1218話
ギルドマスターと話があるというマリーナは、受付嬢に話を通す……間もなく、すぐにギルドマスターの執務室へと案内された。
ギルド職員の中には、当然マリーナの姿を知っている者もおり、その人物が上に進言したらしい。
その為、特に待つようなこともなくマリーナの姿はギルドの奥へと消えていく。
レイ達がマリーナと共にギルドへやってきたのは、マリーナが妙な相手に絡まれたりしないようにする為だった。
そうである以上、ここから先は別に一緒に行動する必要もなく、ヨハンナ達と一緒にギルドに併設されている酒場でマリーナを待つ。
……当然料理を大量に注文しながらだが。
レイ、エレーナ、アーラ、エルク。それとヨハンナとその仲間達。
それだけの人数がいる以上は一つのテーブルで足りる訳がなく、レイとエレーナ、ヨハンナが一つのテーブルに座り、他の面々はそんなレイ達の話を盗み聞きしようとしている者達へ対処する為にレイの座っている近くのテーブルに座る。
酒場にいる者達は当然そんなレイ達に注目しているのだが、エルクを始めとする他の者達がそんな相手を牽制し、盗み聞きを出来ないように対応させていた。
「で、結局なんでヨハンナ達はここにいるんだ?」
煮込まれた猪の肉と野菜のサンドイッチを食べながら尋ねると、ヨハンナは少しだけ真面目な表情を浮かべて口を開く。
「その、ダンジョンには稀少で効果の高いポーションが出ると聞いたので……」
「ポーション? 何でまた……いや、ヴィヘラか?」
「はい」
レイの言葉に、ヨハンナはすぐに頷きを返す。
そんなヨハンナの様子を見て、レイもすぐに理解した。
ヨハンナ達は、今はこうしてミレアーナ王国に所属しているが、元々はベスティア帝国で生まれ育った者達だ。
その上、内乱の時にはヴィヘラとも行動を共にしている。
また、元々ヴィヘラはベスティア帝国内では高い人気を誇っており、ヨハンナ達もそんなヴィヘラに対して強い憧れのような気持ちを抱いている者も少なくない。
そんなヴィヘラがアンブリスの件で意識不明の状態になっていると知れば、当然どうにかしたいと思う者が出て来てもおかしくはなかった。
そしてヨハンナ達はヴィヘラの意識を取り戻せそうな方法を探す。
まず、自分達で魔法を使って……というのは、不可能だった。
ギルムに移住してきた者達の中には簡単な魔法を使えるような者は何人かいたが、そんな程度の魔法でヴィヘラの意識を取り戻せるのであればレイもここまで苦労していないだろう。
回復魔法を使える者の下へいったり、錬金術師から意識を取り戻すポーションを作って貰おうとしたが、そのいずれもレイが既に当たっており、ヴィヘラの話を聞いた時点で断られる。
それ以外にも色々と考えたのだが、当然ヨハンナ達が考えつくような方法はレイやマリーナといった者達が既に試しているものだ。
そして最後に残ったのが……
「ダンジョンで手に入るマジックアイテム、か」
「はい」
説明の最後にレイが結論を告げると、ヨハンナはあっさりと頷く。
ダンジョンの中では、時々普通では考えられないようなマジックアイテムやポーションといった物が見つかることがある。
例えば、離れたテーブルで周囲に睨みを利かせているアーラのパワー・アクスもこのダンジョンで見つかった代物だ。
であれば、非常に効果の高いポーションが見つかるということも、可能性としては皆無ではない。
勿論狙った代物が本当に入手出来るのかどうかと言われれば、その可能性は非常に小さいと言わざるを得なかった。
だがそれでも、今のヨハンナ達がヴィヘラの為に出来ることと言えば、それくらいしか存在しなかったのだ。
それで一ヶ月程前から、ヨハンナ達はこのダンジョンにポーションを求めてやってきていた。
もっとも、それが出来たのは既に冬越えの準備が終わっていたからというのも大きいのだろう。
だからこそ、このダンジョンでヴィヘラの意識を取り戻せるようなポーションを探すようなことも出来た。
また、ダンジョンに潜れば当然モンスターと遭遇して魔石や討伐証明部位、それ以外にも階層によっては素材を入手出来る。
ポーションを得ることが出来なくても、それらを買い取って貰えるので決して無収入という訳ではなかった。
「この前なんか、リザードマンがかなりいいハルバードを持ってたんですよ。……まぁ、誰も使える人がいなかったので、売っちゃいましたけど」
笑みを浮かべて告げるヨハンナ。
