1215話
リトルテイマーの43話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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「グルルルルルゥ!」
セトの鳴き声が周囲に響くと同時に、前足の一撃が振り下ろされる。
骨を砕く音と共に、ゴブリンの頭部が文字通りの意味で肉片となって周囲に散らばった。
骨の欠片、脳みそ、眼球……そんなものが揃って周囲に飛び散るのだが、それを行ったセトは少し不服そうだ。
昨夜、オークリーダーの魔石でレベルアップしたパワークラッシュ。
ダンジョンへと向かう途中でゴブリンが姿を現したので、これ幸いとセトはそのスキルを使用してみたのだが……相手がゴブリンだということもあり、普通に前足の一撃を放った時と比べても威力の違いがよく分からなかったのだ。
それを窓から見ていたレイは、複雑そうな表情で溜息を吐く。
(パワークラッシュのレベルが五になったということは、間違いなく威力が跳ね上がっている筈だ。ゴブリン程度を相手にした場合、殆どその威力を発揮出来ないけど)
それだけを考えれば、セトが強力なスキルを入手したのだから喜んでもいい筈だった。
そんな中で複雑そうな表情を浮かべていたのは、セトがあっさりとレベルアップしたパワークラッシュを使いこなしていた為だ。
パワースラッシュという、同じようなスキルを使用しているレイは、まだそれを完全に……そして自由自在に使いこなしているとはとても言えない。
「ゴブリンか。……セトがいても普通に襲い掛かってくるのだな。前回もそうだったが」
馬車の窓から、セトが大暴れしている様子を見ながらエレーナが呟く。
「ちょっと、エレーナ。ゴブリンの話題はその辺にしてくれる? 昨日の件を思い出してしまうじゃない」
昨夜食べたゴブリンの肉の味を思い出したのだろう。紅茶を飲みながらマリーナは嫌そうな表情を浮かべる。
冒険者として活動していた経験もあるマリーナだったが、それでも長らくギルドマスターとして活動しており、ゴブリンの肉を食べるような機会はなかったのだろう。
それだけに、大きな被害を受けていた。
「ヴィヘラも、意識を取り戻したらゴブリンの肉を食べて貰おうかしら」
マリーナの視線が向けられたのは、ソファで横になっているヴィヘラだ。
昨日から全く変わらないその様子は、傍から見ればただ眠っているだけにしか見えない。
「ふふっ、そうだな。私達だけが食べるのは少し不公平だ。であれば、ヴィヘラにも食べて貰う必要があるだろうな」
エレーナが笑みを浮かべてそう告げ、外で暴れているセトの様子を見ていたレイもまた、そんなエレーナとマリーナの会話へと参加する。
「なら、その時はもっと刺激的なゴブリンの肉を用意しないといけないな」
ここで美味いではなく刺激的と表現するのは、レイの意地の悪いところか。
だが、そんなレイの言葉にエレーナもマリーナも綺麗な笑みを浮かべて賛成する。
傍から見れば、二人の美女が優雅な笑みを浮かべているようにしか見えないだろう。
とてもではないが、眠っているヴィヘラが起きたら悪戯を……それも普通ではちょっと洒落にならないような悪戯を考えているようには見えない。
そんな話を出来るのも、この場にいる全員がヴィヘラが意識を取り戻すと信じているからだ。
ダンジョンではランクSモンスターに挑むことになるというのに、誰も恐れている様子がない。
自分の力を信じており、味方の力も信じているからだろう。
レイ、エレーナ、マリーナ、アーラ、エルク、ミン。そしてセトとイエロ。
普通に考えれば、これだけの戦力が揃うということは滅多にない。
……この場合、これだけの戦力を揃えることが出来たレイの人脈にこそ、驚くべきか。
「銀獅子か。斬撃とか魔法が殆ど効果がないって話だったし、どうやってそれを突破して相手にダメージを与えるかだよな。……正直、こういう敵を相手にする場合、最も頼りになるのはヴィヘラなんだけど」
ヴィヘラの持つ浸魔掌というスキルは、鎧であろうと、皮であろうと、毛皮であろうと……それが何であろうとも、相手の体内に直接衝撃を通すというものだ。
