1177話
林から飛び立ったレイとヴィヘラ、セトの二人と一匹は、それ程離れていない場所へと着地する。
元々がワーウルフやサイクロプスの流した血に集まってくるモンスターや肉食獣といったものから退避する為に必要だった行為なので、林からある程度距離を取ればもう離れる必要はない。
それよりも、今は魔石を吸収してスキルを習得することが最優先だった。
そうして見晴らしのいい草原に降り立ったレイ達は、周囲にモンスターの姿がないのを確認すると、早速ミスティリングの中から魔石を取り出す。
ワーウルフの魔石が二つに、ワーウルフリーダーの魔石が二つ。合計四つの魔石だ。
ワーウルフとは今回が初遭遇だったので、まだどちらの魔石も吸収したことがない。
(まぁ、顔が狼で身体が人。そう考えれば、コボルトの上位種という考えも出来ない訳ではないけど)
ゴブリンに対してのゴブリンリーダーやゴブリンメイジ、ゴブリンジェネラル、ゴブリンキング……といった上位種ではなく、種族その物が変わる上位種のホブゴブリンやオーガといったモンスターのように。
もっとも、モンスターの外見だけで全てを判断するような真似が危険なのは、レイもこれまでの冒険者としての生活で理解している。
「さて、じゃあ早速魔石の吸収を済ませるか」
「グルルルゥ!」
レイの言葉にセトが嬉しそうに鳴き、言葉には出さないがヴィヘラも興味深そうにレイへと視線を向ける。
魔獣術の真骨頂ともいえる、魔石を吸収してのスキルの習得。
タクムが関与したと思われる脳裏に響くアナウンスメッセージを聞くことは出来ないが、それでも新しいスキルを習得する光景というのはヴィヘラの好奇心を刺激する。
そんなヴィヘラの視線を向けられながら、レイは最初にワーウルフの魔石を取り出す。
今回の魔石のメインディッシュとも言えるワーウルフリーダーの魔石より、まずは前菜だとでも言いたげに。
……実際、レイの気持ちとしてはそれと同じようなものなので、間違いではないのだが。
「さて、まずは……そうだな。セトからいってみるか。セト!」
その言葉と共に、ワーウルフの魔石は空中へと放り投げられる。
セトはそれを見事にクチバシでキャッチし、そのまま飲み込む。
【セトは『嗅覚上昇 Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に流れるアナウンスメッセージ。
「……ワーウルフってのを考えれば、そうおかしくないのか?」
てっきり攻撃系のスキルを習得するのだとばかり思っていただけに、レイは少しだけ拍子抜けしてしまう。
だが、考えてみればワーウルフというのは狼の頭部を持っているのだから、嗅覚が鋭いのは当然と言えた。
「レイ、どんなスキルを習得したの?」
「嗅覚上昇だ。……何だかんだと、使い勝手はいいスキルなんだけどな。予想していたのとは違うスキルだった」
セトの嗅覚上昇は、これまでに何度もレイを助けてきた。
そう考えると、決して使えないスキルではない。
それでも、やはり予想していたスキルと違うというのはレイにとっては残念だった。
「グルゥ……」
セトもまた、予想したスキルと違ったのか残念そうに喉を鳴らす。
落ち込んだセトを励ます意味も込めて軽く撫で、レイは口を開く。
「ほら、落ち込むなって。元々スキルの習得は運が重要な要素なんだから」
正確には運が本当に関係しているのかどうかは分からなかったが、これまで何個もの魔石を吸収したレイの目から見ると、やはり運というのが大きな要素を持っているように思える。
レイの言葉に、セトは喉を鳴らしてそうかな? と態度で示す。
そんなセトの様子に頷きを返したレイは、次は自分の番だとデスサイズを手に、魔石を空中へと放り投げる。
デスサイズの巨大な刃が一閃し、次の瞬間には魔石は真っ二つに切断され……
【デスサイズは『ペネトレイト Lv.三』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが脳裏を過ぎる。
「……ペネトレイト?」
そのスキルは、デスサイズの石突きを使った突きに風を纏わせて突きの威力を上げるというスキルだ。
それ自体は問題がない。
いや、使い勝手という点で考えれば、満足の出来るスキルだといえるだろう。
しかし、ワーウルフとペネトレイトのスキルが結びつかないのも事実。
ペネトレイトの効果と共にその辺を説明すると、ヴィヘラは寧ろ納得したように頷く。
「レイが戦っていたワーウルフは使わなかったのかもしれないけど、私と戦っていたワーウルフはこう、爪を使った突きをしてきた個体もいたわよ? その辺からじゃない?」
「……ああ、そう言えばいたような気がするな」
ヴィヘラの言葉に戦闘を思い出し、そう言えばそんなことがあったか……と思い出す。
