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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1289/3865

1289話

「ふぅ、やっぱりうどんは美味いな」


 年越しうどんを食べ終わったレイは、出し汁まで全て飲み干してからそう呟く。

 他の者達は……と視線を向ければ、そこではまだうどんを食べている者が多い。

 レイとセト……そしてビューネのみが、うどんを食い終わっていた。


「ん!」


 そして当然のように食べ足りないのか、ビューネはレイにお代わりを要求する。

 それに対し、レイはミスティリングに手を伸ばさず、首を横に振る。


「駄目だ。もう夜中だし、うどんは消化にいいけど、それでも食いすぎになれば身体に響く。ビューネも冒険者なんだから、体調には気をつけろよ?」


 もっとも、今の時季の冒険者は朝方まで飲むような者も多い。

 そのような者達がレイの言葉を聞けば、中には鼻で笑う者もいるだろう。


(そういう冒険者には、そうさせておけばいいさ。それに……俺が言うのもなんだが、ビューネはまだ子供だ。身体に気をつけるに越したことはないだろ)


 レイの気持ちが分かったのか、それとも分からないのか……どちらなのかはビューネの表情から窺い知ることは出来なかったが、それでもこれ以上うどんを催促しなかったのを見て、レイは頷き……そしてミスティリングから銀貨を数枚取り出す。


「ん?」


 何故唐突に銀貨を渡されたのかが分からなかったのだろう。ビューネは不思議そうに首を傾げ、レイに視線を向ける。

 それはヴィヘラ、マリーナ……そして対のオーブに映し出されているエレーナも同様だった。

 唯一、セトのみは雪の上に寝転がって腹の下は冷たく、それ以外は春のように暖かいといった不思議な空間を楽しんでいたが。


「何、俺の知ってる風習にお年玉というのがあるんだよ。新年を迎えたら、子供に幾らか渡すっていう」


 お年玉の正式な意味……本来なら餅を食べて神の力を受け入れるという意味があったことを、知らないレイだったが、それでも正月に子供がお金を貰うというのは自分が体験をしてきただけに知っていた。


「お金を? ……妙な風習もあったものね」

「まぁ、縁起物だと思っておけばいい。ビューネも屋台で買い食いを……いや、明日だ、明日。今から行こうとするな」


 レイの口から屋台で買い食いという言葉が出た瞬間、表情は変えないもののすぐさま飛び出そうとしたビューネの服を掴み、その動きを止める。


「大体、うどんを食ったばかりだろ。これからは寝るだけなんだから、何か食うにしても明日にしたらどうだ? そもそも……」

「こんな夜中に屋台はやってないわよ? ……でしょう?」


 ヴィヘラの言葉に、頷きを返す。

 そう、日本であれば夜中に初詣に行った時、屋台があるのが普通だ。

 だが、エルジィンに初詣という習慣は当然ない。

 ましてや、ここは貴族街にあるマリーナの屋敷であり、ここから出るということは、こんな夜中に一人で貴族街を移動するということになる。

 夜中に貴族街を走って移動する人物……普通に考えれば、どこからどう考えても怪しいという言葉しか浮かんでこない。

 もっとも、一時的に捕まってもビューネがレイの……そしてギルドマスターのマリーナが春から組むパーティのメンバーだというのは、それなりに知られている。

 自分達がどれだけ目立っているのかは、レイも当然知っていた。

 だからこそ、パーティを組むというのは特に隠している訳でもない。

 当然そんな有名人がパーティを組むとなれば、出来るのならそこに入りたいと思う者も多い。多いのだが……レイという人物の性格を知っているギルムの冒険者達が、そう簡単にパーティに入りたいと言える筈もない。

 いや、言おうとした者はいたのだ。だが、知り合いの冒険者に引き留められ、諦めた。

 それは幸運な例だったと言えるだろう。自分の実力も弁えず、ただ甘い汁だけを吸いたいが為に……それも危険なレイではなく他のメンバーに近付こうとした者は、当時臨時にパーティを組んでいた者達によって力ずくで止められたのだから。

