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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
1190/3865

1190話

 セトの鳴き声を聞いたレイは、ヴィヘラと共にその声のした方へと向かって走っていた。

 レイよりも少し遅れて走り出したヴィヘラだったが、レイが速度を抑えていたこともあって、すぐに追いつく。


「さっきのセトの鳴き声、何だと思う? やっぱりモンスターかしら?」


 走りながら尋ねてくるヴィヘラに、レイは頷きを返す。


「あの鳴き声から考えると、多分モンスターで間違いない。ただ、普通にモンスターが出て来た程度なら、セトは自分だけでさっさと片付ける筈だ」


 セトの強さを知っているヴィヘラは、当然と頷きを返す。

 多種多様なスキルを使いこなし、それでいてグリフォンとしての高い身体能力を持っている。その上身体能力を高めたり、一度だけではあっても敵の飛び道具を無効化するといったマジックアイテムを持っているのだ。

 また、グリフォンである以上、当然ながら空を飛ぶことも可能だった。

 今回の件では空を飛ぶことが出来るモンスターの群れは確認されていない。

 元々亜人種のモンスターがリーダー種によって群れを作っているのだから、それも当然だろう。


(いえ、ハーピーも一応亜人種と言えるのかしら?)


 ヴィヘラはそんなことを考えながら走っていると、やがて視線の先にセトの姿が見えてくる。


「セト、どうした!?」

「グルルルゥ!」


 レイの呼び掛けに、セトは視線を少し離れた場所にある木へと向ける。

 その視線を追ったレイとヴィヘラは、身体を黒い霧に包まれたワーウルフの姿を見つけ、何故セトがあのような鳴き声を発したのかということを理解する。

 黒い霧を身体に纏っているワーウルフを見たレイの口に、笑みが浮かぶ。

 そう、黒い霧を纏っているという意味では初めてアンブリスを見た時にリーダー種に進化したゴブリンと同じだった。

 だが……その纏っている黒い霧は、ゴブリンと比較にならない程に多い。今のワーウルフを見れば、以前のゴブリンが身に纏っていた黒い霧はアンブリスの残滓のようなものだとすぐに分かる。

 そして何より、黒い霧はそれを見た瞬間にアンブリスだとレイには理解出来てしまった。

 明確な理由がある訳ではない。

 それでも、レイはワーウルフと共に在るのがアンブリスだというのを、理性ではなく本能的に理解出来た。


「まさか、二回連続で俺達が見つけることが出来るとはな。完全に予想外だった。……どう思う? これが偶然だと思うか?」

「偶然でしょ? そもそも、私達はセトがいる分だけ他の冒険者に比べると捜索範囲で有利だもの。……それより、どうする?」


 ワーウルフとアンブリスの姿を見ながら尋ねてくるヴィヘラに、レイは笑みと共に口を開く。


「決まってるだろ。こいつを倒さなきゃ、今回の騒動は収まらないんだ。折角ここで会ったんだから、当然ここで仕留める」


 この場合、アンブリスに自我がないというのが幸運だったのだろう。

 ワーウルフをリーダー種に進化させているこの光景は、普通なら人間に見せてもいいものではない。

 例えゴブリンの時のように、その場で進化をさせるのではなくてもだ。

 この光景を見ただけでも、様々な情報を得ることが出来る。

 本来なら、それはアンブリスにとって避けるべきことの筈だった。

 アンブリスが厄介な存在だと言われているのは、その生態が謎だからというのが大きい。

 未知というのは、人間にとっては恐怖心を煽る一因になり得るのだから。

 その未知が少しでも解明されるというのは、アンブリスにとって不利益しかない。

 もっとも、それはあくまでも自我があればこその判断だ。

 自我のないアンブリスにとっては、ただ亜人型のモンスターをリーダー種にするということのみがやるべきことなのだろう。

 今回は、それがレイ達にとって有利に働いた形だった。

 自我がないからこそ、自分に対して敵意を抱いているレイやヴィヘラといった存在を前にしてもその場から逃げ出したりはしないのだから。


(いや、もしかしてリーダー種にしようとしている時は身動きが出来なかったりするのか? それはともかく、ワーウルフにくっついてるから正確には分からないけど、以前よりも小さいような?)


 ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、レイはじっとワーウルフとアンブリスの姿を確認する。

 やはりレイとヴィヘラが側にいても、そしてレイがデスサイズと黄昏の槍を構えた戦闘態勢に入っても、アンブリスが動くことはない。

 レイの目には、以前に見たアンブリスと比べて小さいようにも感じられる。

 だが、ワーウルフとくっついているのが原因かもしれないし、リーダー種に進化させることによって小さくなるのかもしれないと考えれば、不思議な話ではない。


「……ヴィヘラ、多分大丈夫だと思うけど……」


 レイがどうやってアンブリスを倒すつもりなのかというのは、前もってヴィヘラも聞いている。

 そうである以上、レイの言葉に何かを言い返すつもりはなかった。

 セトと共に、レイから距離を取る。

 また、ヴィヘラがこうも簡単にレイの言うことを聞いたのは、やはりアンブリスには自我がなく、戦闘をするという行為そのものを理解していないというのが大きいだろう。

 アンブリスに出来るのは、ただ亜人型のモンスターをリーダー種にするだけ。

 それ以外は何も出来ない。

 それでも物理攻撃が無効であり、魔力異常から生み出された存在故に強力な魔法防御力を持っているからこそ、今までアンブリスを傷つけられる存在はいなかった。

 だが……今ここには、レイがいた。

 レイの持つ莫大な魔力が、圧縮され、濃縮されていく。

 やがてレイの持つ炎の属性による魔力は、視認出来る程の濃度を持ち……レイの全身に可視化出来るようになった赤い魔力が絡みつく。

 炎帝の紅鎧。現状でレイが持つ最強のスキルであり、莫大な魔力を持つレイにとってはその魔力を最大限活用出来るスキルだった。

 黒い霧を身に纏っているワーウルフと、可視化出来る程に濃縮された赤い魔力を身に纏うレイ。

 一見すると、一人と一匹は非常に似ているようにも思える。

 だが、その本質は全く違っていた。

 炎帝の紅鎧を使用したレイを前にしても、案の定ワーウルフは……そしてアンブリスは全く動く様子がない。

 ただ、木の近くでアンブリスの本体の黒い霧にその身を委ねているだけだ。


「ま、逃げられるよりはいいんだけどな」


 左手に握っている黄昏の槍へと視線を向けるレイだったが、レイの身体を覆っている赤い魔力に負けず劣らぬ深紅の色を持つ槍は、特に違和感がない。

 普通のマジックアイテムであれば、レイの放つ莫大な魔力に耐えきれずに折れたり、砕けたり、溶けたりといったことになってもおかしくはないのだが……黄昏の槍は、炎帝の紅鎧を発動した状態のレイの魔力を受けても、一切変化はなかった。


(やっぱりこの槍はいいな)


 レイは自分が集めた多種多様な素材を使って作られた黄昏の槍の柄を握り締めながら内心で呟く。

 炎帝の紅鎧を使用した今の状況であれば、間違いなくアンブリスを倒すことが出来る筈だった。

 ましてや、アンブリスによってリーダー種にされようとしているワーウルフは相手にもならないだろう。

 両手の武器を構え、レイはヴィヘラとセトが安全な場所まで下がったのを確認してから、改めてアンブリスに視線を向けると、一気に前へと出る。

 炎帝の紅鎧によって強化された身体能力は、レイとアンブリスの間にあった距離を瞬く間にゼロにする。

 自分を攻撃する存在がすぐ間近まで迫っているにも関わらず、アンブリスは一切の反応を見せずにワーウルフへと纏わり付いたままだ。


「消え去れ」


 短い言葉と共に振るわれるデスサイズ。

 右手で振るわれた死神の一撃は、容易にワーウルフの胴体を切断し、同時に放たれた左手の黄昏の槍は、ワーウルフの頭部を粉砕した。

 脳漿や血、骨、肉、眼球といったものが周辺の大地へと散らばり、当然のようにワーウルフは死への道筋を旅立つ。

 頭部を失い、胴体を上下二つに切断されたワーウルフの死体は地面へと倒れ……アンブリスのみがその場に残り続ける。

 だが、それがレイに若干の戸惑いを与えた。

 炎帝の紅鎧を使って放たれた今の一撃は、間違いなくワーウルフ諸共にアンブリスへと命中した。

 つまり、アンブリスにとっては自慢の魔法防御を――自慢するだけの自我はないのだが――突破され、黒い霧の本体へとダメージを与えられたことになる。

 そんな状況にも関わらず、アンブリスは空中に留まったままだ。

 まるでワーウルフの身体が、今でもそこにあるかのように。


(何だ?)


