1145話
リトルテイマーの33話が今夜12時に更新されますので、興味のある方は是非どうぞ。
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オウギュストの屋敷で百面の者についての結末を説明し終えると、レイはすぐにまたゴーシュを発って百面の者の村へと向かっていた。
当然のように正門から出る時には警備兵達に嫌そうな顔をされたが、それでも領主の命令が来ている以上、それを拒否することは出来ない。
そうしてゴーシュの外に出たレイは、セトに乗って夜の砂漠の空を飛ぶ。
百面の者の村からゴーシュへやってくる時と同じように、月が優しい月光を砂漠へと降り注いでいた。
空を飛びながら地上を見る限り、夜の砂漠というのは静寂という言葉が良く似合う。
勿論それは上を飛んでいるセトに乗っているからこそ、そう思うのだろう。
実際に砂漠へと降りれば、生き物が生きていくのは不可能なように思える環境であっても、多くの生物が砂漠では動いている。
ましてや、砂漠はその過酷な環境に耐えるモンスターの姿もあるのだから、生き物がいないということは一切ない。
それはまだこのゴーシュにやって来てからそれ程経っていないレイでも十分に分かった。
(ダンジョンの中の砂漠でも、結構な数のモンスターがいたしな。……いや、それはダンジョンの中だからこそ、なのか?)
目の前にあるセトの首を撫でながら、レイは周囲を見回す。
すると、ゴーシュを飛び立ってから数分程度しか経っていないのだが、既に地上には百面の者の村の姿があった。
「どうやら迷わなかったようだな」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、当然! と喉を鳴らすセト。
歩いて移動するのに、途中で立ち止まって話していた時間を合わせても、二時間と掛かっていない場所にある村だ。
グリフォンのセトにとって、その程度の距離は今のようにものの数分で移動することが出来る。
……レイも、村からゴーシュへと向かう途中でそのことを実感した。
セトの飛行速度が地上を移動するのに比べると桁外れに速いというのは理解していたが、やはり砂漠を歩くのと……それも夜の砂漠を歩くのと比べると、大きく違うのだろう。
だからこそ、ダリドラにまた明日の朝にゴーシュに来て欲しいと頼まれた時も、それを引き受けたのだ。
勿論、レゾナンスのことが脳裏を過ぎったのも、頼みを引き受けた理由の一つだが。
(砂上船は砂漠でしか使えないし、使える時に使っておいた方がいいだろ。それにしてもこの距離なら迷わずに済んだってのは……うん、嬉しいよな)
何だかんだと、レイとセトは道に迷うことが多い。
それは、地上を歩くことに比べると空を飛ぶ速度が速すぎるというのも大きな理由の一つなのだろう。
そんなことを考えていると、セトが地上へと降りていく。
「結界の方もどうにかしないといけないよな。いや、けどどうにか出来るのか? 基本的に街クラスの規模にならないと結界の類は展開しないって話だったし」
幾らオアシスがある村を確保したからといって、その村を守ることが出来なければ意味はない。
いや、折角村を手に入れ、そこに人を移住させるなりなんなりしているところをモンスターや盗賊――この辺では砂賊――が襲って壊滅するなどということになっては、投資した金額や、何より人の命が失われてしまう。
ゴーシュのような場所では、金銭もそうだが、何より砂漠という環境の為に人口が少ない。
その為、どうしてもある程度人命を重視しなければならない。
特に村に住むような、オアシスを使った農業が可能な者達は非常に稀少な技術者でもある。
それをみすみす見殺しにするような真似は絶対に出来ないだろう。
「普通なら、柵とかを作ればある程度安心なんだけど……ここは砂漠だしな」
サンドスネークを始め、砂漠には地中を移動するモンスターは決して少なくない。
そんな場所の地下に何の対処もしていないような村というのは、それこそモンスターにどうぞご馳走をお食べ下さいと言っているのに等しい。
百面の者が住んでいた時は、アーティファクトによる結界でどうにか対処が出来ていた。
だが……その結界をレイがデスサイズを使って斬り裂いた時、アーティファクトその物をも破壊してしまったのだ。
