1152話
リトルテイマーの34話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
URLは以下となります。
https://kakuyomu.jp/works/4852201425154961630
レイとヴィヘラ、そしてセトが向かったのは、ギルムの中でもそれなりに高級な店だった。
もっとも、レイもヴィヘラも金に困ってはいないので、このくらいの高級店であれば特に問題なく入ることは出来る。
特にレイは、ゴーシュから戻ってくる途中にも幾つかの盗賊団を全滅させており、そこで得たお宝はそれなりの量になっていた。
ヴィヘラも自分の実力には自信があるので、金を稼ぐつもりになればモンスターの討伐依頼を受ければいい。
事実、ギルムに戻ってきてレイが一人でソルレイン国という砂漠の国に向かったと聞かされてからは、鬱憤晴らしも含めて毎日のように討伐依頼を引き受けていたのだから。
「ふーん。サンドサーペントとの戦いは少し面白そうね。似たようなモンスターと戦ったことは何回かあるけど」
レイからサンドサーペントとの戦いの様子――黄昏の槍の投擲だけだが――を聞かされたヴィヘラは、短く答える。
格闘を得意とするヴィヘラにとって、身体の大きい相手というのは非常に戦いにくい相手であると、普通なら思う。
事実、格闘ではなく長剣や槍のような武器を使うのは相手の大きさと間合いが関係しているのは事実だ。
そして格闘は自らの手足を使って攻撃をする関係上、どうしても攻撃力は低くなってしまう。
……もっとも、ヴィヘラの場合はマジックアイテムの手甲や足甲を使い、そこに鋭利な爪や刃を生み出すことも出来るのだが。
だが、それで生み出される武器も格闘で使われるということもあり、それ程間合いが長い訳ではない。
つまり、相手の皮膚や肉は斬り裂けても、それ以上のダメージを与えるのは一般的には不可能なのだ。
それでもヴィヘラがサンドサーペントとの戦いを面白そうだと口にするのは、勝つだけの算段があるからだ。
相手の体内に直接魔力を使った衝撃を与える……ヴィヘラのスキル、浸魔掌。
このスキルを使えば、幾ら固い装甲やしなやかな皮膚、分厚い筋肉を持っていても殆ど意味がない。
防御力に自信のある相手であればある程、ヴィヘラの一撃は致命的な一撃となるだろう。
「ヴィヘラなら楽しめるかもしれないな。……俺は黄昏の槍で一撃だったけど」
「それ、聞いてるわよ? その槍を巡って色々と大きな騒ぎになったんでしょ? で、結局レイが一時的に避難することになったとか。……私がいる時に来たら、楽しいお仕置きをしてあげたんだけどね」
笑みを浮かべるヴィヘラに、どんなお仕置きをされていたのやら……と、いなくなった商人達の運の良さを考えつつ、皿の上にある料理へと手を伸ばす。
ゴーシュの屋台で買った料理や、キャシーが作ってくれた料理も勿論美味かった。
だが、やはりレイがこの世界に来て一番長い時間を過ごしたのはこのギルムであり、それだけにギルムの料理を食べると、故郷に帰ってきたような安心感を覚える。
「それで、レイはこれからどうするの?」
「……これから? いや、別に特にこれといって考えていることはないけど」
どこかに行って何かしたいことがあるのかと言われれば、レイは少し迷って首を横に振るだろう。
暫くはギルムの周辺で未知のモンスターの魔石を集めることに専念する、と。
辺境のギルムは、当然ながらまだレイが戦ったことがないモンスターが多い。
それこそ、戦ったモンスターの方が数少ないと言うくらいには。
砂漠にいるモンスターも魅力的ではあるのだが、他の地域にいるモンスターよりも身近にいるモンスターを倒したい。
そう思ってしまうのは、レイにとってはおかしな話ではない。
(いずれ、魔の森にも……)
そう考えているレイの視線の先で、何故かヴィヘラが不機嫌そうな表情をしているのに気が付く。
いや、不機嫌というよりは拗ねているといった方が正しい。
「どうしたんだ?」
「……何でもないわよ。ただ、レイが私と一緒にいるのに他のことを考えているように見えただけ」
「他のことって言ってもな。これからどうするって聞いてきたのはそっちだろ?」
「分かってるわ。……それでも、少しは女心を察しなさいよね」
レイは首を傾げる。
勿論レイの前にいるのは、極上の美女と呼ぶのに相応しい相手だ。
