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レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街
1142/3865

1142話

 話している中、唐突に息を引き取ったレゾナンス。

 当然つい数秒前までは普通に話していたレイやザルースト、ナルサスといった面々は、いきなりのことに驚きを隠せない。


「え? おい、レイ。これは何かの冗談か?」


 だからこそ、ザルーストも思わずといった様子でレイにそう尋ねたのだろう。

 だが、レゾナンスが死んでいるというのは、尋ねたザルーストも理解している。

 それでも尋ねたのは、それだけ今の状況が予想外だったからだろう。

 勿論口から血を流していたのは見ているし、身体中を何本もの槍で突き刺され、身体の半ば程をレイが空中から落とした鉄球により押し潰されている。

 そんな状況なのだから、当然先が長いとは思っていなかったが……それでも少し前まで普通に話していた男が、こうもあっさりと命を失うとは思いも寄らなかったのだろう。


「……間違いない、死んでいる」


 驚いてレイに問い掛けたザルーストと違い、ナルサスは素早くレゾナンスへと近づくと息をしているのかどうか、脈はあるのかどうか、心臓は動いているのかどうか……といったことを確認していく。

 同じ冒険者でも、これまでに潜ってきた修羅場の違いが如実に現れた形だろう。


「間違いないんだよな?」


 死んでいると確認したナルサスの言葉に、レイが確認するように尋ねる。

 だが、ナルサスから戻ってきたのは、無言で頷くといった行為のみ。


「グルルルゥ!」


 不意にセトが鋭く鳴き声を上げる。

 もしかして血の臭いに惹かれてモンスターでもやってきたのか?