 曰く、お前がどうなろうと問題じゃないが、そのせいで自分達があのような化け物に目を付けられるのは絶対にごめんだ、と。

 この辺り、冒険者達の間でレイがどのように思われているのかの一端を示していた。

 ともあれ、そのような理由でビューネもレイのパーティメンバーの一員ということで、それなりに顔は知られている。

 もし貴族街を走っている光景を怪しまれても、理不尽に捕らえられるような真似をされることはない筈だった。


「……ん」

「まぁ、年末だし酒場辺りならまだ色んな奴が騒いでいるかもしれないが」

「ちょっと、レイ。折角ビューネを諦めさせてるんだから、いらないことを言わないでよ。ほら、ビューネが完全に酒場に向かおうという気になってるじゃない」

「……そうか?」


 レイから見て、ビューネは数分前と何かが変わっているようには見えない。

 だが、この中で一番ビューネとの付き合いが長いヴィヘラにとっては、別だったのだろう。

 しっかりとビューネの方を見ながら、レイに向かって注意する。


「そうよ。見て分からない?」


 そう言われるも、レイから見てビューネの表情は特に変わったようには見えなかった。


「……分かるか?」


 ビューネの表情に首を傾げたレイは、マリーナに尋ねる。

 だが、そのマリーナも首を横に振るだけだ。


「だよな」

「ええ。……残念ながら私には分からないわね。エレーナは?」

『対のオーブ越しではなく、直接会えば分かるかもしれないな』


 それはつまり、こうして向かい合っていてもよく分からないと、そういうことなのだろう。

 首を捻っているレイ達を見て、ヴィヘラはそれを本気で言っているというのが分かったのか、少し呆れたように……それでいて自慢げに口を開く。


「レイ達もビューネとはそれなりに付き合いは長いんだから、そのうち分かるようになるわよ。……ねぇ?」

「ん」


 視線を向けられたビューネは、特に気にした様子もなく短く呟く。


「ね?」

「いや、そう言われてもな。……まぁ、いいけど。取りあえず、ビューネも酒場に行くのは諦めたようだし」


 先程までは酒場に向かおうとしていたビューネだったが、こうして話をしているうちにその気ではなくなったのだろう。

 椅子に座り、どこか眠そうな様子を見せ始めた。

 だが、それは当然だろう。ビューネはある程度の技量を持つ――年齢を考えれば異常だが――とはいっても、まだ子供でしかない。

 そして子供というのは、夜になれば早い内に眠くなるのは当然だった。

 その上、先程はうどんを食べて、腹も程良く膨れている状態なのだから、ビューネが眠くなるのは当然だろう。

 子供は寝る時間と考えたレイは、マリーナに視線を向ける。

 どのみち今日はマリーナの屋敷に泊まることになっていたのだ。

 少し早く眠るのは、別に構わないだろうと。

 視線を向けられたマリーナは、レイに頷きを返す。

 元々自分だけが住んでいる屋敷だったが、今日の為に臨時で人を雇って掃除して貰ったのだ。

 ……勿論いつもは精霊魔法で掃除をしているのだが、今日は特別だった。

 尚、掃除をする者を募集したところ、マリーナの屋敷に上がれるという妙な考えを持つ者も多かったのだが、そのような者は当然のように審査で弾かれた。

 そのような訳で、今日のマリーナの屋敷は精霊魔法で掃除をする以上に綺麗になっている。

 そのような理由で、客室に案内するのは全く問題なかった。


「そうね。じゃあ……どうする? これからは、家の中で話をする? ただ、そうなるとセトは入れないんだけど……」


 雪の上で寝転がっているセトに視線を向け、申し訳なさそうに呟くマリーナだったが、セトはそれに気にしなくていいよと、喉を鳴らす。

 雪の冷たさと春の暖かさを楽しめる今の状況は、セトにとって面白いものだった。

 また、レイがすぐ近くにいるのが分かれば、セトも寂しくない。

 寧ろこの庭にセトがいて、レイがいるのはマリーナの屋敷であれば、夕暮れの小麦亭にいる時よりもレイとの距離は近かった。


「セトは大丈夫らしいから、中に入るか。……セト、窯の方はあのままにしておいた方がいいか?」

「グルルゥ!」


 既にピザの類は焼いていないのだが、それでも窯はある程度の熱気を発している。

 起動した時に使ったレイの魔力が切れるか、もしくはレイが意図的に止めるまではそのままだ。

 窯からは熱気と共に明かりももたらされており、マリーナの精霊魔法で生み出された光と共に庭を幻想的な光景にする一翼を担っていた。

