1166話
リトルテイマーの36話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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「そう、ですか。ゴブリンリーダーが数匹。だとすれば、かなりの数のゴブリンがギルムに向かっていたことになりますね」
レイの説明を聞き、レノラが憂鬱そうに呟く。
現在、ギルドの中には大勢の冒険者の姿があり、ざわめきが満ちていた。
だがいつもと違うのは、仕事を終えた開放感からのざわめきではなく、不安が混ざっていることか。
特に依頼を受けてギルムの外に出ていた者の中には、ゴブリンを含む複数のモンスターの群れをその目で見た者が多い。
事実、ギルドで把握していたモンスターの群れというのは、そのような者達からの報告で手に入れた情報が多い。
勿論冒険者以外にも、商人や旅人といった者達から得られた情報もあるのだが。
そのような者達から得られた情報で、ギルムに向かっているゴブリンの群れがいるということが判明して迎撃の為に冒険者が派遣されたのだから。
「レイ君のことだから大丈夫だとは思っていたけど……コボルトリーダーとも遭遇したんでしょ?」
レノラの隣で報告を聞いていたケニーが、大丈夫だった? とレイを心配そうに眺める。
レイの実力があれば大丈夫だとは思っていたのだろうが、それでも心配してしまうのは恋する乙女だからなのだろう。
「そっちは問題なかったよ。俺だけじゃなくてヴィヘラもいたし。……そう言えばヴィヘラは?」
「ヴィヘラさんなら、残念ながらまだ戻ってきていませんね。……おかしいですね。そろそろ戻ってきてもいい筈なんですけど」
ヴィヘラが向かったのは、レイが向かったよりも近い場所にあるゴブリンの群れ。
そう考えれば、そろそろ戦闘が終わって戻ってきてもおかしくなかった。
それでもレイの中に、ヴィヘラがもしかして……という思いはない。
ヴィヘラの強さを理解しており、ゴブリンが幾らいてもどうにか出来る筈がないと思っている為だ。
もっとも、ヴィヘラにも体力の限界はあるのは事実だ。
幾ら普通の戦士と違って鎧の類を装備しておらず、武器も長剣や槍、ましてや鎚のような物をもっていないとしても、戦い続けていればいずれ体力がなくなってしまう。
そうならない為に他の冒険者達と共に行動しているのだから、心配はいらないのだろうが。
(ゴブリンに人間の美醜が判断出来るかどうかは分からないけど、それを抜きにしてもヴィヘラはゴブリンにとって垂涎の的なのは事実だしな)
母体が優秀であれば、生まれてくるゴブリンも当然のように高い能力を持った個体となる。
そういう意味では、ゴブリンにとってヴィヘラというのは喉から手が出る程に欲しい母体だろう。
(まぁ、ゴブリンが欲しいからって、ヴィヘラがその通りになるとは思わないけど)
ヴィヘラの強さというのは、ゴブリンがどのくらい集まってもどうにかなる代物ではない。
レイの中には、そんな思いがあった。
そして……まるでレイの思いを読み取ったかのように、ギルドの扉が開くとヴィヘラが姿を現す。
いつもと少し違うのは、そんなヴィヘラの後を数人の冒険者が歩いていることだろう。
それもただ歩いているのではなく、まるでヴィヘラの従者であるかのような歩き方。
だが、ヴィヘラは自分の後ろを歩いている者達のことは特に気にした様子もなく、ギルドの中にいるレイを見つけると笑みを浮かべて近づいて行く。
「あら、レイ。早かったのね」
「俺にはセトがいるしな。……それより、そっちの冒険者達は?」
ヴィヘラの背後にいる冒険者を眺めつつ尋ねるレイに、ヴィヘラは口元に苦笑を浮かべる。
「ゴブリンとの戦いでちょっと助けてあげたのよ。そうしたら……」
この有様、と。
そう告げるヴィヘラに、背後の男達は慌てて首を横に振る。
「ちょっとなどというものではありません! あのままだと、僕達は間違いなくゴブリンによって全滅させられていました! それを助けて貰ったのですから、恩返しくらいはさせて貰いたいのです!」
そう叫ぶ声がギルドに響く。
その声は大きく、周囲でレイやヴィヘラの様子を窺っていた他の冒険者達にも当然のように聞こえていた。
