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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1273/3865

1273話

 パン生地を持ってきたサンドリーヌが、それをロドリゴに渡す。


「はい、お父さん。これ」

「ああ、ありがとう。それで、レイさん。この肉餡をパン生地で包んで、あとは蒸すだけ……でいいのでしょうか?」


 確認の為に尋ねてくるロドリゴに、レイは頷く。


「ああ。ただ、蒸し時間とかはちょっと分からないから、そっちの方で調整してくれ」


 レイが日本にいる時は、スーパーで売っていた肉まんを買ってきたことはあった。

 だが、その肉まんに軽く水を掛けてから電子レンジを使うのと、実際にこうして蒸し器で蒸すというのでは、明らかに違う。

 そもそも、スーパーで売っている肉まんというのは、そのままでも食べられるものを温めているにすぎないのだから。


「うーん、そうですね。ではその辺は色々と調整してみますか。では、早速……」

「違う」

「え?」


 長方形に伸ばしたパン生地に肉餡を入れ、折り畳むように包もうとしたロドリゴにレイは駄目出しをする。


「えっと、確か……」


 料理番組で見た、肉まんを包む時のやり方を思い出しながら、レイは手を伸ばす。


「こうして、生地の真ん中に肉餡を入れたら、包み込むようにして上の方で纏めるように……あー、上手くいかないな」

「えっと、こうですか?」


 レイの説明で大体のところは理解したのだろう。ロドリゴがパン生地に肉餡を包み、レイが知っているような形に仕上げていく。

 説明を聞いただけでしっかりと形に出来るのは、さすが表通りで店を出す料理人といったところだろう。


「そうそう。俺が知ってる肉まんってのは、大体そんな形だ」


 ロドリゴの手により、レイもよく知っている肉まんの形が完成する。

 もっともレイが知らないだけで、肉まんの中には丸く広げた生地に肉餡を入れ、それを半円状に折り曲げる……といった物もあるのだが。


「ねぇ、レイさん。この形には何か意味があるの? この形にするには結構手間が掛かるし、さっきお父さんがやったパンみたいな包み方じゃ駄目なの?」


 サンドリーヌの口から出たのは、当然の疑問でもあった。

 この店には多くの客がやって来るのだから、出来るだけ手間が掛からない方がいいのは間違いないのだから。


「どうだろうな? 俺が知ってるのはこの形なんだから、多分この形にも何らかの意味があるとは思うんだけど。その辺も色々と試してみて欲しい。蒸し加減とかそういうのにも影響してくるかもしれないし」


 サンドリーヌの疑問に答えたレイに、ロドリゴは頷きを返す。

 実際、形によって蒸し加減やそれによる食感が変わってくるというのは、間違いのない事実だ。

 また、パン生地の調整や肉餡にいれる具によってもその辺りは多少なりとも変わってくる以上、研究をする必要があるのは間違いない。


「分かりました。色々と試しがいがあるようで、何よりです」


 気が弱いように見えるロドリゴだったが、やはり自分の仕事ともなれば意欲も違ってくるのだろう。

 もしくは、純粋に趣味と仕事が一緒になったからなのかもしれないが。


「とにかく、やってみましょう。具体的にどのようになるのか、それを確認してからでないとどうしたらいいのか分かりませんしね」


 そう告げるロドリゴが、手早くパン生地に肉餡を包むと蒸し器へと入れていく。

 蒸し器そのものは、レイが知っている物とそう変わらない。

 蒸すという調理法なのだから、自然とその形も似たような物になるのだろう。


(マジックアイテムの類を使えば、全く違った形になってもおかしくないけど……幸いというか、残念ながらというか、この店の蒸し器は蒸籠とかそういうのに近いタイプだな)