 その光景の一つを消してもいいのかと尋ねたレイだったが、セトは首を振って喉を鳴らす。


「そうか。じゃあ、このままにしていくけど……変な悪戯はするなよ?」

「グルゥ」


 セトの鳴き声を聞き、レイはマリーナに視線を向ける。


「そんな訳で問題ないし、後は屋敷の中に行くか」

「ええ。レイ、テーブルと椅子をお願いね。窯はともかく、こっちは屋敷の中に持っていった方がいいでしょ。私は対のオーブを持っていくから」


 既に半ば眠っているビューネを抱いたヴィヘラには何も言わず、マリーナは素早く指示を出していく。


(こういうのを見ると、やっぱりマリーナの方がパーティリーダーに向いてると思うんだけどな。……まぁ、元ギルドマスターだからパーティリーダーになれないってのは分かるけど)


 椅子やテーブルをミスティリングに収納しながら、レイはそんなことを思う。

 レイも、分かっているのだ。この中で誰がパーティリーダーをやるのが一番波風が立たないのかというのは。

 だが、それでもやはり自分がこの面子を引っ張っていけるのか? と考えれば、自分自身で首を傾げざるを得ない。

 いずれ自分の中で心の整理をしなければ、とも思う。

 こういう時、下手に自分の欲望に正直な者であれば、パーティリーダーの特権として身体を要求したりするような者もいるのだが……このパーティの場合、もしそのような真似をすれば寧ろ喜んでレイに抱かれるだろう。

 勿論ビューネは例外として。

 そこまでは考えが及んでいないレイだったが、ともあれ自分がパーティリーダーとして相応しいのか? という疑問は抱いてしまう。

 そんな風に考えながら、レイはマリーナやヴィヘラと共に屋敷の中に入っていく。

 マリーナの案内で、ビューネを抱いたヴィヘラがいなくなり、リビングに残されたのはレイと対のオーブに映し出されたエレーナのみとなる。


『うん? どうしたんだ? 急に何か悩み始めたように見えるが』


 対のオーブ越しに、エレーナがレイに尋ねる。


「いや、何でもない」

『……そう言われて、私が信じるとでも?』


 真っ正面からそう告げてくるエレーナに、レイは一瞬戸惑い……やがて勝てないな、と小さく笑みを浮かべる。


「マリーナもヴィヘラも、俺にパーティリーダーを押しつけるつもりなのは分かるだろ?」


 エレーナに向け、レイは自然と……本当にいつの間にか自分の弱音とも呼べる言葉を吐き出していた。

 普段弱音を見せることは滅多にないレイだったが、今はエレーナと二人だけ……それも年越しパーティを終えて気が緩んでいたというのが大きい。

 そんなレイの言葉に、エレーナは少しだけ嬉しそうに笑みを浮かべる。

 レイからこのような相談をされたことが嬉しかったのだが、レイはそんなエレーナの笑みに不服そうな表情を浮かべて口を開く。


「何だよ。自分でもらしくないことで悩んでるってのは分かるさ。けど、そもそも俺は人に指示をするというのは別に得意って訳じゃないんだから、仕方がないだろ?」

『別に、レイの様子を笑っていた訳ではないさ。……だがな、私もマリーナやヴィヘラの気持ちは分かる。誰かがパーティリーダーになるのなら、やっぱりレイがいいとな』

「それは俺を持ち上げすぎだと思うけど?」

『そうか? 私はそう思わない。それに……私も将来的にはレイのパーティに入るのだろう? なら、やっぱりレイがパーティリーダーだと、嬉しいけどな』

「そう言われてもな。……いや、理屈では俺がパーティリーダーをやるのが一番いいってのは分かってる。分かってるんだが……」

『他の面々は色々と訳ありだ。レイも訳ありではあるが、それでもレイの事情を知らない者にとっては、やっぱりレイがパーティリーダーをやるのが無難だと思うぞ?』


 レイの事情……レイが異世界から来たということや、魔獣術のことを知らなければ、レイはグリフォンを従魔にしている冒険者でしかない。

 勿論グリフォンを……それも第三者の立場から見ると希少種でランクS相当のモンスターを従魔にしているという点で訳あり以外のなにものでもないのだが。


「そうね。私はやっぱりパーティリーダーはレイがいいと思うわよ?」

「それは私も賛成ね」


 ビューネをベッドに寝かせてから戻ってきたマリーナとヴィヘラにもそう言われ……結局レイは溜息を吐いてから、パーティリーダーを引き受けることにするのだった。

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