「あー……うん、そうか。まぁ、分かった」
熱い言葉――レイには暑苦しいと感じられたが――に、何となく男達の性格を理解したレイは、短くそれだけを告げる。
そんなレイの態度に思うところはあっただろう冒険者の男達だったが、それでもヴィヘラとの関係については知っているのだろう。それ以上は特に何も言わずに黙り込む。
「それで、レイの方はどうだったの?」
「特に問題はなかったな。ゴブリンの数が多かったけど、魔法とセトのスキルで纏めて始末出来たし」
「……でしょうね。こういう時はレイの力は羨ましいと思えるわ。こっちは戦闘もそうだったけど、何より厄介だったのはゴブリンの死体の処理よ」
うんざりとしたように呟くヴィヘラの言葉は、レイにも理解出来た。
レイの場合は魔法で纏めて焼却したが、ヴィヘラに魔法は使えない。
だとすれば、ゴブリンの群れを構成する百匹の死体を集めて処理をする必要があった。
(ああ、なるほど。ヴィヘラが戻ってくるのが遅かったのは、そういう理由もあったのか)
普通に考えれば、ゴブリン百匹をどうにかするというのは非常に面倒であり、労力を使う。
ましてや、群れは幾つもギルムに向かってきていたのだから、レイと同じく幾つもの群れを相手にしなければならなかった可能性もある。
そう考えれば、ヴィヘラが戻ってくるのは寧ろ早かったと言ってもいい。
「それで、これからどうすればいいんだ?」
ヴィヘラからも話を聞き、自分達が今は何をすればいいのかと視線をレノラに向けるレイだったが、レノラはそんなレイに対して少し疲れた笑みを浮かべて口を開く。
「今日は何もしなくてもいいかと。……レイさんとヴィヘラさんが出ていかなければならないような大きな事態は起こらない……起こって欲しくないというのが正直なところですが」
一騎当千、万夫不当と呼んでも相応しいだけの活躍をするレイと、そのレイの仲間のヴィヘラ。
この二人が出るようなことになれば、それは当然大きな事件が起きていることを意味する。
少なくても今の状況では、間違いなくモンスターの群れが関係してくるだろう。
出来ればそんな事態になって欲しくはないと思いつつも、レノラは最後に一言付け加えるのを忘れない。
「ただ、もしかしたら……本当にもしかしたらですが、何か起きる可能性は決して皆無だとは言いません。……いえ、現状では何か起きる可能性は非常に高いです。なので、すぐに連絡の取れる場所にいてくれるとこちらとしても助かるのですが」
「ああ、それなら大丈夫よ。私もレイも、夕暮れの小麦亭に泊まっているから。……まぁ、部屋は別々だけど」
一緒の宿に泊まっている。
そう聞いた瞬間、ケニーの表情が不満そうな色になる。
出来ればケニーもレイと同じ宿に泊まりたい……いや、それどころか自分の家にレイを泊めたいとすら思う。
だが、前者は自分の給料では難しいし、後者も色々な理由から無理があった。
ギルドの受付嬢というのは、同年代の者達と比べれば明らかに高給取りだ。
実際の仕事の内容は他の者が思う程に楽ではないのだが、それを加味しても高い給料を貰っている。
そんな高給取りであっても、夕暮れの小麦亭に部屋を借りることは出来ない。
いや、一泊や二泊といったくらいであれば、少し贅沢であるが出来ない訳ではない。
しかし、それがずっと……それこそ定宿に出来るだけの給料かと言われれば……答えは否だった。
これが冒険者であれば、ある程度高ランク冒険者なら夕暮れの小麦亭を定宿にすることも可能なのだが。
(冒険者、ね。……けど、私はきちんと戦闘訓練受けた訳でもないしね。しかも辺境のギルムでなんて難しいでしょうし)
一瞬長剣を持っている自分の姿を……そしてレイの隣にいる自分の姿が脳裏を過ぎったケニーだったが、すぐに現実を思い知ってしまう。
受付嬢としてここで働くこと、数年。
その間に何人もの冒険者が依頼に向かって戻ってこなかったところを見ているのだ。
それだけに、冒険者がどれ程危険な仕事かというのは、恐らく当の冒険者本人よりもケニーの方が詳しいだろう。
そんなケニーの姿を一瞥したレノラは、すぐに目の前の二人に頷きを返す。
「分かりました。何かありましたら連絡させて貰います。では、お気を付けて」
