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レジェンド  作者: 神無月 紅
目覚めを求めて
1205/3865

1205話

 依頼を受けるつもりはないと立ち上がろうとしたレイに対し、ライナスは慌てたように口を開く。


「待て! ここまで来て、依頼を受けないということをこちらが許容出来ると思っているのか!?」

「そっちの事情は知らないな。俺には全く関係ないことだし」


 既にレイの口調は、最初にライナスと会った時のように丁寧な言葉遣いではない。

 理不尽とも呼べるライナスの要求に、自分に対して敵対的な相手だと判断した為だ。


「ふざけるな! この屋敷に来たということは、私の依頼を受けるつもりがあったのだろう? それなのに……」

「依頼を受ける気があったのは事実だが、生憎と中身も聞かされないで依頼を受ける気はない。ましてや、依頼の内容を聞けば問答無用で依頼を受けるしかないと言われれば、俺がその依頼を受けることは有り得ない」


 これが、もしダスカーのようにレイとも付き合いのある人物であれば、話は別だったろう。

 もしくは最初からレイに対して丁寧に接していても、レイが依頼を受けた可能性はある。

 だが、ライナスは貴族としての自信に満ちた態度……別の見方をすれば、レイにとってはあまり好ましくない貴族としての接し方だった。

 勿論最初から自分の言うことを聞くのが大前提だと思って上から目線で接している……といった、レイが最も嫌う典型的な貴族とまではいかなかったが。

 それでもレイにとっては接していてあまり面白くない相手だったのは間違いのない事実だ。


「ふざけるな!」


 再びライナスの口から上がる怒声。

 余裕のあるような態度を見せているライナスだが、それは決して心からのものではない。

 そもそも、本当に余裕があるのであれば辺境のギルムまでやって来る必要はないのだから。

 本来ギルムに住んでいる訳でもないライナスが、こうしてギルムまでやってきたというのがその余裕のなさを示している。

 それでもライナスにとって、自分は貴族……それも国王派の貴族であるというプライドがある。

 幾ら腕が立つとはいっても、冒険者に対して下手に出るような真似はプライドが許さなかった。

 このような態度になったのは、やはりレイが噂に聞いていた実力があるような外見に見えなかったというのが大きいだろう。

 もしこれでレイの外見が筋骨隆々の大男であれば、もう少し違う対応をしたかもしれないが。


「話はこれで終わりだな? なら、俺は帰らせて貰う」


 ライナスの背後に控えていた護衛の騎士が、主人を怒らせたレイに対して鋭い視線を向ける。

 だが、レイはそんな騎士の様子を全く気にした様子もなく、そう告げて座っていたソファから立ち上がった。

 騎士達が動き出さないのは、主人のライナスからまだ何も命令が発されていない為だ。

 もしライナスの口から命令が発されれば、すぐにでも動き出すだろう。

 ……もっとも、それでレイがどうにか出来るとは限らないのだが。


「待て!」


 そんな声が聞こえてくるが、レイはそれを聞き流しながら部屋から出る。


「くそっ!」


 ライナスが苛立たしげに叫ぶ。


「よければ私達が出ましょうか?」

「駄目だ」


 護衛の騎士の言葉を即座に却下する。

 レイの実力を直接自分の目で確認した訳ではない。

 だがそれでも、国王派の仲間から聞かされたの話の半分……いや、四分の一でも事実であれば、護衛の騎士が何をどうしようとも歯が立たないのは明らかだった。

 騎士達もそれは理解していたのだが、自分達の主人の依頼を断り、恥を掻かせたレイをそのままにしておく訳にはいかないという思いからの言葉だった。

 ライナスも、話の進め方を間違ったのだと今更ながらに理解したが、それでも時間を巻き戻すことは出来ない。

 今の自分は決して余裕のある立場ではないのだ。

 レイに依頼をするということが不可能になったのであれば、別の行動を取るしかない。

 決して最善とは言えないが、それでも今の自分が出来ることはそれだけなのだから。






 ライナスの依頼を問答無用で断ったレイは、厩舎に行ってセトと共に屋敷を出て、貴族街も出る。

 レイの隣を歩くセトが満足そうなのは、レイがライナスの相手をしている間、ずっとメイドや兵士、執事といった者達から食べ物を与えられて可愛がられていたというのが大きいだろう。


