1257話
リトルテイマーの49話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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しんしん、しんしんと、雪が降り続く。
雪が降り始めるまではそれなりに時間が掛かったのだが、一度雪が降ると瞬く間に雪が積もっていく。
そんな雪が降っている中を、レイはセトと共に大通りを歩いていた。
トリスという、レイの目ではなかなか理解出来そうにない商人が来てから数日。
もしかしてまた翌日辺りに顔を出すのでは? と、そう思っていたレイだったが、トリスが……そしてトリスが所属するスピール商会の商人が姿を現すことはなかった。
(そもそも、スピール商会とやらが俺の前に顔を出すのが遅かったよな。もうとっくに他の商人や商会の連中は顔を出した後だったのに)
レイがダンジョンを攻略したという情報が公表されてから、既にそれなりに時間が経っている。
機を見るに敏と呼ぶべき商人がレイの前に現れるにしては、随分と遅いとしか言いようがなかった。
昨晩から降り続く雪だったが、既にギルムの住人により踏み固められており、新雪を踏むという楽しみはない。
それでも降り注ぐ雪と曇天を見ながら、レイは目的地に向かって歩いていく。
「グルゥ、グルルゥ、グルルルルルゥ!」
雪が降っていることそのものが面白いのだろう。セトは上機嫌に喉を鳴らしながら、レイの側を走り回る。
……それでいて、歩いている他の人に全く当たったりしないのは、グリフォンの面目躍如といったところか。
(犬だな。それも子犬)
身体の大きさからすると、とてもではないが子犬などと言えないセトだが、降ってくる雪を追いかけるようにして走り回っているセトは、子犬と言われれば納得してしまうような愛らしさがある。
そう思っているのはレイだけではないらしく、大通りを歩いている他の通行人達も、走り回っているセトを見ては思わずといった様子で口元に笑みを浮かべていた。
「あ! レイ君じゃない! どうしたの、こんなところで! セトちゃんと雪遊び?」
セトと一緒に大通りを歩いていたレイは、聞き覚えのある声に視線を向け……ドラゴンローブのフードの中で、目を大きく見開くことになる。
誰の声なのかというのは、これまで数年もの間、聞き続けてきた声なのだから聞き違える筈もない。
だが、視線を向けた先にいたのは、レイが予想していた顔ではなく……何重にも服を着ていて、帽子やマスクなどによって顔の形も判別出来ない存在だった。
一瞬何かの見間違えかと思ったレイだったが、それでもこうして聞こえてくる声が誰の声なのかを理解して口を開く。
「ケニー……か?」
それでもケニーだと言い切れず、疑問系になってしまったのは、その姿のせいなのだろう。
「何よ、私のことを誰か他の人と見間違えたの?」
「……いや、見間違えたというか……」
この場合はケニーをケニーだと認識出来なかったというのが正しいのだろうが、それを正直に口にすればケニーに責められるのは明らかだった。
それを理解しているので、レイは言葉を濁す。
「ふーん……ま、いいけど。それより、こんな寒い中でレイ君はどうしたの? ……あれ? 靴が違う?」
レイについては鋭いのか、ケニーは素早くそう告げる。
「ああ。スレイプニルの靴はアジモフに強化して貰ってるんだ。で、その間はこの靴を履いてる」
「そうなの? ……あ、もしかして銀獅子の?」
ギルドの受付嬢である以上、当然ケニーもレイがダンジョンを攻略したというのは知っている。
いや、寧ろギルムにいる中でもレイの情報についてはかなり詳しい方だろう。
「グルルルゥ?」
誰? 誰? とセトがケニーの周囲を歩き回る。
匂いや声でケニーだというのは分かっているのだろうが、それでも外見からケニーだとは判断出来なかったのだろう。
「何? どうしたの、セトちゃん」
ケニーはそっと手袋をした手でセトを撫でる。
セトは撫でられたことで、ようやくケニーだと理解したのだろう。
嬉しそうに鳴き声を上げながら、セトはケニーに顔を擦りつけてる。
「ふふっ、どうしたのよセトちゃん。今日は随分甘えん坊ね」
