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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
1161/3865

1161話

 ヴィヘラとのやり取りを済ませたレイは、多少照れながらもヴィヘラと二人……正確には、その後を歩いていたセトも入れて二人と一匹で森を歩いていた。


「ねぇ、レイ。魔獣術を含めたレイの秘密を教えてくれたのは嬉しいけど、これは当然エレーナも知ってるのよね?」

「ああ。エレーナと初めて会った時のいざこざが終わってからな」

「……ふーん。エレーナには初めて会った時に教えたんだ。私はレイに会ってから随分経って、それでようやく教えて貰ったのに」


 少し拗ねた様子で告げるヴィヘラ。

 そんなヴィヘラに、レイは少し申し訳なさそうに口を開く。


「本当はもう少し早く教えるつもりだったんだよ。ただ、黄昏の槍の件とかがあって、それで延びた形だ。それに、ヴィヘラもビューネを連れてエグジルに戻ってただろ?」

「それはそうだけど、それでも不満に思ってしまうのは当然だと思わない? 好きな人に隠しごとをされてたんだから」


 好き、と明確に言われてレイは少し照れる。

 ヴィヘラの想いは理解しているが、それでもこうしてはっきりと口にされれば照れるのは当然だろう。

 そんな、レイにとっては居心地の悪い沈黙を続けて森の中を進んでいると、やがてヴィヘラが口を開く。


「ねぇ、レイ。マリーナはこのことを知ってるの?」

「いや」


 ヴィヘラの言葉に、レイは首を横に振る。

 それを見たヴィヘラは、少し意外そうな表情を浮かべる。

 レイがマリーナと出会ったのは、自分よりも先だった筈だ。

 であれば、当然自分よりも早くレイの秘密を知らされていてもおかしくはないと、そう思っていた。

 だが、レイの口から出たのは予想外なことに否という言葉。


「そうなの? その、私が言うのもなんだけど、本当に私が先にこのことを教えて貰ってよかったの? 勿論嬉しいんだけど」


 少し困ったような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべて告げるヴィヘラに、レイは微かに眉を顰める。