「俺が貴族の相手をしている間、随分と優雅な時間を送ったらしいな」

「グルゥ?」


 そうなの? と首を傾げるセトに、レイはそっと手を伸ばして身体を撫でてやる。

 それが気持ちよかったのだろう。セトは歩きながら目を細め、嬉しそうに喉を鳴らす。

 ライナスと話した時の苛立ちが、セトを撫でていると消えていく。

 ささくれだっていたレイの気持ちも、次第に落ち着いていく。


「こうして考えてみると、セトは俺の精神安定剤みたいな存在なんだな」


 レイの言葉の意味が分からなかったのか、セトは小首を傾げる。

 そんな風に、レイとセトはお互いに充実した時間をすごしながらも大通りを進んでいく。

 当然レイやセトの姿は大通りを歩いている者達にも見え、真っ先に遊んでいた子供達が寄ってくる。


「セトちゃん、セトちゃん、一緒に遊ぼう!」

「あー、セトは俺達と一緒に遊ぶんだぞ!」

「やー! セトちゃんはあたし達と一緒に遊ぶのー!」

「うっせー! セトは俺達と一緒に遊ぶんだって、そう言ってるだろ!」


 セトと遊びたいと、子供達が集まってくる。

 だが男の子供と女の子供がそれぞれ自分がセトと遊ぶのだと、そう主張して言い争う。

 普段であれば、男の方が強気で押して言い切るのだが……セトと遊ぶということに関しては、女の方も退かない。


「遊ぶ! 私達が遊ぶの! セトちゃんだってあたし達と遊んだ方がいいよね!」

「ふざけんな! セトは俺達と遊ぶんだよ!」


 まさに一触即発となり、今にもどちらかが手を出してもおかしくない状況になる。

 周囲でそれを見ていた大人達がそれを止めようと踏み出そうとするが……それよりも前に踏み出す者がいた。


「グルルルゥ!」


 セトの、窘めるような鳴き声。

 普段敵と戦う時の声と比べると、穏やかと言ってもいいような鳴き声だったが……しかし、それでも子供達の意識を自分に引き付けるには十分だった。


(匠の技……か?)


 セトが喉を鳴らしながら子供達を窘めている様子を見ながら、ふとレイはそんな風に思う。

 普通のモンスターであれば、セトの鳴き声を聞けば即座に逃げ出してもおかしくはない。

 しかし、今のセトは自分の鳴き声を興奮している子供達の耳にはしっかりと聞こえるように……それでいて自分に意識を向けさせ、怖がらせないようにと調整している。

 レイが内心で匠の技と考えてしまっても、おかしくはないだろう。

 周囲で子供達を止めようとしていた大人達も、そんなセトの姿に我知らず笑みを浮かべる。

 セトの種族……普通ならグリフォンというのは、ランクAモンスターとして辺境のギルムに住んでいても見ることはまずない。

 いや、ランクAモンスター自体も非常に稀少なのだからグリフォン以外のランクAモンスターというのも、見るのは希だろう。

 ……そもそも、ランクAモンスターがゴブリン並にその辺に存在した場合、ギルムという街は壊滅してしまうだろう。

 それどころか、ミレアーナ王国そのものがどうにかなってしまう可能性が高い。


(それに、セトは扱い的にはグリフォンの希少種ってことで、ランクS相当だしな)


 ランクSモンスターがそこら中にいる……そんなことを考えれば、ギルムやミレアーナ王国どころか、この世界そのものが終わってしまうのではないかと考えてしまう。

 もしそんなことになったら、レイはヴィヘラを連れてギルムを見捨てることになる……のだろうか。

 そう考えるレイだったが、実際に本当にそんな真似をするのかどうかはその時になってみなければ分からなかった。


(マリーナはギルドを捨てるなんて真似をするとも思えないしな。そうすれば、結局俺もそっちに協力することになりそうな気がするな)


 セトが男女の子供達両方と遊び始めた光景を眺めていたレイだったが、ふと視線を感じて近くにある建物の方を見る。

 そこにいたのは、見覚えのある顔だった。

 先程マルニーノ子爵家でライナスの背後に控えていた護衛の一人だ。

 レイと視線が交わると、すぐにその場を去っていく。


(何が目的だ? まさか依頼を受けなかったのが気にくわなかったから、仕返しに来た……とか? それならそれで構わないし、こっちも相応の態度で対応するだけだけど)