余程高値で売れたのだろう。他の者達もまた、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「……なるほど」
「で、レイさん達は何でこのダンジョンに? やっぱり私達と同じくポーションを求めて?」
そう尋ねてくるヨハンナの口調は、そうに決まっていると決めつけているように思えた。
あの内乱を共に戦い抜いたのだから、当然ヴィヘラがレイに向けている感情は理解している。
その為、ここに来たのはヴィヘラの意識を取り戻す為だろうと……そう思っての質問だった。
だが、そんなヨハンナの言葉にレイは首を横に振る。
「え?」
レイの行為が理解出来なかったのか、ヨハンナは不思議そうに尋ね返す。
当然だろう。てっきりレイ達がここにやってきたのは、自分達と同じくポーションを求めてのものだとばかり思っていたからだ。
一応尋ねはしたが、それはどちらかと言えば確認の意味が強かった。
そんな問い掛けに対し、戻ってきたのが否定の行為だったのだから疑問に思うのは当然だろう。
若干……本当に若干ではあるが、ヨハンナのレイに向ける視線が厳しくなる。
「もしかして、ただ稼ぎにきた……という訳はありませんよね?」
「まあな」
ヨハンナの問い掛けに、あっさりと同意する。
レイとヴィヘラの関係を知っているヨハンナとしては、そんなレイの言葉に今度こそ戸惑いの表情を浮かべる。
「ええと、それで結局レイさんは何をしにここにやってきたんですか?」
「当然ヴィヘラの意識を取り戻す為だ」
「いえ、だって……」
完全に理解出来ないといった風に呟くヨハンナ。
そんなヨハンナの様子を見ていたエルクが、少しだけ呆れたように口を開く。
「レイ、その辺にしておいた方がいいんじゃないか? このお嬢ちゃんはお前が何を言っているのか理解出来てないぞ」
「おじょ……」
お嬢ちゃん呼ばわりに反論したいヨハンナだったが、それを言ったのがエルクであれば文句もいえない。
ギルムに来てからまだ一年かそこらといったヨハンナだったが、当然ギルムでも異名持ちのランクA冒険者として有名なエルクの顔と名前は知っている。
そんな相手に、新人の自分が何か意見を言える訳もなく、不承不承黙り込む。
……もっとも、話題が自分のことではなくセトの件であれば噛み付いたかもしれないが。
少しだけ落ち着くように、テーブルの上にあるエールを一口、二口と呑む。
そして落ち着くと、ヨハンナもレイが言いたいことの予想が出来……表情に驚愕を滲ませる。
「もしかして、ヴィヘラ様の意識を取り戻す方法がポーション以外に見つかったんですか?」
「そうだ。……もっとも、色々と問題がある方法でな。そこでさっき俺がマリーナと話していた内容になる訳だ」
レイの言葉に、先程マリーナが話しておきなさいと言っていたことをヨハンナが思い出す。
ごくり、と。エールではなく唾を飲み込んだヨハンナは、真剣な視線をレイへと向ける。
「教えて下さい。どうすればヴィヘラ様の意識を取り戻すことが出来るんですか?」
ヨハンナの言葉に、レイは周囲を見回す。
ヨハンナの仲間達が周囲から自分達を遮る壁となっているのを確認したレイは、やがて口を開く。
「俺の知り合いにアンデッド……リッチロードがいる。そいつがランクSモンスターの心臓を使えば、すぐにでもヴィヘラの意識を取り戻してくれるそうだ」
「……え?」
レイの口から出た言葉が理解出来なかったのだろう。
何を言われたのか分からない。
そんな風にヨハンナはレイを見返してくる。
「えっと、その……レイさん、言ってる意味がちょっと」
「だろうな」
レイの言葉に同意したのは、エルク。
ヨハンナの気持ちも理解出来ると言いたげに頷いてから口を開く。
「お嬢ちゃんの気持ちも分かるけど、レイの言ってることは本当だ。……いや、俺はまだそのリッチロードとやらを見てはいないんだがな」
「リッチロード……え? あ、ランクSモンスターって、だからこのダンジョンに?」
リッチロードと知り合いだったというレイの言葉に驚いたヨハンナだったが、それでも頭を働かせて何故レイ達がこのダンジョンにやって来たのかを理解する。
ただリッチロードに治療をして貰うのであれば、別にダンジョンに来る必要はないのだ。
それこそ、どこか人目につかない森の中で治療して貰えばいい。
だが、ランクSモンスターの心臓が必要なのであれば、それこそそのような稀少なモンスターはその辺にそうそういるようなものではない。
しかしこのダンジョンには銀獅子がいる。
