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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
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1183話

「セトちゃん、セトちゃん、セトちゃーん!」


 地上に降りてきたレイ達だったが、それを見た瞬間一人の女がレイ達の方へと向かって駆け出す。

 ……いや、正確にはレイではなくセトへ、だが。

 ともあれ、セトに駆け出したミレイヌの姿に相変わらずだと笑みを浮かべながら、レイは口を開く。


「そっちもアンブリスの捜索か?」

「ええ。魔法使いの私がいるということで、もしかしたらアンブリスを見つけ出せるのではないかということになりまして」


 ランクCパーティ灼熱の風の魔法使い、スルニンがレイとヴィヘラに小さく頭を下げてから、そう告げる。


「でも、結局見つからないんですよね。私も目はいい方なんですけど」


 弓術士のエクリルが不満そうに呟く。

 弓術士だけあって、エクリルの視力はいい。

 セトには及ばないが、それでも十分過ぎる視力の良さを持っていた。

 そんなエクリルだったが、それでもアンブリスの姿を見つけることは出来ない。

 自分がいる意味はないのではないか。

 そんな風に思ってしまっても仕方がないのだろう。


「エクリル、落ち着きなさい。向こうは黒い霧状の存在。それも、あくまでも三百年前はそうだったというだけで、今回も黒い霧の姿をしているとは限らないのですから」


 エクリルを励ますように告げるスルニンの言葉に、レイもまた同意して頷く。


「そうだな。そもそも人間よりも五感の鋭いセトでも中々見つけることが出来ないんだ。そう考えれば、すぐに見つかる訳もないだろ」


 寧ろ、セトより早く見つけることが出来たら、それだけでエクリルの能力は非常に高いと証明される。


「そうすると、貴方達もアンブリスの手掛かりは持ってないってことね」


 セトと戯れているミレイヌを一瞥してから告げるヴィヘラに、スルニンは申し訳なさそうに頭を下げる。

 その申し訳ないというのは、アンブリスの情報を提供出来ないというのもあるが、何よりも自分達のパーティリーダーの姿を見てのものだろう。

 本来であれば、このような情報のやり取りはパーティリーダーが率先して行うものだ。

 だが、今のミレイヌはセトを愛でる方に完全に意識が向いていた。

 勿論これが本当に切迫した場合であれば、ミレイヌもこんな真似はしないだろう。また、情報交換にはスルニンの方が向いているという自覚があるのも影響している。

 しかし……それでもやはり、こうしてミレイヌがセトを愛でているのは、セトがそこにいるからだ。

 レイは、何故山に登るのかという問いに、そこに山があるからだと答えたというのを日本にいた時に見たか聞いたかした覚えがあった。

 それになぞらえて言うのであれば、これはセトがそこにいるから愛でたということなのだろう。

 当然このような真似をするのは、セトがそこにいるからだ。

 もしここで遭遇したのがレイ達でなく普通のパーティであれば、きちんとミレイヌが情報交換をしていただろう。

 緊急事態ではなく、ある程度の余裕があり……そして遭遇したのがレイ達だったからこそ、ミレイヌもこのような態度を取っていた。

 そんなミレイヌを見ながら、しかしレイは責めるようなことはしない。

 ミレイヌがセト好きというのは、レイがギルムに来てからそれ程経っていないオークの集落を討伐した時から始まっている。

 それ以来数年の付き合いだと考えれば、ミレイヌの行動に慣れるのも当然だった。

 また、ミレイヌのおかげでセトがギルムに早く受け入れられたのも事実。

 もしミレイヌがセトを愛でるようなことがなくても、最終的にセトはギルムに受け入れられたというのは変わらないだろう。

 だがそれでも、受け入れられるまでの時間が長くなったのは、間違いのない事実なのだから。

 それにミレイヌはセトを愛でるのを趣味としているだけあって、よくセトに食べ物を与えている。

 ……こういう場合は餌を与えていると表現するのが正しいのかもしれないが、ミレイヌがセトに与えているのはその辺で売っているきちんとした料理や、それどころかそれなり以上に高価な干し肉なことが多い。

