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レジェンド  作者: 神無月 紅
群れの、群れ
1154/3865

1154話

 血相を変えてギルドの方へと走っていった冒険者の姿が気になったレイとヴィヘラは、そのままセトと共に冒険者を追うようにギルドへと向かう。

 もっともレイがギルドに向かうのは、ソルレイン国のゴーシュから戻ってきたのをマリーナに報告する意味もあって当初の予定通りでもあったのだが。

 そもそもギルドに向かっている途中でヴィヘラの待ち伏せを受けたのだから、そこで余計に時間が掛かった……と言うべきか。


「それにしても何があったのかしら? 出来れば強いモンスターだといいんだけど」


 強敵との戦いを想像しているのだろう。目が潤んでいるヴィヘラの雰囲気は妖艶と呼ぶのが相応しい。

 女の艶という意味ではマリーナ以上の相手を見たことがないレイだったが、そんなマリーナとはまた違った種類の……それでいて、男を刺激するだけの艶というべきものを醸し出している。

 周囲を歩いている男達……希に女も、ヴィヘラの身体から発せられる一種淫靡と表現してもいいようなその雰囲気に、思わず唾を飲み込む。

 そんなヴィヘラに気が付いたのだろう。レイは溜息を吐いてから口を開く。


「ヴィヘラ、漏れてる……何か漏れてるぞ」

「……漏れてる?」


 そんなレイの言葉で我に返ったヴィヘラは、慌てて周囲を見る。

 そうすると、何故か自分と視線が合い、頬を……それどころか顔を真っ赤に染めている者の姿が多い。

 普通であれば、そんな風にされると何がどうなったのかと慌てるだろう。

 だが、ヴィヘラは満面の笑みを浮かべて相手に微笑みかける。

 そうされた者が出来ることは、男女問わずにただ黙って視線を背けることだけだ。


「さ、行きましょう。冒険者があれだけ慌ててるんですもの。恐らく強力なモンスターが出たというのは間違いないでしょうね」

「分かったよ」


 悪びれもせずにそう告げるヴィヘラと、どうしたの? と小首を傾げているセトを引き連れ……レイはギルドへと向かうのだった。






 ギルドに入ったレイとヴィヘラが見たのは、顔を真っ青にしてカウンターの前に立っている一人の冒険者の姿。

 その人物こそが、先程レイとヴィヘラが見た人物であるのは間違いがなく、そうなると当然ヴィヘラは真っ直ぐにカウンターへと向かう。

 そんなヴィヘラが近づいてくるのに、ケニーはすぐに気が付く。

 正確にはヴィヘラの側にいる、レイの方に気が付いたのだが。


「あ、レイ君! ソルレイン国に行ってたって聞いたけど、戻ってきてたの!?」


 そう言って手を振るケニーに、カウンターの前に到着したレイは頷きを返す。


「ああ、ついさっき。で、マリーナにその辺のことを知らせようと思ったら、そこにいる男が血相を変えて走ってるのを見て追ってきたんだけど」


 レイの視線を向けられた男……ヘスターが驚く。

 ギルムに住んでいる以上、当然ヘスターもレイの名前は知っていたし、遠くから見たことも何度もあった。

 だが、口を利いたことは一度もない。

 商売をしている者――特に食べ物関係――にとっては、手当たり次第に買い物をしていく非常に優良な客だったが、それが冒険者となれば話は違ってくる。

 レイがギルムに来た当初は、その外見から甘く見て絡んだ者も多かったが、そのような者達は大抵が痛い目に遭っていた。

 ヘスターも、最初はレイに絡もうとした経験があったので、それ故に苦手意識が残っているのだ。

 実際には知り合いの冒険者に止められたので何もしておらず、レイから見ても以前どこかで顔を見たことがあるような気がする、といった認識しかなかったが。

 そんなレイの言葉に、ケニーは少しだけ残念そうな表情を浮かべる。

 自分に会いに来てくれたのではなかったのか……と。

 そしてケニーの視線が向けられたのは、レイの隣で強者との戦いに胸を躍らせているヴィヘラの姿。

 色気自慢のケニーから見ても、到底勝てるとは思えない相手。

 更にレイが会いに来たのはマリーナであり、こちらもまた女としての魅力でケニーに勝ち目はなかった。

 それにショックを受けたケニーが、少しだけ残念そうにしながら口を開こうとし……


「レイさん、ちょうどいいところに!」


 カウンターの内部で上司と話していたレノラがレイの前に寄ってくると、心の底から助かったといった表情を浮かべる。


「どうしたんだ? ……いや、まぁ、何となく予想は出来るけど」


 レノラへと言葉を返しながら、レイは改めてヘスターへと視線を向ける。

 その視線の意味を理解したヘスターは、一歩下がろうとするが……自分のパーティメンバーを殺したゴブリン達をどうにかするのであれば、レイの戦力は非常に頼れるものだと思い、何とか踏み止まる。


