1201話
リトルテイマーの41話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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セトが全力で空を飛べば、ギルムへと到着するのはそう時間は掛からない。
それはレイを背に乗せているのではなく、前足で掴んだままだとしてもだ。
いつもであれば、正門から少し離れた場所に着地するセトだったが、今日は正門のすぐ側へと着地する。
今のレイには、腕の中で意識を失っているヴィヘラの件もあって、あまり余裕がない。
また、警備隊の隊長のランガが今日は忙しくて正門にいなかったというのも良かったのだろう。
……もっとも、本来であれば警備隊の隊長が正門前にいるというのは、殆どランガの趣味のようなものなのだが。
そして当然本業の仕事が忙しくなれば、そちらに集中せざるを得ない。
現在アンブリスのせいで幾つもの亜人型モンスターの群れがギルム周辺で活発に動いている以上、警備隊の隊長が忙しくなるのは当然だった。
「レイ!? それに……」
突然グリフォンが降りてきたことに驚きながら警備兵が叫ぶが、その口調の中には驚きが混ざってはいるが驚愕という程ではない。
元々セトが空を飛んでいたというのは見て理解していたので、そこにレイの姿があってもそれは当然だという認識からだ。
それでも多少なりとも驚きがあったのは、いつもはセトの背に乗ってるレイがセトの前足に掴まえられていたのと、何よりもレイの腕の中にいるヴィヘラの姿だろう。
「悪い、すぐに中に入る手続きをしてくれ」
幸いと言うべきか、アンブリスの件でギルムにやって来る者の数は減っている。
街中に入る為に並ぶ必要がないというのは、レイにとって幸運だった。
「分かった」
警備兵も、レイの様子を見てただごとではないと判断したのだろう。
色々と事情を聞く様子もなく、素早くギルムへと入る手続きを行う。
警備兵からレイが信頼されているおかげで、こうして多少の無茶も出来る。
普通であれば、意識を失っている女を抱えている人物というのは不審人物でしかない。
手続きの前に、まず事情を聞かれるだろう。
それがこうして何も聞かれずに手続きをしてくれるのは、やはりこれまでレイがギルムで数々の依頼を行ってきたというのが影響しているのだろう。
また、抱かれているのがここ最近レイと一緒に行動しているヴィヘラで、それを警備兵達も知っているというのが大きい。
……その美貌と娼婦や踊り子の如き薄衣の衣装から、ヴィヘラは非常に目立つのだから。
「何があったか分からないけど、気をつけろよ」
手続きを終えてギルムに入る前に、警備兵がレイへとそう声を掛ける。
その声にレイは頷き、セトと共にギルムへと入っていく。
このまま横抱きで運ぶのは非常に目立つと考えたレイは、セトの背にヴィヘラを乗せる。
飛ぶのは無理でも、歩いたり走ったりするのであれば、セトにとってこれくらいは何の問題もなかった。
子供や、中には大人の女が――時には大人の男ですらも――セトの背に乗ってみるというのは珍しくなく、セトの背にヴィヘラが乗っていても意識がない状態であると気が付いて多少疑問には思ってもその程度でしかない。
そうして街中を進むレイとセトに、当然のように構って欲しいと近づいてくる子供や、セト好きの大人、屋台の店主といった者達が声を掛けてくるのだが、レイは急いでいると短く受け答えをするだけで先を急ぐ。
この時、レイの中には若干だが苛立ちがあった。
ヴィヘラが意識不明になっているのに、何故自分に話し掛けてくる者達はそんなに元気なのかと。
勿論レイは自分の中にある苛立ちが、八つ当たりでしかないことは理解している。
自分達に話し掛けてくる相手にはなにも害意の類がないのは理解しているのだが、それでもやはり自分の中から生まれてくる苛立ちを抑えることは出来ない。
唯一レイに出来るのは、その苛立ちを表に出さないようにしながら、短くやり取りをする程度だ。
そうして向かう先は、ギルド。
最初は医者や回復魔法の使い手に診せようかとも思ったのだが、アンブリスが体内に侵入した――それも飲み込んだのではなく身体に同化するかのように――となれば、医療技術や回復魔法でどうにか出来るとは思えなかった。
