1253話
アジモフとの打ち合わせは、結局スレイプニルの靴を強化するということ以外は決まらなかった。
正確にはアジモフも色々と銀獅子の素材を使ってやりたいことがあったのだが、その素材が凄すぎて中々手が出なくなってしまったというのが正しい。
あれをやりたい、これもやりたい、そっちもやりたい……そんな風に考え、結果として何も出来なくなってしまう。
それでも銀獅子の内臓を幾つか預かり、レイのスレイプニルの靴も預かって、そちらに集中することにしたのだ。
結果として、現在のレイはスレイプニルの靴ではなくアジモフの家にあった靴を履いて移動していた。
アジモフの身体はレイよりも明らかに大きく、それは足の大きさも同様だった。
それ故、現在レイの履いている靴では微妙に歩きにくい。
「どこかで靴でも……お?」
買っていくか。
そう言おうとしたレイの目に入ってきたのは、空から落ちてくる白い雪。
これまでにも何度か雪は降っていたが、幸いというべきか雪は積もらずに消えてしまった。
それはレイにとって嬉しかったのだが。こうして今降っている雪は、その勢いが明らかに今までとは違う。
そんな雪を見ながら、レイは嫌そうな表情を浮かべる。
簡易エアコン的な能力のあるドラゴンローブのお陰で、こうして雪が降っていても寒いとは思わない。
だが、それでも嫌な表情になってしまうのは、雪国で育ったレイにとっては当然のことだった。
(小さい頃は雪が降ってくると嬉しかったし、外で遊んでいた思い出もあるんだけどな。……いつから雪が嫌いになったんだったか)
山の中で育っただけに、雪が降るとスキーやソリといった遊びも出来た。
年の近い子供も何人かいたので、雪合戦や雪だるま、カマクラを作ったりもした。
だが、それも小学校の頃までであり、中学生になった頃には雪で喜ぶといったことはなくなっていたような記憶がレイにはある。
ホワイトクリスマスというのも、レイにとってはそんなに珍しい光景ではない。
漫画やアニメでそれを喜ぶ光景を見ても、今一つ共感出来なかったのだ。
それよりは、雪かきの大変さのみが思い出される。
「グルルルゥ!」
何となく雪を見ていると、不意にそんな鳴き声が聞こえてくる。
聞き覚えのある鳴き声に視線を向けると、そこには予想通りにセトの姿があった。
そして、セト以外にミレイヌの姿もある。
……以前約束した、セトと一日をすごせる権利。
ミレイヌはそれを今日使い、セトと一緒の時間をすごしていたのだ。
「あ、セトちゃん! ……あれ、レイ? 言っておくけど今日は私がセトちゃんと一緒なんだからね」
「分かってるよ。別に今日、今すぐセトを返せって言うつもりはない。今日が終わるまでの間にセトを返してくれれば、それでいいさ」
「……あら、そう?」
てっきりすぐにでもセトを返せと言われると思っていたのか、ミレイヌはレイの言葉に拍子抜けしたように呟く。
「グルルルゥ!」
自分にも構って! と、セトはレイに顔を擦りつけてくる。
そんなセトの頭を撫でながら、レイは笑みを浮かべて口を開く。
「ミレイヌに思う存分甘えてこいよ」
「グルゥ!」
勿論! とセトが鳴き、その鳴き声にミレイヌが嬉しそうに笑みを浮かべる。
セトにとっても、ミレイヌは決して嫌いな相手ではなく、寧ろいつも自分を可愛がって食べ物をくれるミレイヌにはかなり懐いていた。
ミレイヌとヨハンナの二人は、そういう意味ではセトにとって好感度はトップクラスだろう。
(ミレイヌが先にセトとの一日をすごすというのを聞いた時、ヨハンナはかなり怒ってたけどな)
ダンジョンで護衛の依頼があると、レイ達とは一緒に帰れなかったヨハンナ達だが、既にそれも終わってギルムへと戻ってきている。
そして早速約束したようにセトとの一日を……とレイに会った時に要求してきたのだが、タイミングが悪いと言うべきか、その時レイの近くにはミレイヌを含む灼熱の風の姿もあった。
ミレイヌがその話を聞いて大人しく引き下がる筈もなく、当然のように言い争いになり……結果として、先約だったミレイヌに優先権が認められるのだった。
元々ミレイヌは数ヶ月前からセトとの一日の件は待ちに待っていたのだ。