レイとしては、あの結界がある限り百面の者の村を見つけ出すことは出来なかったのだから、自分のミスだとは思っていない。
それでも、やはり村を使う際に不便が……それも半ば致命的な不便があるとなれば、思うところがない訳でもなかった。
「随分と早かったな! もう少し掛かると思ってたんだが」
村の中に降りたレイに、早速近づいてきてそう声を掛けたのは周囲の様子を警戒していたザルーストだ。
「うん? ザルーストだけか? ナルサスは?」
「ああ、ナルサスは少し離れた場所で警戒している。……小さい村だけど、俺達二人だけで周囲を警戒するのは無理だしな。それでも出来るだけ広く警戒する必要があるから、二手に分かれたんだよ」
「強力なモンスターが襲ってくるかもしれないと考えれば、少し迂闊じゃないか?」
「まあな。けど、レイとセトが戻ってくるまでの短い間だ。それくらいなら、例えモンスターに襲われても何とか出来る」
軽い自信を見せて呟くザルースト。
実際ザルーストは、何かあっても自分が生き残るということについては自信があった。
……もっとも、その結果として村に多少の被害が及ぶのは確実だったが。
そんな風に話していると、レイとセトがやって来たのに気が付いたのだろう。ナルサスもまた姿を現す。
「どうやら無事だったみたいだな」
レイの姿を見て安堵するのは、その実力を知ってはいても、夜の砂漠という場所では何が起こっても不思議ではないからだ。
レイも、ナルサスは別に自分の実力を疑ってそう言った訳ではないというのは理解しているので、特に気にせずに口を開く。
「二人共揃ったことだし、話しておくか。……ああ、セト。周辺の警戒を頼む」
「グルゥ!」
説明をする前にレイはセトへと声を掛ける。
すると、セトは短く喉を鳴らして村の中心部にある広場へと向かう。
村の中心だけに、周囲の様子を見ることは出来ない。
だが、その代わりに嗅覚と聴覚、そして気配や魔力を察知する能力を使えば、この程度の村の大きさの場所なら問題なく警戒出来た。
ナルサスも、それが分かっているからこそ、こうしてレイの下へとやって来たのだろうが。
「取りあえず、百面の者の件とこの村の件はオウギュストとダリドラに説明してきた。リューブランドに連絡をしたら、明日にでもこの村の調査と死体の片付けの為に人を寄越すらしい」
レイの口から出たのは、思ったよりも早い行動だったのだろう。
ザルーストもナルサスも、少しだけ驚きの表情を浮かべる。
だが、この村の現在の状況を考えれば、少しでも早く動いた方がいいのは事実だ。
特に死体の後片付けに関しては、下手に時間を掛ければアンデッドになることも考えられるし……何より砂漠の昼の温度を考えれば、腐って臭いがするのも早い。
「そんな訳で、今日は俺もこっちに泊まるけど、明日にはまたゴーシュに一旦戻る必要がある。この村に向かう奴を連れてこないといけないからな」
明日の午前中は俺がいなくても大丈夫か? と視線を向けて尋ねるレイに、ザルーストとナルサスの二人は当然と頷く。
一日ずっと自分達でこの村を守れと言われれば厳しいが、数時間程度であれば全く何の問題もないと。
そう自信に満ちた言葉で話す二人に、レイは安心する。
「じゃ、とにかく今夜の見張りは俺とセトが引き受けるから、お前達は休んでくれ」
「悪いな、じゃあ頼む」
「頼んだ」
二人は短く告げると、近くにある家へと向かう。
幸いと言うべきか、今はどの家も空き家ばかりだ。
そうである以上、寝床に困ることはなかった。
……その代わり、死体のない場所を見つけるか、それとも自分達で死体を寄せなければならなかったが。
そんな二人を見送った後、レイは村の中央にある広場へと向かう。
月明かりに照らされているその場所では、既にセトが寝転がって周囲を警戒する態勢を整えていた。
「悪い、遅れたか?」
「グルゥ」
大丈夫だよ、と喉を鳴らすセト。
ふと、今の自分とセトのやり取りを考えると、何となくつき合い始めたばかりの恋人のやり取りを連想させた。
「……そう言えば、ここ数日連絡を取ってなかったけど、エレーナはどうしてるかな」
一瞬対のオーブを使ってエレーナに連絡を取ろうかと思ったが、既に時刻は真夜中だ。
ミスティリングの中から懐中時計を取り出して確認してみると、午前一時をすぎている。
