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レジェンド  作者: 神無月 紅
アゾット商会
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0117話

「風の手、ねぇ。また妙なスキルを入手したな」


 脳裏に過ぎったアナウンスに思わず呟くレイ。そして論より証拠とばかりに風の手と言われたスキルを発動してみる。

 するとその途端にデスサイズから1本の触手のようなものが伸びているのが感じ取れる。

 そう、感じ取れるのだ。実際に目で見える訳では無い。本来であれば他人の魔力を感じ取るという能力を持たないレイだが、風の魔力で編み込まれた触手のようなものを感じ取れたのは自分の魔力を使って作り出された触手だったからか。はたまたデスサイズを経由しているからなのか。

 とにかく、無色透明の風で作られた触手の存在を感じ取れたのだ。


「風の手というよりは、風の触手ってスキル名が相応しいと思うんだがな」


 小首を傾げながらデスサイズから伸びている触手を動かし、地面に落ちている30cm程度の大きさの枯れ木へと触手の先端を触れさせる。

 すると次の瞬間、その触手に触れられた枯れ木はレイの意志に従うように風によって空中へと持ち上げられる。


「……なるほど。確かに効果を考えれば風の手というスキル名もそれ程おかしくないのかもしれないな」


 そこまでやって、ようやくレイは風の手というスキルの大体の性能を理解する。即ち、風で出来た見えない触手を伸ばして対象へと触れさせる。するとその触れた対象に対して風を使った干渉が可能なのだ。まさに風によって作られた見えざる手とでも言うべきスキルだった。


「だが……」


 不意に風の手を伸ばしたまま近くに落ちていた石を放り投げる。するとその石は風の手の触手状の部分へと接触したというのに、何の抵抗もなくすり抜けて向こう側へと飛んで行く。


「やっぱりな。手としての機能があるのはあくまでも触手の先端部分のみであって、いわゆる腕の部分に関してはスキルの効果が無い訳か。そして……」


 風の手を可能な限り伸ばしていくと100m程度が限界らしくそれ以上に伸ばすのは無理だった。


「スキルレベルが上がればもっと距離が伸びるのか? いや、あくまでも俺の視覚で確認しながら操作している以上はあまり伸びすぎても無理が出て来るか」


 伸びていた風の手を手元へと戻し、次は落ちている石へとその手を伸ばす。


「そして風の手の先端で操れる風に関してもあくまでも一定量で決まってて、Lv.1の為かそれ程強力な風を操れる訳でもない、と。まぁ、拳大の石を持ち上げる程度の威力はあるんだから全く威力が……威力? いや、この場合威力はそれ程重要じゃないか。セトのスキルを組み合わせれば……」


 頷きながら呟き、急いで目の前にあるエメラルドウルフの素材や肉をミスティリングへと収納し、同時にこれまで処理してきた内臓の類が入っている穴の中へと魔法で作り出した火球を投げ込んで燃やし尽くしてから土で埋める。


「グルルゥ?」


 他のエメラルドウルフはいいの? と小首を傾げてくるセト。


「ああ。今はそれよりもちょっと試してみたいことがあってな。ミスティリングの中に入れておけば時間の流れは止まってるんだから、取りあえずエメラルドウルフに関しては暇が出来た時にでもやるさ。それよりもセト、ちょっと試してみたいことが出来たから少し広い場所まで移動するぞ」


 いつものレイらしくなく、どこか急いだ様子でセトの背へと跨がる。


「セト、取りあえず広い場所。そうだな、余裕を見て一面が草原やら荒れ地になってる類の場所を探してくれ」

「グルルゥ? グルゥッ!」


 少し首を傾げたが、すぐにレイの求めているのがどういう場所か理解したのだろう。短く鳴いてから数歩の助走を経て翼を羽ばたかせる。そしてまるで空を蹴るかのように高度を上げていき、ほんの数秒で十数mの高さに達していた。

 その高さに達して空から周囲を見回せば、広がるのは一面の緑の絨毯。秋晴れと言ってもいい程に日光が降り注いでいるおかげで、草原すら日差しを反射して輝いているように見えた。同時に、地上の数ヶ所ほどで動いているのは恐らく野生の動物やモンスター。あるいは何らかの依頼を受けている冒険者達なのだろう。ギルムの街から徒歩だと1日以上の距離があるここまで遠征してきているということは、恐らくそれなりに腕利きの冒険者達なのだというのはレイにも予想出来た。

