1232話
今年も最後の更新となりました。
来年もよろしくお願いします。
エルク達がいらないと言った銀獅子の素材をどう分配するか。
そう告げたレイの言葉に、真っ先に反応したのはヨハンナ達だった。
「レイさん、素材については私達もいらないわ。私達は銀獅子との戦闘で何の役にもたってないもの。そんな私達が、銀獅子の報酬を主張する訳にはいかないでしょ?」
「……いいのか?」
レイにとっては、ヨハンナ達が意識を失っていたヴィヘラとロドスの世話をしてくれていたからこそ、銀獅子と安心して戦えたのだ。
そうである以上、銀獅子の素材を要求してきてもそれを受け入れるつもりだったのだが……レイが何かを言う前に、ヨハンナに自分達は素材をいらないと言われては無理に押しつける訳にもいかない。
ヨハンナ以外の他の面子にも同様に尋ねるも、戻ってくるのは全員同じくヨハンナの言葉を支持する頷きのみ。
そんな中、不意にヨハンナが口を開く。
「あ、そうだ。銀獅子の素材はいらないけど、セトちゃんとの一日の権利は忘れないで下さいね」
銀獅子の素材よりも、セトと一日をすごす権利の方が余程重要だと言いたげなその様子は、これ以上ない程に立派なセト愛好家と言えるのだろう。
レイも、その言葉には苦笑を浮かべて頷くしか出来ない。
セトがヨハンナを嫌っているのであればまだしも、元々人に構って貰うのが好きなセトにとって、ヨハンナはミレイヌと同様に自分と遊んでくれる相手だ。
そのヨハンナと一日一緒にいてもいいとレイに言われても、それを喜ぶことはあっても断ることはないだろう。
「そっちの件は前もって約束してあっただろ。……で、お前達は銀獅子の素材はいらないって話だけど、他に何か欲しいのはないのか?」
ヨハンナの言葉に頷きながら尋ねるも、他の男達は戸惑ったように顔を見回す。
「他にって言われても……」
「うーん、こういう時の報酬として貰うのは、やっぱり金?」
「でも、金に困ってないしな」
それぞれに呟く。
ヨハンナ達は、ヴィヘラの意識を取り戻せるようなポーションを求めてこのダンジョンへとやってきたのだ。
そしてポーションを求めながらダンジョンの探索を繰り返していれば、当然目的の物が入手出来なくてもモンスターの素材を始めとした色々な物で懐は潤っていく。
冬越えの蓄え云々以前に、来年一杯くらいは遊んで暮らせるだけの資金は既に得ている。
……その資金も、本来であればヴィヘラの意識を取り戻せるポーションをこのダンジョンで自分達以外が入手した時に譲ってくれるようにと貯めていたものだったのだが、今となっては資金を貯める意味は消えてしまった。
そうなれば当然その資金は自分達で山分けすることになる。
その辺の事情については、前日すでに皆で話し合って決めている。
だからこそ、ヨハンナ達にとっても金はいらない……という程ではないが、現在はそこまでして欲しくもなかった。
勿論多くあればそれだけ優雅な生活が出来るのだから、欲しくない訳ではないのだが。
「うーん、そうだな。どうせなら金で買えないような……あ、そうだ!」
男の中の一人が、ふと何かを思いついたかのように口を開いてレイへと視線を向ける。
「その、レイさん。出来ればでいいんですけど、銀獅子の肉を少し貰えませんか? そんなに多くなくてもいいので。折角だから、ギルムで待ってる奴等に銀獅子の肉を食べさせてやりたいですし」
その言葉は、他の者達にとっても頷けるものがあった。
銀獅子の素材はいらないと言っておいて、すぐに言葉を翻すのはどうかと思った男達だったが、レイはすぐに頷く。
「分かった。いや、銀獅子を倒したのは俺だけじゃないんだし、確約は出来ないけど多分大丈夫だと思う」
銀獅子の肉というのは、実のところレイも狙っていたものだった。
それどころか、体毛や牙、爪、尻尾、内臓といった素材よりも、肉の方を重視していたと言ってもいい。……魔石は例外としてだが。
勿論銀獅子というランクSモンスターの素材は、非常に強力なマジックアイテムや武器、防具の材料となるだろう。
だが、レイにとって銀獅子の素材の中で最も重要なのは、第一に来るのが当然のように魔石であり、次いで銀獅子の肉だった。