 それを餌というのは、とてもではないが無理だろう。

 勿論レイのミスティリングの中には大量のモンスターの肉が入っているし、他にも各種レイが食べて美味いと思った料理が幾つも入っている。

 よって、セトがひもじい思いをするようなことはないし、これまでの冒険者としての活動から大金も持っている。……もっとも、盗賊を襲撃して得た金品も非常に多いのだが。

 そういうことで、セトの食費に困るということはないのだが……それでも、ミレイヌがセトに食べ物を与えるというのは、多少なりとも節約にはなっているのかも? と思ってしまう。


「……ミレイヌは今日も元気そうで何よりだ。それでアンブリスはともかく、モンスターの群れとは遭遇していないか?」

「ええ。……そう尋ねてくるということは、そちらは?」


 スルニンの確認してくるような問いに、レイは頷く。

 もっとも、スルニンもレイの実力はよく理解している。

 多少のモンスターの群れに遭遇した程度で、レイがどうこうなるとは思っていないのだが。

 事実、レイに見つかったゴブリンとコボルトの群れは、上空からの一斉掃射という身も蓋もない方法で殲滅されていた。


「想像の通りだ。まぁ、一方的に空から攻撃しただけだから、実は生き残りがいたとかはあるかもしれないが……もしそうだとしても、群れじゃなきゃ戦力にはならないだろ」


 今回ゴブリンやコボルトが厄介なのは、あくまでもそれが群れだからだ。

 数匹程度で固まって移動しているのであれば……ましてや、レイの攻撃により恐怖を心に刻み込まれているのなら、それは既に敵でもなんでもない。

 それこそ、これ以上人を襲うような真似をせずに森や林といった場所の奥深くでひっそりと暮らすのではないか。

 何となくレイはそんな風に思ってしまう。


「そうですか。ですが、やはり群れというのは厄介ですね。……アンブリスが動けないのであれば、群れの多い方にいる可能性が高いのですが」


 溜息を吐くスルニンに見える疲れは、肉体的な疲れではないだろう。

 スルニンも身体を動かすことが苦手な魔法使いではあるが、それでも冒険者として活動しているのだ。多少歩いて回った程度で疲れたりはしない。

 本人は最近年齢による体力の衰えを気にしてはいるのだが。


「そうだな。どこか一ヶ所にいて動かないのなら、群れの向かってきている方を探せばそこにいるんだろうが。……動き回っているとな」


 現在確認されている群れは、ゴブリン、コボルト、オーク、リザードマン、ワーウルフ。

 他の群れもいるのかもしれないが、今のところ確認されているのはそれだけだ。

 その上、群れが姿を現したのはどこか一ヶ所とは考えられない程に広まっている。

 アンブリスによってリーダー種となり、群れを作ってそれぞれが好きな場所に向かっていった……というよりは、やはりリーダー種となって群れを作った場所そのものが最初から違っていたと考える方が自然だろう。


