1272話
ギルドで指名依頼を受けた翌日、レイはケニーに紹介された食堂の前にあった。
その食堂は、レイも以前何度か利用している店だ。
裏通りにある、レイの行きつけの食堂の満腹亭とは違い、大通りに面している店。
出される料理の味も、大通りでやっていけるだけあって、決して悪いものではない。
普段の客の入りも満席という訳ではないが、それでも一人も客がいないという店ではないのは、ここで食事をした時に知っている。
「じゃあ……セト、悪いけどお前はここで待ってることになるぞ?」
「グルゥ!」
構わないよ、と喉を鳴らしたセトは、店のすぐ側で横になる。
新作の料理を考えるということで、今日のレイはあまりセトには構っていられない。
だからこそ、セトが退屈しないように今日も宿に遊びに来た子供達と一緒に厩舎のある裏庭で雪遊びでもしていてもらうつもりだったのだが……何故か今日に限り、セトはレイと一緒に行くと態度で示したのだ。
子供達……そしてミレイヌやヨハンナの二人は、セトがそう言うのならと残念そうにしながらも送り出した。
……もっとも、ミレイヌとヨハンナの場合は、自分はセトがやりたいことをやるというのなら、と心の広さを競い合っていたおかげでもあるのだろうが。
なお、レイは何故今日に限ってセトが自分と一緒に来たのかというのは、予想出来ていた。
新作の料理と聞き、以前うどんを作った時のことを思い出したのだろう。
その味見をしたことを。
今回の蒸しパン……肉まんでも、セトは味見を目当てにしているのでは、というのがレイの予想だった。
「うん? ……あ、レイさん! セトちゃんも!」
表でセトと話をしていた声が聞こえたのか、唐突に店の……今回レイが新作料理を考える為に指名依頼を出してきた、黄金のパン亭の扉が開き、一人の女が顔を出す。
その人物に、レイは当然見覚えがあった。
名前は知らないが、この店で食事をした時にウェイトレスをしていた人物だった。
年齢は、二十代前半くらいか。
特別に顔立ちが整っている訳ではないのだが、レイとセトに向けている明るい笑顔は十分に魅力的で、黄金のパン亭の看板娘と呼ぶべき人物だ。
「ああ、今日は世話になる。レイだ」
そんなウェイトレスに、レイは短く自己紹介する。
「あ、ごめんなさい。そう言えば自己紹介がまだだったわよね。私はサンドリーヌよ。さ、入って。時間はあまりないんだし」
笑みを浮かべて告げるサンドリーヌに、レイは店の中へと案内される。
店の出入り口の大きさを考えれば、当然のようにセトは出入り出来ない。
元々レイはセトを店の中に入れるつもりはなかったが、それでもサンドリーヌは残念そうにしながら……厨房の奥へと向かい、何かの骨つき肉を持ってくる。
何かのスープの出汁にでも使ったのだろう骨。
肉はあまりついてないが、それでもセトには美味そうに見えたのか、セトの円らな瞳はじっとその骨つき肉……いや、どちらかと言えば肉つき骨と呼んだ方がいいようなそれを見ていた。
「はい、セトちゃん。セトちゃんを店の中に入れることは出来ないけど、これを食べて待っててね?」
「グルゥ!」
嬉しそうに喉を鳴らし、骨を咥えて、セトは店の側で寝転がる。
「じゃ、レイさんには早速お父さんと一緒に新作料理を考えて貰いたいんだけど……いい?」
「ああ、こっちはいつでもいいよ」
そう言いながら、二人は厨房の方へと入っていく。
「お父さーん、レイさんが来たわよー?」
「あ、もう来たんですか。すいませんね、レイさん。忙しいところを」
「……あ、ああ」
厨房から出て来た料理人……サンドリーヌの父親を見て、レイは多少驚く。
大通りに面している食堂の料理人ということで、てっきり筋骨隆々の男が出てくると……それこそ、パミドールのような人物が出て来てもおかしくはないと思っていたのだ。
だが、出て来たのは細身の、少し気の弱そうな人物だった。
大通りに面している店で食堂をやっていると聞いて予想していた人物とは正反対の人物。
そんなレイの驚きに、男は笑みを浮かべて口を開く。
「やっぱり驚きますよね。良く言われるんですよ。……えっと、この黄金のパン亭の料理人をしているロドリゴと言います」
気の弱そうな表情で頭を下げるロドリゴに、レイは我に返って首を横に振る。
「いや、驚いて悪かった。知ってると思うけど、今回の依頼を引き受けたレイだ」
「いえいえ。あんな料金で指名依頼を引き受けてくれるとは、正直思ってもみませんでした。しかもレイさんのような、有名な冒険者が。……駄目で元々といった気持ちからだったんですけどね」
「普段なら引き受けなかったかもしれないけど、幸いと言うべきか、今は冬で特にやるべきことがあった訳でもなかったからな」
実際、この指名依頼の依頼料は決して高いものではない。
だが……それでもレイは、もし依頼料がもっと安くてもこの依頼を引き受けていただろう。
このギルムを本拠地として活動している以上、ギルムの食糧事情が少しでもよくなるというのは、レイにとって歓迎すべきことだからだ。
それをあまり表に出すことはなく、早速レイはロドリゴにどんな料理を作るのかの説明をする。
「肉まんという料理がある」
「肉まん、ですか? その名前から考えると、肉を使った料理でしょうか?」
「そうだ。ただ、俺が知ってるのはあくまでも概要でしかない。うどんの時もそうだったけど、実際にはこれから直接作る料理人の方で頑張って貰う必要があるけど……」
大丈夫だよな?
