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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
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1178話

 ワーウルフとワーウルフリーダーの魔石の吸収が終わったレイとヴィヘラは、それぞれセトに乗って――ヴィヘラはぶら下がってだが――ギルムへと向かっていた。

 既に太陽も真上から次第に傾きかけており、午後になったことを示している。


「少し時間が掛かってしまったな」


 呟くレイの声が、風に乗って流れていく。

 別にヴィヘラに聞かせる為に言葉にしたものではなかった為、セトの前足にぶら下がっているヴィヘラには聞こえなかったのだろう。

 特に言葉もなく、そのままセトに乗って進んでいると……


「グルゥ!」


 不意にセトが鳴き声を上げる。

 セトの見ている方へと視線を向けると、そこではモンスターの群れに襲われている商隊の姿があった。

 そこにいるのはゴブリンの群れ。

 本来なら決して足が速い訳ではないゴブリンを相手にした場合、馬車で逃げ出せばゴブリンは追いつくことは出来ない。

 事実、モンスターの群れが頻発するようになってからギルムにやって来た商隊でも、ゴブリンに襲われたが全速力で馬車を走らせることで逃げ切ったという商隊はいるのだから。

 そう、本来なら走れば逃げ切れる筈だった。

 だが……そう出来ないのは、商隊の馬車を牽いている馬が既に半分近く殺されている為だ。

 元々馬車というのは馬がいてこその馬車であり、馬車を牽く馬が死んでしまっては馬車を牽くことは出来ない。

 そして、馬車を牽く馬の大半を殺したのは……


「コボルト?」


 レイが呟く。

 馬車の後ろからはゴブリンの群れが商隊へと襲い掛かり、馬車の前からはコボルトの群れが襲い掛かっている。

 そんな光景がレイの視線の先には広がっていた。

 ゴブリンとコボルト。

 モンスターのランクとしては似たようなものだが、だからといってお互いが協力的な訳ではない。

 いや、似ているからこそ激しく敵対をして殺し合いになることも珍しくはない。

 だが、レイの視線の先にある光景では、その二種類のモンスターが間違いなく協力し合っている。


「レイ!」


 レイとセトが見ている光景は、当然のようにセトの前足にぶら下がっているヴィヘラにも見えたのだろう。鋭く叫んでくる。

 予想外のモンスターの共同作業に一瞬意識を奪われたレイだったが、そんなヴィヘラの声で我に返る。

 レイとヴィヘラは、ワーウルフの群れの討伐という依頼をこなしてギルムへと帰るところだ。

 この状況で襲われている商隊を助けなくても、別に責められることではない。

 しかし、ギルムという辺境に来る商隊を……それも、ギルムから一番近くのアブエロでモンスターの群れが活発に動いているという話を聞いているにも関わらずギルムへとやって来た相手が襲撃されている状況をこのまま見過ごすというのは面白くない。

 いや、面白くないどころか、ギルムは辺境にあるという立ち位置故に外から来る物資に頼っているところもある。

 勿論その殆どは嗜好品という扱いの物が多いし、必須という訳でもない。

 それでもあるのとないのとでは大きく違う以上、嗜好品の類を運んでくれる商隊を助けないという選択肢はなかった。


(それに、ゴブリンとコボルトが協力しているんだから、それをしっかりと確認しておく必要があるだろうしな)


 群れの問題で色々とある以上、種族の違う二つの群れが協力しているというこの状況は出来るだけ詳しく知っておきたいという問題がある。

 また、ついで……というには割合が大きかったが、コボルトリーダーの魔石を欲しているという理由もあった。

 それらの理由から、コボルトとゴブリンという二つの群れに襲われている商隊を見逃すという選択肢は有り得ず、レイはセトとヴィヘラに声を掛ける。


「あの商隊を助けようと思うけど、問題はないか?」

「グルゥ!」


 セトは即座に頷く。

 魔獣術で生み出されたのも関係しているのか、元々人懐っこい性格をしているセトだ。

 大好きなレイがピンチになっている時ならまだしも、今は特に何もないのだから襲われている商隊を助けたいと思うのは当然だった。

 ……もっとも、助けた商隊が自分に何か食べ物をくれるかもしれないという下心がないかと言われれば、答えは否なのだが。

 