 そう判断して武器を構えようとした三人だったが、モンスターが近寄ってくる気配はない。


「……セト?」


 尋ねるレイに、セトが視線を向けたのは少し離れた場所で倒れている者達。

 死体であったり、身体の一部を失ったもののまだ生きていたり、非常に運が良く気絶しているだけだったり。

 そんな者達を見て喉を鳴らしたセトに、一瞬レイは何故鳴いたのか分からずに戸惑い……次の瞬間には、研究所で戦った暗殺者の男のことを思い出す。


「自決用の毒っ!?」


 素早く叫び、慌てて砂漠に倒れている者達へと近づいてく。

 レイの言葉でザルーストやナルサスもセトが何故鳴き声を上げたのか理解出来たのだろう。すぐにレイの後へと続く。

 そうして一番近くにいた男の元へと辿り着いたレイが見たのは、口から緑色の液体を流して、既に絶命している男の姿だった。


「駄目だ、死んでる!」

「こっちも同じくだ。……自決用の毒、か」


 ザルーストが叫び、ナルサスもそれに同意するように頷き、レイの言葉を繰り返すように呟く。

 ダリドラや他の護衛から、自決用の毒については聞いていた。

 にも関わらず、ここでみすみすそれを使わせてしまったことによる後悔が混ざった呟きだった。


「……ちょっと待て」


 怪我人の呻き声も既に消え失せ、聞こえるのは夜の砂漠の冷風吹きすさぶ音のみ。

 そんな中、レイの言葉が小さくだが確実に周囲に響く。

 どうした? そんな視線を向けてくるザルーストとナルサスに、レイは視線を村へと……レゾナンス曰く、アーティファクトで守られていた村へと視線を向ける。

 自分達を迎え撃つ為に出て来た者達は、こうして負けを認めるや否や自決用の毒を飲んで自ら死を選んだ。

 そしてレイの視線の先にあるのは、暗殺者達の村である以上、当然こうして実戦に出ている者以外の者達……女子供や老人といった者達がいてもおかしくはない。

 だが、この村の戦力とも言える暗殺者達が死んだら、その者達はどうなるのか。

 レイが村へと視線を向ける中、ザルーストやナルサスもまたレイと同じことに思い至ったのか、盛大に顔を引き攣らせる。

 小さいとは言っても村の規模だ。

 それに自分達と戦った者達の数を数えれば、相当な人数が村にはいてもおかしくはない。

 その者達がどうしたのか……それに気が付いた三人は、慌てて村の方へと駆け寄っていく。


「セト! モンスターが来ないかどうか警戒しててくれ!」

「グルゥ!」


 村へと走りながら叫ぶレイに、セトは分かったと鳴き声を上げる。

 もし何かモンスターがやってきても、セトがいれば何の心配もないだろうと判断し、レイは先に走っていたザルーストとナルサスの後を追う。

 瞬く間に二人に追いつき、そして追い越したレイはそのまま村の中に入る。

 村の外であれだけの戦いが起きていたのだから、当然家の外に人の姿はない。

 それでも誰かがいるのであれば、家の隙間から覗いていてもおかしくはないのだが……と思い、嫌な予感を覚えながら、近くにあった家の戸を乱暴に開ける。

 鍵のような物がある筈もなく、あっさりと開いた家の中にいたのは……


「ちっ、やっぱりか」


 レイの口から、苦々しげな呟きが漏れる。

 家の中では、年老いた二人の男女が口から緑色の液体と血を流して倒れていた。

 これまでに見てきた者達と同じ死因。

 ……唯一の救いは、その二人の老人の顔に浮かんでいるのが幸せそうな笑みだったということか。


「レイ!」


 叫びながら家の中に入ってきたザルーストとナルサスに、レイは黙って首を横に振る。

 そんなレイの仕草を見て、そして家の中で倒れている二人の老人を見れば、村の惨状は予想出来た。

 それでも、もしかしてや万が一があるかもしれないと考え、三人はそれぞれ村の中を見て回る。

 一瞬まだ暗殺者として戦える奴がいるかもという考えがザルーストやナルサスの脳裏を過ぎったが、今はそれよりも先に村人の生死を確認する方が先だと判断し、多少の危険は覚悟の上で個別に行動を開始した。

 そうして別々に行動したレイ達が見たのは……どの家にも、生きている者はいなかったということだった。

 老人と子供。

 中には生まれたばかりと思しき赤ん坊もいたのだが、その全てが口から緑色の液体と血を流して命を絶たれていた。


「……駄目か」


 村の中をざっと見て回り、中央付近で落ち合ったザルーストとナルサスは、レイの言葉にそれぞれ鎮痛な面持ちで頷きを返す。

 人が死ぬという光景を見たのはこれが初めてではないし、これまでにも幾度となく経験もしてきている。

 だが……それでも、やはり老人や子供といった風に無力に近い者達が死んでいる光景を見るというのは、楽しいものではない。

 だからこその、鎮痛な面持ちだった。


「何でこんな真似をしたのか……それは言うまでもないよな?」


 そんな空気を吹き飛ばすようにレイが二人に尋ねると、躊躇いもなく頷きを返す。

 レゾナンスの一族の血とティラの木を使えば、痛みを感じなくなる薬を作り出すことが出来る。

 その作り方は分からないが、それでも作れるというのが前提にあれば作り出すのは難しい話ではないだろう。

 少なくても、何も知らない状況で一から作り始めるのに比べれば圧倒的に楽なのは間違いない。

 だが……その薬を作るにはレゾナンスの一族の血が必要な訳で、もし本格的にその薬を作るようなことになった場合、レゾナンスの一族は血を搾り取る為の家畜と化してしまう。

 それを心配し、そんなことになるなら尊厳がある今のうちに……と、命を絶ったのだろうというのがレイの予想であり、ザルーストやナルサスもそれには同意見だった。


「俺が言うのもなんだが、ダリドラ様ならこの件を知れば必ず薬を作ろうとするだろうしな。……今回の件で大きな損害を受けたし」


 自分の雇い主が部下には寛容であるが、利益を求める為には躊躇しないというのを知っているナルサスの言葉に、ザルーストは頷く。

 ゴーシュで暮らしてきただけに、ダリドラがどのような性格をしているのかというのはザルーストもよく分かっている。

 そもそも、自らの利益の為にザルーストやオウギュストを砂賊に襲わせようとしたのだから。


(まぁ、結果として砂上船をレイに奪われてしまったけど)


 だが、それはあくまでもレイがいたからこそだ。

 もしあの場にレイがいなければ、自分達は全滅を……どんなに上手くいっても大きな被害を受けていただろう。

 それこそ馬車を牽いていた駱駝の多くは死んでいただろうし、その馬車に積んでいた荷物に関しても間違いなく犠牲になっていただろう。

 そして、恐らく砂賊が命じられていただろうオウギュストの命すらなくなってしまっていた可能性がある。


「ただ……」


 ダリドラのことを考えていたザルーストは、ナルサスの言葉に我に返った。


「ただ?」

「いや、この場所を見つけることが出来た以上、ゴーシュにとっては大きな利益になるのは間違いないだろ?」


 そう言われたザルーストとレイは、そう言えば……と周囲を見回す。

 ここに小さいながらもオアシスがあるというのは、レイを含めて全員が確認している。

 今は家の中に多数の死体があるが、その死体を片付けてしまえば普通に家として使えるだろう。

 つまり、ゴーシュはただでもう一つの村を手に入れたのと同じなのだ。

 勿論何の問題もない訳ではない。

 例えば、今まではアーティファクトで周囲の者達に見つからないように結界を張っていたのだが、その結界もレイのデスサイズによる一撃で斬り裂かれ、アーティファクトも壊れている。