レノラの挨拶を受け、今回の依頼の報酬を受け取ったレイとヴィヘラはギルドを出て行く。
その後を、ヴィヘラに助けられたという冒険者達が追い……この場に残るのは、レノラとケニーのみとなる。
勿論厳密にはそれだけではない。ギルドの中には多くの冒険者達がいるし、酒場ではゴブリンの群れの討伐依頼を終えて戻ってきた者達が酒を飲んでいた。
カウンターの内部でも、ギルド職員が色々と忙しく仕事を行っている。
それでも、レノラやケニーの思いとしては、自分達だけがここに残されたと感じてしまうのだ。
小さく息を吐き、レノラは気分を変える。
このままではろくに仕事が出来ないと、そう判断しての行動。
そうして気分を切り替えると、まだ残念そうな様子のケニーを、手に持っていた書類を丸めて叩く。
「きゃんっ! ちょっとレノラ。いきなり何をするのよ」
「何をするのよ、じゃないでしょ? 今はそうやってぼけっとしてるよりも、仕事でしょ。……ほら」
まだ何かを言い掛けていたケニーだったが、レノラの視線が向けられた方を見ると……そこでは上司がジト目を向けていた。
このままでは小言を言われる。
そう判断したケニーは慌てて仕事へと戻っていく。
勿論レノラもそんなケニーに遅れるような真似はしない。
ケニーに注意をしておきながら、自分が叱られては意味がないのだから。
(それにしても……本当に何が起こってるのかしら。ゴブリンだけなら、こんな風に群れを作って暴れるのも理解出来ないではないんだけど……それが、何種類ものモンスターを含めてなんて)
レノラの胸中に不安があったが、それでもギルムにいる冒険者が力を合わせれば……そしてこの地を統べるダスカーがいれば、この程度の難事は乗り切れると信じ、仕事へと戻っていくのだった。
「何でも、ゴブリンの群れがギルムを襲おうとしたんだって?」
「ああ。知り合いの商隊がゴブリンの群れを見たそうだ」
「けど、結局ゴブリン程度だろ? なら、ギルムの冒険者が負ける筈はない……と思いたいな」
「ギルムにいる冒険者が腕利きだというのは知ってるけど、それでも一人で百匹、二百匹のゴブリンを相手には……」
夕暮れの小麦亭の一階にある食堂。
そこで話していた商人達は、ちょうどそのタイミングで姿を現したレイとヴィヘラの姿を見て言葉を止める。
情報には聡い商人だ。当然レイがどれだけの力を持っているのかは知っているし、ベスティア帝国との戦争でもどれだけの手柄を立てたのかは理解している。
そしてレイと一緒にいる、一見娼婦か踊り子にしか見えない女も非常に腕の立つ冒険者だという情報は持っていた。
この二人なら、それこそゴブリンが数百匹……数千匹、数万匹いてもどうにでもなるのではないか。
そんな思いを抱く。
……そして、その思いは決して間違っている訳ではなかった。
事実、広範囲殲滅魔法を得意としているレイなら数万匹のゴブリンを相手でもどうにか出来るだけの自信があったし、ヴィヘラも体力の続く限りゴブリンを殺し尽くすことに躊躇いはない。
食堂にいる商人達の視線を向けられた二人だったが、好奇の視線を向けられることは慣れている。
周囲から向けられる視線を無視し、空いているテーブルへと着く。
すると、殆ど待つことがないままラナがやってきた。
朝や夕方など、忙しい時間帯であればウェイトレスを雇っているのだが、今はまだ夕方前の忙しくない時間帯だ。
だからこそ、こうしてラナが注文を取りに来たのだろう。
「今日はお早いお帰りですね」
マジックアイテムを使ってよく冷えた水をレイとヴィヘラの前に出しながら告げるラナに、ヴィヘラは笑みを浮かべて口を開く。
「ええ、ゴブリンの討伐依頼を終えてきたばかりだから。これ以上は何もやる気になれなかったのよね」
ゴブリンの討伐依頼。
その言葉に、ラナは少しだけ驚きの表情を浮かべる。
大きな声を出さなかったのは、夕暮れの小麦亭という高級宿の女将だからこそだろう。
「それは……色々と大変だったでしょう。今はゆっくりと休んで下さい」
「ええ、そうさせて貰うわ。ありがとう」
ヴィヘラが笑みを浮かべて感謝の言葉を告げ、レイもそれに続き……やがて疲れを癒やす為に早めの夕食を注文するのだった。