数日後には戦う予定の銀獅子という敵を相手にした場合、非常に頼れるスキルなのは間違いなかった。
だが、今その浸魔掌を使えるヴィヘラは、意識不明だ。
そんなヴィヘラの意識を救い出す為にこそ、こうしてダンジョンへと向かっているのだから。
「エルクの持っている雷神の斧は、一撃の威力は高い。私も、ミラージュは足止めくらいにしか使えないだろうが、竜言語魔法がある。それにアーラも一撃の威力という一点で考えれば、相当なものだ」
確認するようなエレーナの言葉に、レイは頷いて言葉を続ける。
「俺も黄昏の槍は効果があまりないかもしれないけど、手元に戻すという能力があるから牽制は出来るだろうな。デスサイズもパワースラッシュがあるから、そっちは期待出来そうだ。それと、セトもな」
グリフォンとしての身体能力に、剛力の腕輪というマジックアイテム。更にはオークリーダーの魔石を吸収したことでレベルが上がったパワークラッシュ。
そこに、本来なら高空から一直線に落下し、その速度をも利用した一撃を放つのが単独の相手に対するという意味でセトの最強の一撃なのだろうが、今回はダンジョンなのでそれは使えない。
だが、それでも十分頼りになる一撃を放つことが出来るだろう。
「私は……基本的には援護に専念することになるかしら。弓は殆ど効果がないみたいだし。それとも、精霊魔法で作りだした土……いえ、ダンジョンの最下層は土じゃなかったわね。石の槍の一撃とかならいける?」
「どうだろうな。効果はありそうだけど」
マリーナの言葉にレイはそう答える。
魔法が殆ど効果のない銀獅子に対し、精霊魔法で生み出された石や土による一撃の効果はあるのか。その辺はレイにとっても予想出来なかった。
ただ、何となく多少は効果があるのでは? という思いもあるが、それはあくまでも勘によるものでしかない。
そんなレイとマリーナの会話を聞いていたエレーナは、紅茶を飲みながら口を開く。
「もう少し人数を連れてくるべきだったか?」
だが、すぐに自分の意見を否定するように首を横に振る。
「いや、ランクSモンスターを相手にする以上、ある程度の実力は必須となる。その上、何の関係もない相手を雇うとなれば、当然報酬が必要になる、か」
誘った相手も、ランクSモンスターと戦うのだから、当然相応の報酬は要求するだろう。
その中には、当然素材の中でも最も高価な魔石を求められる可能性もあるし、レイ達が絶対に必要としている心臓を欲するかもしれない。
金だけで引き受けてくれる相手ならレイとしても大歓迎だったのだが、ランクSモンスターと戦う際に戦力として数えられるだけの実力を持っている相手であれば、特に金に困るということはないだろう。
それこそ、自分だけで依頼をこなしても楽に金を稼ぐことが出来るのだから。
そんな者達にとって欲するのは、やはりランクSモンスターの素材だろう。
下手をすれば、銀獅子を倒した後に素材の取り合いで再び戦いが勃発する可能性もある。
(そう簡単に引き込む訳にはいかないか)
ランクSモンスターと戦える者同士が起こす仲間内での戦いを考えると、明らかに凄惨な事態になるのは間違いなかった。
「そうだな。それに、あまり人数が増えると戦う時に動きにくくなる」
エレーナの言葉に、レイとマリーナはそれぞれ頷く。
元々銀獅子と戦おうとしているこのメンバーは、前衛が多い。
後衛のメンバーならまだしも、これ以上前衛は必要ないというのはレイにも理解出来た。
(かといって、後衛を新しく入れるにも能力の問題があるしな)
銀獅子に対して弓での攻撃は殆ど効果がない以上、後衛で必要とされるのはやはり魔法使いだった。
勿論銀獅子の毛は魔法も防ぐ高い魔法防御力を持っているのだが、魔法であればそれこそ攻撃以外にも補助をすることは可能だ。
レイは色々な魔法使いに会うことが多いが、冒険者全体で見れば魔法使いは非常に少ない。
冒険者の中でも腕利きが集まってくるギルムだからこそ、他の街や村といった場所と比べても魔法使いの数は多いのだ。
「それこそ、グリム様が協力してくれれば銀獅子は楽に倒せるんでしょうけどね」
駄目で元々、といった風にマリーナが告げる。