(へぇ)


 そんなヘスターを見て、ヴィヘラの口元に少しだけ感心したような色が浮かんだ。

 最初にレイを見た時には怯えた様子を見せていたのが、今は目に決意の色を浮かべて踏み止まっているのだ。

 ヴィヘラの目から見て、見所があると判断されるのも当然だろう。

 それはレイもまた同じだった。

 最初は自分に畏怖や恐怖の視線を向けていたのが、今はしっかりと意志の篭もった視線を向けている。

 自分を恐れていないという訳ではないのだろうが、それを上回る何かがあるからこそ引き下がったりしないのだろうと。

 ヘスターという男のことを予想外に気に入ったのを感じつつ、レイの視線は改めてレノラへと向けられる。


「それで、何があったのかはレノラに聞けばいいのか?」

「はい。実は、ヘスターさんがゴブリンの集団に襲われたらしいです」


 この時点で、レイはともかくヴィヘラの中にあった強敵を求める心は急速に萎えていく。

 相手がゴブリン程度で、どうやって自分の強敵を求める心を満足させてくれるだろう、と。

 そんなヴィヘラの様子を察しつつ、レイはレノラに言葉の先を促す。


「ギルムにいる冒険者が、ゴブリン程度にどうにかなるとは思えないけどな」

「ええ。ヘスターさんの話によると、百匹近いゴブリンだったとか。それも、ゴブリンとは思えない程に引き際が良かったらしいです」

「……なるほど。そのくらいのゴブリンを率いてるとなると、ゴブリンリーダーか?」


 モンスター図鑑で読んだ内容を思い出しつつ尋ねるレイに、レノラは難しい顔をして頷く。


「恐らくその筈なのですが……ゴブリンリーダーは、正直頭がいいとは言えません。街道に近づいて、冒険者の姿が見えてきたからといって追っている獲物を諦めたりは……」


 口籠もるのは、やはりゴブリンの群れを率いるゴブリンリーダーと引き際の良さが気に掛かっている為か。


「で、それを俺に倒してこいと?」


 ケニーと話している時に戻ってきたのだから、恐らくそうなのだろうという判断はあった。

 そして案の定、レノラは申し訳なさそうに頷く。


「はい。調査ということでもいいのですが、レイさんの力があれば問題なく倒せるかと。勿論指名依頼ということで、報酬の方は多少色を付けて用意させて貰います。……どうでしょう?」


 今得ている情報からだと、多少疑問はあるがそこまで緊急性のあるものではない。

 それでもこうして指名依頼という形でレイに依頼するのは、やはりゴブリンリーダーという種族に見合わぬ判断力がギルドでも気になった為か。


「どうするの? 私は遠慮するけど」


 強敵との戦いが、いつの間にかゴブリンリーダーになっていたことで急速にやる気をなくしたヴィヘラの言葉だったが、レイは少し考え……頷きを返す。


「え? レイ君、この依頼受けるの!?」


 近くで話を聞いていたケニーの口から、驚きの声が上がる。

 てっきりゴブリンを相手にしての依頼なのだから、面倒臭がって断ると思っていたのだ。

 そして仕事が終わったらレイを食事に誘って……と考えていたのだが、その狙いが完全に外れた形だ。

 レイがその依頼を受けたのは、ゴブリンはともかくゴブリンリーダーの魔石はまだ吸収していなかったからというのが大きい。

 以前にもゴブリンの希少種の魔石でスキルを習得したことはあったので、ゴブリンであっても希少種や上位種であればスキルを習得出来るかもしれないという思いはあった。


(それに、聞いた話だとゴブリンリーダーとやらは、普通の奴より頭がいいらしい。だとすれば、ゴブリンリーダーの希少種ということも十分に考えられる。これを見逃すのは有り得ないだろ)


 ゴブリンリーダーが希少種かもしれないのであれば、ことさらにここでそれを見逃すという手はない。


「ああ。ちょっとゴブリンリーダーとやらに興味があるし。何より、ゴブリンリーダーの魔石はまだ持ってないから」


 レイがケニーに言葉を返すのを聞いていたヘスターは、そう言えば……と思い出す。


(魔石を集める趣味があるとかなんとか、聞いた覚えがあるな。それでか。……いや、けど俺にとっては決して悪いことじゃない。なら!)