そんな人物に女心? と考えるのは、一般的におかしいというのは分かっていた。
だが、その人物がヴィヘラであれば……それこそ、戦闘をしないかと言われた方がしっくりくるというのが、レイの正直な気持ちだ。
ヴィヘラは女の勘で自分に対して変なことを考えていると理解したのか、少しだけ据わった視線をレイに向ける。
ヴィヘラも、自分が普通の女でないというのは十分に理解している。
それでも、自分が好きな相手からたまには女として見られたいという思いがあるのは、恋する乙女として当然だった。
「この料理、美味いな」
唐突に話題が逸らされる。
このまま話をしていれば色々と危険だと、レイはそう悟ったのだろう。
そんなレイの姿に一瞬何かを言おうとしたヴィヘラだったが、何を言っても今は意味がないと判断したのだろう。それ以上は何も言わずに料理へと手を伸ばす。
そうして食事をしながら、レイとヴィヘラは雑談へと移っていく。
これ以上突っ込めば自分に不利になると、そう理解していたからこそレイはそれ以上女心といったものに対して深い話題にはしなかったし、ヴィヘラもこれ以上レイを責めるのも可哀相だと思ったのか、レイの言葉に乗る。
「そうね。ベスティア帝国の料理が食べられないのは少し残念だけど」
「無理を言うなよ。ここがベスティア帝国の近くにあるのならともかく、遠く離れた普通の辺境だぞ?」
「……普通の辺境というのは、色々と疑問がある言葉だけど」
「それは否定しない。ただ、ベスティア帝国から離れているというのは事実だ。そうである以上、ギルムでベスティア帝国の料理を食べるというのは無理があるだろ」
「分かってはいるんだけどね」
そんな風に会話を交わしながら、食事を続けていく。
最初にこの店に入って来た時は怒気を発散していたヴィヘラだったが、こうしてレイと食事を続けることによって大分落ち着いてきたのか、部屋に料理を持ってくる店員も最初程には緊張していない。
「どうぞ、バイコーンとケルピーの煮込み料理となります」
今回の料理のメインとも言える、煮込み料理二つがテーブルの上に置かれる。
バイコーンというのは、ユニコーンの亜種で角が一本しかないユニコーンと比べて二本の角がある。
性格も基本的には大人しいユニコーンと比べると非常に凶悪で、人を見れば襲い掛かっていく。
ケルピーは水中で生きている馬型のモンスターであり、水属性の魔法を得意とするモンスターだ。
どちらも馬型の、それなりに強力なモンスターとして知られており、そのようなモンスターの肉を食べ比べ出来るようにして出すというのは、この店が高級店だからこそ出来ることだろう。
「どちらの肉も、柔らかいけどしっかりとした噛み応えがあって美味しいわね。……ただ、ケルピーの方が柔らかさは上かしら」
「そうだな。バイコーンは地上で暮らすモンスターだし、ケルピーは水中で暮らすモンスターだ。この肉質の差は、その辺から来てるんじゃないのか?」
レイとヴィヘラがそれぞれに二種類の肉を食べながら、感想を告げる。
(馬肉……か。少し懐かしいな)
レイの脳裏を、日本にいた時に母親が時々作ってくれた馬肉料理が過ぎる。
馬肉とタマネギ、糸こんにゃくを入れ、臭み抜きとしてショウガのスライスを入れて煮込んだ料理。
炊きたてご飯の上にその煮物を乗せ、牛丼ならぬ馬丼として食べるのが好きだった。
(この世界だと、同じような料理とかはありそうだけどな)
そんな風に考えながら、料理を食べ終え……最後にデザートとして、冷たく冷やした果実が出された。
この類のマジックアイテムは決して安い訳ではないのだが、それを使っているのは高級店だからこそといったところか。
夏の暑さを一時的に忘れるかのような爽やかな酸味のある果実……それが冷えているせいか、より強く甘みを感じられた。
そうして食事を一通り終えると、ヴィヘラもある程度落ち着いたのだろう。すっかり怒気は収まっている。
勘定を済ませて店の外に出ると、そこではセトが待っていた。
ご機嫌なその様子は、レイとヴィヘラが食事をしている間に店から出された料理を食べていたからだろう。
厩舎の類ではなく店の前でセトに食べさせていたのは、セトが……そしてレイが自分達の店を利用しているということを周囲の者達に教えたかったのだろう。
セトが美味そうに料理を食べている光景は、他の街ならいざ知らず、ギルムでは皆がセトの様子を見て心をほんわかとさせる。
