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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1266/3865

1266話

「へぇ……ここがマリーナの屋敷か」

「グルルルルゥ」


 レイの呟きに、セトが嬉しそうに喉を鳴らす。

 ……もっとも、その嬉しさはマリーナの屋敷を見ることが出来たからという訳ではなく、降っている雪を見てのものだったが。


「そんなに大きくないって言ってたけど、謙遜だったみたいね」

「ん」


 レイの隣で呟いたヴィヘラの言葉に、ビューネが同意する。

 貴族街にある屋敷として考えれば、間違いなく小さいだろう。

 だが、それでも貴族街以外にある建物と比べれば、間違いなく大きいと言えるだけの規模ではあった。

 少なくても、マリーナが一人で暮らしているのであれば広すぎると言ってもいいだろう。

 ヨハンナ達が住んでいる屋敷より、やや小さいくらい……というくらいの大きさだった。

 勿論中庭の類もあり、また現在は使われていないようだが厩舎も見える。

 そんな屋敷の方から、この屋敷の主……マリーナが姿を現し、レイ達の方へと向かって歩いてくる。

 いつものようにパーティドレスを身につけているマリーナは、周囲で積もっている雪の白にドレスの赤が映えていた。

 精霊魔法を使っているのだろう。マリーナが歩く場所では綺麗に雪が消えていく。


(便利だよな。雪かきとかしなくてもいいんだから)


 しみじみと精霊魔法の便利さに感心しているレイだったが、ふと自分の魔法を使えば雪を溶かすことが出来るのでは? と思いつく。

 思いつくが……結局そんな真似をしても、溶けた雪がまた凍って色々と危険になるだろうと判断し、すぐに諦める。

 マリーナが使っている精霊魔法では、雪そのものを移動させているだけなので特に心配はいらないのだが、レイの場合は炎の魔法で溶かした雪が水分となる。

 その水分すらも完全に蒸発させる……という真似をした場合、下手をすれば水蒸気爆発を起こす恐れすらあった。

 たかが雪かきにそんな危険を冒すような真似は、レイにはとても出来ない。

 ……もっとも、そんな真似をすれば毎日のように雪遊びを楽しんでいるセトが残念がる、というのもあったのだろうが。


「いらっしゃい。……そう言えば、この屋敷でこんなことを言うのは随分と久しぶりなような気がするわね」

「あら、そんなにここには人が来ないの?」

「そうね。客を出迎えるのはギルドでの方が多いし。本当にこの屋敷には寝に帰ってくるだけなのよ。……正直、それこそ寝るだけなら宿でもいいと思うんだけど」

「いや、ギルドマスターが宿暮らしってのは、正直どうなんだ?」


 マリーナの言葉に、レイは少しだけ呆れたように呟く。

 勿論宿と言っても冒険者になったばかりの初心者が泊まるような安宿から、大商人のような金持ちが泊まるような高級宿まで色々とある。

 だが、ギルドマスターの立場にあるマリーナが、どこか他の街に行った時であればまだしも、自分の本拠地で宿暮らしとなれば……色々と人聞きが悪いのも事実だった。

 相応の地位にある者は、それに相応しい暮らしをすべしという風潮である以上、ギルドマスターにして元ランクA冒険者のマリーナが住むには最低限これだけの屋敷が必要だったのだろう。

 それが分かっているからこそ、マリーナもレイの言葉に艶然とした笑みを浮かべて肩を竦める。

 ……その際、大きく開いた胸元で褐色の双丘が激しく揺れて自己主張をしていたのだが、レイはそっと視線を逸らすだけに留めた。

 そんなレイの姿を見て、マリーナは数秒前とはまた違った意味で艶然とした笑みを浮かべる。


「ま、雪の中でこうして話していても仕方がないしね。中に入って頂戴。セトは……」

「グルゥ!」


 マリーナの言葉に、セトは屋敷の中庭へと視線を向ける。

 そこにあるのは、積もっている雪。

 ただし、誰も踏んだり触ったりしていない、降って積もったままの新雪。

 最近雪遊びに嵌まっているセトにとって、その中庭はこれ以上ない程の遊び場だった。

 そんなセトの様子を見て、レイとヴィヘラは笑みを浮かべ、マリーナは少し困惑した表情となる。

 だが、マリーナの屋敷の中はセトが入れはするが、存分に走り回ったり出来る程に広くはない。

 そう考えれば、寧ろセトが中庭で遊びたいというのであればそれを止めるつもりはなかった。


「中庭で好きに遊んでていいわ。ただ、木を折ったりはしないでくれる?」

「グルゥ!」


 大丈夫! と喉を鳴らしたセトは、そのまま雪を踏みしめて中庭へと突入していく。

 マリーナが精霊魔法で雪を寄せたのは、あくまでも玄関から正門までだ。

 新雪を踏む感触を楽しむセトを見て、レイ達は思わず笑みを浮かべる。

 無邪気なその様子は、とても高ランクモンスターのグリフォンのようには見えない。

 それこそ、小さな子供が遊んでいるようにすら見えた。


(まぁ、その感覚は間違ってないんだけど)