「そうね、私も構わないけど」


 ヴィヘラも、セトに続くように頷きを返す。

 強い相手と戦うことを好んでいるヴィヘラにとって、ゴブリンやコボルトといった相手は戦って楽しい相手ではない。

 それどころか、力の差がありすぎて倒すまでの過程が作業に等しい。

 それでも商隊が襲われている以上、ここで見殺しにする程ヴィヘラも薄情ではなかった。

 もし商隊が襲われているのではなく、ただ群れが移動しているのを発見しただけであれば、無視しただろうが。


「そうか、じゃあ早速行くか。……セト、新しいスキルの方も確認しておくぞ」

「グルルルルゥ!」


 勿論、と喉を鳴らすセト。

 ワーウルフとワーウルフリーダーの魔石によって得たスキルを試すには、丁度いい相手でもあった。

 嗅覚上昇は殆ど意味がないだろうが、毒の爪は実際に使ってみるまでは正確な効果は分からないのだから。

 レイもペネトレイトや、新しく覚えたスキル多連斬、他にもワーウルフやワーウルフリーダーとの戦いで使用出来なかったペインバーストといったスキルを試すには丁度良かった。


「じゃあ、俺は商隊の前で戦っているコボルトの群れを倒すから、セトとヴィヘラは背後のゴブリンを頼む」


 ゴブリンを頼むと言われたヴィヘラが、セトの前足にぶら下がりながら下を見る。

 純粋な敵という意味では、まだゴブリンよりもコボルトの方が強いのだが……それも誤差の範囲内でしかない。

 どちらと戦っても満足出来る戦いが出来ない以上、ヴィヘラにとっては戦う相手がゴブリンであってもコボルトであっても大差はなかった。


「ええ、問題ないわ」

「よし。じゃあ、セトは俺をコボルトの上空まで運んでくれ」

「グルルルゥ!」


 レイの言葉にセトは短く鳴くと、翼を羽ばたかせて商隊の上空を飛翔する。

 だが、空を飛んではいても高度は百mのままだ。

 そのままの高度であっても、レイの顔に恐怖の類は一切ない。

 これまでに幾度となくセトから飛び降りているという経験からのものだろう。


(多分、この高度から落下し慣れているような奴ってのは、このエルジィンだと俺だけだろうな)


 そもそも、レイがかつて住んでいた日本……地球とは違い、空を飛ぶということの難易度が非常に高い。

 であれば、当然ながら空から降下する経験を持った者というのも少なくなるのは当然だった。

 更に竜騎士のように飛んで空を下りていくのではなく、文字通りの意味での降下……いや、落下ともなれば、スレイプニルの靴のような効果を持っていて空を飛べる者がどれ程いることか。


(ああ、いや。エレーナもスレイプニルの靴を持っていたし、イエロが大きくなれば俺と同じような経験が出来るか? ……別に空を飛ぶだけなら、ヴィヘラみたいにセトの足に掴まって飛べばいいのか)

 

 セトの背の上から飛び降りつつ、ふとスレイプニルの靴を持っているエレーナと共にセトから飛び降りる光景がレイの脳裏を過ぎる。

 深紅と姫将軍という異名持ちの二人が、唐突に上空から降下してくるのだ。

 敵にとっては、まさに悪夢の如き光景だろう。


「セト、ヴィヘラ、また後でな」


 セトの足にぶら下がっているヴィヘラの横を通り抜けながらそう声を掛けると、レイの姿はそのまま地上へと向かって落下していく。

 空中で何度かスレイプニルの靴を使って速度を殺しつつ、デスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出しながら、やがてレイの姿は商隊の護衛をしている冒険者に襲い掛かっているコボルトの群れへと落下する。


