、そのタケノコはいわゆるネマガリダケや姫竹と呼ばれる類のタケノコであり、一般的なメンマを作るのに使うタケノコではなかった。

 また、当然メンマの作り方も知らない。

 母親がラー油やごま油を使って炒めた、メンマ風の料理なら知っているのだが……


(ああ、でも始まりはそこからでもいいか? ごま油なら作り方が分かるし……問題はラー油か。熱した油に唐辛子の粉を入れる……んだったか?)


 日本にいる時に見た料理漫画で作っていたラー油を思い出そうとするも、それを完全に思い出すことは出来ない。

 そもそも、唐辛子があるのかどうかすらも分からないのだ。


(明日にでも、ちょっと市場を見て回ってみるか)


 肉まんを食べながら、レイはそう決める。

 もしかしたら、他にも何か食材を見て料理を思いつくかもしれないと考えれば、そのことに喜びを覚える。

 もっとも、この世界の野菜はレイが知っている野菜と似ていても全く味や食感が違うというのもあるので、素直に受け止める訳にはいかないが。

 ましてや、今は冬で野菜の数もそれ程なく、あっても高価なものが殆どだ。

 ……大金を持っているレイには、その辺りはどうとでもなるのだが。


「ど、どうでしょう? 肉まんは……」


 黙っているレイを見て、肉まんに何か妙なところでもあったのかと思ったのだろう。ハスタが少し心配そうに尋ねてくる。

 そのことに気が付くと、レイは改めて肉まんを味わってから口を開く。


「うん、黄金のパン亭で作ってた肉まんとは違うけど、これはこれでいいと思う」

「肉まんとして不味いって訳じゃないんですよね?」

「それは問題ない」

「……ふぅ、良かったです。正直なところ、一応売れてはいるんですけど、どうしても黄金のパン亭に比べると売り上げが少ないんですよね。勿論大通りと裏通りという立地の違いはありますけど」


 レイの言葉にハスタは安堵の息を吐く。

 父親の料理の腕は信頼しつつ、それでも色々と心配なところはあったのだろう。

 そうして安堵したハスタは、再び別の料理を取りに店の中に戻っていく。

 レイ達はそんなハスタを見送り……思う存分打ち上げを楽しむのだった。

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