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レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街

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1141/4029

1141話

「ぐぅっ、ぐっ、ぐぐ……」


 高所から落とされた鉄球に身体を潰され、手足や身体に槍が突き刺さった状態で身動きが出来ないレゾナンスに出来るのは、ただ呻くだけだった。

 既にろくに身動きが出来なくなっているのを考えれば、痛みを感じないというのも役には立たないのだろう。


(いや、痛みで喋ることが出来ないとかがないのを考えれば、役に立たないって訳じゃないか)


 空中から地上へと落下しながら、途中でスレイプニルの靴を使用して速度を落とし、地面へと着地する。

 砂漠の上に着地したというのに殆ど砂が動かなかったのを見れば、レイが殆ど衝撃を発さないで着地したのかが分かるだろう。


「……さて」


 殆ど身動きが出来なくなっているレゾナンスを一瞥し、念の為にとデスサイズをミスティリングから取り出す。

 ふと周囲を見回すと、セトとザルースト、ナルサスに襲い掛かっていた暗殺者達の姿は既にない。

 いや、正確には立っている姿はないと言うべきか。

 殆どが砂の上に倒れ、死んでいるか身動き出来ない状態になっていた。

 痛みを感じない相手である以上、その動きを止めるには物理的に身動きが出来なくなるようにするか、命そのものを奪うしかなかったのだろう。

 百面の者の暗殺者は痛みを感じないながらも自意識を残し、判断することが出来るままに行動してきたのだから、動きを止めるという難易度もより高くなってしまう。


(ダリドラを襲った奴も痛みを感じてないのはこいつらと同じだったけど、殆ど我を忘れてるって状態だって話だった筈。その辺の違いはどうなってるんだろうな)


 ふと疑問を抱くも、今はそれよりも優先すべきことがあると、改めてレゾナンスへと視線を向ける。

 そのまま近づいていくと、レゾナンスも身動き出来ない状態ながらもレイの姿を確認したのだろう。

 身体の殆どを押し潰されているにも関わらず、笑みすら浮かべて口を開く。


「はっはっは……天晴れじゃ。まさか儂の武器をそのまま利用するとは思わんかったわい」


 身体中に槍を突き刺され、鉄球によって押し潰されているとはとてもではないが思えない様子でレイへと声を掛ける。


「俺がアイテムボックスを持ってるというのは、当然知ってたんだろ? それにデスサイズを取り出すのも見たんだし」

「うむ。じゃが、まさか……という思いがあったのも事実じゃ。……認めよう、儂の負けじゃ。それに身動きが出来なくて全員を確認は出来んが、争いの声は聞こえない。こちらの完全敗北なんじゃろう?」


