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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の穏やかな日々
1256/3865

1256話

 銀獅子の魔石の吸収と地形操作のスキルの確認……というよりは、セトの雪遊びがあった日から数日……レイの姿は、以前やって来た靴屋の前にあった。

 レイの隣には、いつものようにセトの姿もある。

 ミレイヌとヨハンナが行った一日は終わっているのだが、それを見た街の住人の中でも何人かがセトと一緒に遊びたいとレイに言ってきた為、夕暮れの小麦亭の厩舎の近くにある裏庭でセトと一緒に雪遊びをする会などというものが行われたりもした。しかし、それも今はもう終わった。

 いや、正確にはレイが靴屋に向かうということで、セトがレイと一緒に行きたがり、自然と終わったのだが。


「ちょっとここで待っててくれ。そんな時間は掛からないと思うから」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトは素直に鳴き声を上げて靴屋の近くで寝転がる。

 以前にレイが靴屋に来た時から雪は断続的に降り続いており、現在はかなり積もっていた。

 既に完全に冬と呼ぶべき季節になっており、冒険者も冬越えの資金を貯めることが出来なかった者を除いて殆どが束の間の休息に身体を委ねている。

 その為、食堂や酒場といった場所ではまさに今が一年でも最もな稼ぎ時と呼べる時季になっていた。

 レイはセトを最後に一撫でしてから靴屋へと入っていく。


「いらっしゃい。……ああ、レイか。靴は用意出来てるよ。ちょっと待っててくれ」


 店員がレイの姿を見ると、そう声を掛けて店の奥へと入っていく。

 何も言わないうちに素早く話が進んでいくのを、レイはただ見送る。

 実際に今日は靴を受け取りに来たのだから、店員の態度は決して間違いという訳ではない。

 だが、それでも少しは自分の話を聞いてから動いてもよかったのではないか。

 そんな風に思っていたのだが、すぐにそこまで怒ることではないかと判断し、椅子へと座る。

 周囲には数日前に来た時と同じように、幾つもの靴が並べられていた。


(こうしてみると、やっぱり靴屋に来た……って感じがするよな)


 周囲の靴を見ながら待っていると、やがて店の奥から店員の父親だという職人の男がやって来る。

 レイの目から見て相変わらず頑固そうなその姿は、これぞ職人というイメージにこれ以上ない程に合っていた。

 そして職人の男が手に持っているのは、それぞれ一足ずつの別々の靴。

 普段街中で履く靴と、冒険者として行動する時に使う鉄板の仕込まれた靴。


「うん? それぞれ十足ずつで頼んだと思うけど?」

「ああ、そうだ。だが、靴は全部これと同じ作りになってるからな。この靴を履いて、問題ないようなら大丈夫の筈だ」


 ぶっきらぼうながら、その言葉は自分の仕事に自信を持っているというのが、聞いているレイにも十分に分かった。

 だからこそ、その言葉に対して特に不満にも思わずに靴を履き替える。


「へぇ……」


 その靴の履き心地に、レイの口から出たのは感嘆の声だ。

 明らかに自分の足よりも大きいアジモフの靴は別として、以前この靴屋で購入した靴と比べても明らかに履き心地という面では上だった。

 こうして改めて自分の足に合った靴を履けば、自分用に用意されたスレイプニルの靴というのがどれ程貴重なものだったのかがよく分かる。


(というか、エレーナが履いているスレイプニルの靴はどうやって入手したんだ? 足に合わないと、色々と大変そうだけど)