「ええ。魔力を感じることが出来る者がいても見つけることは出来ず、直接目で見て確認しなければならないというのは、非常に厳しいですね」

「そうなんですよね。おかげで遠くを見続けているから、目が疲れて……」


 スルニンの言葉に同意するように、エクリルの口からも愚痴が零れ落ちる。


「ちょっと、セトちゃんが頑張ってるんだから、私達も頑張らないといけないでしょ? エクリルももっと頑張りなさいよ」

「ミレイヌ……それは色々と無理があると思うぞ」


 セトを撫でながらエクリルに告げるミレイヌに、レイは少し呆れて呟く。

 エクリルとセト……人間とグリフォンでは、元々の能力が違いすぎる。

 その二つを一緒にするというのが、そもそも間違っているのだ。

 そんなミレイヌの姿を見ていたレイは、ふと思いつく。


「そうだな。じゃあ、ミレイヌがアンブリスを見つけることが出来たら、セトと一日ゆっくり出来る権利をやろう。どうだ?」


 レイにとっては、セトを好きなミレイヌのやる気を出せればと、そんな思いつきから口にした言葉だったが。

 だがレイの口から出た言葉は、予想していたよりも遙かにミレイヌのやる気を刺激した。


「本当!? 本当ね? 後で嘘って言わないわよね? もしそんな真似をしたら、絶対に許さないから」


 ミレイヌの目に浮かんだのは、やる気……などという生易しいものではない。

 寧ろ鬼気迫るとでも表現する方が相応しいだろう意志。

 それこそ、瞳の中で炎が燃えていてもおかしくないだろうと思える程の強さの視線がレイを射貫く。

 これまで幾多もの危機を乗り越えてきたレイをして、一歩後退ってしまった程だと言えば、どれ程の視線の強さだったのかが理解出来るだろう。

 やっちゃった? といった視線を周囲に向けたレイは、スルニン、エクリル、ヴィヘラの三人が揃って無言で頷くのを見て、自分のやらかしたことを理解する。

 ミレイヌにとって、セトと一日をすごすことが出来るというのは金貨や銀貨……白金貨よりも稀少な報酬だった。

 それこそこのような報酬を用意されれば、ミレイヌのやる気は最大限まで上がる。


「グルルゥ?」


 興奮した様子のミレイヌを見て、どうしたの? とセトが喉を鳴らす。

 そんなセトに、ミレイヌは満面の笑みを浮かべて口を開く。


「待ってて、セトちゃん。すぐに私がアンブリスを見つけて、セトちゃんと一緒の時間をすごせるようにするからね。……スルニン、エクリル、行くわよ!」


 最後にセトを一撫ですると、ミレイヌはその場から離れていく。

 そんなミレイヌをスルニンとエクリルは追いかける。

 その際に、スルニンがレイとヴィヘラに頭を下げると、ミレイヌの後を追っていった。


「ミレイヌのあのやる気を考えると、普通にアンブリスを見つけそうだよな」


 元々高度百mを飛んでいるセトを見つけ、判別することが出来るミレイヌだ。

 もしかしたら、本当にアンブリスの姿を見つけることが出来るのではないかと思えてしまう。


「そうね。あの様子を考えると、もしかしたら本気で見つけるかもしれないわね」


 ヴィヘラの口から出た、しみじみとした言葉にレイは思わず納得の表情を浮かべる。

 実際、レイもミレイヌの性格を考えれば、そうなっても何も不思議はない。


「……取り合えず俺達も行くか。別にミレイヌとセトを一日一緒にいさせるのは構わないけど、だからってこのまま俺達が探さない訳にもいかないだろ」


 ミレイヌにセトを預けても、セトに対して酷いことはしないだろう。そう信頼しているレイだったが、だからといってアンブリスを探すのをミレイヌに負けるつもりは毛頭なかった。

 元々セトという存在を有しているだけに、アドバンテージそのものが違うのだ。

 これでミレイヌが先にアンブリスを見つけようものなら、レイは圧倒的に有利な状況で負けたことになる。

 特に何かそれで不都合がある訳ではないが、それでもやはり面白くないのは事実だった。

 そんなレイの姿に、ヴィヘラも薄らと笑みを浮かべて頷く。

 戦闘を好むヴィヘラも、当然のように負けず嫌いだ。当然ミレイヌに負けないようにという思いはある。


「そうね。じゃあ、行きましょうか。何としても向こうよりも先にアンブリスを見つけないと」

「グルルルルルゥ!」


 二人の言葉に同意するように、セトの鳴き声が周囲に鳴響く。

 ミレイヌのことは嫌いではない……いや、自分を可愛がってくれたり食べ物をくれるのを考えると好きと言ってもいいセトだったが、レイと同様に負けるのは純粋に嫌なのだろう。


(セトの場合、姿を現した時点でミレイヌが負けを認めるような気もするけど)


 それは予想ではなく、半ば確信。

 だが、それを感じているのはレイだけではなくヴィヘラもまた同様だろう。

 レイが視線を向けると、何を言いたいのか分かっているといった風に笑みを浮かべて口を開く。


「最終手段はセトでしょうね。……もっとも、セトはミレイヌとすごす一日をそんなに嫌ってはいないようだけど」

「グルゥ? グルルルルゥ!」


 どうしたの? 早く行こう? そんな風に鳴き声を上げるセト。

 レイへと背中を向け、早く乗ってと催促をしてくる。


「じゃあ、行くか。アンブリスがどこにいるのかは分からないけど、それでもどうにかして見つけなきゃ群れの件は解決しないんだし」


 その言葉にセトが鳴き声を上げ……そうしてレイはセトの背に跨がる。

 セトは数歩の助走の後で翼を羽ばたかせて大空へと駆け上がり。やがて翼を羽ばたかせて空中を大きく曲がり、地上へと降下していく。

 タイミングを合わせてヴィヘラが跳躍し、セトの前足に掴まる。

 そのまま二人と一匹は、ミレイヌより……灼熱の風よりも早くアンブリスを見つける為、移動を開始するのだった。

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