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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
1195/3865

1195話

 エレーナとの会話をした翌日、レイはいつも通りに夕暮れの小麦亭の部屋のベッドで眠りに付いていた。

 だが、深い眠りについていたレイは、不意に目を開ける。

 普段であれば数分……下手をすれば十分以上は寝ぼけているレイだったのだが、今は起きたばかりだというのに既に意識ははっきりとしている。

 そのまま起き上がり、鋭く視線を扉の方へと向け……それと前後するように、激しく扉が叩かれる。


「起きて下さい、レイさん。すいませんがすぐにギルドの方に来て貰いたいのですが!」


 扉の向こうから聞こえてくる声は、ギルド職員の声なのだろう。

 いつもなら何かあった特にレイを呼びに来るのは、レイの担当のレノラのことが多いのだが……と考えつつ、まだ窓の外が薄暗い様子を見れば、その理由も納得が出来る。

 単純に、レノラはまだ出勤時間前なのだろうと。


(けど、何だってこんなに急いで来るんだ? まだ外は暗いぞ? となると、何か緊急の件だろうけど)


 マジックアイテムの明かりを付けて部屋の中を明るくしてからドラゴンローブを着て身支度を済ませると、ふと嫌な予感が胸を過ぎる。


(もしかして、デスサイズと黄昏の槍に何かあったんじゃないだろうな? だとすれば、これだけ急いでいるのも分かるし)


 冒険者から愛用の武器を……それもマジックアイテムを借りているというのに、それを盗まれたとなればここまで慌てても仕方がない。

 勿論それはギルド側にとっての仕方がないという意味であり、マジックアイテムを盗まれたかもしれないレイにとっては仕方ないでは済まされないが。


(さて、どんな用件なのやら)


 扉を開けると、そこにいたのは予想通りギルド職員。

 レイも以前ギルドで何度か顔を見たことがある人物だった。


(うん?)


 だが、その人物と会ってレイは疑問を感じる。

 自分の前にいるギルド職員の顔に浮かんでいるのは、とてもではないがレイに謝ろうと考えているものではない。

 それどころか、喜びの表情すら浮かんでいた。


(これは、マジックアイテムが盗まれたとか、そういう話じゃないのか?)


 不思議に思いつつ、レイは目の前の人物に向かって口を開く。


「こんな朝早く……いや、夜遅くか? ともあれ、こんな時間にどうしたんだ?」

「はい。実はレイさんにギルドへ来て欲しいのです」

「……理由を聞いてもいいか?」

「それは移動途中に。宿の前に馬車を用意していますので」


 急いでいますという態度のギルド職員の言葉に、取りあえずギルドに行けばその理由は分かるのだろうと判断して頷く。


「分かった。……それで、俺だけか? 俺と一緒に行動しているヴィヘラもいるんだが」

「そちらは別に女の職員が向かってますから、すぐに馬車に来るかと」

「……来るか?」


 女の身支度に時間が掛かるというのは、レイも知っている。

 特にヴィヘラの場合は元から顔立ちが整っているということもあるし、身につけている服も色々と特殊なものである以上、普通よりも更に時間が掛かるというのは、これまで共に行動してきて知っていた。