 ふとそんな疑問が思い浮かぶが、後で対のオーブを使った時に聞けばいいかと考え、靴を履いたまま軽く店の中を歩く。

 歩いた時に足に負担がこないように作られているのだろう。足が地面に触れる感触は、先程まで履いていた靴よりもかなり少ない。


「どうだ?」

「うん、まだ履いたばかりだから何とも言えないけど、多分問題ないと思う」

「……そうか。一応、その靴を履いて何か問題があったら、来い。また調整する。……次はこっちだ」


 次に渡されたのは、冒険者として活動する時に履く鉄板の入った靴。

 こちらも当然ながら、最初の靴と同じく全く問題なく履くことが出来る。

 どういう風に作ったのかは分からないが、最初にレイが履いた靴と重さもそう大差ないように思える。

 鉄板を使っている以上、重くなければおかしいのに、だ。

 それに首を傾げたレイだったが、問い掛ける視線を職人の男に向けても相変わらず無愛想なままであり、言葉を返してくる様子はない。

 問い掛けても無駄だろうと判断したレイは、この靴が決して自分にとって悪い物ではないと判断すると、小さく頷いて口を開く。


「うん、こっちも問題はない。普通に使える」

「……そうか。そっちの靴も使っていて違和感があったら持ってこい。改めて調整してやる」


 それだけを告げると、もう自分の用事は済んだと言わんばかりにその場から立ち上がり、店の奥へと戻っていく。

 それでも自分の仕事には満足しているのか、無愛想な顔の中で唇の端だけを微かに曲げるような微笑を浮かべていたのはこの職人の男らしい行為なのだろう。


「よし、じゃあちょっと待ってくれ。すぐに残りの靴も持ってくるから」


 店員の男がそう告げ、父親の後を追うように店の奥へと向かう。

 レイは鉄板の入っていない方の靴へと履き替え、改めて靴の調子を見る。

 そんなことをしている間に、やがて店の奥から商人が残りの靴を持ってきてレイへと渡す。


「これで取り引き完了だ。また何かあったらよろしく」


 その言葉に頷き、渡された靴と、最初の鉄板の入った靴、そして今日まで履いていた靴をミスティリングの中へと収納して店を出る。

 料金はそれなりに高かったが、それでもその金額だけの価値は十分にあるとレイには思えた。


「グルルルルゥ!」


 セトの鳴き声が聞こえ、そちらに視線を向けたレイが見たのは、ミレイヌがセトにサンドイッチを食べさせているという光景だった。

 だが、その光景を見てもレイは特に驚くようなことはない。

 そもそも、ギルムに住んでいる者がセトに食べ物を与えるというのは珍しくない光景であり、その上でセト愛好家の第一人者のミレイヌ――ヨハンナは異議ありと言うだろうが――がそこにいるというのは、珍しい話ではないのだから。


(そう言えば、去年の冬もミレイヌがセトと一緒に遊んでいる時にマルカがきたんだったな。……もしかして、今年も来たりしないだろうな?)


 のじゃ、という口癖の相手を思い出しながら、レイは一応周囲を見回す。

 もしかして……そんな思いからの行為だったが、当然のようにそこにマルカの姿はない。

 そのことに安堵するような、微妙に寂しいような思いを感じながら、セトとミレイヌへと近付いてくる。


「セト、ミレイヌ」

「……あ、レイ。もう戻ってきたの? もう少しセトちゃんと遊んでいたかったのに」


 ミレイヌも、セトの鳴き声からレイが近付いてきているというのは知っていたのだろう。

 だが、それでも出来るだけ長くセトと遊んでいたかったというのがミレイヌの正直な思いだった。


「どうせなら、街の中を少し歩くからそれについてくるか?」

「え? 本当!? ……って、言いたいところなんけどね」


 レイの言葉に、ミレイヌは残念そうな……それこそ、心の底から残念に思っていると理解出来るような表情を浮かべる。


「実はスルニンとエクリルの二人と約束してるのよね。まさかあの二人を放っておいてセトちゃんと遊ぶ訳にもいかないし」

「……へぇ」


 ミレイヌの言葉に、レイは少しだけ意外そうな表情を浮かべる。

 てっきりミレイヌのことだから、スルニン達との待ち合わせくらいは無視してセトと一緒にいる方を選ぶんじゃないかと思ったからだ。

 だが、ミレイヌが選んだのはスルニン達を優先するということ。

 セト愛好家……否、セト第一主義と呼ぶのが相応しいミレイヌの性格を思えば、それはレイも驚きの表情を浮かべるくらいには凄いことだった。


「仕方ないでしょ。今度セトちゃんの件で遅刻してきたら、色々と罰を与えるって言ってたんだもの」

「あー……うん。そういうことか」


 自分から進んで選んだのではなく、スルニンの罰が怖いからこその選択。


(まぁ、無理もないか)


 普段は大人しいというか、大人な性格をしているスルニンだったが、それだけに怒らせると怖いのだろう。

 大人しい相手程、怒らせると怖いとはよく言われることだったが、スルニンはまさにそれに当て嵌まるのだから。


(それにスルニンはミレイヌの性格を分かっているだけに、ミレイヌに罰を与えるとすればセトに関係した罰を与える可能性が高いし)


