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レジェンド  作者: 神無月 紅
目覚めを求めて
1248/3865

1248話

 詰め所での話は、それこそ三十分も経たないで終わった。

 そもそもの話、レイ達は本当に何故自分達が襲われたのか全く理解出来ていなかった為だ。

 そのような状況で襲われた理由を聞かれても、当然のように答えることは出来ない。

 一番怪しいエレーナの馬車に何かを隠したのではないかという予想についても、馬車を調べた限りではしっかりとは分からなかった。

 勿論レイ達が気が付いていないだけで、実は馬車に何かを隠したという可能性は決して皆無ではないのだが、それでもやはり可能性は低い。

 レイ達が知らない間にそのような真似の出来る者が、あの程度の者を送ってくるかという問題もある。

 結局は意識を失っている襲撃者達から事情を聞くしかないと判断し、レイ達はそのまま解放となったのだ。


「出来れば、事情は知りたかったんだけどな」

「そのうち教えてくれるでしょ。こっちは色々と重要人物も多いんだし、向こうは報告しなければ上から叱られると思うわよ?」


 馬車の中にあるソファに座りながら、マリーナがレイの呟きに言葉を返す。

 先程行われたやり取りは、当然住民の間に広がっているのだろう。

 夕暮れの小麦亭へと向かっている現在、窓の外では多くの者達がレイ達が乗っている馬車を見ては、近くにいる者と話をしていた。


「なぁ、おい。さっきの騒動知ってるか? あの馬車に乗ってる奴が大通りでいきなり襲われたんだってよ」

「はぁ? 馬鹿か、そいつ。あの馬車と一緒に歩いているのはセトだろ? つまり、あの馬車にはレイが乗ってるってことになる。そんな馬車に攻撃するなんて、何を考えてるんだ?」

「私はその襲撃を見てたけど、何か訳の分からないことを叫んでたわよ?」

「おいおい、本気か? それだと、ギルムの中で盗賊行為をしようと思ってたってことになるだろ」

「だから、そう言ってるのよ。しかも、襲ったのは覆面を被ってるような男達だったし」

「……本気で、何をしたかったんだ?」


 その言葉に、話をしていた通行人達は首を傾げることしか出来ない。

 実際、傍から見ていた自分達でも馬車を襲った男達が何をしたかったのか、全く分からなかったのだ。

 それどころか、警備兵達やレイ達にもその理由は分からず、今の手掛かりは捕らえた男達だけという有様だった。


「何だか馬鹿らしい襲撃だったけど、何気に後ろで糸を引いていた黒幕に繋がる手掛かりは少ないわね」


 レイが出した果実水を飲みながら、ヴィヘラが呟く。

 本来なら晩秋の今は冷たい果実水を飲んでも寒いだけなのだが、この馬車はケレベル公爵が特注した品だ。

 当然のように、暖房や冷房といった効果も付与されている。


(冬に炬燵でアイスを食べるのと似たようなものか?)