「本当は今回マリーナにも教えるつもりだったんだけど、調べ物で忙しいって話だっただろ? だから、マリーナにはまた今度だな」

「どうせなら、私もマリーナと一緒の時に教えても良かったと思うんだけど。多分、マリーナは残念がるわよ?」


 正直なヴィヘラの気持ちを言えば、マリーナよりも先に教えて貰ったのは嬉しい。

 だがそれでも、お互いを恋敵であると認識しているマリーナよりも先に教えて貰ったことに、どこか罪悪感のようなものがあるのも事実なのだ。

 だからこそ、出来れば二人一緒に教えて貰いたかったというのがヴィヘラの感想だった。


「まぁ、ゴブリンリーダーの頭が多少良かったってだけだろ? なら、調べ物もすぐに終わるさ。それなら、今日か明日にでも……」


 そんな風に会話をしながら森を出るべく歩いていレイ達だったが、不意にレイの近くを歩いていたセトの動きが止まる。


「グルルゥ」


 唸り声を上げ、視線が向けられているのは茂みの方。

 夏らしく、多くの草で生い茂っている茂みの向こう側から、悲鳴のような声が聞こえてくる。

 レイはミスティリングから黄昏の槍を取り出す。

 使い慣れているデスサイズでないのは、やはりここが森だからこそだろう。

 ヴィヘラは元々格闘という戦闘スタイルである以上、特に武器を取り出す必要はなかった。

 武器と言えば手甲から爪を、足甲から刃を作り出すことが出来るが、それはあくまでも魔力を流して作るもので、特に準備はいらない。

 セトは元より強靱な四肢やクチバシ、尾といったものが武器だ。

 そうして三人が戦闘準備を整えた瞬間、やがて茂みから三人の冒険者が飛び出してくる。

 先頭を走っているのは、猫の獣人の男だ。そのすぐ後ろを二人の人間が追う形だった。

 猫の獣人が、いきなり目の前に現れたレイとセト、ヴィヘラという特徴的すぎる二人と一匹の姿に、唖然とする。

 だが、すぐに目の前にいるのが誰なのかを理解すると、背後から自分達を追ってくる敵の存在を叫ぶ。


「コボルトだ、コボルトが追ってきている!」


 レイの横を通り抜けながら叫び、猫の獣人の後ろを走っている二人の男は必死の形相で言葉も出せない程だ。


「コボルト? まぁ、前にこの森でコボルトに襲われた時があるし、可能性はあるのか」


 既に森の木々に隠れて見えなくなった三人の男達を見送り、黄昏の槍を構えるも……レイのやる気はそれ程高くなかった。

 当然だろう。コボルトというのは、ゴブリンより少し強い程度のモンスターでしかない。

 ゴブリンと違って仲間との連携を上手く取れるので多少厄介だが、レイにしてみればそれ程の差はない。


「来るわよ」


 拳を構えるヴィヘラも、当然ながらやる気はなかった。

 強敵との戦いであれば喜んで戦うのだが、ヴィヘラにとってもコボルトはゴブリンとそう大差のないモンスターでしかない。


「セト」


 そんなヴィヘラの言葉に、レイはセトへと呼び掛ける。

 コボルトと戦っても意味がない以上、無理に戦う必要はない。

 セトの存在を理解すれば、ゴブリンと違って頭のいいコボルトなら戦わずに逃げ出す筈。

 そんな思いで促すと、セトは小さく息を吸ってから高く鳴く。


「グルルルルルルルゥッ!」


 自分はここにいる、と。

 そう示すかのような雄叫び。

 相手が普通のモンスターであれば、グリフォンが自分達の進行方向にいると知れば、真っ先に逃げ出す。

 ……そう。普通であれば、だ。


「ワオオオオオンッ!」


 セトが自分の存在を叫んで主張したにも関わらず、茂みの向こうから追ってきているコボルト達は全く引き返す様子もなく突っ込んできて……やがて、茂みを突き破るようにして、姿を現す。


「何?」


 その予想外の光景に、レイは小さく驚きの声を漏らす。

 当然だろう。コボルトとグリフォンでは、存在の格というものが違いすぎる。

 どう考えても、コボルトに勝ち目はない。

 にも関わらず、コボルト達は全く気にした様子もなく茂みから飛び出してきたのだ。


「ヴィヘラ!」

「しょうがないわね」


 レイの言葉に、ヴィヘラは小さく溜息を吐きながら戦闘準備を整える。

 そんなヴィヘラの横では、レイもまた黄昏の槍を手にして茂みから飛び出してきたコボルトへと突きを放っていた。

 突きを放った次の瞬間には黄昏の槍はレイの手元へと引き戻されており、コボルトは頭部を砕かれ、胴体だけの状態になって、飛び出してきた速度のままに地面へと崩れ落ちている。

 ヴィヘラもまた、茂みから飛び出してきた瞬間にそこに敵がいると判断して振るわれた長剣の一撃を回避し、拳を振るう。

 コボルトの鳩尾に拳一つ分がそのままめり込み、肋骨を粉砕する。

 だが、茂みから飛び出してくるコボルトの数はそれで減るようなこともなく、次から次に姿を現す。


「グルルルルルルゥッ!」


 セトの雄叫びと共に幾つも風の矢が生み出される。

 ウィンドアローのスキルだ。

 威力自体はそこまで高いものではないのだが、それでも複数の風の矢は、次々に飛びだしてきたコボルト達を打ちのめしていく。


「ギャンッ!」


 そんな悲鳴が、複数レイの耳には聞こえてきた。

 だが……そこまで痛めつけられれば、すぐに撤退するだろうというレイの予想は外れる。

 仲間が痛めつけられても、茂みからは次々にコボルトが姿を現すのだ。


(何だ? コボルトは基本的にそこまで馬鹿って訳じゃない。少なくてもゴブリンみたいに全く後先を考えずに自分より強い敵を相手にするとは思えないんだが……)


 茂みから飛び出してくるコボルト達に向かって、次々にレイは黄昏の槍の一撃を放っていく。

 コボルトが飛び出し、黄昏の槍の一撃を受け、そのまま頭部を破壊されて地面に死体となって転がる。

 明らかに作業と呼ぶしかないやり取り。

 そんなやり取りを繰り返しながら、レイの中にある疑問は更に大きくなっていく。

 コボルトらしからぬその動きは、明らかにどこかおかしいものがあった。

 そう感じているのは、レイだけではなくヴィヘラも同様だったのだろう。

 襲い掛かってくるコボルトの攻撃を捌きつつ胴へと蹴りを放ち、足甲で首の骨を折りながら口を開く。


「ねぇ、レイ。何かおかしいわよ?」

「ああ、俺も疑問に思っていた。けど、おかしいからこそ、このままこいつらを放って置く訳にはいかないだろ。さっきの三人も、相手が普通のコボルトじゃなかったからああして逃げ出したのかもしれないな」