ランクSモンスターの心臓を得るという意味では、間違いなくこれ以上の場所はないだろう。
「それで、私達は何をすれば? その、レイさんにこう言うのも何ですが、私達ではランクSモンスターの相手は……」
自分でも情けないと思っているのか、悲しそうに呟くヨハンナ。
本心ではヴィヘラの為なら何でもしたい。
しかし自分がランクSモンスターと戦えるだけの実力がないというのは、ヨハンナ自身がよく分かっていた。
悔しそうに呟くヨハンナ。
その声が聞こえていた、周囲にいるヨハンナの仲間達も同様に悔しそうな表情を浮かべる。
「安心しろ……って言い方はちょっと面白くないかもしれないけど、銀獅子との戦力はもう十分に揃っている。お前達に頼みたいのは、ダンジョンの最下層で俺達が銀獅子と戦っている間、ヴィヘラとロドスを見て貰いたいんだ」
「……ああ、なるほど」
レイの言葉に、ヨハンナが若干残念そうにしながらも納得の表情を浮かべる。
「最下層には銀獅子以外のモンスターがいないというのは分かってるけど、それでも万が一の為を考えると、誰かについていて貰いたいんだよ」
それはヨハンナにも納得の出来ることだった。
少数精鋭でランクSモンスターに挑む以上、そこから余計な人材を引き抜く訳にはいかない。
最下層には銀獅子以外のモンスターがいないというのは、既に知られている事実だ。
だからこそ、腕はそこそこであっても信頼出来る人物を雇いたいという思いが強いのだろうと。
(それに、私がいるというのも大きいんでしょうね。男に意識を失ったヴィヘラ様を預けられる筈がないし)
仲間達もベスティア帝国出身者である以上、ヴィヘラに対して深い忠誠心のようなものを抱いている。
だが、同時にヴィヘラが一目で目を奪われる程に魅力的な容姿や肢体をしているのも事実であり、そんな相手が意識がないままに自分達の前にいた場合どうなるのか……
自らの内から湧き上がってくるだろう欲望を抑えることが出来る……とは完全には言い切れないのは間違いなかった。
「一応は護衛……という形ですか?」
「そうだな。ただ、実際には付き添いといった形になると思うが」
「それと、俺の息子のロドスもだな」
そう告げるエルクだったが、ロドスの名前が出た瞬間ヨハンナ達の顔は一瞬であったが強張る。
当然だろう。ロドスは内乱で戦った相手だ。
直接戦った者は殆どいなかったが、それでもレイに対して強い執着心を持っているというのを見た者は多い。
それだけに、ロドスの名前に対して思うところがある者は多い。
だが、そのロドスに一番執着されていたレイが何も言わず、許可をしているのなら……と、ヨハンナは頷く。
「分かりました。ヴィヘラ様と同様に……とまではいきませんが、可能な限り手を尽くします」
「おう、それでいい。お前さん達とロドスの関係は聞いてるし、それくらいやってくれるだけで、こっちとしては文句ねえよ。……ありがとな」
エルクも自分の息子が何をしたのかというのは知っている。
それを知っている以上、正直なところヨハンナには断られても仕方がないとは思っていたのだ。
だが、それでもこうしてしっかりと護衛を引き受けてくれたのだから、そこには感謝の言葉しかない。
そんなエルクの感謝の言葉が、僅かにだが残っていたロドスへの蟠りを消したのだろう。ヨハンナはそんなエルクに笑みを返す。
もっとも、ヨハンナにとってロドスがどうしようとも、レイに勝てるとは思わなかった。
だからこそ、ヨハンナの中にあったロドスに対する蟠りは小さかったのだろう。
ヨハンナを始め、元遊撃隊の者達にとって、レイというのは最強の象徴だった。
個人で敵軍を相手に燃やしつくし、更にはランクS冒険者にすら勝った。……もっとも、レイはノイズに勝ったとは認めていないのだが。
「あ、そう言えばレイさん。この依頼の報酬……期待していいんですよね? 何でも、ミレイヌにはセトちゃんとの一日すごす権利を与えたとか」
ライバル……いや、天が与えた敵という意味で天敵が自慢げに自分に言っていた件を思い出す。
ヴィヘラのことがあったのでその権利はまだ使われていないが……それは逆に、会う度にミレイヌにその件で自慢をされるということでもある。
いつすごせるのか、どうすごすのか……会う度に言われてるヨハンナとしては、当然面白くはなかった。
「分かった。お前にもセトと一日すごす権利をやるよ。他の奴は応相談だな」
そう告げ、レイは串焼きへと手を伸ばすのだった。