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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
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1157話

 本来であれば、セトは少しギルムから離れた場所に着陸して欲しいと言われているのだが、今回は特別だった。

 何故なら、一刻も争うとまではいかない――ヘスターのポーションのおかげで――が、それでも重傷なのは間違いないパンプを出来るだけ早く治療する必要があった為だ。

 それ故に、レイは多少無茶であるにも関わらずギルムの近くにセトを着陸させた。

 ……純粋にパンプを助けたいだけであれば、レイがミスティリングの中に持っているポーションを使うだけでいいのだが……残念ながら、レイにその気はなかった。

 多少なりとも親しい相手であれば、レイもポーションを使っただろう。だが、ヘスターとは今日会ったばかりで、パンプにいたってはろくに言葉を交わしたこともない。

 いっそヘスターがポーションを持っていなければ、レイも手持ちのポーションを使ったかもしれないが、それだってそれ程高品質な物ではなかっただろう。

 ともあれ、突然目の前にセトが降りてきた訳だが、ギルムの警備兵がその程度で混乱する筈もない。

 何かが空から近づいてきているということで多少警戒はしていたが、それがセトであると……それも背にレイを乗せ、前足にはロープで縛った何かの塊――パンプを抱えたヘスターが一塊に縛られている――を持っていると知ると、安堵の息を吐く。

 勿論いつもと違って何かを持っているのだから、何かがあったというのは理解出来る。

 だが、それでも空を飛ぶモンスターの敵襲ではないと知ったのは、安心出来る要素だった。


「おい、ランガ隊長は?」

「今日は貴族街の方に行ってる。ほら、この前騒いだ馬鹿の件で」

「……ああ、あれか。ちっ、しょうがない。取りあえずレイ担当のランガ隊長には知らせておいた方がいいだろ」

「あー、くそ。こんなことなら、レイが戻ってきた時に呼びに行っておけば良かったな」

「いや、それは無理だろ。別にレイが何か問題を起こした訳ではないのに」


 目の前でそんな会話を交わされれば、レイとしても溜息を吐きたくなる。


「あのな、よく俺の前で堂々とそんな話が出来るな。それよりも怪我人だ。至急中に入る手続きを頼む」


 その言葉で、警備兵の一人がセトの持っていたロープの塊に見覚えのある人物が縛られていると気が付いたのだろう。思わずといった様子で口を開く。


「お前、ゴブリンリーダーの件を教えてくれた……そう言えば、レイと一緒に出て行ったんだから、戻ってくるのも一緒だよな。で、怪我人ってのはそっちか?」


 高度百mを飛ぶので、少しでも寒くないようにとパンプの身体は布に覆われていた。

 その為、警備兵の男はパンプがどれ程の怪我をしているのか分からなかったのだろう。

 だが、それでも近づけば当然警備兵だけに血の臭いには鋭い訳で……


「おい、医者! いや、回復魔法を使える奴がいたよな? とにかく治療の準備だ!」


 その声に、周囲の警備兵達もただごとではないと判断したのだろう。素早く行動を開始する。

 セトから落ちないようにヘスター諸共に縛っていたロープを切り……パンプがどのような状況にあるのか気が付いたのだろう。警備兵達はそれぞれここまで人を痛めつけた相手に怒りを抱く。