「元々セトは人懐っこいしな。……それより、ケニーはどうしたんだ? 今日はギルドの方は?」
「今日は午後からなのよ。書類の整理とか、それに……」
何かを言い掛けるケニーだったが、それは途中で止める。
マリーナがギルドマスターを辞め、相談役兼冒険者……否、本人がどちらに比重を置くのかを考えれば、冒険者兼相談役と言うべきか。
ともあれ、マリーナがギルドマスターを辞めるというのは、知ってる者はそれ程多くはない。
ギルムの中でもそれ程多くはなく、ギルドの中でも数は少ない。
そんな中でケニーが知っているのは、レノラと共にレイと関わることが多いからだろう。
冒険者として復帰するのであれば、当然マリーナはレノラやケニーと深く関わることになる。
それを知っているからこそ、前もって知らせておいたのだ。
真面目なレノラはともかく、軽い性格のケニーならうっかり口を滑らせることもあるのでは? と疑問に思うレイだったが、今の様子を見る限りだと、そのようなことはないのだろう。
「なるほど」
言葉の先は言わなくてもいいと、レイは言外にそう告げ、改めてケニーへと視線を向ける。
普段であれば、自らの肢体を見せつけるように胸元が大きく開いたギルドの制服を着ているケニーだったが、今は着膨れという言葉がこれ以上似合う相手もそうそういないだろうと、そう思わせる姿だ。
(猫の獣人なんだし、炬燵で丸くなる的な意味でなら正しいのかもしれないけど)
セトが雪を見て嬉しそうにしているのとは対照的なケニーの様子に、思わず納得してしまう。
ケニーらしい、と。
「レイ君どうしたの? ……ね、それよりもどこかで一緒に休まない? ちょっといいお菓子を出してくれるお店を知ってるんだけど」
「あー……悪い。俺は今から図書館に行こうと思ってたんだ」
そう、今日のレイの目的は図書館。
現在レイのミスティリングの中で大量に死蔵されている、銀獅子の素材。
それを使って何か出来ないかと、そう考えての調べ物だった。
一応宿を出る前にヴィヘラとビューネにも声を掛けたのだが、二人揃って答えは否だった。
今は特にやることもないんだから……と思ったレイだったが、ここ暫くの間、ビューネはヴィヘラに訓練を付けて貰っている。
アンブリスや銀獅子の話を聞き、これから自分がレイ達と一緒にいるには明らかに力不足だと、そう感じたのだろう。
実際のところ、一緒に行動しているレイやヴィヘラがビューネに期待しているのは、あくまでも盗賊としての技能であり、戦闘力は二の次でしかない。
だが、ビューネ本人がそれでは納得出来ないのだろう。
……そのビューネの行動の原因には、レイ達の強さの違いというのもあるが、アンブリスによるヴィヘラの変質もあるのは間違いなかった。
ビューネにとって、ヴィヘラというのは他の者達とは一線を画する存在だ。
レイにとってのセト、エレーナにとってのアーラ……そしてビューネにとってのヴィヘラ。
そんな相手なのだ。
だが、そのヴィヘラの瞳の色が変わり、更に詳しく聞いたところによればそれ以外にも色々と変化があるという。
特に大きいのが、その寿命だろう。
ヴィヘラの意識を取り戻す儀式を行ったグリム曰く、寿命が人間とは比べものにならないくらい伸びていると告げられたのだと。そう聞かされている。
このままでは自分は置いていかれる。
そんな思いから、ビューネは少しでも強くなろうとヴィヘラに訓練を付けて貰っているのだ。
勿論ヴィヘラだけではなく、時々ではあったがレイも相手をすることがある。
そんなレイから見て、ビューネにはそれなりに戦いの才能があるように思えた。
その小柄な身体で素早く動けば、そうそう攻撃に当たるようなことはない。
ビューネ本人も、これまでその身体でダンジョンに潜り続けていた為だろう。攻撃を回避するという意味では、とても十歳程の年齢とは思えないような能力だった。
だが……敵の攻撃を回避するという意味では有利な小柄な身体も、敵を攻撃するという意味では致命的な要因になり得る。
相手に攻撃をしても、皮を裂くことは出来るが、骨を断つどころか肉すらも完全に切断することは出来ない。
ビューネの身体能力を考えれば当然なのだが、とにかく力が足りない。