 まぁ、セトにしてみればギルムの街から1時間弱程度の距離でしかないのだが。


「そう考えると、機動力やフットワークの軽さって意味じゃ俺は恵まれているんだよな」

「グルゥ?」


 翼を羽ばたかせながらも、レイの方へと顔を向けるセト。

 その様子に笑みを浮かべながら首の辺りを撫でてやる。


「いや、何でも無いよ。セトがいてくれていつも助かってるって言いたいだけだ」

「グルルゥッ!」


 嬉しそうに鳴き、そのまま大空の散歩を楽しむこと十数分。幸い空を飛ぶ類のモンスターに襲われるようなこともなく、無事にレイの希望していたような一面の荒れ地へと到着する。


「……うん、ここはいい。実験をするのに最適な場所だな」


 地面へと着地し、周囲を見回して満足そうに頷くレイ。

 周囲はまさに荒れ地とでも表現すべき場所であり、少し前まで視界一杯に広がっていた草原は既に殆ど存在していない。徒歩数時間程度の場所まで戻ってようやく草原が見えてくる、と言った所だろうか。


「まずは……そうだな、セト。今から俺が魔法を使うから、その魔法と重ね合わせるようにしてトルネードを発動してみてくれ。そしてスキルが発動したら危険だから一旦離れるぞ」

「グルゥ!」


 セトの返事を聞き、ミスティリングから魔法発動体でもあるデスサイズを取り出す。


『炎よ、汝の燃えさかる灼熱の如き力を渦として顕現せよ』


 呪文を唱えるに従い、デスサイズの柄の部分へと凝縮された炎が姿を現してくる。まだ実験段階である為に、魔力自体はそれ程込められてはいない。だが、それはレイに限ってはという注釈であり、普通の魔法使いにとっては全力と言ってもいい程度の魔力は込められていた。

 そして呪文が完成し、炎が凝縮した所でデスサイズの柄を大きく振り下ろす!


『渦巻く業火!』


 その呪文と共に放たれた凝縮した炎は10m程先へと着弾し、まるで炎で作られた竜巻のような姿を顕わにする。ただしその炎の範囲が及ぶのはあくまでも竜巻状の中と周囲のみであり、効果範囲は数m程度といった所だ。


(やはりこうなるか。だが……)


 内心で呟き、セトの方へと視線を向ける。


「セト」

「グルルゥッ!」


 レイの合図を聞き、言われた通りに炎の竜巻に重ねるようにしてトルネードを発動させる。そして一目散にセトとレイは後方へと走っていき距離を取り、自分達のスキルがどのような結果になるのかをじっと観察する。

 炎の竜巻と風の竜巻。その2つが合わさり……だが次の瞬間には炎が風を燃やし尽くすかのようにトルネードを喰らい尽くすのだった。


「……駄目か」

「グルゥ」


 ごめんなさい、と頭を下げてくるセトだったが、レイは特に気にした様子もなくその頭をコリコリと掻いてやる。


「気にするな。今のは上手くいったら儲け物って程度だったからな。セトのトルネードがもっと高レベルになったら俺の予想通りに上手く行ったかもしれないが、今のレベルじゃしょうがない」


(今のを見た限りでは炎と風が上手く混ざり合っていなかった為に、風が一方的に炎に浸食されたように見えた。つまり、その一方的に浸食されるというのをどうにかして上手く混ぜ合わせてやれば……)


 内心で呟くレイ。レイが再現しようとしているのはいわゆる『火災旋風』という現象だ。特定箇所で発生した炎が空気を消費して、周囲の空気を取り込むことにより局所的な上昇気流が発生。そしてその上昇気流に乗るようにして結果的に火災旋風と呼ばれる炎の竜巻が形成されるのだ。その火災旋風によって巻き起こる炎を伴った風の温度は1000℃にも達し、火災旋風の内部は秒速数百mにも達する局所的な災害とでも言うべき物だ。その現象をレイが使う魔法とセトのスキルであるトルネードで再現出来ないかと試してみたのだが、結果はレイが見たように炎によって風が浸食されるというものだった。


(火災旋風を再現するには、俺の炎の魔法だけじゃ出来ない。だからこそセトのトルネードと同時に使えば可能かと思ったんだが……まぁ、いい。まだ試してみるべき事はある)