今から連絡をしても、エレーナに迷惑を掛けるだけだと判断し、諦める。
……もしエレーナがレイの気遣いを知れば、そんな気遣いはしなくてもいいから、いつでも連絡してきて欲しいと言うのだろうが。
地面に寝転がっているセトの隣に座り、セトの温かな身体に体重を預ける。
ドラゴンローブのおかげで暑さや寒さを感じることはないレイだったが、それでもこうしてセトに体重を預けると、温かな体温を感じることが出来た。
この辺はマジックアイテムだからこそか。
そのままセトに倣って、目を瞑りながら周囲の気配を探る。
セトがいれば周囲から誰かが近づいてくるのはすぐに分かる。
本来であればレイがこんな真似をする必要はなく、それこそザルーストやナルサスと同じくどこかの家で休んでいてもよかった。
だが……それでも、自分がこの部隊――三人と一匹だが――の中でも最強の存在である以上、こうして起きている必要があるという認識だった。
セトの鼓動が身体を通して聞こえてくるのを感じ……やがて、そのまま意識が眠りに落ちそうになる。
今日一日だけで、色々なことがあった。
街中でオウギュストやダリドラが襲われ、研究所が襲撃され、その様子を見に行って百面の者と戦い……それが終われば、セトが臭いを嗅いで百面の者の本拠地であるこの村を見つけ、アーティファクトで張られていた結界を破壊する。
そして村が姿を現したかと思えば、待ち受けていたレゾナンス達との戦闘になる。
勝って村の中を見て回れば、全員が毒を飲んで死んでいた。
ことの経緯を知らせる為に、レイはゴーシュまで戻って説明をし、それが終わればまたこの村に戻ってきて、こうして見張りをしている。
(明らかにイベント過多だよな。せめてもう少しゆっくりと何日かに分けて起きればいいのに)
自分に都合のいいことを考えているというのは理解しているが、それでもこうも一日に連続して色々なことが起きると、そう思わざるを得ない。
このままぐっすりと眠りたい。
セトの体温や鼓動を感じながらそんな風に思ったレイだったが、すぐに自分の中にある弱気を消し去る。
(このままだと駄目だ。何か眠気覚ましをしないと……いや、そう言えば)
ふと、思いつくことがあり、体重を預けていたレイが離れる。
大好きなレイの温もりがなくなったのが残念だったのだろう。セトが少し心細そうに鳴く。
「悪いな。けど、少しやっておくことがあるんだよ」
セトを撫でながら、被っていたフードを下ろす。
瞬間、砂漠の夜の冷たい空気がレイの顔を撫でていく。
「うわ、本当に寒いな」
そう言いながらも、レイの表情に浮かんでいるのは笑みだ。
冷たい……それこそ凍えそうな空気だったが、眠気覚ましとして考えれば丁度いい。
マイナス十℃程の気温なのだが、今のレイの身体はゼパイルとその一門の技術によって生み出された代物だ。
この程度の気温であれば、寒いと感じはするものの、何とでもなる。
そもそも、寒いのはフードを下ろした顔の部分だけだ。
身体はドラゴンローブに包まれており、暑すぎず、冷たすぎずといった快適な気温に包まれている。
顔が多少寒いところで、その程度何がどうしたというのがレイの正直な気持ちだろう。
それでも寒いと感じながら、レイは念の為に周囲を見回す。
「セト、誰もこっちを見てないよな?」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが頷く。
現在唯一この村にいるのは、どこかの家で眠っているザルーストとナルサスだけだ。
その二人が眠っている以上、自分達の様子を窺っている者がいる筈がなかった。
それでも念の為にセトに尋ねたのは、もしかして……という思いがあったからこそだろう。
それがないとセトの返事で確信したレイは、ミスティリングから目的の物を取り出す。
レイの手にあるのは、二つの魔石。それは、サンドリザードマンの魔石だ。
以前オウギュストの屋敷で吸収しようとした時、丁度誰かが自分達を見張っているのを確信し、途中で止めた代物。
今なら丁度いいだろうと判断し……空中に魔石を一つ投げ、同じく取り出したデスサイズで一閃する。
「……駄目か」
暫く経っても何も起きないのを確信し、次にセトへと魔石を放り投げるが……そちらも結局何もスキルの習得は出来ない。
折角と意気込んだのにこの結果で、レイは少しだけいじけるのだった。