 門の近くで待機していた、ギルムに入る為の手続きを待っていた者達は若干不満がある者もいたが、それでも現状で何か不満を口にするような真似はしなかった。


「頼む、パンプを助けてくれ!」


 そう叫ぶヘスターは、警備兵と共にギルムの中に入っていく。

 ギルムに入る手続きは、警備兵が共に移動することで一段落付いてから行うのだろう。


「ギルドに報告はしておくから、こっちのことは気にするな!」


 去って行くヘスターの背中にそう声を掛けると、その声が聞こえたのだろう。一瞬だけレイへ視線を向けると、一度頭を下げてから走り去る。

 それを見送ったレイは、改めてこの場に残っていた警備兵へと視線を向け、ギルドカードを取り出した。


「そんな訳で、手続きを頼む。ギルドに今回の件を知らせないといけないからな」

「……ああ、分かった」


 短くレイの言葉に答えると、手続きを行いながら口を開く。


「それで、あれはやっぱり……ゴブリンリーダーの仕業か?」

「ああ。俺達が襲撃した時には、いい玩具にされてたよ」

「ちっ、これだからゴブリンは厄介なんだ。くそがっ!」


 この警備兵はパンプと仲が良い訳ではない。

 だがそれでも、同じギルムに住んでいるということで仲間意識は持っていたのだろう。

 そんな警備兵の姿にどこか心地よいものを感じながら、レイは手続きを終えて従魔の首飾りを受け取る。


「安心しろ、ゴブリンリーダーは群れ諸共消滅したよ。何匹か生き残りはいるだろうが、ゴブリン程度が数匹で何が出来る訳でもないし」

「……そうだな。それでも腹が立つのは止められないが」


 最後にそんな言葉を交わし、レイとセトはギルムの中へと入る。

 当然道を歩いている途中で何人かがセトに話し掛けたり餌を与えたりしようとしたのだが、レイの様子を見て、今はそれどころではないと判断したのか、黙って行かせる。

 そうしてギルドへとやって来たレイは、セトと別れてギルドの中へと入る。

 レイが入って来た瞬間、何人かの視線が向けられた。

 その視線の主の中には当然ながらヴィヘラもいる。

 だが、ヴィヘラの視線の中にはレイを心配する色はない。

 薄情という訳ではなく、レイがゴブリンリーダー如きにどうにかされるとは全く思っていなかった為だ。

 そんな視線を送っているのは、ヴィヘラだけではなくレノラやケニーも同様だった。

 ……いや、そもそもこの場にいる全ての者達が、誰一人としてレイがゴブリン如きに遅れを取るとは思っていない。

 そんな視線を受けながら、レイはヴィヘラに視線を向けて問題はなかったと頷くと、そのままカウンターへと向かう。


「ゴブリンリーダーの率いる群れ、倒してきたぞ」

「ありがとうございます。レイさんなら無事に依頼を達成してくれると信じていました」


 レノラはレイの言葉に安堵の息を吐く。

 そうしながら、レイが出て行ってから作って置いた書類を処理していき……


「その、決まりですので一応ゴブリンリーダーの死体を見せて貰えますか?」

「ああ」


 実は倒していないのに、倒した振りをして報酬を騙し取る。

 以前他のギルドで行われた詐欺の手口だ。

 勿論討伐証明部位の有無を考えれば、そこまで大きな騒ぎになることではないのだが。

 それでも戦いの最中で討伐証明部位を切り取ってくることが出来ないというのは、時々ある出来事だ。

 それを悪用しての詐欺だったが、当然そんなことが何度も続く筈がない。

 だが、一度味を占めた冒険者は何度も同じことを繰り返し……当然ながら、その件はギルドに知られてしまう。

 結果としてその冒険者は犯罪奴隷として売られ、最終的に自分の行いを後悔しながら死んでいった。

 そのような事件が過去にあったということを知らないレイは、ミスティリングに視線を向けながら口を開く。


「ヘスターの仲間がまだ生きてたから、そっちを治療する為に急いで戻ってきたんだ。だから、死体はあるけどまだ解体も剥ぎ取りも行ってないけど……それでもいいなら、確認するか?」

「はい、お願いします」


 レノラの言葉に、レイは少しだけ驚く。

 てっきり、少しだけでも拒否感を示すかと思っていたのだ。

 だが、すぐにギルドの受付嬢なのだからと納得する。

 そもそも、ギルドの受付嬢は素材の買い取りも仕事のうちだ。

 そして素材の中には内臓があったり、眼球があったり、脳みそがあったり……モンスターの死体を解体し、剥ぎ取ったものが持ち込まれる。

 素材を見慣れているのに、死体を見て驚く筈がなかった。


「分かった、じゃあ出すぞ」


 一応そう告げてから、ミスティリングからゴブリンリーダーの死体を取り出す。

 胴体と、そこから切断された首の二つ。

 普通のゴブリンとは明らかに大きさが違うその死体は、間違いなくゴブリンの上位種であるゴブリンリーダーのものだった。

 レイがアイテムボックスを持っているというのは既に知れ渡っているので、周囲で様子を窺っていた者達も特にその行為自体に驚いた様子はない。

 驚いているのは、別の理由だ。

 また、ここにいるのはギルムで活動している冒険者なのだから、ゴブリンリーダー程度であれば楽に倒せるだけの実力の持ち主も多かった。

 ……もっとも、それはあくまでもゴブリンリーダーだけを相手にした場合であって、ゴブリンリーダーが率いる百匹近いゴブリンの群れと遭遇してしまえばヘスター達と同様の運命を辿る者も少なくないのだが。

