1179話
レイはコボルトリーダーを殺し……いや、爆殺とも呼んでも不思議ではないような死体を作り、魔石を拾い上げると周囲を見回す。
少し離れた場所には商隊の馬車がおり、その背後ではこちらもまた戦闘が既に終了していた。
ヴィヘラとセトという、一人と一匹でゴブリンの群れへと攻撃をしたのだから、手早く戦闘が終わるのも当然だろう。
魔石を手にしながら、周囲に散らばっているコボルトリーダーの残骸とも呼べる肉片へと視線を向ける。
これ程までに四散してしまっては、アンデッドになるのも難しいと思われた。
肉体が四散しているのでゾンビの類にはなれず、同様に骨も四散しているのでスケルトンにもなれない。
そう考えれば、特に心配することもないのだろう。
取りあえず胴体に攻撃したおかげで無事だった頭部だけを回収しておき、デスサイズや黄昏の槍、魔石と共にミスティリングへと収納して商隊の方へと戻っていく。
コボルトリーダーを追った時には瞬く間に踏破した距離だったが、実際に歩いて移動するとなるとそれなりに時間が掛かる。
その間にデスサイズを握っていた手首へと触れ、具合を確かめていく。
パワースラッシュを使った際の反動により、多少の痛みを感じる。
(上手い具合に反動を逃がしたと思ったんだけどな。……いや、以前はデスサイズを両手で持って使っていたのに対して、今回は片手だからその関係もあるのか)
二槍流を使っている時にパワースラッシュを使うのであれば、今よりも更に上手く反動を逃がした方がいい。
そんな風に考えている間にも歩き続け、やがて商隊の下へと到着する。
その商隊では、既に商人達とヴィヘラが会話を交わしているところだった。
そうして商隊の前方で戦っていた冒険者達は、レイが戻ってくるのをただ唖然として眺めている。
(俺のことを知らないのか? ……いや、自慢じゃないが俺は結構な有名人だ。この辺で活動している冒険者が俺のことを知らないというのはちょっと考えられないけどな)
自分に向けられている視線に少し疑問を抱きつつ、レイはその冒険者達に声を掛ける。
「無事だったか?」
「え? あ、ああ。うん。怪我をした者はいるけど、レイさんのおかげで軽い怪我で済んだ」
自分の名前がすぐに出て来たことから、やはり自分のことは知っていたのだろうとレイは判断する。
だが、その割りには何故これ程までに驚いているのかという疑問は残るのだが。
(まぁ、その辺を聞いても大人しく答える筈がないか)
自分を怖がっているのに、その怖がられている張本人が何故怖がっているのかと尋ねても、素直に答えてくれる筈がない。
ともあれ、ここにいては無駄に護衛の冒険者を怖がらせるだけだと判断し、レイはヴィヘラ達の方へと向かって歩いていく。
そんなレイに、護衛の冒険者達は声を掛けようとするも……結局声を掛けることは出来なかった。
「お、おい。お前が早く声を掛けないから……」
「いや、それなら俺じゃなくてお前が最初に声を掛ければ良かっただろう?」
「それは……うん、だけど凄かったよな。あれが異名持ちか」
レイは自分を恐れていると勘違いしていた護衛の冒険者達だったが、実際にはレイの強さに圧倒されていたというのが大きい。
自分達もきちんと準備を整えればコボルトの群れくらいなら倒すのは難しくなかった。
だが、それでもあんな風に……それこそ蹂躙と呼ぶのに相応しいような戦いが出来るのかと言われれば、答えは否だろう。
逃げ出したコボルトリーダーを相手に追いかけた時の素早い動きや、大鎌をつかった一撃でコボルトを斬るのではなく粉砕するといった風な一撃を放ったのも、冒険者達に強烈な印象を与えた。
……そう。この冒険者達はレイを恐れていたのではなく、憧れてしまったのだ。
男達の全員が二十代だが、自分より年下の冒険者が見せたその実力は、男達に憧れの気持ちを抱かせるのに十分だった。
勿論男達の中にあるのは憧れの気持ちだけという訳ではない。
中には、嫉妬に近い感情もある。
だが……それでも一番の大きい感情が憧れなのは、間違いのない事実だった。
自分がそんな風に思われているというのに気が付いていないレイは、ヴィヘラの下へと向かう。