「時間が掛かるようなら、後から来て貰いますから……今はとにかく行きましょう。お願いします」


 ギルド職員にそう頭を下げられては、レイも何か用事がある訳でもないのに拒否は出来ない。

 また、自分のマジックアイテムが盗まれるという最悪の想定は免れたようだったが、それだけに何があったのかというのは非常に気になる。


「分かった」


 結局はギルド職員の言葉に短く頷き、そのまま部屋の外へと出る。

 そのまま階段を下りて一階へと向かうと、宿の受付にはレイの知らない人物がいた。

 誰だ? と一瞬疑問に思ったが、受付にいる以上は夕暮れの小麦亭の職員なのだろうと判断する。

 事実、ギルド職員が朝……いや、真夜中から騒がせたことについてて謝罪の言葉を言ったのを素直に受け取っていたのだから間違いではないのだろう。

 宿の外に出ると、そこには今までにも何度か見たことのある馬車の姿があった。

 御者台にいる人物はレイも初めて見る相手だったが、それでもギルドの制服を着ているのでギルド職員に間違いないだろう。


「では、どうぞ。中には簡単な食べ物と飲み物を用意していますので、もし空腹だったり喉が渇いていたらそちらをどうぞ」

「うん? 事情を説明してくれるんじゃないのか?」

「はい。ですが、ヴィヘラさんの方をちょっと見てきます。時間が掛かるようであればさっきも言ったように私達は先に行って、もう一台馬車を回すことになるかと」

「……まぁ、いいけど。なら、その前に俺もちょっとセトの様子を見てきていいか? こんな時間に宿を離れるんだから、黙って行けばたぶん心配するだろうし」

「え? あ、はい。勿論いいんですけど……テイマーというのは、離れていてもお互いの場所が分かったりするんですか?」


 レイの言葉に、ギルド職員が不思議そうに尋ねる。

 テイマー……ではなく、正確には魔獣術によるものだからこそ、セトはレイの魔力を感じて居場所を察知することが出来るのだが……それは言う訳にはいかなかった。


「ま、俺とセトは子供の頃から一緒だったし、深い絆で結ばれているからな。特にセトはグリフォンの中でも希少種だし」


 結局いつもの理由を口にして誤魔化す。

 ギルド職員もレイの言葉に疑問は持たない。

 いや、疑問を持ってはいるのかもしれないが、口には出さないというのが正しいか。

 ギルド職員の前にいるのは、異名持ちの高ランク冒険者だ。

 もし機嫌を損ねるような真似をした場合、どんな不利益が起きるか分かったものではないのだから。


「分かりました。ですが、出来るだけ急ぎたいので時間はあまりありませんが……構いませんか?」

「問題ない。じゃあ、早速」


 それだけを言うと、レイはギルド職員をその場に残して厩舎のある方へと向かう。

 朝が早い者がいても、この時間ではまず起きていることはない。

 である以上、特に誰も会わずにレイは厩舎へと辿り着く。


「グルルルルルルゥ」


 レイがやって来たのには気が付いていたのだろう。厩舎の扉を開けた途端、そんなセトの鳴き声が聞こえてくる。

 厩舎の中でセトに慣れている馬は鳴き声が聞こえても寝たままか、一瞬目を開けて再び睡眠へと戻っていくが、まだ慣れていない馬はそうもいかず、恐怖に身を強張らせる。

 不幸中の幸いだったのは、アンブリスの件でギルムにやって来る者が少なく、厩舎の中にいる動物の殆どが既にセトに慣れていたことか。

 まだ薄暗いというのに、レイがきたことに気が付いて嬉しそうに喉を鳴らすセトの前にやってくると、撫でろと頭をレイに擦りつけるセトを撫でながら、レイは口を開く。


「ちょっとギルドに呼ばれてな。悪いけど少し出てくる」

「グルルゥ?」


 大丈夫なの? と小首を傾げるセト。

 こんな時間に呼び出されるのだから、相当の出来事があったのだとセトも理解しているのだろう。

 そんなセトの頭を撫でながら、レイは安心させるように口を開く。


「ギルドマスターはマリーナなんだから、妙な真似はしないと思う。最初は向こうに預けてきたマジックアイテムが盗まれたかどうかしたのかと思ったけど、どうやらそんな訳でもないらしいし」