それでもレイにその件を言わなかったのは、やはりヴィヘラが意識不明になっていた件があったからだろう。
何とかヴィヘラを目覚めさせようと、レイはセトと共に色々と奔走しており、ミレイヌが約束の件を口に出せるような状況ではなかった。
だが、今はヴィヘラは目覚めており、それならば……と。そう考えたのだろう。
実際ミレイヌからの提案はレイにとっても拒否するようなことではなく、結果として今日のようにミレイヌがセトとの一日を勝ち取っていた。
「じゃあ、私はセトちゃんと一緒に雪遊びするから……またね」
「ああ。今日の夜までにセトを宿に連れてきてくれよ。……くれぐれも自分の宿に連れていかないようにな」
「う゛っ! わ、分かってるわよ」
頭の中では微かにそんなことも考えていたのだろう。ミレイヌは図星を指されたような表情をした後で、何とか言い繕う。
(大分周辺も落ち着いてきたんだから、そろそろ銀獅子の魔石を吸収してもいいか。雪も降ってきてるんだから、街の外に出るような奴も今までよりも少なくなってきてる筈だし)
ミレイヌに頭を撫でられているセトを見ながら、レイはそんなことを考える。
雪が降っている中で出掛けるというのはあまり好まないのだが、今回の魔石はランクSモンスターの銀獅子の魔石だ。
迂闊に吸収出来る訳もないのは明らかだった。
「グルゥ?」
レイが銀獅子の魔石について考えていると、セトはどうしたの? と小首を傾げてレイに向かい鳴き声を上げる。
何でもないと頭を撫で、それからミレイヌに向かって口を開く。
「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。セトのことは頼んだぞ」
「ええ、任せておいて。セトちゃんはしっかりと可愛がらせて貰うから」
セトと一緒にいられるのが嬉しいのだろう。満面の笑みを浮かべてそう告げるミレイヌ。
周囲では降っている雪がかなり強くなってきているのだが、ミレイヌにとってはそんな雪もどうということはないらしい。
そうしてセトと一緒に街中を散歩するというミレイヌと別れ、レイは再び歩き出す。
「いらっしゃい、いらっしゃい。今が旬のガメリオンの肉の串焼き! この季節に食べるのなら、これ! 是非食べてみてくれ!」
道を歩いているとそんな声が聞こえ、ガメリオンの串焼きを売っている店を見つけると、レイは当然のようにそちらへと近づいていく。
「お? レイか。どうだ? 串焼きを買っていくか?」
「二十本くれ」
「相変わらず買うねぇ。いや、こっちとしちゃあ嬉しいことだけどよ。……ちょっと待っててくれな」
レイが食べ物を大量に買うというのは、ギルムの住人にとって……そして何より屋台で食べ物を売っている者にとっては珍しい話ではない。
それこそ、串焼き二十本というのはまだ少ない方だと言えるだろう。
そもそも、串焼き二十本というのは、一人で食べるには若干多いようにも思えるが、冒険者であればそのくらいは食べきることが出来る者はそう珍しくはない。
勿論間食としておやつ代わりに……というのであればそんなに食べられる者は多くないが。
「それにしても、今年はガメリオンの肉が多いな。去年の件を抜きにしても一昨年やその前よりも多いんじゃないか?」
「あー……そうだな。冒険者達が色々と頑張ってくれているってのもあるけど、それ以上にガメリオンの数が例年以上に多いってのが理由だろうな」
「元々ガメリオンの数が多くなってるってことか?」
「ああ、そうらしい」
「……なるほど」
去年多くのガメリオンがダンジョンの中にいたのが関係しているのか? そんな疑問を抱いたレイだったが、今更そんなことを考えても仕方がないだろうと判断する。
「ほら、二十本」
そして串焼きを受け取り料金を支払うと、レイは自分が食べる一本だけを残してミスティリングの中へと収納する。
雪が降ってる中で焼きたてのガメリオンの串焼きを食べる。
ある種非常に贅沢な……それこそ冬に汗が出る程に暑くなっている部屋の中でアイスを食べたり、夏に震える程に寒い部屋の中で鍋物を食べたり……といった風な思いを抱きながら串焼きを口へと運ぶ。
少し前には雪に対してうんざりとした思いを抱いていたというのに、今はもうこのように思っている辺り、レイらしい切り替えの速さといえるのだろう。