突きを使われた時は、それが命中する前に一撃を放ってカウンター気味にワーウルフを仕留めていた。
そう考えれば、あまり印象に残っていなくてもおかしくはない。
「ちょっと試してみるか。……一応少し離れててくれ」
そう告げ、セトとヴィヘラが離れたのを確認するとデスサイズを構えながらスキルを発動する。
「ペネトレイト!」
スキルの発動と共に放たれたデスサイズの石突きを使った突きは、風を纏いながら放たれる。
レイの予想した通り、デスサイズが纏う風は魔石の吸収をする前に比べると明らかに増えていた。
それがレベルアップしたことによる効果なのだろう。
「へぇ。こうして見てみると、効果が目で見て分かるのね」
デスサイズの姿を見たヴィヘラの口からは、感心した声が漏れる。
また、同時に感心している以外にも多少ではあるが羨ましそうな色もある。
魔石を吸収することで容易にスキルを強化出来るというのは、ヴィヘラの目から見ても羨ましいことだった。
人から貰った魔石を吸収することは出来ず、魔石を持っているモンスターと多少ではあるが戦わなければならないという制約はあるが、ワーウルフリーダーにやったように最後の一撃を放つだけでも条件は満たされる。
そう考えれば、決して厳しい制約という訳ではない。
(魔獣術……ね。一生につき一度しか出来ない。どちらかと言えば、これが一番厳しい制約なのかしら)
いつか自分もやってみたい。そんな思いを抱くヴィヘラの前で、レイは次の準備に取り掛かる。
そう、今回のメインディッシュともいえる、ワーウルフリーダーの魔石の吸収だ。
ワーウルフの物よりも明らかに大きいその魔石を手にしたレイは、いつものようにセトへと呼び掛ける。
「セト!」
そうして放り投げられたワーウルフリーダーの魔石は、先程と同様にあっさりとセトの口の中へと入っていく。
【セトは『毒の爪 Lv.五』のスキルを習得した】
そして脳裏に流れるアナウンスメッセージ。
それを聞いていたレイが何に驚いたのかと言えば、やはり毒の爪がレベル五になったことだろう。
「よし!」
自分の経験から、レベル五になればスキルの性能が化けるということを知っているレイは、思わず声を出す。
毒の爪? という疑問もあったが、ワーウルフリーダーであれば毒の爪を使った攻撃をしてもおかしくはないという思いもある。
「どうやら随分と強力なスキルを入手したようね?」
「ああ。毒の爪だ。いや、スキルだけならそんなに強力って程でもなかったんだけど、セトの初めてのレベル五超えのスキルだ。そしてレベル五になれば……」
威力が格段に増す、と。
飛斬についての説明を受けていたヴィヘラは、レイが喜んでいた理由を理解する。
だが同時に、セトに毒の爪というスキルが合うのか? という疑問もあった。
そんなヴィヘラの様子を見ていたレイだったが、似合わないスキルを習得するといった行為は今までにも幾つもある。
それこそ、光学迷彩や王の威圧といったスキルはセトの性格を考えるとあまり似合ってはいないだろう。
(セトの性格じゃなくてグリフォンという風に考えれば、そんなに不思議じゃないんだけどな)
「グルゥ?」
レイとヴィヘラのやり取りを不安に思ったのか、セトが喉を鳴らす。
どうしたの? といったことを感じさせるセトの鳴き声は、とてもではないが王の威圧のようなスキルを使うように見えない。
「いや、何でもない。それより、ちょっと毒の爪を使ってくれるか?」
「グルゥ……」
レイの言葉に、セトは少し離れていく。
その姿が多少なりとも寂しそうに見えるのは、レイやヴィヘラの気のせいだけではないだろう。
(この件が終わったら、しっかりとセトを愛でる必要があるだろうな)
セトの様子を見ながらレイがそう考えていると、レイやヴィヘラに被害が及ばないと思われる場所まで移動すると、気分を切り替えるように高く鳴く。
「グルルルルルルゥ!」
その声と共に毒の爪のスキルが発動したのだろう。セトの前足から出ている爪が毒々しい紫へと変わる。
液体になって地面に滴り落ちたりしないのは、せめてもの救いだろうか。
「……グルゥ?」
そうして毒の爪を発動してから、攻撃するべき対象がいないことに気が付いたのだろう。セトが困惑したように周囲を見回し……やがて円らな瞳をレイへと向けてくる。
どうすればいいの? と、そう視線で問い掛けてくるセトに、レイもまたしまったといった表情を浮かべていた。
毒の爪がレベル五になったことを喜んだのはいいのだが、そのせいで少し舞い上がっていたというのも間違いのない事実だった為だ。
「あ-、そうだな……ほら、あそこに岩があるだろ? あの岩にちょっと攻撃してみてくれるか?」
