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レジェンド  作者: 神無月 紅
目覚めを求めて
1212/3865

1212話

「今日も駄目だったか……くそっ、もうそろそろガメリオンの季節だってのに……」


 そろそろ太陽が沈み、ギルムの門が閉ざされるまでそう猶予はない時間……エルクは一人、憂鬱そうな表情を浮かべながら正門前にいる冒険者達や商人達の列に並ぶ。

 そうして列が進み、街の中へと入る手続きを済ませると、エルクはギルドへと向かう。

 討伐の依頼を受けてきた訳ではないが、それでも魔石や討伐証明部位といったものは手に入れている。

 わざわざ今日売る必要はないのだが、魔石はともかく討伐証明部位や素材は死体から剥ぎ取った部位だ。

 当然時間を掛ければそれだけ鮮度が悪くなり、売る時の値段も下がる。


(くそっ、いつまでこんな状況が続くんだ)


 自分の今の状況……一人息子の意識を取り戻せない今の自分の状況に、エルクは内心で苛立つ。


「ひっ!」


 我知らず、その苛立ちが顔に出ていたのだろう。近くにいた二十代程の冒険者が、小さく悲鳴を上げる。


「っと、悪いな。別にお前にどうこうするつもりはなかったんだ」


 その小さな悲鳴で我に返り、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「い、いえ。その……俺……自分は気にしてないので、問題ありません!」


 ランクD冒険者の男にとって、異名持ちでランクA冒険者のエルクは憧れの存在だった。

 そのエルクの発している怒気に思わず悲鳴を漏らしてしまったが、そのおかげでエルクと言葉を交わすことが出来たのだから、幸運と言ってもよかった。

 だが、今のエルクにそんな男の気持ちを理解するような余裕はない。

 取り合えず話は済んだと判断すると、ギルドのカウンターへと向かう。


(ミンの方も……情報は期待出来そうにないだろうな)


 魔法使いや錬金術師といった者達に話を聞くと別行動をとっていた妻の姿がエルクの脳裏を過ぎるが、その行動に期待は持てなかった。

 当然だろう。今までにも何度となく色々な魔法使いや錬金術師、薬師、それ以外にも多種多様な人々に相談をしたのだが、それでも何の手掛かりも得られなかったのだから。

 中には嘘の情報を提供して小金をせびろうと考えたような者もいたが……そのような人物がランクA冒険者の怒りを買えばどうなるのかというのを、身を以て示すことになった。


「あ、エルクさん! やっと来ましたね!」


 エルクの顔を見た、狐の獣人の女が嬉しそうに叫ぶ。

 受付嬢をやっているだけあって、整っている顔立ちの女だ。

 また、嬉しい気持ちを表しているのか、頭から生えている狐の耳が動いていた。

 その女の声に、エルクは首を傾げる。


「何か用事があったか? 別に依頼は何も受けてなかったと思うんだが」

「違いますよ」


 もしかして何か依頼を受けていてそれを忘れていたのかと疑問に思ったエルクだったが、受付嬢は首を横に振って否定した。

 普段はミンがいるので何かあっても忘れたりはしないのだが、今日はミンと別行動をしている。

 だからこそ、もしかしたら……そう思ったのだが、幸い違うという受付嬢の言葉で安堵の息を吐き、口を開く。


「それで、俺に何か?」

「はい。エルクさんが来たら至急知らせるようにと、ギルドマスターから言われています」

「ギルドマスターから?」


 エルクもランクA冒険者である以上、当然ギルドマスターとはそれなりに親しい。

 もっとも、どちらかと言えばギルドマスターと親しいのは、エルクよりもミンの方だ。

 腕利きの魔法使いのミンにとって、精霊魔法を使うダークエルフのマリーナとは色々と話が合うのだろう。

 ここ暫くはロドスの件でそれどころではなかったが、それ以前は時々ミンとマリーナが酒場や食堂といった場所で会い、話をしていたりもしたのだ。

 だが、今回用件があるのは、今の受付嬢の話を聞く限りは自分だった。

 そのことに疑問を感じながらも、まさか気分が乗らないからといってギルドマスターからの呼び出しを無視する訳にはいかない。

 いや、マリーナ以外のギルドマスターであれば、そんな真似をすることもあったかもしれないが、マリーナだけは特別だった。

 この辺境のギルムでギルドマスターをしている、元腕利きの冒険者。

 それでいて面倒見が良く、人当たりも決して悪くない。

 ……悪くないどころか、冒険者の中にはマリーナに真剣に惚れている者も多い。

 普通の人間にとって、マリーナが発散している女としての艶というのは強烈すぎるのだ。

 マリーナが表に出た日には娼館の売り上げが三倍になる……という冗談も口にされる程なのだから。

 それが冗談かどうかを知っているのは娼館の関係者だけだろう。

 





