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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1263/3865

1263話

 銀獅子の肉。

 その言葉がパーティ会場にもたらした衝撃は大きかった。

 元々このパーティの最大の目玉が銀獅子の肉なのだから、当然だろう。

 勿論ヴィヘラの件やダンジョン攻略についてというのもあったのだが、それでもやはり今回のパーティの最大の目玉は銀獅子の肉だった。

 全員の注目を浴びながら、レイは口を開く。


「以前食べた奴は分かると思うけど、銀獅子の肉は美味い。……いや、美味すぎると言ってもいい。一度この肉を食べてしまうと、あまりの美味さに暫くの間は他の料理に物足りなくなってしまう程だ。それでも食べたい奴だけ食べてくれ」


 レイの口から説明された内容を聞いても、それで銀獅子の肉を食べるのを止めようと思う者はいなかった。

 それどころか、余計に興味を引かれた者の方が多い。


(まぁ、ランクSモンスターの肉なんだから、当然か)


 レイが注意したのも、あくまでも一応だ。本当に自分の注意で銀獅子の肉を食べるという、それこそ一生に一度あるかないかといった体験を放棄する者はいないだろうと、そう考えていた。

 もっとも、エルクやミンのような者達なら、もしかしたらランクSモンスターの肉にありつける可能性もないではなかったが。

 周囲からの期待の視線を受けながら、レイはまだ何本かバーベキューの串焼きを炭火焼きをしている網の前に移動する。

 レイの一挙手一投足に視線が集中するのだが、そんな視線を向けられながらもレイは特に気にした様子もなく……それどころか、銀獅子の肉を楽しみにしているということを喜びながら、ミスティリングの中から銀獅子の肉を取り出す。

 最初に取り出された銀獅子の肉は、一kg程の塊が十個程。

 合計で約十kg程。

 以前の味見した時とは比べものにならないだけの量だったが、それでもこれだけの人数で思う存分食べるのであれば、間違いなく足りないだろう。

 この銀獅子の肉を食べる前にガメリオンの肉を含めて色々と食べたにも関わらず、銀獅子の肉を食べる余裕がある者は多い。

 勿論、それはレイがこのパーティを始める前に銀獅子の肉を出すからというのを前もって言っておいたというのも大きいだろう。

 それでも、普通であれば目の前に美味そうな料理があったら、それに手を出してしまうだろう。

 だが、それを我慢してまで銀獅子の肉を食べたいと思った者や、中にはこの程度の料理で自分の腹が一杯になる訳がないと判断している者……といった具合に、様々な者達の姿がそこにはあった。


「誰か料理出来る奴、手伝ってくれ。まぁ、銀獅子の肉を一口大に切るだけだから、大抵の奴は出来るだろうけど」


 そうレイが言うと、何人かが手伝いに立候補する。

 銀獅子の肉を見ている者の視線が非常に強く、このままでは妙な騒動になってしまうのではないかと。

 そんな不安がレイの中にあっても、それは不思議ではないだろう。

 ……もっとも、銀獅子の肉に最も強烈な視線を送っているのがアジモフだということには苦笑しか浮かばなかったが。

 そうして何人かの協力の下、銀獅子の肉を切り分けたレイは網の上に一切れの肉を置く。

 ジュウッ、と。そんな音が周囲に響き渡り、同時に肉の焼ける何ともいえぬ香りが周囲に漂う。

 何か調味料を使っている訳ではないのだが、それでも周囲に漂う香りは食欲を刺激する。

 肉を引っ繰り返し、七割程火が通ったところでレイは口へと運ぶ。

 口の中に入った肉を噛み締めた瞬間、強烈な旨味が口の中一杯に広がる。

 味付けをしていないにも拘わらず、これで十分に美味いのではないかと。そう思ってしまう程に濃厚な肉の味。


「……美味い……」


 本当に美味いものを食べた時には、その一言しか出ない。

 そんな話をどこかで聞いた覚えのあるレイだったが、それは決して嘘でも何でもなく、真実なのだと思い知る。

 いつまでもその肉を味わっていたいレイだったが、一時の悦楽から我に返ると、周囲の者達が自分に向けている視線に気が付く。

 このままお預けになれば、間違いなく暴動になるだろうと、そう思ってしまうような視線。

 勿論レイも銀獅子の肉を独り占めするつもりはなかったので、やがて自分に視線を向けてきている者達へと向かって大きく口を開く。


「銀獅子の肉だ、食ってくれ!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 レイがそう口にした瞬間、雄叫びが上がる。