 果実水を飲みながら、レイは現状をそんな風に感じていた。


「そうね。ただ、あんな馬鹿な真似をする相手が実は詳細に何かを考えていた、とはあまり思いたくないわね」


 ヴィヘラの言葉にマリーナがそう返す。

 エレーナもその意見には同意だったのか、果実水を飲みながら頷く。

 そうして話している間にも馬車は進んでいき、やがてギルドの近くへと到着する。


「ああ、私はここで降ろさせて貰うわ。色々とやるべきことがあるし、あのダンジョンを攻略したという情報も広げないといけないから」


 ギルドマスターを後進に譲る決意をしたマリーナだったが、それでも現在は自分がまだギルドマスターだ。

 であれば、当然やるべき仕事は多い。

 特に現在は、ヴィヘラの件でギルドを留守にしていたのだ。

 当然ギルドマスターが確認をしなければいけない書類の類が多い。

 また、ギルドマスターを譲るということを各所に通達する必要もある。

 普通のギルドマスターであればそこまで大きな騒ぎにはならないのだが、マリーナは少々特別だった。

 辺境にあるギルムという土地で、長年ギルドマスターを務めて来たのだ。

 このギルムにいる冒険者で、マリーナの世話になった者は数多い。

 また、世話になった訳ではないが、マリーナという濃厚なまでに女の艶を発する美女を一度でも見れば、当然強烈に意識に残る。

 そして男であれば……場合によっては、女であっても、その艶にやられてしまう者は多い。

 そんなマリーナがギルドマスターを辞めるとなると、騒ぎになるのは間違いない。

 それ以外にもマリーナはギルムの領主ダスカーとの関係も深い。

 ただでさえギルムにおけるギルドというのは、非常に重要な要素だ。

 辺境にあるギルムが無事にやっていけているのは、冒険者という存在がいるのが大きな理由だからだ。

 その冒険者を統べるギルドマスターが辞めるといって、明日から自分はギルドマスターではありませんという風には絶対にならない。

 挨拶回りや、何より引き継ぎが重要となる。

 ……もっとも、引き継ぎをする為にはワーカーがこちらに戻ってこなければならず、それはもう暫く先の話になるのだろうが。

 いざワーカーが戻ってきた時、すぐにでも引き継ぎをして、ギルドマスターの座を受け渡すように、マリーナは今から……そしてもうすぐ訪れる冬にかけて積極的に動くつもりだった。


「そうか? 分かった。……出来れば家まで送っていってやりたかったのだが、私はマリーナの家を知らないからな」

「ふふっ、そう言えばそうだったわね。今まではギルドの執務室で会っていた訳だし。私の家は貴族街の方に用意されているのよ。今はともかく、ギルドマスターを辞めたらそっちで会うことになることも増えるでしょうね」


 そう告げるマリーナの言葉に、レイは妙な納得をする。

 ギルムにおける冒険者の重要性は理解出来ているし、その冒険者を纏め上げているギルドマスターなのだから、迂闊な場所に住まわせる訳にはいかないのだろうと。

 マリーナの実力があれば、それこそスラム街に住んでいても身に危険はないだろう。

 だが、外聞というものを考えた場合、ギルドマスターとして……まして、ギルムの領主としてマリーナをスラム街のような場所に住まわせる訳にはいかなかった。


「ギルドマスターを辞めても、貴族街に住んでてもいいの?」

「一応ギルドマスターを辞めるといっても、相談役という立場になる予定だしね。それに、屋敷は私が自分で稼いだ分で買ったのよ? もっとも、貴族街にあるにしては随分と小さい家だけど」


