1259話
レイが日本にいる時に、雪上パーティというのをTVで見たことがある。
雪国に住んでいたレイにとっては、何でわざわざ雪が降っているのに外でバーベキューパーティをするのかというのは疑問だったのだが、何となく……本当に何となく、それをやってみたい気持ちになったのだ。
その理由としては、やはりレイが図書館で読んだ小説だろう。
タクムか……もしくはそれ以外にレイが来るよりも前にこのエルジィンに来た日本人がいたのかどうかは分からないが、それでも間違いなく日本の知識がある人物が書いた小説。
それを読み、何となく日本が恋しくなっていたところに、パーティをいつやるかと聞かれ、雪上パーティを思いついたのだ。
何故そこから雪上パーティに考えが及んだのかは、レイ本人にも分からない。
だがそれでも、思いつき、そして実行出来るだけの場所があったからには、それをやらない訳がなかった。
そして、レイが雪上パーティについて思いついてから数日後……前日までは雪が降っていたが、それでも今日は冬晴れと呼ぶべき天気で、空には雲一つない青空の中、雪上パーティの準備は着々と進められていく。
「おーい。飲み物を適当に持ってきたけど、これでいいのか?」
「馬鹿、お前。レイさんは酒を飲まないって言ってただろ? お茶か何か用意しておけよ」
「え? ああ、忘れてた。すぐに買ってくる!」
「おーい、レイさんから出して貰った野菜だけど、こんな感じでいいのかー?」
「あんた馬鹿ぁっ!? そんなに大きく切ったら、食べにくいでしょ!」
「えー? そうか? このくらいの大きさなら、普通に食えるだろ?」
「馬鹿! 本っ当に馬鹿! 大口開けて食べるあんたならいいでしょうけど、今回のパーティにはヴィヘラ様も来るのよ! それにギルドマスターのマリーナ様も。そんな人達が、あんたみたいに食べる筈ないでしょ!」
「うっ! そ、それは……」
そんな風に準備を進めている間にも、レイはミスティリングの中から出した食材を並べていく。
雪はかなり積もっており、既に地面はある程度の高さまで雪が積もり、それが踏み固められている。
そんな雪に冬晴れの太陽の光が反射し、眩く煌めいていた。
(別にここでパーティをやるなら、普通に家……じゃなくて、屋敷の中でやった方がいいと思うんだけどな)
ミスティリングから取り出した食材を適当に分けながら、レイはそんな風に考える。
レイの視線の先にあるのは、ヨハンナを始めとした元遊撃隊やその家族達が住んでいる屋敷だ。
ギルムの中でもそれなりに大きい屋敷だったが、ヨハンナを始めとした者達が買い取り、現在共同生活を行っている屋敷。
その屋敷の中庭で、現在雪上バーベキューパーティの準備が進められていた。
「レイさん、銀獅子の肉ってどんな肉なのか見せて貰ってもいいですか?」
「あー……構わないぞ。ほら」
食材を分けていたレノラが、そうレイに尋ねる。
「あー! ちょっと、レノラ! レイ君の相手は私がするってば!」
そんな同僚の姿を見たケニーが、羨ましそうにレノラに向かって叫ぶ。
以前レイが見た時と同じく、着膨れとしかいえないような状態のケニー。
「ほら、ケニー。しっかりと料理の下ごしらえをしなさい。そこはきちんと切っておかないと、食べる時に邪魔になるわよ?」
「でも、ギルドマスター!」
マリーナがケニーに注意をするものの、ケニーにとってはレノラが羨ましいという気持ちが抑えられない。
わーわーと騒いでいるその姿を面白そうに見ているのは、ミンだ。
こちらも料理の下ごしらえをしながら、レイを巡る女の戦い……というには多少迫力がない恋の鞘当てを楽しむ。
(ふふっ、私とエルクの場合はこんな風にはならなかったからな。こうして見ているのは、随分と新鮮だ)
他にも様々な者達がバーベキューパーティの準備をしており、また中庭ではセトが子供達と一緒に雪遊びをしている光景もあった。
「あ、ちょっとヨハンナ。そこは私が撫でる場所でしょ!?」
「あーら、ごめんなさい。でも、私が先に撫でたんだから、セトちゃんのここは私が所有権を主張するわ」
「ねー、二人とも。僕にもセトと遊ばせてよ!」
「あ、あたしも、あたしも! セトちゃんと遊びたい!」