「セト、もう1度だ。ただし次は俺もさっきデスサイズで入手した風の手を使ってみる。これで成功する確率は上がると思うから、今度もまたスキルを使ったら距離を取るぞ」

「グルルルゥ」


 レイの声に頷くセト。それを見ながら、再び魔力を込めて呪文を口に出す。


『炎よ、汝の燃えさかる灼熱の如き力を渦として顕現せよ』


 そしてデスサイズを振るい、柄に集まっていた炎の固まりを前方へと飛ばす。


『渦巻く業火!』


 再び現れる炎の竜巻。それを見ながらデスサイズをしっかりと握りしめてセトへと合図を出す。


「セト!」

「グルルルルルゥッ!」


 セトの雄叫びを上げると同時に、風の竜巻が炎の竜巻と重なるようにして姿を現す。それを確認してから先程同様に距離を取るレイとセト。そしてデスサイズを握りしめて風の手を発動させる。

 風の魔力で編み込まれた触手がデスサイズから伸びていく。その向かう先は当然炎と風の竜巻が重なっている場所だ。やはりレイの魔法で作り出された炎の方が威力が高いらしく、徐々に風の竜巻へと浸食していく。そして先程の二の舞になるかと思った瞬間……風の魔力で編み込まれた触手の先端がその炎と風、2つの竜巻へと接触することに成功する。


「っ!?」


 接触したその瞬間、レイはデスサイズを通して風の魔力を操り炎に浸食され尽くす寸前の風の竜巻へと触手状に形成された風の魔力を流し込む。すると徐々にではあるが風の竜巻は炎の竜巻の浸食を押し返すようにしてその規模を広げていき……数秒後には炎と風の2つの竜巻が同じ大きさになり、まるで重なり合うようにしてそこに存在していた。

 そしてそのまま数秒程重なり合ったまま2つの竜巻が別個に存在していたのが、次の瞬間にはその2つが融合して炎を伴った風の竜巻。即ちレイの再現しようとしていた火災旋風が姿を現す。同時に。


「ぐっ!」

「グルゥッ!」


 2つの竜巻が1つになり、火災旋風と化したその直後、100mは離れていた筈のレイとセトの下へと強烈な熱風が叩き付けられる。咄嗟にセトと共にさらに大きく距離を取るレイ。500m程も離れると、ようやく多少熱く感じる程度まで周囲の温度が下がる。


「……ちょっと甘く見てたな。だが、これは広域破壊としてはそれなりに使えるか。ただ手間が掛かりすぎるのが問題、か」


 レイ自身の炎の魔法。セトのトルネード。そしてデスサイズの風の手。3つの手順を踏んで、尚且つ炎と風の竜巻が融合するまでに多少の時間が掛かるとあっては通常の依頼で受ける討伐依頼の類ではまず使えないと思った方がいいだろう。竜巻が融合するという手順を踏んでいる間に距離を取ってしまえば多少のダメージは受けるだろうが、致命的な一撃は避けられるのだろうから。


「逆に考えると動きの鈍いモンスターや巨体のモンスターに対しては効果的にダメージを与えられる訳か」


 じっと燃えている火災旋風をセトと共に見ながら最後にそっと呟く。


「例えばベスティア帝国の軍隊、とかな」


 そう、動きの鈍い巨体を持つ敵。つまり人間の軍隊を1つの生物として見た場合はまさにこれに当たる。エレーナから聞かされた、この冬を越した後、来春に行われる可能性が高いというベスティア帝国との戦争。その際の切り札の1つとして今の火災旋風現象は使えるだろうという判断だった。直接的な熱の被害だけでも半径数百mに及び、同時に周囲に高温のガスや炎を巻き起こすことによる間接的な被害まで考えると、その効果範囲はレイの使える100近い炎を作り出して範囲内の敵を攻撃させる『舞い踊る炎』よりも効果範囲が広く、同時に半透明の紅いドームを作り出してその中の敵を殲滅するがドームの外には一切の被害を与えない『火精乱舞』と比べても大量の敵という存在を相手にするには向いている。そして何よりも複数の魔法やスキルの複合効果なのか、他の魔法と違って火災旋風の巻き起こっている時間が非常に長い。こうして離れて見ている現在も未だに炎の竜巻は周囲に死を与えるかのように存在し続けているのだから。


「それでも色々と注意すべき点はあるが……その辺は要修行って所か。セト、おかげでかなりの威力を誇る攻撃方法の開発には成功した。ありがとうな」

「グルルルゥ」


 褒められながら撫でられ、喉を鳴らして喜ぶセト。

 その様子を見ながら火災旋風が自然と姿を消すまで約1時間、セトと共にその様子を観察してからギルムの街へと戻るレイだった。

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