 つまり、この村を使うにはモンスター対策や、砂賊対策をどうにかしなければならないのだ。

 小さくても、村は村。

 その村をどうにかするには、大きな出費が必要となるだろう。


「ああ、ティラの木の実験をここでやればいいんじゃないか?」


 ふと、レイの口から出た言葉にナルサスが微かに顔を顰めた。

 ティラの木が一定以上集まると、餌を求めて人を襲うという情報は既に知っている。

 であれば、そんな危険な真似をする場所には出来れば住みたくないというのがナルサスの本音だった。

 もっとも、ナルサスが護衛をしているのはダリドラであり、神経質な性格をしているダリドラがティラの木の実験をする場所にやってくるとは思えなかったが。


(それに、ティラの木の危険性はそれ以外にもある。薬……これをどうにかする必要があるだろうな)


 つい先程レイやザルーストと交わした会話を思い出す。

 雇われている身として、痛みを感じさせないようにする薬についてはダリドラに報告せざるを得ない。

 そうなれば当然ダリドラはティラの木の薬についての研究を始めるだろう。

 出来るか出来ないか分からないのではなく、確実に存在する薬なのだから。

 ただ、問題はやはりその材料だろう。

 レゾナンスの一族の血の代わりの何かを探すということになれば、当然真っ先に試されるのは、同じく人間の血だった。

 特定の一族の血だけが材料になるというのはおかしいと、少なくてもその辺にいる者の血を使うのは間違いがない。


(そんな実験をここで行うとなると……下手をすればアンデッドとか出て来そうだな)


 元々暗殺者一族が住み着いていた村というだけで、アンデッドが出て来てもおかしくはないのだ。

 そう考えれば、ここでそのような実験をしたいとは思わなかった。


「この場所は、出来ればそんな風にはしたくないんだけどな。折角オアシスもあるんだし、ゴーシュの飛び地的な場所になってくれれば、こちらとしては大歓迎だ」

「……ナルサスの言いたいことも分かるが、問題はそれをダリドラが了承してくれるかどうかだろ。正直なところ、難しいと思うぞ」


 ザルーストの言葉には、長年ダリドラと敵対したが故の説得力がある。


「けど、小さいとは言っても村が一つ丸々手に入ったんだから、その辺はリューブランドに任せるしかないんじゃないか? ……ダリドラが口を出してきそうだけど」


 そこまではダリドラに任せないだろうというレイの言葉だったが、それに対して返ってきたのはザルーストとナルサスの二人が揃って首を横に振るという光景だった。

 レイは、そんな二人を少しだけ同情を込めて眺める。

 自分の住んでいる街の領主が有能ではないというのは悲しいことだと。

 ……もっとも、客観的に見ればリューブランドは有能ではないが、無能でもない。

 それどころか、ダリドラの意見を多く聞き入れているおかげで以前よりもゴーシュが発展しているのは事実なのだ。


「ま、とにかくいつまでもここにいても仕方がないだろ。そろそろ戻るとしないか? ……俺達だけで、死体を全部燃やすのは不可能……とは言わないけど、面倒臭いだろ。それなら人を呼んできてやって貰った方がいい」


 死体のまま放っておけば、それはアンデッドと化す可能性が高い。

 そんなことにならないよう、早めに処分しなければならないのだが……小さいとは言っても、村一つ分の死体だ。

 三人では非常に手間が掛かるのは間違いがなかった。

 幾らこの三人が普通の人間よりも能力が高くても、このような作業で必要なのは高い能力を持った少数ではなく、人手だ。

 そう告げるレイの言葉に、このままここを放って置いてモンスターが襲ってきても厄介だということで、少しでも早くゴーシュへ到着出来るレイがセトに乗ってゴーシュへと向かい、ザルーストとナルサスはここで待つことになるのだった。

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