 茂みから出てくるコボルトを、倒して、倒して、倒し続ける。

 レイ、ヴィヘラ、セトと、この場にいる二人と一匹は誰であってもコボルト程度に遅れを取るような技量の持ち主ではない。

 だからこそ、コボルト達は茂みから出て来ては殺され、死体を地面に並べることになる。

 もう少しレイ達の技量が低いか、コボルト達の連携が取れていれば、茂みの向こう側にいるコボルト達も異変を察知出来たかもしれない。

 だが、全てのコボルトが、まるで狂騒しているかのように、全く仲間との連携は取れていなかった。

 コボルトが仲間と連絡を取り合う遠吠えのようなものを使わなくても、茂みの向こう側からはセトの鳴き声を聞くことは難しくないし、何よりセトの存在感を察知出来ない筈もない。

 にも関わらず、コボルト達は全くそんなのは関係ないとでも言いたげに個々に行動しており、順番に茂みから飛び出ては、レイ達に一方的に殺されるといった行為を繰り返していく。

 そんな真似をしていれば、当然コボルト側の戦力も足りなくなり……やがて、最後の一匹が地面に沈んだところで茂みの向こう側からコボルトが姿を現すことはなくなった。

 地面に転がっているコボルトの死体の数は、約二十。

 ゴブリンリーダーが率いていたゴブリンと比べれば数は少ないが、それでもコボルトの群れとして考えれば一般的か、若干多いくらいだ。


「……終わった、か? いや、まだいるか」


 一瞬安堵したレイだったが、茂みの向こう側にまだ気配があるのに気が付く。

 ヴィヘラとセトも迎撃出来るように構える。

 そうして茂みを掻き分けるようにして姿を現したのは、当然のようにコボルトだった。

 ただし、今までレイ達が倒してきたような普通のコボルトではなく、それよりも一回りは大きいコボルト。


「コボルトリーダー。……偶然か?」


 ゴブリンリーダーとコボルトリーダー。

 どちらも上位種ではあるが、そこまで強力な個体という訳ではない。

 だが、何よりもレイの中に疑問として残ったのは、普段は頭の悪いゴブリンの上位種であるゴブリンリーダーの頭が良く、普段はそれなりに頭が良く、仲間との連携を上手く使うコボルトリーダーが何も考えていないかのような指示を出していたこと。


「グルルルルル」


 セトとはまた違った、犬らしい唸り声を発するコボルトリーダー。

 その視線が周囲を睨み付けている。

 レイとヴィヘラ、セトがいるにも関わらず、コボルトリーダーには全く恐れた様子もない。

 手に持つ槍の穂先をレイ達の方に向け、いつでも戦いが始められるようにしていた。


「……上位種ではあっても、コボルトリーダーのくせに生意気ね。レイ、私が戦ってもいいかしら?」


 コボルトリーダーの様子に思うところがあったのだろう。ヴィヘラが一歩前に出る。

 それを見たコボルトリーダーは、構えていた槍の穂先をヴィヘラへと向け、牙を剥き出しにして威嚇の声を出す。

 だが……ヴィヘラがコボルトリーダーを前にして構えるよりも前に、レイが口を開く。


「悪いな、ヴィヘラ。コボルトリーダーとの戦いは初めてだから、今回は俺に譲ってくれ。魔石が欲しいし」

「魔石が必要なら、別に私が倒した後で譲ってもいいわよ?」


 コボルトリーダーの魔石は惜しくないと言いたげなヴィヘラの言葉だったが、レイは黄昏の槍の穂先をコボルトリーダーに向けて牽制しながら否定の言葉を口にする。


「いや、残念だけど魔石を吸収する為には魔石を持っているモンスターと多少なりとも戦う必要がある。魔力の波長を合わせる為に必要な行程なんだ」


 レイの口から出た言葉に、ヴィヘラは少しだけ驚きの表情を露わにし……やがて、納得したように拳を下ろしながら口を開く。


「なるほどね。魔石が必要とか言いながら、ギルドに魔石を買い取る依頼を出していないのは疑問だったんだけど……そういうことなの」


 その説明に覚えがあるのだろう。……この時のヴィヘラの脳裏には、以前エグジルのダンジョンでレイと共に戦った時の光景があった。


(石を投げる程度でも、魔力の波長が合うのかしら?)


 多少疑問を抱いたが、それでもレイがそこまで言うのなら、とコボルトリーダーと戦うのを諦める。

 そうしてヴィヘラの代わりに前に出たレイだったが……


「ウオオオオオオオォンッ!」


 レイが前に出た隙を突くかのようにコボルトリーダーは前に出る。


「甘い」


 だが、そのまま何をするでもなく、あっさりとレイのもつ黄昏の槍に頭部を砕かれて地面へと崩れ落ちるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゴブリンとコボルトの魂?が入れ替わってる? ゴブリンリーダーがコボルトリーダーと入れ替わるような何かがあれば コボルトリーダー判定を受けて嗅覚上昇なのも辻褄が合う……
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