 そうして大勢が……それこそ老若男女関係なく網の下へと向かう。

 いや、網だけではなく鉄板へと向かっている者も多い。

 そうして肉を焼き始めるのを眺めつつ、レイはちゃっかりと自分用に確保しておいたスペースで銀獅子の肉を焼いていく。


「ふふっ、随分と大喜びね」


 周囲の様子を眺めながら、ヴィヘラがレイの隣で銀獅子の肉を焼く。

 そんなヴィヘラの隣では、ビューネが真剣な……それこそ今までレイが見た中ではこれ以上真剣なビューネの姿は見たことがないと思えるかのように真面目な視線を網へと向けている。

 普段は無表情なビューネだけに、これだけ真剣な表情をしているというのは非常に目立つ。


「んぐ……ん……」


 一口食べると、次の瞬間には普段は絶対に浮かべることがないだろう満面の笑みを浮かべる。


「うわ、ビューネがここまでの笑みを見せたことなんて……私が知る限り、初めてじゃないかしら」


 銀獅子の肉を口へと運ぼうとしていたヴィヘラだったが、そんなビューネの様子を見て驚き、思わず動きを止めていた。

 普段が普段なだけに、どうしてもビューネのこんな笑みを見ることは出来ない。

 非常に稀少なビューネの笑みに、ヴィヘラは目を奪われていた。


「ヴィヘラ、ビューネを見ていたいのも分かるけど、肉がなくなるぞ」

「え? ……あ!?」


 レイの言葉に、ヴィヘラは皿の上にある肉へと視線を向ける。

 そこには、先程までは山盛りの肉があったというのに、今はその山も七割程にまで減っていた。


「単純に塩もいいけど、こっちのタレも美味いな。どこから持ってきたんだ?」

「え? あ、はい。そのタレは近くにある屋台から貰ってきたものです」


 近くで銀獅子の肉を食べていた女が、レイの問い掛けにそう答える。

 屋台? と、レイは脳裏に今まで食べたことのある屋台の数々を思い浮かべる。

 だが、レイの記憶の中に今食べているタレの味はない。


(まだ俺が行ったことのなかった屋台があったのか。……まぁ、不思議じゃないけど)


 屋台というのは、実際に店舗として食堂の類をするよりも大分安く始めることが出来る。

 それは敷居が低いということでもあり、まだ若く金がそこまでもない者、本格的に店を開くのではなく少し試してみたい者、小遣い稼ぎにちょっとだけと考えている者といった風に、様々な者達が屋台に手を出す。

 つまり、それだけ多種多様な屋台が出てくるのは当然だった。

 勿論それだけ多くの屋台が出てくるということは、すぐにやっていけなくなる者も多いだろう。

 玉石混淆とでも呼ぶべき状態であり、その中には当然レイが寄ったことのない屋台というのも数多くある。


「このタレの味からすると、串焼きの屋台か?」

「そうですね。ただ、野菜も結構美味しいですからお勧めですよ」


 そう告げ、女は屋台の場所がどこにあるのかを説明し、レイは後日必ずその屋台に顔を出すことを決める。


(まぁ、銀獅子の肉の余韻が消えてからだろうが)


 ダンジョンの近くにあった、オークの煮込み亭……そこの料理人に試作して貰った銀獅子の肉を使った料理は、一kg程度しかなかったというのに、翌日以降にもその味の余韻が残っていた。

 料理をしたのが腕のある料理人だったからというのはあるだろうが、それでも自分達で調理して食べている今の状況でも、それなりに余韻は長く残るだろう。

 以前は一kg程度だったのに対し、今回は幾らでもあるというのも大きい。

 今は喜んで銀獅子の肉を食べているが、明日になると……下手をすれば今夜から食事に不満を覚えるだろう。


(中毒性の類がないのが、唯一の救いだよな)