「グルルゥ……」


 レイの説明に、それを聞いていたセトは少しだけ安心する。

 それでも自分が置いていかれるのは寂しいらしく、円らな瞳に悲しそうな光が宿っていたが。

 だが、ここで自分が我が儘を言ってもレイの迷惑になるだけだというのは分かっているのだろう。セトはそれ以上は我が儘を言わなかった。


「じゃ、俺は行くからセトはゆっくりと寝てろよ。多分明日……いや、今日も色々と動いて貰うことになるから」


 グリフォンのセトは、それこそ数日は特に眠らなくても平気な生態をしている。

 だが、眠らなくてもいいというのと眠らないというのは全く別のことだ。

 それに、元々セトは魔獣術で生み出された影響か眠るのが決して嫌いな訳ではない。

 特に春の日射しの下や、夏の木陰、秋の爽やかな空気で眠るのが好きだし、グリフォンとしての身体の頑丈さから冬の雪の中でも普通に寝ることが出来る。

 もっとも寝るのは好きだが、それ以上にレイと一緒にいることも好きなのだが。

 レイが野営をする時にはセトが見張りを果たすので、大好きなレイに危害を加えるような相手が近づいてくると即座に動く。


「グルルルルゥ」


 気をつけてね、と喉を鳴らすセトを最後に一撫でし、レイはそのまま厩舎を出る。

 そうして宿屋の前……馬車のある場所に戻ってくると、丁度宿から身支度を整えたヴィヘラが姿を現したところだった。

 寝起きに近い筈なのに、レイの目で見た限りヴィヘラの姿はいつも見る姿と全く変わらない。

 いつもの薄衣を身に纏っている姿は、ヴィヘラらしい姿と言えるだろう。

 ……もっとも、この短時間で身支度を整えたので、幾つかいつも通りとは言えない場所もあったのだが……幸か不幸か、レイがそれに気が付くことはなかった。

 愛する人に自分のだらしない場所を見られなくて済んだという喜びと、些細な変化にも気が付いて欲しいという不満。

 自分の中にある相反する女心を感じながらも、ヴィヘラは口を開く。


「どうやらそっちの準備は出来たようね」

「ああ。男の身支度なんて、その気になれば簡単に終わるしな」


 勿論それはあくまでもレイのような冒険者としては、ということだが。

 貴族や大商人のように立場のある者達も、余程のことがない限りは男の方が手早く身支度を整えることは出来る。


「そう。じゃあ、馬車に乗りましょう。移動中に事情を説明してくれるんでしょう?」


 ヴィヘラが後ろに視線を向けながら告げる。

 その視線の先には、レイを起こしに来た男のギルド職員と、ヴィヘラを起こしに行ったのだろう女のギルド職員の姿があった。


「はい、そうさせて貰います。ですので、急ぎましょう」


 男のギルド職員の声に従い、レイはヴィヘラと共に馬車の中へと乗り込む。

 ギルド側もこの時間帯にレイとヴィヘラを呼びにいくのは非常識だと理解していたのだろう。マリーナの指示なのか、それとも他のギルド職員の指示なのか、レイとヴィヘラが乗り込んだ馬車は非常に設備が整った物だった。

 早速用意されていたサンドイッチへと手を伸ばしながら、レイはギルド職員に尋ねる。


「それで、そろそろ事情を説明してくれてもいいと思うんだが?」

「そうですね。……簡単に言えば、レイさんから借りたデスサイズと黄昏の槍から、アンブリスの残滓を特定することが出来、その残滓からアンブリス探知機とでも呼ぶべきマジックアイテムが完成しました」

「……は?」


 ギルド職員の説明に、レイの口から出たのはそんな間の抜けた声。

 ヴィヘラも声には出していなかったが、驚きの表情を隠せていない。

 サンドイッチへと伸ばした手を止めていたレイだったが、やがて口を開く。


「それはまた、本当なら随分と早いな。俺がデスサイズと黄昏の槍を預けてから、一日も経ってないんだぞ?」

「ええ。レイさんのお気持ちは分かります。正直、ギルドの方でも展開が急すぎて、その報告が来た時は色々と混乱しましたから」


 レイの気持ちは分かる。そう言いたげな男のギルド職員の言葉に、隣の女のギルド職員も同意するように頷いていた。

 本来、普通にマジックアイテムを作るというだけでも非常に時間が掛かる。

 それは、レイの持つ黄昏の槍を作るのに、どれだけの時間が必要だったかを考えれば分かるだろう。

 もっとも、黄昏の槍は色々と稀少な品を集めていたということもあり、一般的なマジックアイテムよりも時間が掛かっているのは間違いないのだが。


「それは本物なの? もしかして、何かを誤魔化すためにありもしないマジックアイテムを完成させたと言った訳じゃなくて?」


 馬車の中に用意してあった果実水を飲んで少しだけ落ち着いたヴィヘラが、ギルド職員に尋ねる。

 そんな風に疑われることは、ギルド職員も理解していたのだろう。ヴィヘラの言葉に頷いてから口を開く。


「当然最初に話を聞いた時は、ギルドの方でもそのように疑いました。ですが、ギルドの方で調べてみたところ、そのマジックアイテムは決して偽物ではないらしいという結論となりました」

「らしいとか、何であやふやなんだよ? もしそれが本当にアンブリスを探すことが出来るマジックアイテムなら、それこそ一度使ってみればいいんじゃないか?」

「ええ。勿論ギルドの方でもそう思ったのですが……残念ながら、起動することが出来ませんでした」

「は?」


 一体何を言っているのか分からないといった様子のレイに、ギルド職員は苦笑を浮かべて言葉を続ける。


「そのマジックアイテムを作った者によると、アンブリスの残滓を取り出すことには成功しましたがそれには残滓があった物……デスサイズと黄昏の槍の魔力の排除が出来なかったと。勿論時間を掛ければ可能ですが、今は一刻でも早くということなので……」


 そう言われ、レイは何故自分が呼び出されたのかを理解するのだった。

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