そもそも、全長六m……二m近い尻尾を抜かしても四m近くもある銀獅子だ。その肉の量は、相当なものがある。
肉の量という意味では、元遊撃隊の面々にお土産として持って帰るくらいでは殆ど減らないだろう。
そう判断したレイの言葉に、男達は嬉しそうにそれぞれが頷く。
ランクの高いモンスター程、保有している魔力によって肉の味は上がっていく。
であれば、ランクSモンスターの肉がどれ程の味になるのか……それに期待を抱かない者はいない。
銀獅子の素材はいらないといったエルクですら、その肉の味を想像して口の中に涎が溢れ出る。
だが一度いらないと言った以上、やっぱり肉が欲しいというのはエルクのプライドが許さない。
今のエルクに出来るのは、ヨハンナの仲間達を羨ましそうに見るだけだった。
当然そんなエルクの様子はレイにも分かり、肉の分け前が減るというのを覚悟する。
「となると、残るは俺とエレーナとマリーナ、アーラの四人か」
残ったメンバーは、殆ど身内と言ってもいい者達だった。
その身内の一人にヴィヘラがいるが、今回の件で何もしていない……どころか、一方的にして貰った自分が素材を貰うのはおかしいと、当然のように辞退する。
それだけに、レイは素材の分配に特に悩む必要もなく、銀獅子の素材をどう分けるべきかを考えていたのだが……
「その、レイ殿。私も銀獅子の素材については遠慮させて貰います」
「アーラ?」
何故か素材の受け取りを辞退してきたアーラの言葉に、レイはまじまじとアーラへと視線を向ける。
視線を向けられたアーラは、銀獅子を倒すという偉業を行い、主であるエレーナの友人のヴィヘラが意識を取り戻したにも関わらず浮かない表情を浮かべている。
レイだけではなくエレーナからも視線を向けられたアーラは、やがて仕方なしに口を開く。
「私は銀獅子との戦いで最初何も出来ませんでした。それこそ、あの咆吼に怯えて竦んで……皆さんの足を引っ張ったのです。そんな私が、銀獅子の素材を欲するなど……」
「だが、アーラの力があってこそ銀獅子を倒せたのも事実だ。エルクの雷神の斧のような威力ではなかったとはいえ、アーラの一撃は間違いなく銀獅子に効果的だったのだからな」
そう告げたのは、レイではなくエレーナ。
自分と親しい相手だからこそ庇った……という訳ではなく、純粋にアーラが果たした役割の大きさを考えれば銀獅子の素材を貰わないという選択肢は存在しなかったからだ。
これが、エルクのようにロドスの件があったり、ヨハンナ達のように戦闘には全く参加していなかったというのであれば、その話も受け入れられたのかもしれないが。
アーラはエレーナが戦うのであれば当然自分も戦うのだと判断して戦闘に参加したのだ。それも、エレーナが口にしたように、十分に戦力となって。
戦闘が開始した当初は、銀獅子の咆吼で役に立たなかったかもしれない。
だが、それはアーラだけに言えることではない。普通の冒険者であれば、それに対抗する手段を持つというのはまず難しいのだから。
何より、アーラは銀獅子の咆吼を食らって一時的に行動不能になったものの、戦闘の途中で復帰はしている。
そこからの戦闘でも十分戦闘に寄与しているのは間違いなかった。
「ですが、エレーナ様……」
「それにアーラが素材を貰わなければ、マリーナや私も貰いにくくなるだろう?」
アーラ自身の為ではなく、自分やマリーナが銀獅子の素材を貰う為にアーラも素材を受け取れ。
そう暗に言われたことにより、アーラもようやく頷きを返す。
(あまり好きな手段ではないが……こうでも言わなければ、アーラは素材を受け取らないだろうし)
エレーナはアーラを見ながら考える。
自分に対して忠実であり、非常に律儀な性格をしているのは長い付き合いだから知っている。
だが、だからこそアーラにはもっと自分のことを考えて欲しかった。
これが半ば自分の善意の押しつけであるというのは理解しているが、それでもエレーナにとってアーラにはもう少し良い目を見て貰いたかった。
それに、アーラの攻撃が銀獅子に対して致命的な一撃になったとはとても言えないが、それでも有効な攻撃を与えたのは間違いないのだ。
そう思えば、エレーナの思いは決して間違っている訳でもなかった。