ヴィヘラは商隊を率いているだろう商人と話をしており、セトは少し離れた場所でいつものように寝転がりながら周囲の警戒をしている。
もっとも、セトがその状況で周囲を警戒しているというのを知っているのは、レイとヴィヘラだけで、他の者達にとってはただ眠っているように見える筈だった。
「レイ、そっちも片付いたのかしら」
近づいてきたレイに、ヴィヘラが声を掛ける。
そんなヴィヘラに、レイは頷きを返してから口を開く。
「ああ。コボルトリーダーもしっかりと仕留めた。そっちは……いや、聞くまでもないな」
視線を逸らしたレイは、ゴブリンの死体の群れを見る。
コボルトもレイに蹂躙されたといった感じだったが、ゴブリンもまた同様だった。
いや、セトやヴィヘラという一人と一匹による攻撃なのだから、規模としてはもっと大きいだろう。
ヴィヘラの攻撃は浸魔掌のように内部破壊をするものも多いが、当然のように普通に攻撃した方が魔力の消耗も少なく、手っ取り早い。
また、手甲に爪を、足甲に刃を生み出すマジックアイテムを使って攻撃をすれば、当然のように攻撃された対象は外傷を負って死んでいる。
そうなれば、当然血や肉片、内臓といったものが地面に散らばることになる。
護衛の冒険者達が死体を集めているのに視線を向けると、次にレイの視線が向けられたのは先程までヴィヘラと話していた商人。
四十代程の恰幅のいい……というよりも太っていると表現した方が相応しいだろう男。
それでいながら、ゴブリンとコボルトの群れに襲われたにも関わらず怯えた様子を一切見せていない。
多種多様なモンスターの群れが出没しているにも関わらず、商隊を出すだけの度胸の持ち主なのだろう。
「レイさん、と言いましたか。私はこの商隊を率いるルーチョといいます。今回は私の商隊を助けてくれて、ありがとうございます。正直なところ、レイさん達がいなければ、全滅していたか……そこまでいかなくても、大きな被害を受けていたことは間違いないでしょう」
深々と一礼をしたルーチョの言葉に、レイは首を横に振る。
「気にするな。今のギルムにやって来る商隊というのは少ないからな。そういう意味では、ギルムに住んでいるこちらとしては助けるのは当然だ。それより、コボルトとゴブリンの群れに襲われていたけど、これは偶然だと思うか?」
「いえ。明らかにお互いが協力しあっていました。連携……と言える程に洗練されたものではありませんでしたが、ゴブリンの群れが背後から私達を襲い、逃げ出した私達をコボルトの群れが前方から襲い掛かってきたといった感じです」
「……そうか。商人の情報網で、何かそれらしい情報は?」
一応といった具合に尋ねるレイだったが、ルーチョは黙って首を横に振る。
まさか種族の違う群れがこうも協力して襲い掛かってくるとは、思いも寄らなかったのだろう。
「この件はギルドに知らせた方がいいかもしれないな。構わないか?」
「ええ。勿論です。私達以外の商隊が被害に遭わないようにする為には、是非こちらからお願いしたいくらいです」
その外見とは裏腹に、ルーチョは素早く頷く。
そして、視線をゴブリンの群れの方へと向け、口を開く。
「それで、ゴブリンの死体はこちらで処理をするといった風にヴィヘラさんと話をしていたのですが、コボルトの方はどうしましょう?」
ゴブリンは討伐証明部位と魔石しか買い取って貰えないが、それでも数が集まればある程度纏まった金額にはなる。
それに比べると、コボルトはゴブリンより高い金になるのは間違いない。
今回の襲撃で商隊に受けた損失を、出来ればゴブリンやコボルトの討伐証明部位や魔石、素材、肉といったもので補填をしたいというのが正直な気持ちなのだろう。
ゴブリンはヴィヘラとの交渉であっさりと譲って貰うことに成功した。
ヴィヘラにとっては、ゴブリンの処理は手間だけが掛かって面倒臭いという思いがあるので、自分の代わりに後処理をしてくれるというのであれば、全く問題はなかった。
だからこそ、コボルトの方も……そんな風にルーチョが思ってしまうのは当然だろう。
「構わないぞ」
