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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
1188/3865

1188話

 アンブリスという存在が確認されたことは、速やかにギルドから公表された。

 また、レイ達が見たアンブリスの特徴……生物らしい自我のようなものは存在しないだろうということや、地面へと潜って地中を移動出来るだろうということも同様に公表され、当然のようにそれを聞いた冒険者達は頭を抱えることになる。

 霧状の存在ということで、空を飛ぶというのは理解していた。

 だが、地中を移動するというのは完全に予想外であり、それだけに今まで近くを通ったとしても見逃していたのではないかと思ったからだ。

 ……もっとも、地中を移動しているような存在を把握出来るような能力を持っている者は皆無……とは言わないが、非常に少ない。

 これでせめて魔力を感知出来るのであればまだ探しようもあるのだが……と、数少ない魔力を感じることが出来る者達も溜息を吐く。

 それでもいるかどうか分からない……恐らく、多分存在しているという状況でアンブリスを探すよりは、しっかりとアンブリスという存在がいるのが確認されたのは、良い情報だった。

 また、レイを含めて高ランク冒険者の中の一部はアンブリスの高い魔法防御を突破してダメージを与えることが出来るというのもあり、前日よりはアンブリスを探すのに積極的になった者も多い。

 だが、当然冒険者がやる仕事はアンブリスを探すということだけではない。

 そもそもアンブリスが危険視されている最大の理由は、亜人型モンスターのリーダー種を生み出すという能力にある。

 アンブリスが倒されていない以上、現在進行形でモンスターの群れが生み出されているのは間違いない。

 そちらへと対処もする必要があり、それ以外にも冒険者として討伐、護衛、採取といった幾つもの依頼もある。

 それ以外にも他の依頼もある為、アンブリス関係に全ての労力を注ぎ込む訳にもいかない。

 色々と動きが慌ただしくなっている中……レイとヴィヘラ、セトは空を飛びながらアンブリスの姿を探し求めていた。

 勿論、レイ達が見たように地面に染みこんで地中を移動するような真似をされれば見つけることは出来ない。

 だが、アンブリスの移動が必ずしも地中だけではないというのは、三百年前の件からも明らかだった。

 そうである以上、空を飛んで移動をしている可能性も高い。


「ま、見つかるかどうかは分からないんだけどな」


 地面に広がっている草原を眺めながら呟くレイに、セトは喉を鳴らして同意する。

 ヴィヘラもまた、セトの前足にぶら下がりながら周囲を見回していた。

 夏らしく雲が殆どない、青い空の中をセトは飛ぶ。


「見つかるかどうか分からないというより、見つけようがないというのが正しいんでしょうね。……正直、このまま無為に探していても見つからないでしょ? それに、見つけても……」

「俺を含めてアンブリスに攻撃を仕掛けることが出来るような冒険者が近くにいないと、みすみす見逃すだけになる、か」

「ええ。もっとも、それを抜きにしてもどうしたってアンブリスを探すという行為は必要なんでしょうけど」

「だろうな」


 アンブリスを探すということは当然ギルムの周辺を探すということであり、そうなれば当然モンスターの群れが動いていれば見つけることになる。

 それがモンスターの群れの発見に一役買っているのも事実だ。

 ……もっとも、それを言うのであればレイ達も空を飛んでいる以上は群れを見つけることは多いのだが。

 現に、今日も既にゴブリンとワーウルフが共に行動している群れを見つけ、空から炎の魔法を使って殲滅した。

 ワーウルフ素材は少し欲しいかもと思ったレイだったが、それを集めるのは非常に面倒臭いということで、結局近くを通った冒険者達にその素材を譲っている。

 その冒険者達は、予想外の幸運に喜びの声を上げていたが……実は死体を集めるのが手間であり、何より素材として使える部分の多くが燃やしつくされているというのを見て取り、愕然としていた。

 それでも素材はともかく、討伐証明部位や魔石は無事な物が多かったので、最終的には大幅な黒字になったのだが。


「結局アンブリスを探すには、何か別の要素が……運が必要なんだろうな」

「運? ……残念だけど、私の運はとてもじゃないけど良くないわよ?」

「それは俺も同じだよ。出掛ける先で色々な騒動に巻き込まれて、ギルムに帰ってくれば帰ってきたでアンブリスなんてのが出てくる始末だ」


 セトの背に跨がったレイは、トラブル巻き込まれ体質……いや、既にトラブル誘引体質と呼んでもいいような自分の体質にうんざりとする。


(うん? けど、もし俺がいない状況でアンブリスが姿を現していたら、それこそギルムは大きな被害を受けていたんだよな?)