 もしかしたら、パーティの仇をとれるかもしれないと考えたヘスターは、勢い込んで口を開く。


「な、なぁ。レイさん。その良ければゴブリンリーダーを倒すのに俺も連れていってくれないか? 俺はゴブリンリーダーが率いていると思われる群れに一度襲われているし、道案内にはちょうどいいと思うけど」

「は? 本気か? お前は命からがら逃げてきたばかりだろ? なのにまた行くのか?」

「当然だ! 皆の仇を討つまでは、悠長に休んでる暇はねえ!」


 必死の形相で言い募ってくるヘスターだったが、レイとしてはそんなヘスターの扱いに迷う。

 ヴィヘラが行くのであれば、レイもセトと共に地上を移動するので問題はなかった。

 だが、相手がゴブリンだということでヴィヘラがやる気をなくしたのを考えると、レイはセトに乗って空を移動するつもりだった。

 移動速度を考えると、地上を移動するのとは比べものにならないのだから当然だろう。

 だが、ここでヘスターが自分もゴブリンリーダーの討伐依頼に参加し、尚且つレイがそれに付き合うとなると地上を移動する必要がある。

 普通のゴブリンであればそれも問題はないのだろうが、今回は妙に頭がいいと思われるゴブリンリーダーが相手だ。

 悠長に地上を移動していれば、向こうがどこかに姿をくらます可能性は十分にあった。

 そうである以上、ここは出来ればセトの機動力を最優先にしたいのだが……と考えたレイは、ヘスターに向かって首を横に振る。


「駄目だな。悪いがお前の移動速度に合わせていれば、ゴブリンリーダーを逃がすことになりかねない。今回は俺一人で行かせて貰う」

「待ってくれ、レイさん! 頼む! この通りだ! 頼むから、俺をこの依頼に連れていってくれ! 報酬はいらない、レイさんが欲しがっている素材も全部渡す! だから、頼む!」


 正面から堂々とレイに頭を下げるヘスター。

 土下座という言葉や文化はこのエルジィンに存在しないが、もしあれば土下座すらしてみせただろう。


(いや、意外とタクム辺りが広げていてもおかしくはない、か?)


 ふと、ゼパイルの仲間であった自分と同じ地球出身の魔術師のことを思い出すレイだったが、今はそれよりも目の前で深々と頭を下げているヘスターの言葉をどうやって断るかが問題だった。

 仇討ちをしたいという気持ちは、レイにも理解出来ない訳ではない。

 だがそれでも、ヘスターと行動を共にするとゴブリンリーダーを逃がしかねないのは間違いのない事実でもある。

 普通のゴブリンリーダーよりも頭が良く、街道付近まで追撃を仕掛けながらこのままだと危険だと判断した相手だ。

 ヘスターを逃した以上、人間が逆襲に出るというのを想定していない筈もなく、そうなれば当然今の場所から住居を変えるだろう。

 そのような行動を起こす前にゴブリンリーダーが潜んでいる場所を探し出し、倒す必要がある。

 レイには、ゴブリンリーダーを……それも希少種の可能性がある相手を見逃す気は一切なかった。


「……悪いな、お前がセトの速度についてこられるのであれば話は別だけど、今は一刻の時間も惜しい。馬に乗ってもセトに付いてくるのは不可能だ。それこそワイバーンを操る竜騎士なら話は別だったんだろうけど」

「そんな……頼む! 本当に頼む! 一緒に行かせてくれ! 皆の仇を取りたいんだ!」


 レイの言葉に、どうにかして一緒に行かせて欲しいと頼むヘスター。

 レイもヘスターの気持ちを分かるだけに、何と言えばいいのか迷う。

 それでもヘスターを連れていくのは無理だろうと、再び断りの言葉を口にしかけ……ふと、その動きが止まる。

 レイの脳裏を過ぎったのは、とある光景。

 それが不可能ではないというのは理解しており、であればヘスターの頼みも聞ける。

 そう考えたレイは、真剣な目で自分を見ているヘスターに向かって、口を開く。


「本当に……どんなことがあっても、お前は仲間の仇討ちがしたいんだな?」

 

 レイの口から出た言葉に、ヘスターは自分の頼みが聞き入れられるのかと、何かを考えるよりも前に即座に頷くのだった。

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