 ミレイヌとパーティを組んでいるだけあって、当然スルニンはミレイヌの性格をよく理解していた。

 それこそ、下手をすればミレイヌ本人よりも理解しているのではないかと思うくらいに。


「じゃ、セトちゃん。また今度遊ぼうね。この前の一日は楽しかったし、何か美味しい料理を探しておくから」

「グルルルゥ」


 ミレイヌの言葉に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトを撫で、名残惜しそうに去っていくミレイヌを見送ると、レイはセトと一緒に街中を歩き出す。


「グルゥ?」


 レイの靴を見ながら鳴き声を上げるセトを、レイはそっと撫でながら口を開く。


「この靴はスレイプニルの靴が強化されるまで履いてる靴だよ。さっきまでは別の靴を履いてただろ?」

「グルゥ……」


 基本的に靴や服といった物を履いたり着たりしないセトにとって、レイの様子は少し不思議なのだろう。


(そう考えると、セトって実は毎日全裸なのか? ……ミレイヌとかヨハンナが聞いたら、鼻血を噴き出して倒れそうだな)


 それとも、体毛が服の代わりなのか……と、下らないことを考えながら大通りを歩いていると、不意に前方からいい匂いが……食欲を掻き立てるような匂いが漂ってくる。


「お、いい匂いだな。……ちょっと食べていくか?」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトが嬉しそうに喉を慣らし、そのまま屋台へと向かうのだった。






「……で、本当ならそのまま楽しく宿に戻ってきて、部屋でゆっくりするつもりだったんだけどな」

「すいませんね、ですがこちらとしてもレイさんに接触出来る日をずっと待ってたもので」


 具材たっぷりのスープをセトと共に楽しんだレイが、夕暮れの小麦亭に戻ってくると……その受付の前で目の前にいる人物に声を掛けられたのだ。

 三十代程で、貫禄があるというよりは太っていると表現するのが相応しいだろう人物。

 身長も、レイよりは高いがそれでもこの世界の平均で見ると小さい方と言ってもいいだろう。

 口では笑っているのだが、目の奥では全く笑っていないその人物は、レイに向かって機嫌良さそうな口調を作りながら話し掛けてくる。

 そんな人物を前にしてレイが大人しくしているのは、テーブルの上にあるガメリオン料理が理由だろう。

 煮物、焼き物、蒸し物……色々な料理がテーブル一杯に並べられていた。

 勿論この料理はレイが注文したのではなく、目の前の人物が注文したものだ。

 屋台で具だくさんのスープを食べてきたレイだったが、当然まだ腹の余裕はある。

 それこそ、目の前にある料理全てを食べきれる程度には。


「で、俺に接触出来る日を待ってたってのは?」

「ええ。実は私、スピール商会という商会に所属している商人のトリスと申します」

「……ああ」


 目の前にいるトリスが商人だというのは、レイも何となく理解出来ていた。

 冒険者と言うには身体が弛んでいた為だ。

 もしかしたら貴族の遣いの者という可能性もあったが、それも今の一言で可能性は消えた。


「それで、スピール商会の商人とやらが、俺に何の用だ? 今のところ、商人に用事はないんだが」

「はい、レイさんに時間を取らせるような真似をしてしまったのは、こちらも悪いとは思うのですが……こちらにも色々と用事がありまして」


 笑みを浮かべて告げてくるトリスに、レイは話の続きを促すように視線を向ける。

 ……もっとも、レイにも何となく目の前の男がやってきた理由は分かる。

 というよりも、レイにとって商人がわざわざ自分を訪ねてくるような理由で一番考えられるのは、やはり銀獅子の件だった為だ。

 ここで無駄に時間を使うのもつまらないと、ガメリオンの串焼きへと手を伸ばしながら、その予想を口にする。


「銀獅子の件か」

「そうです。……どうでしょう? レイさんが持っているという銀獅子の素材。私達に売っては貰えませんか?」

「残念ながら、今のところそのつもりはない」


 トリスの言葉に対し、即座に首を横に振るレイ。

 他にも何人も商人が来てはいたのだが、その全てに首を横に振っているのだ。

 そうである以上、目の前の人物に素材を売る……というつもりは一切なかった。


「そうですか。……では、仕方がないですね。また気が変わったら声を掛けて下さい」

「え?」


 てっきりここから交渉するのかと思っていたのだが、トリスはそう言うと用事はこれで済んだと、席を立つ。

 予想外のことに、レイはただ黙って去っていくトリスを見送るしか出来なかった。

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