 今回の元凶の姿を探しながら考えるが、それは事実でもあった。

 そもそも、もしレイがギルムにいない状況でアンブリスが現れていたのなら、それは当然セトもギルムにいないことになっており、セトの力で広範囲を探索といった真似は出来ない。

 レイがセトと共に空から潰した群れの数は、それなりの数になる。

 勿論ギルムにいる冒険者の能力を考えれば、レイが殲滅した群れと正面から戦っても勝てる者はいるだろう。

 だが、それでも戦った者は間違いなく消耗する。

 レイの場合は莫大な魔力を持っているからこそ、消費する魔力を考えずに上空から絨毯爆撃のようにしてモンスターの群れを殲滅することが出来ていた。

 モンスターの群れを消滅させるような大規模な魔法を使っても、それで消費した魔力はレイの中にある魔力のほんの一部にすぎない。

 そして消費した魔力も、レイが休んだり眠ったりすればすぐに回復する。

 自惚れでも何でもなく、レイは今回の騒動に限っては自分の力があるからこそギルムにはまだ余裕があるのだと判断していた。

 レイがいなければ即座にギルムが滅ぼされる……などとは思っていないが、それでも商人がアブエロからやって来るだけの余裕はなかっただろう。

 全ての商人がギルムまでやって来ている訳ではないし、今回の騒動が始まる前にギルムへやってきて未だにギルムから出ることが出来ない商人もいる。

 だが、それは野心的な商人にとっては儲けるチャンスでもあった。

 他の商人が危険を恐れてギルムへと行かない中で自分達だけがギルムへとやって来るのだから、当然のようにその利益は大きい。

 勿論モンスターの群れに見つかれば全滅する可能性が高い、自分の命を賭けたギャンブルに近い。

 それだけに勝った時の金額も多く、野心を持っていても金をそれ程持っていない商人にとって、今のギルムは稼ぎ場所でもあった。


「レイ、あそこ」


 レイが商人についてのことを考えていると、ヴィヘラの声が耳に入る。

 あそこ、と口に出したヴィヘラだったが、セトの前足にぶら下がっているヴィヘラがどこのことを言っているのかはレイには分からない。

 だがそれでも、地上へと視線を向けるとそこでは一台の馬車が横転しており、周辺には荷台から零れた品が色々と散らばっていた。

 馬車の御者と思しき者と護衛の冒険者は必死にゴブリンと戦っている。

 それだけを見れば、何が起きたのかというのは考えるまでもなく明らかだった。


(噂をすれば何とやらって奴か。……まぁ、別に噂って訳じゃなかったけど)


 そんな風に考えながらも、レイは跨がっていたセトの背から飛び降りる。

 本来なら、ゴブリンの群れには上空から魔法を使うのが一番手っ取り早く確実な殲滅方法だ。

 だが、今回は商人と馬車、その護衛といった者達がゴブリンに襲われている。

 この状況で上空から地上へと魔法を使用すれば、その者達も巻き込んでしまうことになる。

 そうである以上、レイがやるべきことは面倒ではあるものの、地上へと降りてから商人達を守りつつゴブリンを倒すことだった。

 いつものようにスレイプニルの靴を使って落下速度をを和らげつつ、ミスティリングから武器を取り出す。

 右手にデスサイズ、左手に黄昏の槍を手にしたまま、レイは商人達から少し離れた場所に着地する。


「うわぁっ!」


 もし着地したのが、商人達の側であれば護衛を含めた者達に咄嗟に攻撃をされていたかもしれない。

 商人が一人に、護衛が二人という、明らかにゴブリンには勝てない状況で、更に自分達の側に何かが突然姿を現したのだから当然だろう。

 レイもそれを理解した上で、少し離れた場所に着地したのだから。


「援護する」


 呟き、目の前にいるゴブリンへと向かって右手のデスサイズを振るい、左手の黄昏の槍を突き出す。

 この時点で商人達の安全は確保されたも同然だったのだが、そこにさらに上空からセトとヴィヘラという強力な援軍がやってきたこともあり……ゴブリンの群れが殲滅されるまで、数分と掛からなかった。