人間に……正確にはレイやその周辺に対しては友好的なグリムだが、それでもアンデッドモンスター……それもリッチロードと呼ばれる強力な存在なのは間違いないのだ。
元は人間であっても、行動原理や倫理観といったものは人間とは大きく違う。
そんなグリムだけに、今回ヴィヘラの意識を取り戻すのを手伝ってくれるというだけで大盤振る舞いと言ってもいい。
それこそ、レイがいるからこその大盤振る舞いなのだろうが。
「試練、ということなのであろうな」
エレーナの呟く声が馬車の中に響くのだった。
「銀獅子か。……厄介な相手だって話は聞いてるが、まさか俺が戦うことになるとは思わなかったな」
レイ達が乗っている馬車の近くの馬車の御者席で、エルクが呟く。
その声が聞こえたのだろう。馬車の中からミンが言葉を返す。
「だが、その銀獅子のおかげでロドスが目覚めるかもしれないのだろう?」
「ああ」
ロドスが意識不明になってから、何とかその意識を取り戻そうと頑張ってきた。
だが、色々と手を尽くして手に入れたマジックアイテムや腕利きの回復魔法の使い手を頼っても、結局ロドスが意識を取り戻すことはなかった。
一年近くもそうして動き回り、エルクやミンはもしかしたら……という考えを抱いたことも少なくない。
そんな時にマリーナから提案されたのが、今回の銀獅子の件だった。
リッチロードなどという強力な……それこそ竜種に匹敵しかねないモンスターに手を借りるという話を聞いた時は、正直エルクはマリーナの正気を疑った。
しかし、他に何も手がないのは事実であり、まさに自分達に残されていた最後の手段としてマリーナの誘いに乗ることにした。
「ロドスの様子はどうだ?」
馬車で移動していても特に何か変化はないだろう。
そう理解していても、エルクはミンに尋ねる。
「いつも通りだよ」
馬車の中でエルクの声を聞いたミンは、横になっているロドスへと視線を向けて言葉を返す。
そこにいるのは、以前と比べるとかなり身体の筋肉が衰えたロドスの姿。
もっとも、それでも普通に意識不明の状態になっている者と比べると筋肉は衰えていないのだが。
それは、エルクとミンが購入したマジックアイテムの効果によるものだった。
非常に高価なマジックアイテムだったが、異名持ちのランクA冒険者のエルクにとっては購入可能だった代物。
そのマジックアイテムのおかげで、以前に比べると大分細くなってはいるが、それでも普通よりも身体の衰えは遅い。
そんな息子の頬をそっと撫でるミン。
「そうか」
エルクはミンの言葉に頷きを返すと、再び馬車を操ることに専念する。
もっとも、この馬車を牽く馬は非常に高価だっただけあり、頭がいい。
前方を進むエレーナの馬車を追うくらいであれば、特にエルクが指示をする必要もない。
モンスターもセトの強さを理解出来ないゴブリンくらいしか襲い掛かってこないが、そのゴブリンも当然のようにセトによって殺されていた。
ダンジョンへと到着するまでは、本当に今はやるべきことがないのだ。
(いや、ダンジョンのある場所に到着したら、まだやるべきことはあるか)
出来ればダンジョンに到着したら、そのまま銀獅子に挑みたい。
だが、それよりも前に色々とやるべきことをやっておかなければならないのも事実だった。
まずは拠点として宿に部屋を取る。
勿論エルク達はダンジョンに入ったらグリムに直接最下層まで転移させて貰う為、正直にダンジョンを潜る必要はない。
それでもやはり、何かあった時のことを考えれば宿を取っておくというのは必須事項だった。
向こうに到着した時間によっては、一泊して翌朝にダンジョンに挑むという可能性もあるのだから。
それ以外にも、馬車の保管や馬の世話というものがある。
エレーナとエルクの馬車、そして馬車を牽いている馬は非常に貴重なので警備の厳しい高級な宿でなければ盗まれる危険もある。
最悪、馬車はレイのミスティリングに収納可能だったが、馬をミスティリングに入れることは出来ないのだから。
他にもギルドマスターのマリーナがダンジョンに挑む以上、出張所の方に顔を出しておく必要もある。
消耗品の類は既にギルムで購入してあるので、特に購入する必要はない。
そんなことを考えながら、エルクは馬車を走らせ続けるのだった。