「多連斬!」


 地面に着地する直前、デスサイズを振るいながらレイは新たに覚えたスキル、多連斬を使用する。

 その一撃は、コボルト達にとって完全に不意を打たれたのだろう。何も出来ないままに頭部から幹竹割りとなる。

 同時に、幹竹割りになった身体に、デスサイズで付けられたものではない傷が生み出された。

 もっとも、最初の一撃で死んでしまったのだから、追撃の一撃は全く意味はなかったのだが。


「ワオオン!?」


 レイの一撃で味方がいきなり死んでしまったことに、驚きの声を上げるコボルト、

 そんなコボルトに対し、レイは新たなスキルを発動する。


「ペインバースト!」


 痛みが八倍となるスキルが発動されるのと同時に、レイはデスサイズで横薙ぎの一撃を放つ。


「ギャウンッ!」


 デスサイズの刃に掛かった何匹かのコボルトが高い悲鳴を上げる。

 胴体を切断されたコボルトは悲鳴すら上げずに死んでしまうが、中途半端に身体に傷が付いたコボルトは、ペインバーストの効果を直接受けた形だ。


「ペネトレイト!」


 横薙ぎにデスサイズを振るい、そのままの動きでデスサイズの石突きを大きく後ろに突き出しながらスキルを発動する。

 風を纏った石突きが、レイの背後から襲い掛かろうとしていたコボルトの頭部を砕く。

 数秒……それこそ十秒も掛からずに次々にコボルトが死んでいった光景を見て、コボルトリーダーはレイに脅威を覚えたのだろう。鋭く鳴き声を上げる。


「ワオオオオオオンッ!」


 その鳴き声に従い、コボルト達は商隊への攻撃を一時中断してレイへ向かって攻撃を行う。

 だが、それでもコボルトとレイの力はかけ離れており、次々に死体が生み出されることになる。

 デスサイズが翻ったかと思えば、その隙を突くように黄昏の槍による突きが放たれる。

 黄昏の槍で足の甲を突き刺されて動きが止まれば、デスサイズの刃によって首を刈られる。

 更に新たに習得したばかりの多連斬といったスキルも何度となく使用され、一度の攻撃で二重に斬り傷を付けられるコボルトも多い。……もっとも、コボルトの殆どがデスサイズの一撃で死んでいるので、実際に多連斬の効果を受けているコボルトは少ないのだが。

 更に凶悪なのが、ペインバーストだった。

 与えた痛みを八倍にするという凶悪な効果を持っているそれは、本来なら気にする程ではない傷も十分行動に支障が出るようになってしまう。

 他にも風の手を使って尻尾を引っ張って、一瞬だけ意識を逸らしたところに黄昏の槍を突き出したり、地形操作を使って多少ではあっても地面を動かして躓いて動きが鈍ったところにデスサイズの一撃を叩き込む。

 そんな行動が続いていき、コボルトの数は急速に減っていく。

 そして戦っているのは、当然のようにレイだけではない。

 レイが来るまでは押されていたとはいえ、商隊の護衛をしている冒険者がいる。……いや、商人までもが多少は腕に覚えがあるのか、御者台の上から弓を構え、矢を射っていたのだ。

 そこにレイがやってきて一気に形勢は逆転したのだが、そこにつけこまない程にお気楽な性格はしていなかった。

 コボルト達がレイに向き直ったのをこれ幸いと、次々に隙を見せたコボルトへと攻撃を仕掛けていく。

 このように攻撃されれば、コボルトの数が減っていくのも当然だろう。

 元々護衛の冒険者もギルムの近くで活動している者達だ。当然腕そのものは悪くない。


「ウオオオオオオオオオオオン!」


 そうして最後のコボルトが死んだ瞬間、コボルトリーダーは次の動きに出た。

 来るか、とレイが判断してしまったのも、以前の猪突猛進と表現してもいいコボルトの群れを見ていれば当然だったのだろう。

 だが……コボルトリーダーが取った行動は、その場からの逃走というものだった。

 即座にレイへと背を向け、そのまま走り出す。

 モンスターの中でも弱い種族のコボルトというモンスターの性格と言われればその通りなのだが、それでも以前のことがあっただけにレイは一瞬虚を突かれる。

 そしてコボルトは犬の顔を持っているモンスターだけあって、その足もそれなりに速い。


「逃がすか!」


 予想外の展開に一瞬驚いたが、レイはすぐに地面を蹴る。


「あっ、ちょっ! 今から追っても……」


 護衛の冒険者の一人がそう言おうとしたが、レイはそれに耳を貸さずに視線の先にいるコボルトリーダーの背を追う。

 疾走するレイの速度は、決してコボルトリーダーにも負けていない。

 いや、それどころか見る間にレイとコボルトリーダーの距離は縮まっていく。


「襲っておきながら逃げるってのは、自分勝手すぎるだろう! パワースラッシュ!」


 レベルの上がったパワースラッシュの一撃が放たれ、コボルトリーダーの胴体の殆どが砕け散った。

 周辺にはコボルトリーダーの内臓や肉片が綺麗に広がって散らばっている。

 微かにレイが眉を顰めたのは、今の一撃の反動を完全に殺すことが出来なかったからだろう。


「……ふぅ」


 それでも魔石は破壊されず、地面に転がっているのを見て安堵の息を吐くのだった。

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