また、アンブリスの存在自体が三百年ぶりともなれば、その辺りの事情を知っている者に見せた方がいいと判断し、ギルドへと向かったのだ。
(それにマリーナはダークエルフだ。何かその辺りの知識を持ってるかもしれない)
どちらかと言えば、それが最大の目的だったりもするのだが。
ギルドへと到着すると、セトの背中からヴィヘラを再び抱き上げる。
「グルゥ……」
セトもまた心配そうに喉を鳴らすが、大人しくいつもの場所で待つ。
「大丈夫だ。ヴィヘラは絶対に……何があっても助けてみせる」
セトにそう断言し、レイはヴィヘラを横抱きにしたままギルドへと入る。
今回の件で多くの冒険者がモンスターの群れへの対処で出払っている為に、ギルドの中に冒険者の姿は多くない。
何人かの冒険者は食事をする為だったり、群れの件以外で溜まっている依頼を片付ける為に残っていたが、そんな冒険者達はレイの姿を目にして驚愕の表情を浮かべる。
「お、おい。あれみろよ、あれ。レイだぜ? それもヴィヘラが……」
「うわ、本当だ。何があったのかしら。……あのヴィヘラがあんな状態になるなんて」
レイの姿を見た二人組の男女の冒険者が言葉を交わす。
ヴィヘラはまだギルムに来てからそれ程経っていないのだが、その美貌と挑発的な服装、そして何よりレイと行動を共にしているということで、名前は知られている。
その声はレイにも聞こえていたのだが、今はそちらの相手をしている暇はないと真っ直ぐにカウンターへと向かう。
ギルドの中にはあまり人がいない以上、当然ギルド職員もレイとヴィヘラの姿には気が付いていた。
レイの担当のレノラと、その隣のケニーが近づいてくるレイに向かって慌てて口を開く。
「レイさん、一体どうしたんですか!?」
「レイ君、怪我はないの?」
自分を心配してくれている二人に対し、レイは内心の焦燥を押し殺しながら口を開く。
「俺は問題ないけど、ヴィヘラがな。アンブリスを倒した時にちょっと問題があってこうなった。……マリーナに連絡をして貰えるか?」
「分かりました、すぐに」
アンブリスを倒したという件もあり、レノラは慌ててギルドの奥へと引っ込む。
ギルドマスターの執務室へと向かったのは、レイにも分かった。
「何がどうなってこうなったの? ……ヴィヘラさんに怪我があるようには見えないけど」
ケニーが心配そうにヴィヘラを見ながらレイへと尋ねる。
ヴィヘラというのは、ケニーにとって非常に強力な恋敵だ。
だが、だからこそケニーはヴィヘラを尊敬もしているし、好意も抱いている。
それにヴィヘラがどれくらい強いのかというのは、受付嬢として活動していれば冒険者達の噂話である程度理解出来た。
勿論その噂話の全てが真実……などとは思っていないが、それでもギルムにいる冒険者の多くよりも強いというのは理解出来る。
そんなヴィヘラがこのような状況になっているのだから、疑問を抱くし心配もする。
「レノラにも言ったように、ちょっと問題があってな。この件を解決する為には、恐らくマリーナの力が必要になる」
「……そう。大丈夫、よね?」
「ああ」
言葉短めに返事をするレイに、ケニーは心配そうな視線をヴィヘラへと向ける。
普段であれば、レイに抱かれているヴィヘラに嫉妬してもおかしくないケニーだったが、今がそんなことを言っていられるような状況ではないというのは理解出来ているのだろう。
そしてお互いが黙り込んで、数分。やがてマリーナに話を通したのかレノラがギルドの奥から戻ってくる。
「レイさん、ギルドマスターがお会いになるそうです。執務室へどうぞ」
「分かった」
短く答え、レイはヴィヘラを抱きかかえたままカウンターの向こう側へと進んでいく。
それを見送るギルド職員達は、痛ましい表情を浮かべたままその姿を見送る。
「……どうなるんだろうな」
そう呟いたギルド職員の言葉に、近くにいた別のギルド職員は首を横に振る。
「どうなるもこうなるも、とにかく今は俺達がやるべき仕事をやるだけだろ。……悔しいけど、俺達に出来るのはそれだけだ」
言葉を返すと、ギルド職員は仕事へと戻っていく。
他のギルド職員も、それを契機に仕事を再開する。
そんな中、ギルド職員としてレイと接する機会が最も多いレノラとケニーの二人のみが動くことが出来なかった。