そう視線で尋ねるレイに、ロドリゴは少し自信のなさそうな笑みを浮かべ、それでも頷きを返す。
「はい。あまり自信はないけど、やってみます」
「ちょっと、お父さん。ここはもっと自信があるように見せてよね。ただでさえお父さんはその外見で損をしてるのに……レイさん、お父さんはこんなんだけど、料理の腕はいいから心配しないで」
サンドリーヌの、父親の腕は自分が保証するという言葉に頷き、レイは改めて説明を続ける。
「ちなみに、ここで出しているパンは他の店から買ってるのか? それとも自家製か?」
「自家製です」
「へぇ」
自分で尋ねたにも関わらず、レイはこの店のパンが自家製だと聞いて感心する。
大抵の店は、自分の店で作るのではなくパン屋から購入していたからだ。
だが、今回はそれが幸いしたといえる。
「なら丁度いい。肉まんってのは蒸しパンというパンの一種だ」
「……虫パン? もしかして虫を」
「それはもう昨日やった」
ケニーと同じような勘違いをするサンドリーヌの言葉を途中で遮ったレイは、視線を厨房に向けながら説明する。
「蒸し料理……肉を蒸したりする、そっちの意味での蒸しだ。決して虫……昆虫の類じゃない」
「……蒸すんですか? パンを?」
肉や野菜、魚といった食材を蒸すというのは、ロドリゴもやった経験があるのだが、パンを蒸すというのは完全に想像出来なかったのだろう。
「そうだ。とは言っても、焼いたパンを蒸すんじゃなくて、パン生地を……そうだな、焼くんじゃなくて蒸して完成させると言えば分かりやすいか?」
「……蒸す。うーん、ちょっと想像出来ませんね」
「普通に焼いたパンとは違って、シットリとした食感になる。で、そのパンを蒸す時、パン生地に肉の餡……肉や野菜を捏ねて作ったものを入れて一緒に蒸し上げるんだ」
そこまで伝えたレイは、パン生地と肉の餡というところから、焼売や餃子も出来るのでは? と考える。
だが、今はあくまでも蒸しパン……肉まんの完成を目指すべきだと、そのことは口にしない。
「ほう。それは少し興味深いですね。シットリとした食感……というのは、パンでは食べたことがありません」
ロドリゴが興味深そうに尋ねてくるのに、レイは頷く。
「そうだな。ただ、普通にパンを焼く時と比べてパン生地にどんな風に手を加えるのかは分からない。……もしかしたら手を加えなくてもいいのかもしれないけど、その辺は試行錯誤して欲しい」
「任せて下さい。そういうのは好きですから」
料理をするのが、心から好きなのだろう。
大人しいロドリゴにしては、珍しく興味深い光を目に宿しながらレイに視線を向けてくる。
そんなロドリゴの姿を見て、レイもこれは期待出来ると判断したのだろう。次に肉の餡についての説明に移る。
「それで、蒸しパンの中に入れる具についてだけど、これは俺が知ってる限りは肉餡が多い」
「肉ですか。ちょっと待って下さい」
ロドリゴがそう告げ、肉を始めとして材料を用意していく。
それをみながら、レイは肉まん以外の中華まんについて考える。
肉まん以外にもピザまん、カレーまん、フカヒレまん、あんまん……といった物があるのだが、カレーは香辛料の問題で、フカヒレはそもそもフカヒレの作り方が分からず、あんまんも餡子の作り方が分からない。
唯一作れそうなのはピザまんなのだが、肉まん好きのレイは元々ピザまんをあまり食べたことがなく、どんな材料なのかが思い浮かばない。
(ピザってくらいだから、チーズとトマトが入ってそうだけど……トマトとかを入れると水っぽくならないか?)