 内心で自分の考えに納得してしまうレイ。

 そもそも、魔獣術でセトが生まれてから、まだ五年と経っていない。

 普通に考えれば、まだまだ子供と言ってもいいような年齢なのだ。

 ……勿論モンスターである以上、生まれてから数ヶ月で成体となるような者も多く存在するのだが。

 ともあれ、真っ先に中庭に突っ込み、雪を踏み、雪の上に転がって自分の身体の跡をつけ、としている様子をよそに、レイ達はマリーナに案内されながら屋敷の中へと入っていく。


(セト、雪の上で転がり回ってたけど……翼とか大丈夫なんだよな? 痛めないといいけど)


 レイはそんなことを考えながら、屋敷の中へと入っていく。

 屋敷の中は、静まり返っていた。

 メイドや執事といった者の姿もなく、それでいて埃一つ落ちていないのではないかと思わせる程に綺麗だ。


「うわ、凄いわねこれ」

「ん」

「そう?」


 驚愕の声を漏らしたヴィヘラに、ビューネが同意する。

 だが、マリーナはそんな二人の驚きに特にどうというともないような反応を示す。


「当然でしょ。この屋敷はそれなりに広いのに、こんなに綺麗なままなんて……メイドとかもいないみたいだし、どうやってるの?」

「あら、前に言わなかったかしら。精霊魔法を使えば、このくらいは簡単よ」

「……マリーナ、貴方精霊魔法を何に使ってるのよ」


 魔法もそうだが、精霊魔法もそれを使える者は非常に稀少だ。

 エルフやダークエルフが主に使う精霊魔法だが、それらの種族が人前に出てくることは少ない。

 人間でも精霊魔法を使える者もいるのだが、そのような者は当然ながら魔法使いよりも稀少だった。

 そんな稀少な精霊魔法で、何故掃除をしているのかと……そんな呆れの声だ。


「そう? けど、雪をどかした時には何も言わなかったでしょ?」

「あれは、依頼を受ける上で役に立つからよ。正直なところ、凄く羨ましいわ」


 雪というのは、驚く程に歩く邪魔になる。

 滑ったり、足を上げるにも普通よりも体力を消耗し、溶ければ地面を濡らして更に歩きにくくなってしまう。

 馬車では轍に車輪がとられたり、新雪であれば雪で車輪が進まないということもある。

 それらの理由から、精霊魔法で雪をどうにかして歩きやすくするというのは、冒険者としては納得出来る話だった。

 だが……掃除は違う。

 勿論ないよりはあった方がいいのだろうが、それでもまさか……という思いの方が強かった。


「マリーナ、貴方ねぇ……」

「何よ。便利でしょ?」


 いともあっさりとそう告げるマリーナに、ヴィヘラはこれ以上何を言っても無駄だと判断する。

 また、自分の能力をどのように使うのかを人にどうこうと言われるのはどうかと、そうも思った為だ。


「そうね。マリーナがそれでいいならいいわ」

「でしょ? ま、部屋はこっちよ。すぐに飲み物を用意するから。紅茶でいいわよね?」


 そんなマリーナの言葉にレイ達は頷き、応接室へと案内される。

 応接室も、当然のように埃一つないように綺麗に掃除されており、中に入った瞬間レイ達は少しだけ目を見開く。

 だが、既に一度見ている以上、同じようなことで先程のように驚く筈もなく、用意されたソファへと腰を下ろす。


「ちょっと待っててね」


 そう告げ、部屋を出ていくマリーナ。

 レイ達はそれを見送り、改めて部屋の中を見回す。

 寝に帰るだけと言っていたマリーナだったが、それでも誰かが来た時の為にしっかりと準備はしていたのだろう。

 壁には何枚かの風景画が飾られており、中には世界樹が描かれた物もある。

 応接室の中は暖房のマジックアイテムが用意されており、レイ達が入る前から既に暖められていた。


「意外と居心地のいい部屋ね」

「ん」


 ヴィヘラが呟き、ビューネも周囲の様子を見ながら頷く。

 壁に飾られている絵画以外にも、落ち着いた趣味のいい色合いの家具が幾つかあり、この部屋にいればゆっくりと寛ぐことが出来るのは間違いなかった。


「お待たせ。はい、どうぞ」


 レイ達が応接室の中を見回していると、マリーナが紅茶を持って部屋に戻ってくる。

 テーブルの上にその紅茶を置くと、マリーナもソファへと座って口を開く。