ミレイヌとヨハンナの二人がセトを巡って争っている光景を、雪遊びと表現してもよければ、だが。
「全く、あの二人は……ほら、いい加減にしなさい。貴方達だけがセトと遊んでいるのでは、子供達が可哀相でしょう」
スルニンの言葉に、ミレイヌとヨハンナは不満を覚えつつも、それでも子供達からセトを取り上げるといった真似は出来ずにセトから離れていく。
セト愛好家としては、絶対にここでセトから離れたくはないのだが、子供達に意地悪をするような真似をすると、セトに嫌われるという思いもある。
また、他にもここでレイを怒らせるような真似をしようものなら、パーティに参加出来ずに追い出される可能性もあった。
「ミレイヌとヨハンナの二人は、ちょっとこっちを手伝ってちょうだい」
声を掛けられた二人が視線を向けた先にいるのは、ヴィヘラ。
冬の外だというのに、着ているのは相変わらずの薄衣だ。
その姿は、当然のように男達を喜ばせ、女達に羨望と嫉妬を抱かせる。
それはミレイヌとヨハンナの二人も同様だったのだろう。
少しだけ恨めしそうな表情を浮かべつつ、ヴィヘラに引っ張っていかれる。
「ん!」
そして待っていたのは、野菜の皮剥き。
多くの野菜が乗っているそこには、包丁が置かれている。
これで皮剥きをするように! と、ビューネがミレイヌとヨハンナに態度で示す。
そんなビューネの態度に何か感じるよりも、二人はヴィヘラが野菜の皮を剥いているのに驚く。
もっとも、ミレイヌはヴィヘラのような服装をした人物が野菜の皮剥きをしていることに驚いたのに対し、ヨハンナはヴィヘラが……ベスティア帝国の元皇女が皮剥きをしていることに驚いていたのだが。
だが、それを言われてもヴィヘラは特に気にしたりはしないだろう。
ベスティア帝国から出奔して、既に随分と経っているのだ。
当然のようにその間は自分で食事を作ることもあったのだから、野菜の皮を剥く程度は珍しい話ではない。
「……随分と大規模な準備になったよな」
ミスティリングから追加の食材を出しつつ、レイは呟く。
レイの関係者……というより、顔見知りの多くを誘い、その殆どが参加を希望した。
今が冬で、暇だった者が多いというのも関係しているのだろう。
もし今が春、夏、秋という日々であれば、色々とやるべきことも多く、これだけの人数が集まることはなかったかもしれない。
「ま、そうね。銀獅子の肉を食べられるというのは、大きかったんでしょうね」
「マリーナ……そう言えば今更聞くのもなんだけど、ここにいてもいいのか?」
「あら、私を招待したのはレイでしょ? なら、私がここにいるのは何もおかしな話じゃないと思うんだけど?」
雲一つない太陽が地上へと照らす光。
そんな、爽やかな……と表現してもいいだろう天気ではあるが、そのような天気の下であってもマリーナが浮かべている笑みは非常に艶然としたものだった。
いつものようにパーティドレスを身に纏っていることもあり、どこかチグハグな雰囲気でありながら……それでいて非常に蠱惑的ですらある。
誘うような笑みと共に流し目を向けてくるマリーナに、レイは笑みを浮かべて言葉を返す。
「勿論マリーナが来るのは歓迎するけど、ギルドマスターの引き継ぎの件はどうなってるんだ? ワーカーの到着が遅れてるって話を聞いてるけど」
レイ達がダンジョンを攻略したことによる混乱が一番大きかったのは、当然ながら現場のダンジョン周辺だった。
ダンジョンである以上、それを攻略するというのは当然の目的なのだが、実際にそれを攻略されてしまえば当然今までダンジョンによって稼いでいた者達は収入を断たれる。
それでも今はまだモンスターが出ているので問題はないが、遠くない未来、間違いなくダンジョンはただの建築物となる。
そうなってしまえば、周囲のモンスターが中に入って住み着いたり繁殖したりしないように中に入ることが出来ないように入り口を封印することになるだろう。
それが分かっているからこそ、何とかならないのかとギルドの出張所へ相談に行く者も多い。
そのような相手に対してワーカーは丁寧に接しており、結果としてまだギルムへとやってきてはいなかった。
「そうね。少し遅れているけど……それでももう少しでやってくるらしいわよ?」