 そうして蒸し上げている間にも、サンドリーヌは情報収集を忘れない。

 ロドリゴはじっと蒸し器に視線を向けており、いつ蒸し上がるのかと蒸し器をじっと見据えていた。


「ねぇ、レイさん。肉まんが蒸しパンの中では基本的な料理だって言ってたけど、他にどんなのがあるの?」

「そう、だな。俺が知ってる限りだと、肉まんの中の具が色々と違うのとか……他にはチーズを生地に練り込んで蒸したのとか、そういうのがあったと思う」


 レイは地球にいた時、母親がスーパーから買ってきて食べていた蒸しパンを思い出しながら、そう告げる。


「チーズ? ……なるほど。それはちょっと美味しそうね」

「まぁ、どういう料理を作るのかは、この店で決めればいいと思う。個人的には肉まんがいいと思うけど」

「……ねぇ、レイさん」


 ふと、サンドリーヌが何か気になったようにレイの方を見ながら口を開く。


「うん? どうした?」

「レイさんは蒸しパン……いえ、この肉まんという料理を知ってるのは、知識の上でだけ、なのよね?」

「ああ、そうだけど?」

「でも、その割りには今の言いようを聞いてると、以前にも食べたことがあるような気がするんだけど」

「……」


 いきなりの言葉に、レイは黙り込む。

 肉まんを作り始めてから……いや、肉まんの説明をしている時からの自分の言動を考えれば、サンドリーヌがそう思うのは無理もなかった。


(肉まんにちょっと拘りすぎたか?)


 サンドリーヌがレイの予想以上に鋭いといったこともあったのだろうが、それでも自分の言動に迂闊なところがあったというのは、レイも認めざるを得なかった。


「それは……」


 そこまで告げたが、そこから何と言えばいいのかを迷う。

 実はこの料理を以前に実際食べたことがあると言えば、それをどこで食べたのか、また何故隠していたのかといったことを尋ねられるだろう。

 勿論それを誤魔化すのは難しい話ではない。

 レイはセトで様々な場所へと出向いているし、またギルムに来る前には魔術師の弟子として暮らしていたという経歴になっているのだから。

 だが、それでもレイはここで迂闊に誤魔化すようなことを口にするのは避けたかった。


「サンドリーヌ、別にこの肉まんという料理が……そして蒸しパンがどこの料理でもいいじゃないか」


 言葉に詰まったレイに対し、助けの手を差し伸べたのは蒸し器をじっと見つめているロドリゴ。


「お父さん」

「今回の件でレイさんには大きく助けられている。それを考えれば、この料理がどこかで実際に作られていた料理であっても構わない。……いや、寧ろ実際に食べられているのなら、それが受け入れられているということになる」


 ロドリゴの言葉は間違いのない事実だった。

 実際に肉まんが食べられている料理であるのなら、それは肉まんという料理が受けいれられていることを意味する。


「でも……」

「サンドリーヌ、レイさんは冒険者なんだよ。それも異名持ちの高ランク冒険者だ。色々と人に言えること、言えないことがあるのは分かるだろう?」


 柔らかく告げたロドリゴだったが、正確にはレイのような高ランク冒険者の……しかも人に言えないような事情に深入りして、何か面倒事に巻き込まれるのは勘弁して欲しいというのが正直なところだった

 だが、それはおかしな話ではない。

 それこそ腕に自信のある冒険者なり傭兵なりであればまだしも、ロドリゴはあくまでも料理人でしかないのだから。

 出来ればそんなことには関わりたくないと考えるのは当然だった。

 ましてや、サンドリーヌという娘や妻がいる以上。

 それを察したのか、それとも単純にこれ以上聞くのは危険だと思ったのか、サンドリーヌもそれ以上レイに何かを聞くのを諦める。


(いや、そこまで危ない話じゃないんだけどな)


 勿論レイの秘密……日本について喋る訳にはいかなかったが、それでも聞かれたら殺すといったような秘密ではない。

 それでも口を滑らせた自分の言葉を受け流してくれるのであれば、それはレイにとっても嬉しいことだった。

 少しの間、厨房の中に沈黙が満ちる。

 そんな沈黙を破ったのは、やはりロドリゴだった。


「出来ました。……多分、蒸し時間はこれでいいと思います」


 そう告げ、蒸し器を火から外してレイ達の前に置く。

 そして蓋を取った瞬間、厨房の中に湯気が溢れ出た。


(肉餡が生地の中にあるから、匂いは殆どしないな。……肉まんとかだと少し甘いような匂いがするんだけど)


 そして湯気が晴れると、蒸し器の中がどうなっているのかしっかりと見えるようになる。


「あれ?」


 そう言葉に出してしまったのは、レイ。

 その呟きにあったのが、意外そうなものだったからだろう。サンドリーヌは嫌な予感を覚えながら口を開く。


「どうしたの、レイさん。何か変?」

「あー……何か平べったくなってないか?」


 レイの言葉通り、蒸し器に入れた時に比べると見て分かる程に平べったくなっていた。

 少なくても、レイが知っている肉まんはこのように平べったくなったりはしない。

 そのことに疑問を覚えたレイだったが、ロドリゴは問題ないと首を横に振る。


「これが最初の調理なんですから、多少失敗しても仕方がないですよ。寧ろ、少し平べったくなったくらいで済んでよかったと思います。恐らく使ったパン生地が普通に焼く時と同じだったから、こうなったのでしょう」