そんなエレーナの様子を見ていたマリーナが、援護するように口を開く。
「そうね。私も欲しい素材がない訳じゃないけど……戦闘に参加したアーラが貰えないというのであれば、少し気後れしてしまうわね」
「そんな……」
エレーナとマリーナの言葉に、アーラは困ったように視線をレイへと向ける。
一応このパーティのリーダーはレイということになっているのだから、どうにかして欲しいという思いからの行動だったのだろうが……
「そうだな。俺もアーラは十分に素材を貰う権利はあると思う」
レイはあっさりとエレーナ達の方へと味方をする。
いや、それはレイだけではない。レイの側にいるセトやイエロも、グルグル、キュウキュウとレイやエレーナに同意するように喉を鳴らしていた。
「そうだな。俺の目から見てもアーラは十分役に立っていた。怪我の手当ても手伝って貰ったし」
続けてエルクがそう告げ、ミンもまた同意するように頷く。
そんな全員の視線を受け、アーラは諦めたように口を開いた。
「分かりました。私が貰ってもいいのであれば、素材を貰いたいと思います。……武器はレイ殿から貰ったパワー・アクスがあるので、防具に使える銀獅子の体毛を貰えますか?」
物理防御にも魔法防御にも強い抵抗を持つ銀獅子の体毛だけに、防具の素材として使えば間違いなく強力な防具となるだろう。
勿論その素材を最大限に活かすには相応の技量がある錬金術師や防具を作る鍛冶師……体毛を使った服や靴の場合はそれ以外の技術者が必要となる。
「そうね。アーラの防具はそんなに強力な物ではないのだし、それでもいいんじゃない? 幸い銀獅子の体毛はかなりの量があるし」
銀獅子の大きさを考えれば、一人分の防具を作るだけの体毛というのは大した量ではないだろう。
どこの毛を使うのかということでも防具の性能に影響してきそうだが、ランクSモンスターの……それも高い防御力を誇るモンスターの体毛ということを考えれば、ランクが下のモンスターを素材にしたものとは大きく性能が異なる筈だった。
こうしてアーラが無事に銀獅子の素材を貰うことに同意し、レイが次に視線を向けたのは当然のように残る二人。
「エレーナとマリーナはどうする?」
その問いに、最初に口を開いたのはエレーナだった。
「アーラにあのように言った以上、私が素材を貰わないという訳にはいかぬか。……ふむ、そうだな。では銀獅子の爪を貰い受けたい」
「あら、銀獅子の爪は鏃にしようと思って狙ってたのに。なら、私は銀獅子の腱かしら? 弓の弦を作るのに丁度いい素材でしょうし」
お互いに欲している素材がぶつかり合うことはなく、あっさりとエレーナとマリーナが貰う素材は決まる。
だが、それを聞いていたレイは困った表情で銀獅子へと視線を向けた。
当然だろう。アーラが銀獅子の体毛を欲し、エレーナは爪を、マリーナは腱を。
勿論それらは非常に稀少で高価な素材なのは間違いないが、銀獅子の素材はまだ大量に存在しているのだ。
残っている大量の素材をどうするべきか。
そう考えたレイだったが、ふと視線にじっと自分の方を見ているグリムの姿が目に入る。
何か面白い出し物でも見ているかのような雰囲気を放つその様子は、少しだけレイにとって面白くなかったが……今回の件について考えた場合、グリムは銀獅子戦に参加してはいないが、それ以上に重要な役割を果たしている。
レイにとって、グリムにも十分に銀獅子の素材を得るだけの権利はあった。
(そもそも、今回の件はグリムの世話になりっぱなしだ。銀獅子の心臓があればヴィヘラとロドスの意識を取り戻せると教えてくれたのもグリムだったし、ダンジョンで一気に最下層まで運んでくれたのもグリム。そして実際に二人の意識を取り戻したのもグリムだ)
そこまで世話になったのに、レイはグリムに何も返せていない。
ゼパイルの関係者だという一点で、グリムの厚意に甘えている形だ。
「グリム」
『ふむ、先に言っておくが儂は銀獅子の素材はいらんよ。生憎と、今は特に必要としている物はないしの』
だが、レイの機先を制するような形でグリムが告げる。
そうして話し合いの末、最終的には銀獅子はその殆どがレイの物となることに決まったのだった。