 視線で周囲を……あくまでも、今レゾナンスが見て取れる範囲内を見ながらレイへと尋ねる。


「ああ。こうして見る限りだと、生きてるのもいるけど……死んでるのも多いな」

「ふむ、そうか。……まぁ、仕方ないじゃろうて。元々儂等は人の影に生きし者。このような最後が来ることくらいは、当然覚悟しておったからのう」


 その言葉通り、レゾナンスの中には自分の仲間を殺されたというのにレイに対する恨みの類は存在していない。

 レイにとってもその辺は不思議だったのだろう。驚きを込めて口を開く。


「仲間が殺されたのに、俺を……俺達を恨んでいないのか?」


 正確にはレゾナンスの仲間を殺したのはレイではないのだが、セトがそれに手を貸している以上、レイがそれを無視する訳にはいかなかった。

 味方を殺された相手に対して放つのは無神経と言える問い掛けに、レゾナンスは特に何も言わず夜空に浮かんでいる月へと視線を向ける。

 そのまま数十秒が経過し、やがてセトやザルースト、ナルサスがレイ達のいる方へと近づいてくるのを見計らったかのようにレゾナンスが口を開く。


「先程も言ったと思うが、儂等は人に胸を張って生きていけるような者ではないのじゃ。じゃからこそ、人生を平穏に終えられるとは思っておらんかった」

「……それでも、仲間が死ねば多少思うところはあると思うが?」

「そうじゃな、普通ならそうじゃろう。じゃが……儂等に関しては別じゃ。ふむ、そうじゃのう。約束もしたのだから、しっかりと話す必要はあるか」


 律儀だなと考えるレイだったが、向こうから情報を漏らしてくれるのであれば文句はない。

 黙って聞く態勢に入り、それは近づいてきたザルーストやナルサスも同様だった。

 セトのみは、周囲にモンスターが来ないかを……夜の砂漠ということで、特に血の臭いに惹かれて近づいてくるモンスターがいないかを警戒していたが。


「さて、何から話したものか……まず、お主等が知りたがっていた、何故ダリドラとオウギュストを狙ったのか、からにしようか。その方が興味あるじゃろう?」

「ティラの木が何か関係しているのは分かっているけど、どうしてそこまで執拗に……とは思わないでもないな」


 レイが先程思いついたころから尋ねると、レゾナンスは面白そうな笑みを浮かべる。

 ……痛みを感じないとはいえ、身体の半分が押し潰されているとはとても思えない笑みだ。


「そうじゃな。お主等がティラの木と呼んでいる木が関係しているのは間違いではない」


 あっさりとティラの木が関係していることを認めるレゾナンス。

 だが、先程の戦いの時に既にレイがティラの木という言葉を口にしていた為、ここで何を言っても意味がないと判断したのだろう。


「それで、ティラの木がどんな風に関係しているんだ?」

「ふむ、先も言ったように、儂等はティラの木があったからこそ暗殺者として生きてきた。元々は流浪の民だった儂等の先祖が、ティラの木を見つけ……そのティラの木を儂等の一族の血を使って特殊な加工をすることにより、ある薬を作ることが出来た」


 薬。その言葉を聞いたレイは……いや、レイだけではなくザルーストやナルサスもどのような効果を持つ薬なのかすぐに理解した。


「痛みを感じなくする薬か」


 レイの口から漏れた言葉に、レゾナンスはあっさりと頷く。


「うむ、そうじゃ。もちろんそんな効果である以上、何の副作用もない訳ではない。使い続ければ、個人にはよるが様々な副作用が出てくる。ともあれ、その薬があり……そしてこちらもまた儂等の一族に伝わる技術で誰にでも化けることが出来るようにする技術で儂等は暗殺者として活動することが出来るようになった」

「誰にでも化ける……か。つまり、顔の皮膚を剥ぐというのも、お前達の一族に伝わる技術だってことか?」


 確認するように尋ねるレイの言葉に、レゾナンスは特に躊躇もせずに頷く。

 てっきり秘伝の技術である以上、隠したりするのではないかと思ったのだが……だが、すぐに全てを話すといったレゾナンスの言葉を思い出し、納得する。


「そうじゃ。いつからこの技術が伝わっていたのかは、既に分からなくなっておる。じゃが、それでもこの技術があればこそ儂等がこうして暗殺者として活躍が出来て……いや、しておった、という方が正しいじゃろうな」


 既に村にいた者の内、戦闘が可能な者はほぼ全てが死んでおり、実際に動く暗殺者達を率いている自分もこの分では助かるまい。

 つまり、生き残りは村にいる戦闘力を持たない者と……少数の、現在仕事としてどこか他の街や村、もしくは国に出掛けている者くらいしか残っていない。

 ここまで人数が減ってしまっては、一族を維持するのはまず難しいだろう。

 そして村の生き残りは……


(それに、アーティファクトも先の一撃で破壊されてしまっておる。……どのみち、一族云々というのは関係なしにこれ以後もここに住み着くのは不可能じゃろうて)


 小さいながらもオアシスが存在しているこの場所は、自分達一族にとっては間違いなく安住の地だった。

 それを一族に伝わるアーティファクトにより生み出された結界で覆っていたのだが、その結界を張っていたアーティファクトも壊されてしまった。

 そうなれば、既にどうしようもないのは事実だ。


「ともあれ、儂等としては薬を作る原材料でもあるティラの木の研究を進ませる訳にもいかなかったし、街の周りに植える為に砂漠に生えているティラの木を持っていかれる訳にもいかなかった」

「……そうなると、オウギュストを狙ったのは?」

「その者が以前ティラの木を研究していたというのは分かっておる。……だからこそ、こちらも手を出したんじゃからな」

「つまり、ティラの木の研究をした……もしくはしている相手をほぼ無条件で狙ったってことなのか?」

「うむ。言い方は悪いが、儂等の秘密を知る者が増えては困るのでな。多少ティラの木を研究した程度で儂等が使っている薬を作ることが出来るとは思わんし、そもそも薬を作るのには儂等の血が必要じゃ。じゃが……それに気が付いた時、何が起きると思う?」