 勿論マリーナがその気になれば、貴族街の中でも有数の大きさの屋敷を建てることは出来ただろう。

 それだけの財力は持っているし、権力もギルムの中という点では十分に持っているのだから。

 だが、マリーナにとって大きな屋敷というのはそれ程興味を惹かれるものではなかった。

 屋敷が大きくなれば、当然掃除の手間も増える。

 ましてや自分は大抵の時間ギルドにいることが多く、屋敷に戻るのは寝る時ぐらいだ。

 そんな場所なのにわざわざ広い屋敷を建ててしまえば、色々な手間ばかりが掛かる。

 人を雇って掃除をさせたりといったこともしなければならず、ギルドマスターとしての職務もあって、迂闊な人を雇える訳もない。

 結果として、今のマリーナが住んでいる屋敷の規模は、どちらかと言えば屋敷ではなく家と表現する規模に落ち着いていた。

 ……尚、その家の掃除に関しては人を雇うのではなく、マリーナが自分で行っている。

 もっとも箒や雑巾といった掃除道具を使わず、精霊魔法を使って短時間で済ませているのだが。


「そう? いずれマリーナの家に遊びに行けることを期待してるわよ」

「ええ、出来るだけ早くそうなるといいわね」


 マリーナはヴィヘラにそう言葉を返し、エレーナとレイの二人にも軽く挨拶をして馬車から降りる。

 ギルドの近くということもあって、当然冒険者の中にはマリーナの顔を知っている者も多いし、先程の騒動を見ていた者や、話を聞いた者も多かった。

 それもあって馬車からマリーナが降りると、周囲の注目を集める。

 マリーナは、そんな周囲の視線をいつものこととして全く気にした様子はなく、セトとその頭に乗っているイエロにも別れの挨拶をしていた。

 そしてマリーナがギルドの中に入っていくのを確認すると、馬車は再び動き出す。


「エレーナ様、夕暮れの小麦亭でいいですよね?」

「ああ、そうしてくれ。本来なら真っ直ぐに夕暮れの小麦亭に向かう筈だったのが、随分と時間が掛かってしまったがな」


 それもこれも、エレーナには全く理解出来ない覆面の襲撃者達のせいだった。

 本来なら夕暮れの小麦亭でマリーナが別行動を取る予定だったのだが、あのような出来事があった以上、マリーナを歩いてギルドまで向かわせる訳にはいかない。

 勿論マリーナの実力があれば、あの程度の男達はそれこそ百人近くいても精霊魔法と弓で一掃出来るだろう。

 だがそれでも、万が一のことを考えればこうしてギルドまで直接送った方が良かったのは間違いない。

 相手がどのような思惑を持っているのか分からないからこそ、現在出来るだけの警戒はする必要があった。


「それにしても、折角ギルムに戻ってきたのに……随分とつまらないことになってしまったわね」


 しみじみと呟くのはヴィヘラだ。

 ヴィヘラにとっては二ヶ月ぶりのギルムだけに、色々と楽しみにしていたこともあるのだろう。……もっとも、その二ヶ月の間は意識を失っていたのだが。


「そうだな。出来れば盛大に宴会でもやりたかったところなんだけど、そうもいかないか」


 元々、今は他の冒険者達も冬越えの準備で忙しい。

 きちんと必要な金を稼いだ者はともかく、まだ金が貯まりきっていない冒険者、もしくはある程度貯めたけどもう一ランク上の生活にしたいと考えている冒険者といった具合に。


「レイが喜んでくれればそれでいいわよ。……それで、エレーナ」

「うん?」


 レイと話していたヴィヘラが、不意に果実水を飲んでいたエレーナへと声を掛ける。


「どうした?」

「エレーナはいつまでギルムにいられるの? 春まで?」


 出来ればそうだといい。

 そんな思いでエレーナに尋ねたヴィヘラだったが、エレーナは首を横に振る。


「私も出来ればそうしたいところだが、今回はそれなりに無理をしてやってきているからな。出来るだけ早く戻る必要がある。幸い……と、こういう言い方が相応しいのかどうかは分からないが、まだ雪は降っていないし」


 それは、本格的に雪が降る前にギルムを出ると暗に臭わせている。


「そうなの? ……けど、今の私を置いていってもいいのかしら?」


 口元に笑みを浮かべつつ、ヴィヘラの視線はレイへと向けられる。

 言葉では何も言っていないが、それが何を意味しているのかはエレーナの目から見ても明らかだ。


「……ほう。面白いことを言うな。であれば、私にも考えがあるが?」

「あら、考えって何? 今の状況でエレーナがどうにか出来ると思ってるの? そもそもの話、マリーナもギルドマスターを辞めて私達に合流しようとしてるのだけど、エレーナはどうするつもり?」


 悪戯っぽい様子で尋ねるヴィヘラだったが、その瞳に浮かんでいる光は真剣そのものだ。

 元皇族であっても、現在は冒険者の自分。

 ギルドマスターという地位を捨て、自分達に合流しようとしているマリーナ。

 それに比べると、エレーナは未だに貴族派に縛られている。

 そう告げたいのが明らかだった。

 エレーナも、ヴィヘラの言いたいことは分かったのだろう。少しだけ眉を顰めつつ黙り込む。

 このままではレイのパートナーとして認められるのは難しいと。

 エレーナにとって、家族というのは……そしてケレベル公爵家というのは、そう簡単に捨てられるものではない。

 勿論レイは何よりも大事な存在であると、そう理解はしているのだが、ケレベル公爵家もまた大事な存在なのだ。

 その辺り、あっさりとベスティア帝国から出奔したヴィヘラとは想いの深さが違うと言ってもいいのだろう。

 エレーナもそれは分かっているのだが、同時に自分がヴィヘラと同じような真似が出来るとも思えない。

 悩み始めたエレーナの姿に、馬車の中の雰囲気は微かにだが暗くなる。

 馬車の中にイエロでもいれば多少は明るくなったのかもしれないが、イエロは現在セトと一緒に馬車の外だ。


「ま、エレーナも色々と考えるべきこと、やるべきことはあるんでしょうけど、その辺はよく考えた方がいいでしょうね。私からはこれ以上は言わないから、しっかりと考えるといいわ」


 そう告げると、ヴィヘラは黙り込む。

 当然エレーナも黙り込み、そんな中でレイが何かを言える筈もない。

 黙り込んだまま馬車は進み……やがて夕暮れの小麦亭へと到着する。

 そして降りたレイ達を出迎えたのは……


「ん!」


 暫くぶりに見る、ビューネだった。

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