 だが、騎士が自分に向けていた視線は苛立たしげなものはあったが、その中には十分に理性も感じられた。

 向こう側が何かをしてきたのであれば、それに対応するだけ。

 そう考え、改めて周囲を見回す。

 アンブリスの件があった時と比べると、随分と人の数は増えてきている。

 もっとも、冬はすぐそこまで迫っている。

 そうなれば、折角人が増えたギルムの街中も、また人数が減ることになるのは仕方のないことだろう。


「冬、冬か」

「うん? どうしたいきなり」


 思わずレイが呟くと、近くでセトと子供達が遊んでいる光景を微笑ましそうに見ていた男が、不思議そうにレイへと視線を向けてくる。


「いや、もう少しで秋が終わって冬になる。……だとすれば、ガメリオンの季節だなと思って」

「……そう言えばそうだな。今年は夏から秋にかけてアンブリスの件があったから、すっかりと忘れていたな」


 本来なら夏から秋というのは涼しくなってきていることもあって、人がかなり活発に動く。

 また、冬になる前に早めにギルムに行って商品の仕入れを考える商人というのもいるので、春程ではないにしろギルムに人が多くなるのが普通だった。

 だが今年はアンブリスの件もあり、夏の半ばから秋の始まり辺りまでは人の姿が少なかった。

 その為、そろそろガメリオンの季節だというレイの言葉を聞いても、そう言えばそうだった……と思ってしまったのだろう。

 もっとも、今までは毎年のようにガメリオン狩りに行っていたレイだったが、今年はそんな気分ではない。

 意識を取り戻さないヴィヘラの件もあり、そちらをどうにかするという最優先課題があった為だ。

 今日の指名依頼の件も、ヴィヘラの件で進展がなく行き詰まっている気分転換の面が強い。

 もしライナスがしっかりとレイに対して依頼の内容を説明していれば、その内容によってはレイは受けただろう。

 勿論依頼に一ヶ月、二ヶ月と掛かるようであれば、断っただろうが。


「あー、ガメリオンか。そろそろ冬って季節だよな」


 レイと男の話を聞いていた、別の男が呟く。

 その言葉に、他の者達も同意するように頷いていた。


「今はまだ時季がちょっと早いか?」

「だろうな。もう少し寒くならないと、ガメリオンは出てこないだろ」


 そんな風にガメリオンの話題で盛り上がっている者達を見ながら、レイはミスティリングへと視線を向ける。

 去年のダンジョンの騒動で入手した、大量のガメリオンの肉がそこには入っている為だ。

 この一年でそれなりにレイやセトの胃の中に収まってはいたのだが、それでもまだ多くがミスティリングの中に収納されている。

 晩秋から初冬に掛けてしか取ることが出来ない肉だと考えると、どうしても使い渋ってしまうのだ。

 その結果、いつでもどこでも存在するオークの肉が大量に消費されたりしているのだが。


(元々今年はガメリオン狩りに行くつもりはなかったけど、肉は十分間に合うよな)


 そんなことを考えながら、十分程周囲の者達と雑談をしながらセトと遊ぶ子供達を見る。

 こうして雑談をしているだけでも、レイにとっては十分すぎる程に気分転換となっていた。

 だが、いつまでもこうして時間を浪費している訳にもいかない。

 そろそろ帰って……そう思った時、レイは有り得ない存在を目にした。

 いや、有り得ないという程ではない。その存在は今までに何度もレイは見たことがあったのだから。

 それでも本来であれば、こんな場所にいてはいけない存在。それは……


「キュ!」


 イエロが、嬉しそうに鳴き声を上げながらレイの胸へと飛び込んでくる。


「イエロ!? 何でお前がここにいるんだよ!?」


 あまりに予想外の展開に、レイの口からは驚愕の声が吐き出される。

 この黒竜の子供は、エレーナの有する使い魔だ。

 つまり、本来であればここにいるべき相手ではない。

 そして……ここにイエロがいるということは……

 そのことに思い至った時、不意に周囲にいる者達の息を呑む音がレイの耳に入ってくる。

 そして全員が一つの方向へと視線を向けている。

 そこに、誰がいるのか……それは、イエロがいる以上、レイにも理解出来た。

 本来なら、イエロ以上にここにいる筈がない人物。

 太陽の光をそのまま形にしたかのような黄金の髪を持つ美女に視線を向け、レイは口を開く。


「エレーナ」

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