「ありがとうございます! 本当に助かりました!」


 二十代になったかどうかといった商人の男が、レイとヴィヘラに向かって深々と頭を下げる。

 そんな商人の横では、護衛の二人も同様に頭を下げていた。


「今の状況でギルムに来てくれる商人は貴重だからな。……それでも護衛が二人だけってのは辺境を侮りすぎだと思うが」


 デスサイズと黄昏の槍についた血を振り払って告げるレイに、商人は困ったように笑みを浮かべる。


「護衛をもっと雇った方がいいというのは知ってましたけど、馬車が一台ですからね。どうしても護衛を乗せられる人数が限られるんですよ。当然商品を運ぶ必要もありますし」


 そう言われれば、レイもそれ以上は口に出せない。

 これが何もない時であれば、護衛には馬車の外を歩いて貰い、馬車もそれに合わせてゆっくり進むということが出来たかもしれない。

 だが、今の状況でそんな真似をするのは自殺行為以外のなにものでもない。

 外にいる時間を出来るだけ少なくし、それこそ少しでも早くギルムへと到着するように急ぐ必要があった。

 当然そうなれば普段なら門を閉じている時間にギルムに到着することもあるのだが、ダスカーも領主としてギルムの現状には懸念を抱いている。

 特に商人は少しでも多く保護する必要があり、普段であれば時間外にギルムに来た者達は門の側で一夜を明かすといった真似をさせているのだが、ここ暫くの間は夜中であっても商人がくれば即座に門を開けてギルムへ入る許可を出していた。

 普通の街や村では盗賊を恐れて出来ない判断だったが……この辺境で盗賊をやろうと考える者は、皆無とは言わないが非常に少ない。

 ギルムの周辺には強力なモンスターがおり、その上、今はアンブリスの件で群れが蠢いている。

 そんな状況で盗賊稼業を出来るのであれば、それこそ冒険者になった方が楽に稼げる実力だろう。

 何より、ギルムを襲おうと考えた盗賊がいても、そもそもギルムには腕利きの冒険者が多く、警備兵や騎士も辺境であるが故に高い実力を持っている。

 また、ギルムにも裏の社会は存在しており、現状でギルムを騒がせるような真似をするのは自殺行為であると知っていた。

 そのような者達もギルムが滅びるのは困る訳で、自発的に協力していたりする。


「そっちの話は分かった。……それで、これからどうする? 馬車はもう壊れてしまったようだけど」


 レイの視線が向けられた先にある馬車は、横倒しになっていた。

 それだけであれば、レイやセトが協力すればどうとでもなるのだが、倒れた時の衝撃か、はたまた戦闘の余波によるものなのかは分からないが、馬車の車軸が折れてしまっている。

 幸い馬車が横倒しになっただけで、それを牽いていた馬は無事だったが……それでも馬車が引っ繰り返ってしまっている以上、荷物の大半は諦めなければならないだろう。


「ええ、残念ですけどね。……それでも命があっただけ運が良かったってことかと」


 商人の口から出た前向きな言葉に、少しだけレイが驚く。

 これだけの被害を出してしまった以上、商人としては大損……どころか、下手をすれば廃業するしかないだけの赤字だろう。

 だというのに、男の口には笑みが浮かんでいた。

 まるで、恩人の前で情けない姿を見せるのは矜持に反するとばかりに。


「……面白いな」

「はい?」


 思わず出たレイの言葉に、商人の男は不思議そうな表情を浮かべる。


「いや、何でもない。……ただ、そうだな。ついでだからギルムまで護衛してやるよ」


 唐突にレイの口から出て来た言葉に、商人は驚きを隠せない。

 この商人も、野心を持ってギルムへと向かっていた以上、レイとセトのことは知っている。

 ヴィヘラのことは知らなかったようだが……レイがヴィヘラと一緒に行動するようになってから表舞台には殆ど立っていないので、それはおかしくない。

 そんな腕利きの冒険者が、何故金にもならない仕事を? と疑問に思う商人だったが……レイは取りあえず商人の資金にする為、護衛の二人に手伝わせてゴブリンの魔石を取り出していく。

 それに見ていたセトは周囲を警戒し、ヴィヘラはまたレイの気紛れが始まったと思いながらも、ゴブリンから魔石を取り出す作業を手伝うのだった。

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