ルーチョの言葉に、レイはあっさりと告げる。
まだ一つしか手に入っていないコボルトリーダーの魔石は入手したのだから、特にこれ以上欲しい物はなかった為だ。
「そうだな、じゃあこれもやるよ」
ミスティリングから取り出したコボルトリーダーの生首をルーチョへと手渡す。
「うおっ!」
いきなりコボルトリーダーの生首を手渡されたルーチョが、思わずといった様子で悲鳴を上げる。
辺境のギルムに来る商人であっても、やはりこうしていきなりコボルトの生首を手渡されれば、驚きの声を上げてしまう。
特に話には聞いたことがあっても、実際にその目でミスティリングを初めて見たのであれば尚更だった。
「討伐証明部位の件も併せて、それがあればそっちの利益になるだろ」
ルーチョにとっては、あまりに気前が良すぎるレイの行動に、頼んだ本人が驚きの表情を浮かべる。
出来ればそうなって欲しいと思いつつ、恐らく無理だろう。ならば多少なりとも……そんな思いでいたのが、まさかモンスターの死体全てを渡されるとは思ってもみなかった為だ。
だが、レイにとっては今更コボルトの死体で稼げる金というのは大した金額ではないし、コボルトの肉についても数日前にコボルトリーダーを倒した時に得た物がある。
そうである以上、コボルトの肉はこれ以上いらないというのが正直なところだった。
(ギルドに解体や剥ぎ取りを頼むにも、量が多すぎると間違いなく嫌がられるだろうし)
レノラやケニーのように、レイに対して好意的な者であれば多少無理をしてでも依頼を受けるといったことはしてくれるかもしれない。
だが、今のようなモンスターの群れが大量に出ている件を片付ければ、そこに待っているのは間違いなく大量のモンスターの解体だ。
しかも夏ということもあってレイのようにミスティリングがない限りは腐りやすくなっており、それらの処分を考えると素材の剥ぎ取りを殆どしないで焼いてしまった方がいいという事態にもなりかねない。
つまり、解体依頼を出すにも他の冒険者達がある程度暇になるまで待たなければならない。
もっとも、冬のように街の外に出るような依頼が厳しくなっている時には、討伐や採取、護衛といった依頼より利益は低いが楽な解体の依頼は喜ばれるのだが。
(ああ、そう考えれば、暫くはあのコボルト達もミスティリングの中に入れておけばいいのか? ……まぁ、そこまでして欲しい肉とかじゃないし、いいか)
自分の中にあった考えをすぐに変え、改めてルーチョに向かって口を開く。
「今回の件……ゴブリンとコボルトが協力していたというのは、ギルドに報告した方がいいと思う。一応俺達もこれからギルドに向かってこの件を報告するけど、こういうのは多くから情報を得た方がいいだろうし」
「はい、勿論です。私達としても、この群れの件はなるべく早く解決して欲しいと思っているので、出来るだけ協力させて貰います。レイさんやヴィヘラさんにはお世話になりましたから。……その、これをどうぞ」
そう言い。差し出したのは籠に入ったサンドイッチ。
「……これは?」
「その、レイさんは食べるのが好きだという話を聞いてますし、そちらのグリフォン……セトも同じく食べるのが好きだと聞いています。なので、せめてものお礼にと……」
そう告げてくるルーチョに、レイは少しだけ驚きの表情を浮かべる。
自分の情報が色々と知れ渡っているのは知っている。
それこそ、炎の魔法を使った広域殲滅を得意としているとか、身の丈以上の巨大な鎌を持っているとか、グリフォンを従魔にしているとか。
最近では、極上の美人を仲間にしているというものもあった。
……尚、この極上の美人というのは、エレーナ、ヴィヘラ、マリーナという三人それぞれの説がある。
三人が三人とも極上の美人という表現に相応しい以上、それによって色々と情報が錯綜しているのだが。
「悪いな、ありがたく貰うよ」
ルーチョの気遣いを無視するのも悪いだろうと、レイはサンドイッチを受け取る。
「じゃ、俺達はそろそろ行くよ。多分大丈夫だろうけど、なるべく早くギルムに向かった方がいいぞ」
それだけを告げ、短く挨拶の言葉を交わすと、レイはセトの背の上へと跨がるのだった。