「つまり?」


 娘の言葉に、ロドリゴは笑みを浮かべて口を開く。


「パン生地の配合を変えて試していけば、いずれ蒸すという行程に相応しい生地を作ることが出来るようになりますよ」

「お父さん、簡単そうに言うけどかなり難しいんじゃない?」

「大丈夫。この手の作業は得意だから。それに母さんにも手伝って貰うしね」


 母さんに手伝って貰うというのを聞き、レイは少しだけ驚く。

 この場にいるのはロドリゴとサンドリーヌの二人だけだったので、てっきり母親は何らかの事情でもう一緒にいないのではないかと思っていたのだ。

 もっとも、それを口にすれば何か面倒なことになると思ったので、沈黙を守ったが。


「さて、じゃあ味見といきましょう」


 レイが知っているよりも平べったくなった肉まんを手にしたレイは、二つに割る。

 するとオークの肉を使った肉餡の匂いが周囲に漂う。

 食欲を刺激する香りで、味を考えれば間違いなく美味いだろうというのは予想出来た。

 元々ロドリゴは腕のいい料理人だ。

 それだけに、余程のことをしなければ不味くて食べられないということはないだろう。

 その匂いに惹かれるように、レイは肉まんへと齧りつく。

 まず広がるのは熱さ……次にオーク肉と各種野菜の混ざった餡の味で、最後にパン生地の柔らかな甘みがそれを包み込むように口の中で混ざる……のだが。


「うーん」


 ロドリゴが口の中にあった肉まんを呑み込むと、不満そうに唸る。

 サンドリーヌも少し違和感があるように首を傾げていた。


「微妙、だな」


 そしてレイが正直に味の感想を口にする。

 ……そう、その味は微妙というのは正直なところだった。

 肉餡は微妙に味が薄く、野菜から出た水分でぼやけた味になっていて少し水っぽい。

 パン生地の方は決して不味くはないのだが、それでもどこか違和感がある。

 柔らかさも、レイが知っている肉まんの食感に比べると今一つ足りなく、ボソボソとしている。

 具の方が水っぽく、パン生地がボソボソしているという、そんな感じ。

 総合的にみて、レイが口にした微妙というのが正しかった。

 決して不味いという訳ではないが、それでも好んで食べたいかと言われれば素直に頷けないような味。


「うーん、そうですね。ですが、最初に作ったにして結構いい出来だと思いますよ? 後は、これをどうやって完成度を高めていくかですけど」


 ロドリゴは肉まんの味に将来性を見たのか、笑みを浮かべてそう告げる。


「そうか? ……そうか」


 一口、二口と食べ、レイは首を傾げる。

 だが、本職の料理人がそう言っているのだから、間違いなくそうなのだろうと判断した。

 レイだけであれば、この肉まん……いや、肉まんもどきと表現するのが相応しい食べ物を、これ以上美味く出来るという自信はない。

 料理人として自分の腕に自信があるからこその言葉なのだろう。


「ええ。今の時点ではそんなに美味しくないですけど、将来性は感じさせます。それに、何と言っても蒸しパンという調理法は今まで想像出来なかっただけに、どんな風に仕上げていくかが楽しみですよ」


 レイにとってはとても成功とは呼べない料理だったのだが、ロドリゴにとっては違ったらしい。

 大丈夫か? そんな思いを込めてサンドリーヌに視線を向けるレイだったが、視線を受けたサンドリーヌは大丈夫だと頷きを返す。


「正直、このままだと美味しくないのは事実だけど、お父さんが出来るって言うなら、きっと何とか出来るよ。普段は弱気で優柔不断だけど、こと料理に関してだけは信じて大丈夫なんだから」

「サンドリーヌ……それはちょっと……」


 褒められたのか、それとも貶されたのか。

 父親としては、貶されたと思ったのだろう。

 少し情けない表情でロドリゴは娘に声を掛ける。


「何言ってるのよ。ほら、まずどうやってこの料理を仕上げていくかを考えましょ」


 仲のいい親子のやり取りを眺めていたレイは、ふと口を開く。


「なぁ、この肉まん……セトに食べさせてみてもいいか?」


 その言葉に特に問題はないと言われ、レイはセトに肉まんもどきを食べさせてみるが……何とも微妙な鳴き声を聞くことになるのだった。

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