世の中には小柄な身体でも、驚く程の力を持っている者もいる。
それこそ、レイがその好例だろう。
とてもその外見からは信じられないような力を持つ。
レイ程ではないにしろ、ドワーフを始めとして身体の大きさからは信じられないような力を持つ者は少なくない。
しかし……ビューネの場合は体質的に外見相応の力しかない。
だからこそ、相手の急所を狙ったり、もしくは長針のような武器を使っているのだろうが。
(けど、急所狙いというのは狙われてる方も防ぎやすいんだよな。ヴィヘラの浸魔掌みたいに、相手の防御力が関係ない攻撃手段があれば、話は別だろうけど)
やっぱりビューネが向いているのは、敵を倒すことではなく、敵を牽制してその持ち前の速度で翻弄することだろう。
そう思うレイだったが、ビューネはあくまでも自分が相手を倒すことを望んでいる以上、何を言っても無駄というのは分かっていた。
「レイ君? どうしたの?」
「あ、いや。何でもない」
「ふーん。……それよりも図書館だっけ? よくあんな場所に行きたいと思うわね。図書館に行くなら、まだこの雪の中でも外を歩いていた方がいいと思うけど」
ケニーもギルドの受付嬢をしている以上、相応の教養は持つ。
それこそ、今まで何度も図書館に足を運んだことはあるが、それはあくまでも受付嬢の仕事で必要だからだ。
自分から進んで図書館に行きたいとは、とてもではないが思えなかった。
「元々俺は、本を読むのは嫌いじゃないし」
「……随分と変わってるわね」
「そうか? 魔法使いなら、本を読むのが嫌いな奴はそういないと思うけど。……まぁ、それこそ人それぞれだから、中には本を読むのを嫌いな魔法使いもいるかもしないけどな」
「そう言えば、冒険者の中にも本を読むのが好きって人が何人かいたわね」
「だろ?」
元々、冒険者の識字率というのは決して低くはない。
当然だろう。文字が読めなければ、依頼ボードに貼られている依頼書を読むことが出来ず、報酬の額すら分からない。
それどころか、悪意を持った相手と仕事をした場合、報酬が奪われる可能性すらある。
その為、少なくても冒険者はある程度……報酬の額や、討伐、採取、素材といったような文字は読めるし、書ける者は決して少なくない。
ましてや、このギルムは辺境だけあって腕利きの冒険者が多く集まる以上、識字率の高さは下手をすれば王都を超える可能性すらある。
そして文字を読める者が多くなれば、本を読むことに楽しみを見出す者が出てくるのも当然だろう。
……もっとも、冒険者の性と言うべきか。やはり本を読むよりは身体を動かす方が好きだという者が多いというのもまた事実なのだが。
「うーん、まだギルドに行くまでは少し時間があるし、出来ればレイ君と一緒にゆっくりしたかったんだけどな」
「また今度機会があったら頼むよ」
「絶対よ? ……じゃあ、私はギルドに行くわね。レノラでもからかって暇潰しでもするから」
「また怒られるぞ?」
レノラをからかうケニーというのは、ギルドでもお馴染みの光景だった。
中には、そんな二人のやり取りを見たくてギルドに行くという者すらいるのだから。
「いいのよ。あの子は色々と生真面目すぎるんだもの。私が少しでもからかって気分転換させてあげないと。……じゃあね」
そう言うと、レイと話す時間がなくなったことに少し残念そうにしながらも、ケニーは軽く手を振って去っていく。
レイはそんなケニーを見送ると、近付いてきたセトの頭を撫でる。
図書館とギルドは今のレイがいる場所から同じ方向にあるのだから、レイはケニーと一緒に行ってもよかったのだが……ケニーが何も言わないということは、恐らく向こうは向こうで何か用事があったのだろうと、そう判断する。
「じゃあ、俺達も行くか?」
「グルゥ……グルルルゥ?」
行くの? と視線を向けてくるセトと共に、レイは再び大通りを歩き出す。
何人もの通行人が、嬉しそうにしているセトを優しげな表情で見つめていた。
とてもではないが、今のセトを見て凶悪なモンスターだと判断することは出来ないだろう。
(それだけセトがギルムの住人に懐かれているってことなんだろうけど)
それが嬉しく、レイは思わず口元に笑みが浮かんでくるのを止めることが出来なかった。