そう考え、ピザまんについては取りあえず説明することを諦める。
肉まんで技術を磨いて貰い、独自性を出せるようになったら、そういう食べ物があると教えてもいいだろうと。
(……ああ、でもピザまんってくらいなら、ピザでも良かったのか? けど、焼くよりはやっぱり蒸す方がインパクトはでかいだろうし。ピザはまた後でだな)
レイがピザまんやピザについて考えている間に、ロドリゴは肉や各種野菜の用意を終えた。
「えっと、レイさん。これからどうすれば?」
「そうだな。まず、肉を細かくみじん切り……か? それとももう少し大きめなのかは分からないけど、切ってくれ。この辺も、実際に食べながら丁度いい具合に感じる大きさを決めた方がいい」
「なるほど、分かりました。具は肉だけで?」
「いや……あー、野菜も必要だな。中には煮込んだ肉をそのまま入れるというのもあるけど、まずは基本の奴を作った方がいい」
肉餡を作るよりも、煮込んだ肉……豚の角煮まんといった料理の方が簡単なのではないか? とふと思ったが、それでもレイの認識として、基本的なのは肉まんだった。
基本が大事だというのは、ロドリゴにとっても納得出来たのだろう。特に異論はないといった様子で頷く。
そして用意されたオーク肉を、みじん切りよりは少し大きめに切る。
「次は野菜だ。……そうだな、これと、これ。それとこれも同じくみじん切りにしてくれ」
茸と、葉の色は青であるがそれ以外は白菜に似ている野菜、長ネギにしか見えない野菜を選ぶレイに、ロドリゴは頷くとみじん切りにしていく。
その光景を見ながら、レイは近くで興味深そうに父親の作る料理を見ていたサンドリーヌへと、気になったことを尋ねる。
「今更だけど、今日は客が一人もいないんだな」
「え? ああ、うん。そうよ。昨日ギルドからレイさんが依頼を引き受けてくれたって話があったから、今日の日中はレイさんから料理を教えて貰うことにして、店を開くのは夜からにすることにしたの。……出来れば、この教わった料理を出して、様子を見てみたいところだけど」
「それはちょっと無理じゃないか? 俺がきちんと全て作り方を覚えてるのならまだしも、教えてるのは概要くらいで、実際には料理人にしっかりと調整して貰う必要があるし」
「そうなのよね。残念。……でも、パンを蒸すなんて、凄い発想よね? これってどこの料理なの?」
「もう失われてしまった国だよ」
まさか日本の料理だとは言えず、レイはそう言って誤魔化す。
(いや、中華まんは点心で中華料理だったか? ……まぁ、どのみち俺にとってはもう失われてしまった国だったのは間違いないから、嘘を言ってる訳じゃないけど)
呟くレイの様子を見ていたレイに、サンドリーヌは首を傾げる。
「そうなの?」
「ああ。俺が知ってる限りだと、丁度今みたいな寒い時季に好んで食べていたらしい」
「まぁ、蒸すんだから、温かいしね」
「……蒸し料理があるんだから、蒸しパンとかがあってもいいと思うんだけどな」
肉や野菜、魚といった食材を蒸していたのだから、パンを蒸してもいいのでは? そう尋ねるレイに、サンドリーヌは首を横に振る。
「発想の転換でしょうね。誰も思ってもみなかったと思うわよ? もしかしたら別の場所では蒸しパンというのがあるかもしれないけど……少なくてもギルムでは初めてだと思うわ」
「レイさん、みじん切りにしましたが、これからどうします?」
サンドリーヌと話している間に食材の処理を終えたロドリゴに、レイは近くにある食器の中でもボールに近い物を見る。
「それに入れて、少し濃いめに味付けをしてから、粘りが出るまで捏ねるんだ。あ、パン生地はあるか?」
「あ、すぐに持ってくるから、ちょっと待ってて」
サンドリーヌがパン生地を取りに行き、ロドリゴはレイに言われた通りに塩を始めとした調味料で味付けして肉餡を練る。
それを見ながら、レイは肉まん作りの次の行程を思い出すべく頭を捻るのだった。