 自分の一撃が効いていない筈はないという確信が、レイの中にはあった。

 だというのに、アンブリスは全く動く様子がない。

 それを疑問に思うのだが……次の瞬間、アンブリスの姿は次第に薄くなっていき、やがて消えていく。

 薄くなり始めてから消えるのに掛かった時間は、五秒にも満たない時間だ。

 ……もっとも、ワーウルフを倒してからという意味では一分近く掛かっているのだが。


「えーっと……え? あれ? 倒した? 逃げられた? どっちだ?」


 自分の一撃であっさりと消えてしまったアンブリスに、レイは疑問を感じながら呟く。

 間違いなく仕留めた。そんな思いがあると同時に、アンブリスがこんなに簡単にやられるのか? という疑問もある。


「倒したんじゃないかしら。……どこにも黒い霧はないし」

「だよな?」


 ヴィヘラの言葉に同意しながらも、やはりレイはどこか不自然な様子に首を捻る。


(殺した? いや、アンブリスは生き物って訳じゃないんだし、殺したって表現よりも壊した、消滅したって方が正しいのか? 理由はともあれ、いなくなったのは事実だけど……本当にこれで解決したのか?)


 今回の騒動では多くの犠牲者が出たし、またそれ以上に怪我人も出ている。

 そして現在進行形で、多くの冒険者がモンスターの群れの討伐を行っていたり、それを起こしたアンブリスの姿を探し求めていた。

 それだけの騒動になっているのに、レイの放つ一撃でこんなにもあっさりと解決してもいいのか……

 やはりレイの中にはそんな疑問があった。

 そんなレイの様子にヴィヘラは落ち着かせるように口を開く。


「私もこんなにあっさりと終わるとは思ってなかったけど、アンブリスを倒したのは事実なんだし、ギルドに報告した方がいいんじゃない?」

「……そうか? まぁ、そうだよな。アンブリスが消滅したのは事実なんだし、報告した方がいいよな」


 色々と腑に落ちない部分も多かったが、それでもアンブリスを倒した以上はこの件を報告する必要はあった。

 これで今回の騒動が終わるのであれば、ギルムの住人にとっては非常に嬉しいことなのだから。

 だが……それでもやはり、レイの中にはどこか疑問が残る。

 どうしても今回の件がこれで終わりだというような気がしないのだ。

 まだ何か一波乱あるかのような……そんな思いがある。


(けど、アンブリスが消滅している以上、多分俺の気のせいか?)


 疑問に思いつつ、何か明確な証拠がある訳でもない。

 完全にレイの中にある勘だけが、まだこの件は解決していないと言っているだけだ。

 そうである以上、もしかしたら本当に気のせいである可能性もある。


(報告した時に、もしかしたらまだ終わっていないって言っておけばいいか。……それにしても、アンブリスが消滅した以上、これで終わりの筈なんだけどな)


 疑問に思いつつも炎帝の紅鎧を解除して、地面に転がっているワーウルフの死体……いや、ワーウルフリーダーになりかけのワーウルフの死体をミスティリングに収納する。

 素材としてではなく、アンブリスについて何かが分かるもしれない。そんな思いからだ。


(倒す前に見た感じだと、普通のワーウルフと変わりないように思えたけど)


 そう考えるものの、胴体が上下に切断され、頭部が粉砕している死体だ。

 普通に考えて、その状態で細かいところまで調べるのは難しいだろう。

 もっとも、アンブリスが本当に死んでいるのであれば調べるのに急ぐ必要はないのだが。


「とにかく、一旦戻りましょ。向こうも襲われていないとは限らないし。……アンブリスを倒したんだから、もうリーダー種は現れない……と、いいわね」


 現れないと言い切らない辺り、ヴィヘラもレイの感じている不安に何か思うところがあるのだろう。






「あ、ヴィヘラさん! レイさん! セトも!」


 戻ってきたレイ達を見て、ミーナが嬉しそうに声を上げる。

 ミーナの側には馬に乗っているワレインとジャコモの姿もある。

 三人共が、レイ達が無事に戻ってきたのに安堵と喜びを露わにしていた。

 ……もっとも、ワレインが乗っている馬はセトを見た瞬間に動きを止めていたが。


「どうでした? その、何かありましたか?」

「ええ。ワーウルフが一匹潜んでいたわ」


 アンブリスのことはまだ話さない方がいいと判断したのか、ヴィヘラはそう言葉を返す。

 レイ達のことをよく知っていれば。ワーウルフの一匹程度でセトがあのような声を発する筈はないと知っていただろう。

 だが、ワレイン達三人は、今日レイ達と会ったばかりだ。

 その辺の事情を知らず、ヴィヘラの言葉に納得してしまう。

 ……もっとも、ジャコモだけは相変わらず色っぽいヴィヘラの姿に鼻の下を伸ばしていたのだが。


「じゃ、ギルムに行くか。もう余計なモンスターは出てこないといいんだけどな」


 レイの言葉に皆が頷き、ギルムへと向かうのだった。……セトに怯えている馬の扱いが大変だったが。

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