 銀獅子の肉を食べ、その味を存分に楽しみながらも、レイはしみじみと思う。

 一度食べると、その余韻が消えるまではどんな食べ物にも不満を覚えてしまうような味。

 勿論全ての料理に不満を覚えるという訳ではないだろう。

 それこそ、同じランクSモンスターの肉であれば同様に食事に満足は出来る筈だった。

 問題は、どうやってその肉を用意するのかということだろうが。


「美味ぁっ! 何だこれ! 美味っ! 美味っ!」


 驚愕の声を上げているのは、レイ達から離れた場所で銀獅子の肉を食べているエルク。

 ランクA冒険者のエルクであっても、ランクSモンスターの肉はそうそうありつけるものではない。

 口の中にある圧倒的な肉! といった感じに驚き、思わず叫んでしまう。

 だが、周囲にいる者達はそんなエルクに対して何を注意するでもなく、ただひらすら銀獅子の肉を口へと運ぶ。

 それだけ銀獅子の肉が美味いのだろう。

 寧ろ、銀獅子の肉を口にして言葉を出せたという点でエルクは他とは違う。


「やっぱり美味しいわね。……ただ、このお肉を食べると暫くは他の料理に満足出来なくなるのが痛いけど」


 レイの近くで幸せそうにしながら、それでいて残念そうな……複雑な表情を浮かべていたマリーナが、小さく息を吐く。


「そうね。ダンジョンから戻ってくる時も色々と食事には困ったし。それこそゴブリンの肉を食べてもいいんじゃないかと思えるくらいに」

「それは嫌よ」


 ゴブリンの肉と言われ、マリーナは不満そうな表情を浮かべた。

 これ程の肉を食べたのだから、次にゴブリンの肉を食べるような真似だけは絶対にしたくないと思いながら。


「ゴブリンの肉……マーヨも来れば良かったのにな」


 そんな二人の会話を聞いていたレイは、マーヨのことを思い出す。

 ゴブリンの肉を食べられるように一緒に研究していた、パートナーと言ってもいい。

 今回のパーティにも呼びはしたのだが、今は色々と――ゴブリンの肉ではなく、普通の仕事で――忙しく、顔を出せないと断られたのだ。

 冬なのに、今の時季に忙しいのか? と疑問に思ったレイだったが、店の仕事だと言われれば納得するしかない。

 元々ゴブリンの肉を食べられるようにするというのは、マーヨの趣味に近いものがある。


(その辺り、意外としっかりしてるんだな)


 レイのイメージとしては、それこそ趣味に生きているように見えたマーヨだったのだが。


「ねぇ、レイ。肉が足りなくなってきてるみたいよ?」

「……もうか?」


 ヴィヘラの言葉に周囲を見回すと、皿を始めとして色々な食器に盛りつけられていた銀獅子の肉が既に殆どなくなっていた。

 だが、それは当然のことだったのだろう。

 そもそも、このパーティの参加者は五十人を超えている。

 それだけの人数であれば、十kg程度の肉などあっという間になくなってしまうだろう。

 それこそ、前もってそれなりにガメリオンの肉を食べていたとしてもだ。


「悪い。じゃあ、ちょっと肉を追加してくる」

「ん!」


 レイの声に返事をしたのは、ヴィヘラではなくビューネ。

 次々と肉を口の中に入れながら、レイの肉を追加するという言葉に目を輝かせる。


(もっきゅもっきゅ、とか擬音がつきそうな食べっぷりだよな)


 それでも銀獅子の肉を美味そうに食べるビューネに、レイは嬉しそうに笑みを浮かべて肉を出すべく準備をする。

 再び取り出された肉は、前回と同じく十kg……ではなく、三十kg。

 少し多いか? とも思ったレイだったが、それでもこの人数なら食べきれるどころか、足りなくなると心配する必要があるかも? と首を捻る。

 そうして銀獅子の肉が大量に出てくると、パーティはこの日最大の盛り上がりとなった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんっ!」


 興奮のあまりか、叫んでいる者もいる。

 狼、もしくは犬の獣人なのだろう。その遠吠えは周囲に響き渡っていた。


「……ねぇ、レイ。止めなくてもいいの? あのままだと、周囲にかなり迷惑よ?」

「あー、そうだな。これ以上騒ぐようなら止めた方がいいかもしれないけど、今はまだいいだろ。パーティなんだし、少しくらいは羽目を外したくなるさ。……で、あいつが誰か知ってるか? 俺は見たことがない奴だけど」

「え? このパーティの参加者はレイが集めたんじゃないの?」

「いや、俺は知らない。だとすれば、多分誰かの友人とかだと思うけど」


 友人を誘って連れてきてくれ、と誘っていた以上、レイが知らない面子が増えるというのは当然だった。


「まあ、ああいう目立つ獣人なら誰が連れてきたのか分かりそうなものだけどね」

「それは否定しない」


 レイとヴィヘラの視線の先では、犬の獣人が嬉しそうに雪の上を駆け回っている。

 色々と特徴的な者が多いギルムだが、こうして走り回っている人物は間違いなく目立つ筈だった。

 ……ともあれ、その日のパーティはそれ以後も皆が銀獅子の肉を喜んで食べ、盛況なうちに終わりを告げることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] バーベキューパーティがすごく楽しく表現されて読者としてもとても気分が良い [一言] 面白い
2020/11/07 15:53 退会済み
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