「良く来てくれたわね、エルク。正直連絡を取ろうと思っていたところに、そちらから来てくれたのは私としても助かったわ」


 笑みを浮かべるマリーナだが、いつものように胸元が大きく開いたパーティドレスを着ており、そこには褐色の肌が生み出す深い谷間が作られていた。

 普通の男であれば、そんなマリーナの姿に目を奪われ、何も言えなくなってしまうのだがエルクは違っていた。

 元々ミンとの付き合いでマリーナと会った経験が多いというのも関係しているのだろう。

 座っているソファに体重を預けながら、口を開く。


「やっぱり用事があるのは俺になのか? ミンじゃなくて?」

「いえ、別にミンでも良かったんだけどね。というか、出来ればミンと一緒なのが最善だったのだけど」


 そう言われると、エルクも納得する。

 自分だけでもなく、ミンだけでもなく、二人に会いたいと。

 そうなれば、何となく話の流れも理解出来る。

 恐らく、自分達の力が必要になる依頼があるのだろうと。


「悪いけど、依頼の方は短期間で済むような奴だけにしてくれ。知っての通り、今は色々と忙しいんでな」

「え?」


 エルクの口から出た言葉に、マリーナが小首を傾げる。

 その動きで銀髪が揺れる様子がエルクの目に入ったのだが、今のエルクはそんなマリーナの様子を見て、不思議そうな表情を浮かべていた。


「うん? 俺とミンに用事があったということは、何か依頼があったんじゃないのか?」

「ああ、そう思ったのね。別にそういう訳じゃないわ。……いえ、考え方を変えれば、依頼と取れなくもないのかしら?」


 そう呟くマリーナの様子に、エルクは意表を突かれたような表情を浮かべる。

 実際問題、自分とミンの二人を呼び出そうと思ったと言われた時点で何らかの厄介な依頼でもあるのだろうと、そう予想していたからだ。

 だが、今こうして見ている限りでは、とてもそのようには思えない。

 依頼と取れなくもない。そう口にしてはいるが、それだと明確な依頼ということにはならないだろう。


「悪いが、こっちは色々と忙しいんだ。緊急の用件がないのなら、これで失礼させて貰うぞ」


 座っていたソファから立ち上がろうとし……


「あら、本当にいいの? もしかしたら貴方の息子さん、ロドスの意識を取り戻すことが出来るかもしれないのに?」


 マリーナの口から出たその言葉に、まるで時が止まったかのようにエルクの動きが止まる。

 そのままお互いが沈黙すること、数秒。

 やがて腹の底から絞り出すような声がエルクの口から発せられる。


「それは……どういうことだ? 残念ながら、今の俺には冗談は通じねえぞ? それを言ったのがギルドマスター、あんたであっても、だ」


 自分を騙したり嘘を言うようであれば、相手がギルドマスターであっても決して許すことは出来ない。

 ソファの近くに置いてあった愛用の武器、雷神の斧の柄へと手を伸ばしながら尋ねる。

 半ば殺気を発している目が向けられているのを理解しながらも、マリーナは全く動じた風もない。

 精霊魔法と弓を主武器とするマリーナだ。エルクのような腕利きに、この至近距離で殺気混じりの視線を向けられれば、普通であれば多少なりとも萎縮する。

 だが、マリーナはそんなエルクを目の前にして、微笑すら浮かべる余裕があった。

 それはマリーナにとってエルクと相対するような緊張感を持った出来事はこれまでに何度となく経験してきたことであるし、何より自分の提案に絶対の自信を持っていたせいでもある。