そうして串焼きを食べながら歩いていると、先程のミレイヌではないが再び顔見知りの人物と遭遇する。
向こうも串焼きを食べながら歩いているレイの姿に気が付いたのだろう。少しだけ驚き、次の瞬間には笑みを浮かべて口を開く。
「レイ、何だかこうして会うのは久しぶりなような気がするね」
レイに向かってそう告げてきたのは、雷神の斧のミン。
ダンジョンからレイ達よりも一足先にギルムへと戻ってきたのだが、それ以降は会うことがなかった。
……ダンジョンを攻略したメンバーとして公表された中には、当然のように雷神の斧の名前もあったのだが。
それを嫌ったのか、それとも単純にロドスのリハビリ作業で忙しかったのか、表に出てくることは殆どなかった。
もっとも、レイに近づいてきた商人達の狙いはあくまでも銀獅子の素材であり、その素材に関しては全く貰っていないエルク達は商人に囲まれるようなことはなかっただろうが。
「今日は一人なのか? エルクはともかく、ロドスもいないみたいだけど」
「ああ。ロドスはまだ出歩けるような状態じゃないからね。ただ、あれからある程度時間が経ったし、言葉の方は問題なく喋ることが出来るようになってるよ」
「回復してるようで何よりだ」
ヴィヘラのおまけという扱いではあったが、ロドスもグリムの手によって行われた銀獅子の心臓を使った儀式により意識を取り戻した。
だが、意識を失っている時の状況が関係しているのか、意識を取り戻してすぐに立ち上がり、普通に喋ることが出来たヴィヘラとは違い、ロドスの場合は立ち上がることは勿論、しっかりと話すことも出来ないでいた。
そんなロドスも現在はきちんと話せるようになったと聞き、レイは素直に感心する。
まだロドスが意識を取り戻してから、そう時間は経っていない。
であれば、ミンの看病による効果というのは大きいのだろうと。
(エルクは……まぁ、看病とかに向いてなさそうだしな)
良くも悪くも大雑把な性格をしているエルクだ。
勿論自分の息子を心配してはいるのだろうが、もしエルクが看病しようとすればロドスが大きな悲鳴を上げることになる……というのがレイの予想だったし、それは決して間違っている訳でもない。
「ああ。本人は、出来れば春までに外を歩けるようになりたいと言って頑張っているよ」
「そんなに簡単な代物なのか?」
レイの周囲には、これまでリハビリの類が必要な人物というのはいなかった。
それは日本にいる時も同様であり、だからこそリハビリについてどれくらいで歩けるようになるのかといったことは分からない。
ましてやロドスは長い間意識がなく、マジックアイテムで多少の保護はされていたとしても、身体の筋肉は大きく衰えていた。
その辺りの事情を考えれば、春までに歩けるようになるのか? と疑問に思っても当然だろう。
(いや、魔法とかがある世界なんだし、もしかしたら素早い回復の手段はあったりするのか?)
意識のないロドスの身体の衰えを緩和させるマジックアイテムがあるのだから、魔法やマジックアイテムでどうにかなってもおかしくはなかった。
ましてや、今レイの目の前にいる人物はランクA冒険者という凄腕の魔法使いなのだから。
「勿論簡単な訳じゃないさ。けど、ロドスは自分で決めたことはやると思うよ」
息子に対する期待によるものだろう。ミンが笑みを浮かべてそう告げる。
「そうか。じゃあ、頑張ってくれ。エルク辺りも張り切ってるんだろ?」
「そうだね。特に今回の件は色々とロドスが未熟なことが原因としてある。その辺を鍛え直すって言ってるからね」
「……そうか」
レイの口から出たのは、数秒前と同じ言葉だった。
だが、そこに含まれる感情は大きく違う。
エルクがこれまで以上に厳しくロドスを鍛えるのであれば、それはレイが想像している以上に厳しいものになるだろう。
「よければ、レイも今度ロドスに会いに来てくれないか?」
「あー……そうだな。今度機会があったら会いにいってみるよ」
ロドスは決して自分を好んでいる訳ではないというのは、レイも知っている。
だからこそ、そう言葉を返す。
そして雪が降っている中で暫く話をし……やがてその場で別れるのだった。