 そう言われれば、レイも何となく理解出来た。

 つまり、その薬を作る為にレゾナンスの一族を狩って回る可能性すらあるかもしれないということだ。

 だが、そう言われてもレイは首を傾げる。

 レゾナンスが言う通りになる可能性はある。

 そもそも、痛みを感じさせないようにするという薬は、色々な意味で使い勝手がいい。

 それこそ戦い以外にも、麻酔として使うことだって出来るかもしれないのだから。

 レイには思いつかないが、他にも色々と使い道はあるだろう。


「それに……」


 考え込んでいたレイだったが、レゾナンスの口から出た言葉に意識をそちらへと向ける。


「それに? まだ何かあるのか?」

「うむ。……こう言ってはなんじゃがな。やはりこのような仕事をしていればどうしても精神的な疲れというものはあるのじゃよ。何せ、失敗すればまず生きて帰れん仕事じゃしな」


 暗殺者というのは、レイが想像してみた限りでも相当に厳しい環境にありそうだった。

 それこそ、少しでも気を抜けばそのツケは自分で払わなければいけなくなるのだから。


(そう考えれば、冒険者って結構恵まれてるよな。仕事をしてない時はそこまで気を張ったりしなくてもいいし)


 日陰者と言うべき暗殺者と自分の境遇の差を思い、レイはレゾナンスの言葉に深い同意を覚える。


「つまり、元々近いうちに暗殺者は辞めるつもりだったのか?」

「どうじゃろうな。……儂だけならそれも良かったかもしれんが、他の者達のことを考えればそう簡単に頷くわけにもいくまいて。とにかく……」


 そこまで告げると、不意に何かを堪えるように口に手を当てるレゾナンスだったが、それでも我慢出来ずに激しく咳き込む。

 己の命そのものを吐いているかのようにすら思える、そんな咳。

 口から咳だけではなく血が溢れてきているのは、やはり身体中に突き刺さった槍と、何より上空から落とされた鉄球によるものだろう。


(茨の槍で動きを止めてから鉄球……って流れだったら、槍が一本で済んだ分、ダメージは少なかっただろうけど……出来ないよな)


 上空から鉄球を落とすのだから、そんな真似をすれば当然レゾナンスに刺さっている槍にも大きな被害が及ぶ。

 現に鉄球の衝撃で槍が何本か折れているのだから、下手に茨の槍を使っていれば、柄が途中で折れるという危険は十分にあった。

 マリーナに貰った茨の槍をこんなことで折ったりしようものなら、ギルムに戻った時に怖いというのがある。


「お前達の言い分は分かったが、何故ダリドラ様やオウギュストさんを襲ったにもかかわらず領主様を襲わなかったんだ?」


 ふと、今までレイとレゾナンスの話を聞いていたナルサスが尋ねる。

 ティラの木について研究をしているのが、この一族にとって許せることでないのであれば、それこそティラの木についてダリドラに提案されたのを受け入れ、研究するように言ったリューブランドも襲われてもおかしくないのではないかと。

 そんな疑問を抱いたのは、ナルサスだけではなくザルーストも同様だったのだろう。文字通りの意味で血反吐を吐いているレゾナンスへと答えを促すような視線を向けていた。


「ごほっ……そうじゃな、本来であればそうするのがいいとは思った。じゃがな、こう言ってはなんじゃが……あの者を殺してしまった場合、息子がまだ小さいこともあってゴーシュの領主は別の者になるじゃろう」

「……まぁ、代官とかそんな感じになるだろうな」


 レイの呟きに頷いたレゾナンスは、口元から流れる血が砂の上に落ちるのも構わずに言葉を続ける。


「うむ。そして代官である以上、当然有能な者がくる可能性が高い」


 そこまで言われれば、何故レゾナンス達がリューブランドを殺さなかったのかが三人全員に理解出来た。

 唯一理解していない……というよりも理解する気もないセトは、話を聞き流して周囲の様子を警戒している。


「まさか、無能……って訳じゃないのか。有能じゃないから見逃されていたとは思わなかったな」


 呟くレイの言葉に、ザルーストとナルサスが頷く。


「……さて、どうやら儂もそろそろお迎えが来たようじゃ。……皆の者、また向こうで会おう」


 呟き、え? とレイ達がレゾナンスへと視線を向けた時には、既にその命は尽きていた。

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