 ……もっとも、銀獅子の心臓に込められた魔力によってはロドスの意識を取り戻すことが出来るかと言われれば、確実にとは言えないのだが。

 それでも、何の手掛かりもない状況でロドスの意識を取り戻す方法を探すよりは、絶対にマリーナの提案する内容の方がいいのは間違いがなかった。


「生憎と……いえ、この場合は幸いにもというべきかしら。ともあれ、これから話す内容は冗談でも何でもないわ」


 そんな自信に満ちた態度で告げてくるマリーナに、エルクもこれが冗談でも何でもなく、本気で言っているのだと判断したのだろう。

 もしかしたら……本当にもしかしたらロドスの意識を取り戻す手掛かりが得られるかもしれないと、我知らず唾を飲み込み口を開く。


「言ってくれ。どんな提案なんだ?」


 エルクが自分の話を聞く態勢になったのを見て、マリーナはまず第一関門を突破したのだと理解する。


「まず最初に、ロドスの話ではないけどヴィヘラは知ってるわよね?」

「勿論だ」


 ベスティア帝国で武道大会から始まった一連の内乱には、エルクも少なからず関わっている。

 いや、それどころかロドスが意識不明になった原因がその内乱にあるのだ。

 エルクもヴィヘラと顔を合わせたことがあるし、話をしたこともある。


「そのヴィヘラだけど、夏に起きたアンブリスの件でロドスと同じように意識不明になっているのは知ってる?」

「……ああ」


 そちらはあまり詳しくないが、それでもギルムを拠点としている以上、多少の情報は入っていた。

 それでもそこまで詳しくなかったのは、当然のようにロドスの意識を取り戻す方法を探すことに労力の大半を注ぎ込んでいた為だ。


「で、レイもエルクと同じようにヴィヘラの意識を取り戻す方法をここ暫く探してたんだけど……」

 

 そこまで言われれば、エルクにもマリーナが何を言いたいのか分かった。

 真剣な表情で口を開く。


「見つかったのか?」

「ええ」

「それは、一体何だ?」


 あっさりと自分の言葉に頷いたマリーナに、エルクは静かに尋ねる。

 自分で自分を抑え込んでいなければ、間違いなく怒鳴りだしてしまいそうだった為だ。

 言葉は静かだったが、そこに込められている力はエルクの全身全霊が込められていると言ってもいい。

 そんなエルクの言葉に、マリーナは一旦間を置いてから口を開く。


「これから話すことは、正直なところ冒険者として……いえ、このギルムで……もしかしたらミレアーナ王国で暮らしていく上で致命的なことになるかもしれない内容を含んでいるわ」


 そう聞かされても、エルクは全く戸惑った様子もないままにマリーナの話の続きを待つ。

 エルクの様子に、マリーナは再び口を開く。


「いい? まずはこれを約束して頂戴。今からする話を聞いて、もし断るということを選んだとしても……この件は貴方とミンの二人だけの秘密にして、それ以外には絶対に漏らさないと。……前置きが色々と長くなったけど、今回の件は本当にそれくらい危ない橋を渡るのよ」

「分かった。もしこれから聞く話を断ったとしても、その件は俺とミン以外には決して漏らさないし、ミンにも他の誰にも言わないように約束させる」


 エルクの瞳に偽りの色が一切なく、それどころかロドスを目覚めさせるのに必死なだけというのを見て取ったマリーナは、やがて小さく頷いて説明を開始する。

 それこそ、普通の冒険者であれば正気を疑ってもおかしくないような、そんな話を。


「レイの知り合いにリッチロードと呼んでもいい、そんな人……人? がいるのよ」

「……」


 マリーナの口から出たその言葉に、エルクは特に何も言わずに先を促す。

 勿論驚いていない訳ではないだろう。

 事実、エルクもレイがリッチロードと知り合いだと言われ、身体の動きが一瞬止まったのだから。

 だが……だからこそ、エルクはロドスの意識を取り戻せる可能性を感じた。

 自分達が幾ら探してもロドスの意識を取り戻す方法が見つからないのだが、アンデッドなら……と。


「そのリッチロード……グリム様という方だけど、その方なら、ランクSモンスターの心臓を使えば意識を取り戻せる可能性は高いという話よ」

「ランクSモンスター? だが、それは」


 ランクSモンスターというのは、非常に稀少な存在だ。

 それこそ、探そうと思ってすぐに見つけることは出来ないだろう。

 そんなエルクの様子に、マリーナも頷きを返す。


「ええ、普通ならランクSモンスターはそう簡単に見つからないわ。けど、今なら……ランクSモンスターの一匹がどこにいるのかが判明している場所がある」

「っ!? そうか、銀獅子!」


 エルクは決して頭が悪い訳ではない。

 だからこそ、すぐにダンジョンにいるランクSモンスター、銀獅子に考えが及んだのだろう。


「そうよ。……ただ、この方法で意識を取り戻すには、銀獅子の心臓に相応の魔力が必要とされるわ。だからこそ、ヴィヘラを優先して、その後まだ可能であればロドスの治療に掛かる。……それでも良ければ、一緒に銀獅子の討伐に行かない?」


 マリーナの言葉に、エルクは少し考えてから口を開く。


「ミンと相談して決めたい」

「ええ。けど、私達は明日にはギルムを発つ予定よ。そのつもりがあるのなら、すぐに準備を始めた方がいいわ」


 その言葉にエルクは頷き、早速ミンに相談するべくソファから立ち上がるのだった。

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