少し……セトが走れば一分も掛からない場所に存在している、高さ二m程の岩を示してレイが告げる。
セトは若干戸惑った様子だったが、自分でも毒の爪の効果を見る必要はあると判断したのだろう。そのまま地面を走って移動し……その速度を活かしたまま跳躍すると、一気に岩へと向かって紫色に染まった爪を振り下ろす。
セトの膂力によるものなのか、岩はひとたまりもなく砕け散る。
「ねぇ、レイ。……ふと思ったんだけど、毒ってくらいだから生き物に対してじゃなきゃ効果がないんじゃない?」
「……そうだな」
岩を攻撃するようにセトに言ったレイだったが、よく考えれば無機物に対して毒で攻撃しても、効果があるのかないのかははっきりと理解出来なくて当然だろう。
これが何らかのモンスターであれば、毒によって苦しんだりする様子から効果が発揮されているというのを確認出来るのだが。
「グルゥ……」
残念そうな表情を浮かべながら戻ってきたセトに、レイは謝罪の意味も込めてそっと頭を撫でる。
そんな行為だけであっさりと気分がよくなったセトは、上機嫌に喉を鳴らしながらもっともっととレイに頭を擦りつけてきた。
「ほら、あまりじゃれつくなって。それより、最後は俺の分か」
レイが真面目な様子になったのを理解したのだろう。セトはそっとレイから離れていく。
ヴィヘラも、毒の爪の件はひとまず置いておき、レイが……正確にはデスサイズがどのようなスキルを習得出来るのか、期待の視線を浮かべていた。
そんな一人と一匹の視線を向けられたまま、レイはワーウルフリーダーの魔石を空中へと放り投げ……次の瞬間、デスサイズを振るう。
一閃されて魔石が切断され……
【デスサイズは『多連斬 Lv.一』のスキルを習得した】
そんなアナウンスメッセージが流れる。
「多連斬? ……新しいスキルだし、スキル名から考えると恐らく連続攻撃系のスキルか?」
「何? その多連斬というのは新しいスキルなの?」
鋭くレイの呟きを聞き取ったヴィヘラの言葉に、レイは頷きを返す。
「ああ。久しぶりに新しいスキルを習得出来た。……その名前から大体の効果は予想出来るけど、取りあえず試してみるか。少し離れてくれ」
レイの言葉に、ヴィヘラとセトはそれぞれ距離を取る。
全く新しいスキルだけに、どんな効果のスキルなのか全く分からない。
それだけに、レイが多少なりとも慎重になってもおかしくはなかった。
そうして周囲が安全だと確認したところで、レイはデスサイズを振るう。
「多連斬!」
その言葉と共に振るわれた一撃は……傍目に見る限りでは、特に何かがあったかのようにも見えない。
「……うん? どうなってるんだ?」
今までスキルを習得しても、そのスキルが全く効果を発揮しなかったということはなかった。
いやあっても、それは何らかの条件が整っていないということであり、習得したスキルが無意味だということは一切ない。
だとすれば……と、レイは周囲を見回し、特に標的になるようなゴブリンのようなモンスターや、少し前まで戦っていたワーウルフといったモンスターがどこにもおらず、岩もセトの一撃で壊れて仕舞っている。
いっそ林に戻って木に対して攻撃するかとも思ったが、ふと地面を見て思いつく。
別にスキルをするだけなら、地面に対して行ってもいいのではないか、と。
「……やってみるか。多連斬!」
地面へと向かって振るわれたデスサイズの一撃。
デスサイズの刃が地面を一m程斬り裂くと……デスサイズの刃のすぐ隣に、全く同じような傷痕が残っていたのだった。
【セト】
『水球 Lv.四』『ファイアブレス Lv.三』『ウィンドアロー Lv.三』『王の威圧 Lv.二』『毒の爪 Lv.五』new『サイズ変更 Lv.一』『トルネード Lv.二』『アイスアロー Lv.一』『光学迷彩 Lv.四』『衝撃の魔眼 Lv.一』『パワークラッシュ Lv.四』『嗅覚上昇 Lv.三』new『バブルブレス Lv.一』『クリスタルブレス Lv.一』『アースアロー Lv.一』
【デスサイズ】
『腐食 Lv.四』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.三』『地形操作 Lv.二』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』new『多連斬 Lv.一』new
毒の爪:爪から毒を分泌し、爪を使って傷つけた相手に毒を与える。毒の強さはLvによって変わる。
嗅覚上昇:使用者の嗅覚が鋭くなる。
ペネトレイト:デスサイズに風を纏わせ、突きの威力を上昇させる。ただし、その効果を発揮させるには石突きの部分で攻撃しなければなららない。
多連斬:一度の攻撃で複数の攻撃が可能となる。Lv.一では本来の攻撃の他にもう一つの斬撃が追加される。