「……そうなのか?」
そう尋ねるレイは、自分がダンジョンを攻略した影響で遅くなっているのでは? と心配していただけに、驚きの色が強い。
「ええ。ワーカーも次のギルドマスターなんだから、そのくらいのことは出来るようにならなくちゃね。……私の方はもう色々と準備が終わってるから、ワーカーが来れば引き継ぎの作業に入れるんだけど」
だから今は時間があるの、と。
そう告げてくるマリーナの様子に頷きながら、レイは肉を取り出す。
それは銀獅子の肉……ではなく、ガメリオンの肉。
今回のバーベキューパーティの主役は当然銀獅子の肉なのだが、銀獅子の肉には一つだけ致命的な欠点があった。
その欠点は、美味すぎること。
銀獅子の肉を一口食べてしまえば、数日は普通の料理を食べてもどこか物足りなくなってしまう。
それ程の驚異的な美味さを誇る肉なのだ。
だからこそ今回のバーベキューパーティのメインの食材でありながら、それを食べるのは一番最後とレイは考えていた。
それに銀獅子の肉を初めて食べる者達は不服そうな声を上げていたのだが、レイと同じく一度銀獅子の肉を食べた者はその言葉にこれ以上ない程に納得してしまう。
……もっとも、それだけの肉だと聞かされたからこそ、銀獅子の肉を食べたいという思いが増えるのも当然なのかもしれないが。
それでもレイを始めとして、ヴィヘラ、マリーナといった面々がそう口に出している以上、聞くことしか出来なかった。
(まぁ、ガメリオンの肉って時点で十分美味い肉なんだが)
銀獅子の肉があるからガメリオンの肉と聞いても不満を口にする者が多いが、例年であればガメリオンの肉というのは間違いなくご馳走と言ってもいい。
特に去年は市場に流れたガメリオンの肉が少なかっただけあって、今年は多くの人間がガメリオンの肉を思う存分楽しんだ。
去年の影響か、ガメリオンの肉が大量に市場に流されたというのもあって、その肉を十分に食べることが出来たというのが、ガメリオンの肉があまり喜ばれなかった理由の一つだろう。
そうして時間がすぎていき……やがてバーベキューパーティの準備が完了する。
集まってくる参加者達も次々に増えていき、中には既にエールを飲んでいる者の姿もあった。
中庭の中央では幾つものバーベキューコンロが用意されており、その中では既に炭に火が点いている。
肉や野菜……更には魚介類の類も焼かれており、周囲には食欲を掻き立てるような匂いが漂う。
「おう、レイ。今日は楽しませて貰うぞ」
レイに向かって声を掛けてきたのは、エルク。
満面の笑みを浮かべているのは、やはりロドスの意識が戻ったからというのが大きいだろう。
「そう言えば、ロドスは?」
「ああ、連れてこようとしたんだけどな。今日は止めておくって言ってた」
「……そうか。出来ればロドスにも来て欲しかったんだけどな」
今日のパーティは、銀獅子の肉を披露するということの他にも、ヴィヘラが目覚めたことを祝うということもある。
また、年末までにはもう半月程あるが、今年一年の忘年会的な意味も含められていた。
「ま、ロドスの奴も色々と考えがあるんだろ。なくなった記憶がどんなものだったのかってのを説明して、それでかなり衝撃を受けてたようだし」
少しだけ悲しそうな表情を浮かべたエルクだったが、すぐに笑顔へと表情を変える。
「今はそっとしておいてやってくれ。身体もまだまだ冒険者としては使い物にならないしな」
そう告げ、少し離れた場所にいたミンが呼ぶ声が聞こえたのだろう。そちらへと向かっていく。
「レイ、はい」
エルクを見送っていたレイに、マリーナがコップを渡してくる。
中に入っているのは酒……ではなく、レイが飲めるようなハーブティーだった。
「そろそろ皆の準備も出来たし、パーティの開始を宣言してくれる?」
「俺がか?」
「ええ」
「あんまりこういうのは得意じゃないんだけどな」
呟きながらも、銀獅子の肉を出した主役だと言われれば、レイも断ることは出来ない。
そしてコップを手に、口を開く。
「ヴィヘラの復活、ダンジョン攻略、銀獅子の肉……色々な意味で、乾杯!」
『乾杯!』
その声と共に、雪上バーベキューパーティが始まるのだった。