「さて、こんな家だけど今日はゆっくりとしていって頂戴」


 今日マリーナがレイ達を自分の家……屋敷に呼んだのは、特に何か用事があった訳ではない。

 ただ、自分の家でゆっくりと話そうと、そう思っていたからだ。

 敢えて言うのであれば、春以降……ワーカーにギルドマスターの地位を譲ってから、レイ達と行動を共にする時のことを少し話したいという思いがあった。

 相談役という立場になり、同時に冒険者になるという……言わば半ギルド職員、半冒険者という立場になる。

 このメンバーが揃えば、当然のようにその話題へとなっていくのは当然だった。


「マリーナが俺達と行動を共にするということは、ギルド的にも問題はないんだよな?」

「ええ、そうね。勿論ギルドも私がいるからという理由で、何か特別な配慮をするということはないわ」

「……けど、実際にマリーナは今までギルドマスターとしてやってきたんでしょう? そうなると、ギルド職員が自分でも気が付かないうちに……ということもあるんじゃない?」

「まぁ、それは否定出来ないわね。ただ、ワーカーはその辺りには結構厳しく対処すると思うわ。私もそういうことがないようにと考えてはいるけど」


 長年ギルムのギルドマスターをしてきたマリーナだ。

 その実績は誰もが認めているし、元ランクA冒険者というだけあって実力も高い。そして何より女の艶という言葉をそのまま身に纏っているような人物だ。

 人望という意味では、恐らくエルジィンに存在する全てのギルドマスターの中でも間違いなく上位に位置している。

 その女の艶から、色気自慢の女冒険者からは――本能的に自分に勝ち目がないと判断されて――避けられるが、それ以外の者達の多くから慕われている。

 そうなれば、自分でも気が付かないうちにほぼ無意識でマリーナに対して何らかの配慮をするという可能性は否定しきれなかった。


「レノラやケニーなら、多分大丈夫だと思うけどね」


 へぇ、と。マリーナの言葉を聞いたヴィヘラは、感心して呟く。

 当然ヴィヘラも、レノラやケニーがどのような人物なのかは知っている。

 ……当然だろう。そもそも、ヴィヘラはレイと共に行動しているのだ。

 そんなレイの担当のレノラと、そしてレイに想いを寄せているケニーとは、どうあっても知り合うべき運命だったと言ってもいい。

 特にケニーがヴィヘラを気にしているのは、当然のようにケニーも色気自慢だからなのだろう。

 もっとも、最近レイが見たのは着膨れしているケニーが殆どなのだが。

 ハーブティーを飲ませる店で上着を脱いでも、ある程度着膨れをしていたのだ。


「それより、パーティ名を決めておいた方がいいんじゃない?」


 自分の恋敵の一人のことを考えながらも、ヴィヘラはそう告げる。

 そう言われれば……と、レイ達もその意見には賛成した。

 今までは、レイとヴィヘラ、ビューネの三人で行動はしていたが、特にパーティを組んでいた訳ではない。

 何となく一緒にいた、というのが正しい。

 だが、そこにマリーナが加わるのであれば、正式にパーティを組んだ方がいいのは確実だった。

 でなければ、半分ではあっても冒険者に戻ったマリーナには間違いなく勧誘しようとする人物が大量に出てくるのだろうから。


「うーん、でもマリーナは半分ギルド職員なんだろ? パーティに入れるのか?」

「ああ、大丈夫よ。相談役って言っても、結局は何か給料を貰う訳じゃないもの。……ただ、ワーカーのことだから、私がパーティに入れば贔屓が起きないように色々と厳しくなると思うけど」

「それは別に問題ないだろ」

「……一番危険そうなのがレイなんだけどね」


 即座に答えるレイに、マリーナが若干呆れた口調で呟く。

 だが、レイは本気だった。

 いざとなったら、冒険者を辞めて……それこそ普通の旅人にでもなればいいのだから、と。


「ビューネは……まぁ、エグジルに戻る時になったらパーティから抜けるという形かしら?」

「ん!」


 ヴィヘラの言葉にビューネは頷き、その後も紅茶を飲みながら夕方まで雑談を続けるのだった。

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