レイと接することが多いからこそ、レイが強く自分を責めているのが理解出来たのだ。
「レノラ、ギルドマスターはどんな様子だった?」
「驚いていたわね。ヴィヘラさんがあんな風になるなんて、完全に予想外だったんだと思うわ」
「そう。……レイ君、元気を出してくれるといいんだけど」
「ええ。レイさんが落ち込んでいるところはあまり見たくないし」
そう思うも、現状で二人が出来ることというのは殆どなく……何とかしたいと、そう思いながらも二人は仕事へと戻るのだった。
部屋の中に入ってきたレイと、そのレイに抱かれているヴィヘラの姿を見てマリーナは絶句する。
何が原因でこんなことになったのか、全く見当がつかなかった為だ。
アンブリスが原因だというのは分かっているが、それでも何故、どのようにすれば……と。
「ソファに寝かせてちょうだい」
「分かった」
ヴィヘラを抱いていたレイは、マリーナの指示に従ってソファへと近づく。
普段であれば眠っている状況で誰かが近づけば、ヴィヘラはすぐにでも目が覚める。
それはモンスターが近づいてきた時に眠っていれば即座に死ぬからという理由もあるし、他にも自分が眠っている間に男が襲い掛かって――性的な意味で――くる可能性もあった。
だからこそ、ヴィヘラは眠っている最中であっても、誰かが近づいてくれば即座に目を覚ますのが当然だった。
少なくても、眠っているままで街中を移動しても起きないということは絶対にない。
「ちょっと待ってね」
そう告げたマリーナは、執務室にある戸棚の中から幾つかの道具を取り出す。そして眠っているヴィヘラの方へと近づくと、やがてレイを見て口を開く。
「それで、具体的にはどうしてこうなったの?」
「アンブリスの親玉というか、本体らしい奴を見つけて倒そうとしたら……急にヴィヘラの前に転移してな。自分が追い詰められていたからか、ヴィヘラの体内に染みこむようにして消えていった」
「……つまり、亜人型のモンスターをリーダー種に進化させる時のように?」
「どうなんだろうな。俺が見たゴブリンとかワーウルフは、身体にアンブリスの残滓みたいな黒い霧を身に纏っていたけど、ヴィヘラはそんなことはなかったし」
「それは、ヴィヘラの身体に入ったのがアンブリスの本体のような存在だというのと関係があるのかしら?」
そう尋ねてくるマリーナに、レイは首を横に振る。
「分からない。そもそも、アンブリスというのは今まで殆ど現れたことがないんだろ? 何故か今回は分裂なんて真似をして、こうも大量に生み出されているけど」
「そうね。……三百年前の件も、分裂するような能力があったのならしっかりとその辺は残っていてもいい筈でしょうし。まさか、分裂したのに気が付かなかったのかしら?」
「どうだろうな、何匹もアンブリスがいるんなら、同時に何匹ものアンブリスを見つけてもいいと思うけど」
アンブリスを倒すには、魔力異常から生み出されたが故に持つ、強力な魔法防御を突破する必要がある。
だが、それが出来る者がそうそういるとは思えない。
ギルムのような腕利きの冒険者が集まるような場所であれば、話は別だが。
百鬼の谷という場所がどのような場所だったのかはレイにも詳しく分からないが、それでもギルム程に腕の立つ冒険者がいるとは思えなかった。
だとすれば、倒せずにアンブリスが分身してどんどん数が増えていくということになり……分裂するのであれば、その辺りの情報が残っていてもおかしくはない。
「そうだ、一応世界樹の件で得た素材で作ったポーションがあるんだけど……使っても構わないか?」
「ちょっと待って。少し調べてみるわ」
そう告げ、マリーナはヴィヘラの薄衣へと手を伸ばし……そのまま動きを止める。
そして数秒、レイへと視線を向けると口を開く。
「レイ、少し部屋を出ていてちょうだい」
レイも、その言葉の意味が分からないようなことはなかった。
マリーナの言葉に頷き、執務室を出て行く。
そんなレイを見送り、マリーナは褐色の美貌に小さく笑みを浮かべる。
(ヴィヘラなら自分の裸をレイに見せるくらい構わない……いえ、寧ろ喜んでやりそうだけど。でも、それをやるのならやっぱりヴィヘラの意識がある時でしょうしね)
そう考え、マリーナはヴィヘラの身体に異常がないかどうかを調べ始めるのだった。