それは、店にとっても大きな宣伝となり……間違いなく非常に高い集客効果を持っていた。
「グルルルルゥ!」
丁度川魚の蒸し料理を食べ終わったセトは、クチバシに魚の皮を少しだけ付けながらレイとヴィヘラに向かって喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、怒気は収めたもののまだ少し怒っていたヴィヘラは力が抜け、そっとクチバシについていた魚の皮を取ってやる。
「レイにはセト、エレーナにはイエロがいるのよね。……少し羨ましいわ」
戦闘を最も好むヴィヘラではあったが、別にそれ以外のものに全く興味がないという訳ではない。
特にセトやイエロといった、愛でて可愛く、戦いでも高い能力を発揮する従魔や使い魔というのは、少しだけ羨ましく思う。
自分にもそんな存在がいれば……とは思うのだが、残念ながらヴィヘラにはテイマーの才能も、使い魔を作るだけの魔法的な能力も存在しない。
勿論それでも無理に何とかしようとすれば、出来ないでもなかった。
例えば稀少なテイマーではあるが、中にはテイムしたモンスターを売りに出しているという者もいると聞いている。
だが……それでも、と。
ヴィヘラはセトを撫でながら、内心で首を横に振る。
愛らしい姿だけではなく、きちんと戦闘で役に立つような存在でなければ、一緒に行動を共にするのは難しい。
「うーん、そうだな。従魔とか使い魔とかを手に入れるというのは難しいし……可能性があるとすれば、卵とか生まれたばかりの状態のモンスターを自分で育てるという、竜騎士風のやり方があるけど」
「やっぱり、それしかないかしら。ただ、冒険者として活動していると、卵や赤ん坊の面倒を見るのは結構大変なのよね」
「……だろうな」
ただでさえ、目の前のヴィヘラは戦いを好むという性癖を持っている。
そんな状態で卵を孵したり、生まれたばかりのモンスターの赤ん坊の面倒を見るというのは難しいだろう。
「マジックアイテムとかで何かそういうのってないの? 魔法使いのレイなら知ってるんじゃない?」
ゴロゴロ、と上機嫌に喉を鳴らすセトの首を掻きながら尋ねるヴィヘラに、レイは以前この街の図書館で見た本のことを思い出す。
「そう、だな。生き物って訳じゃないけど……ゴーレムやガーゴイルみたいな、魔法を使って生み出された存在なら、育てる必要とかはないと思うけど」
「ゴーレムにガーゴイル、ね。……いいとは思うんだけど、少しピンと来ないかしら」
ヴィヘラの脳裏に浮かんでいるのは、ガーゴイルの足に捕まって空を飛んでいる自分の姿か、それともゴーレムの肩の上に乗っている姿か。
どのような姿であれ、ヴィヘラ自身が他に類を見ない程の美女である以上、似合わないということはない筈だった。
「まぁ、魔法を使って生み出すといっても、俺が使える訳じゃないしな。それこそ、錬金術師とかに手伝って貰う必要はあるだろ」
レイの脳裏を過ぎったのは、黄昏の槍を作った二人の人物。
ただ、黄昏の槍を作ったばかりでまたゴーレムやガーゴイルを作るように頼むというのは、色々と危険なような気もした。
勿論危険というのは、あれだけ根を詰めて黄昏の槍を作った二人の健康が危険だという意味だが。
そんなことを考えながら、ふとレイは少し冗談っぽく口を開く。
「ヴィヘラの場合、ビューネがいるだろ? 盗賊としては十分な技量を持ってるから、足手纏いにはならないだろうし」
それは、マリーナの故郷の森で行われた戦いでの経験を考えれば明らかだった。
ビューネに一騎当千、万夫不当と呼べるだけの戦闘技術がないのは事実だが、それでもヴィヘラの戦いを邪魔せず、自分の身を守るだけの能力は持っている。
正確には自分の身を守るのではなく、隠れて相手に見つからないというようにするのが正しいのだが。
その上、まだ小さいせいか可愛いという意味でも間違いない。
そういう意味では、ビューネはヴィヘラが探している対象としてはこれ以上ない程にいいのではないか。
そんな風に思ってしまうのは、おかしくないだろう。
「あのね……ビューネは別に従魔でも使い魔でもないでしょう」
呆れたように告げるヴィヘラの視線の先で……一人の冒険者が血相を変えてギルドへと走っていく姿がある。
「何か、あったか?」
「……相変わらずレイといると退屈しなくていいわね」
お互いに顔を合わせると、二人と一匹はギルドへと向かって歩き始めるのだった。