 それでも、レイがギルドでゴブリンリーダーの討伐依頼を受けてからここまで戻ってくるのに一時間前後。

 依頼を受けてから達成するまでここまで短いというのは、まさに驚異的と表現するのが相応しい速度だった。

 普通であれば、準備を整えてからゴブリンリーダーとその集団の潜んでいた林までいくのだけで数時間は掛かる。

 その上で林の中に入り、標的を探し……といった行為にまた数時間……いや、下手をすれば数日。

 更にゴブリンの集団とゴブリンリーダーを引き離す必要があり、そのタイミングを待つか、もしくは陽動を仕掛けるかをしなければならない。

 レイ程に規格外な存在ではなくても、ランクB冒険者の一部やランクA冒険者であれば、正面からゴブリンの群れを叩き潰せるだろうが、そんな冒険者は所詮少数だ。

 あるいはゴブリンの人数に負けないように冒険者側も人数を集めるという方法があるが、それが出来るかと言われれば……ただでさえゴブリンを相手にした時の報酬は低く、素材や魔石も高値では売れない。

 その上、人数が多くなればそれだけ貰える報酬も目減りする訳で……その状況で大勢が引き受けるというのは、何らかの理由がなければ不可能だろう。

 それこそ、ゴブリンの群れがギルムを襲ってくるといったことでもしない限りは。

 つまり、ギルドにいた冒険者達が驚いているのはレイが依頼を受けてから解決するまでの時間が一時間程度しか掛かっていないということだった。


「確認しました。ゴブリンリーダーですね。その、討伐証明部位として右耳を切ってもいいですか?」

「ああ。……いや、それは俺がやるか」


 解体用のナイフをミスティリングから取り出すと、素早く首だけになっているゴブリンリーダーの右耳を切り取り、レノラへと渡す。

 普通のゴブリンの耳に比べると、身体と同じく大きめの耳。

 ただし、形その物はゴブリンのものとそう変わらず、耳だけを見てこれがゴブリンリーダーだと判断しろというのは難しいだろう。

 少なくとも、レイの目から見て細かな違いは殆ど分からないのは間違いなかった。


「では、確かに。それで、レイさん。ギルドマスターがお待ちですが、これから少し時間の方はよろしいでしょうか?」

「俺は問題ないけど……」


 レイの視線が向けられたのは、少し離れた場所にいるヴィヘラ。

 そんな視線を向けられ、ヴィヘラはカウンターへと近づいてくる。

 ……近づいてくるヴィヘラの姿を見て、レノラは思わず一歩後退る。

 ヴィヘラはその大きな双丘をこれ見よがしにしており、自分の胸の大きさにコンプレックスを抱いてるレノラにとっては、ケニーに勝るとも劣らぬ敵だった。


(大丈夫。私の胸の大きさは決して小さい訳じゃないから。あくまでも人間としては平均的なものよ。ええ、決して貧乳なんて言わせないわ)


 心の中で自分に言い聞かせ、やがて小さく深呼吸をしてから口を開く。


「ヴィヘラさんも一緒にどうぞと伺っていますから、問題ないと思いますよ」

「そう? じゃあ、そうさせて貰おうかしら」


 そんなレノラの態度を気にした様子もなく、ヴィヘラはあっさりとそう告げる。

 ケニーの方も、当然恋敵の……それも自分の一歩も二歩も先を行っているヴィヘラの様子に、内心面白くない。

 だがそれでも、現状で何が変わる訳でもなく……レイは右耳を切断されたゴブリンリーダーの死体をミスティリングへと収納すると、ヴィヘラと共にカウンターの内部へと入っていく。

 そんな二人の様子を見送ったレノラは、今回の指名依頼の件についての書類を揃えていく。

 非常に急な依頼だった為、レイが依頼に行っている間に大体の書類は整えたのだが、やはり討伐証明部位をきちんと確認してからでなければ書けない書類もある。

 その書類を書きながら、レノラはヘスターからも話を聞く必要がある……と考えていたところで、隣のケニーが溜息を吐いているのに気が付く。

 男が見れば物憂げな溜息と思ってもおかしくはない溜息だったが、残念ながらケニーと長い付き合いのレノラにとっては、そこまでいいように思う筈もない。


「どうしたのよ」

「……ううん。レノラは最初から戦力不足で相手にもされてないけど、なまじ立ち向かえる私は考えることが色々とあるのよ」


 戦力不足、という言葉が何を意味しているのか。

 それは、両腕で胸を強調しているケニーの姿を見れば明らかだ。

 そんなケニーの姿に、レノラは額に血管が浮き上がるのを自覚するのだった。

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