表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街
1133/3865

1133話

「これは……毒、それも空気に触れた瞬間に煙になって毒を撒き散らす代物ですね」


 そう告げたのは、エレーマ商会の傘下にある道具屋の店主の声だ。

 怖々と見ていた瓶を、そっと机の上に置く。

 そんな道具屋の様子を、ダリドラの側にいる護衛は妙な動きをしないようにとじっと見つめていた。

 昼間に襲撃され……そして更に研究所でも襲撃されるという風に、二重に失態を犯してしまったのだ。

 それだけに、三度目は許さないと緊張を高めていた。


「……つまり、この毒を使った者は自爆覚悟だったということですか?」


 ダリドラの言葉に、道具屋の店主は首を横に振る。


「いえ。申し訳ありませんが、毒の効果まではちょっと分かりません。そこまでの専門知識はないので……」

「そうですか。ですが、この毒を使おうとした人物のことを考えれば、恐らく致死性の毒でしょうね」


 致死性の毒と聞き、道具屋の店主は頬を引き攣らせてじっと机の上に置かれた瓶へと視線を向ける。

 もし今この瓶を落としてしまったらどうなるのか。

 そんな恐怖に襲われた為だ。

 ……もっとも、この瓶は白衣の男が床に落とした時にも割れはしなかったというのを知らないからこそ、そんな恐怖を覚えるのだろう。


「厳重に密封しておいて下さい」


 ダリドラが命じると、部屋の中にいた部下の一人が急いでその瓶を近くに用意してあった箱の中へと入れ、しっかりと鍵を掛ける。

 そんな部下の様子を見ると、ダリドラは改めて溜息を吐く。


「全く、正直なところ頭が痛いですね。……ティラの木の研究を任せていた研究所があの有様では、リューブランド様に何と言えばいいのやら。それにオウギュストの方もこれを機会にティラの木の研究を止めろと言ってくるでしょうし」


 今は手を組んでいるとはいえ、オウギュストとは未来永劫手を組めるという訳ではない。

 そしてオウギュストの下にはレイという規格外の戦力が存在しており、敵対するという選択肢は最初から存在しなかった。

 だからといって、リューブランドにティラの木の件は無理ですというのも難しい。

 ダリドラにとって、完全に身動きが出来ない状況になっていた。


(そもそも、何故ティラの木の研究所を襲うなどという真似を……私とオウギュストの間に決定的な亀裂を作る為? それ以前に研究所を襲った者と私やオウギュストを襲った者は同一勢力と考えてもいいのですか?)


 色々と疑問は抱くが、それでもやるべきことは変わらない。


「情報を集めなさい。私やオウギュストに敵対しようという者達です。間違いなくどこかに痕跡は残している筈。でなければ、とてもではないですが……」


 ダリドラがそう告げ、改めて命令を下そうとした時……不意に部屋の扉がノックもなしに開かれ、一人の男が息せき切って入ってくる。


「ダリドラ様、ルノーラの店が襲撃されました!」

「何ですって!?」


 予想外の報告に、ダリドラの口から驚きの声が漏れ出る。

 だが、すぐに自分を落ち着かせて口を開く。


「被害は?」

「店舗そのものは無事ですが……ルノーラが……」


 言葉を濁すその様子を見れば、店主のルノーラが無事では済んでいないというのは明らかだ。

 神経質な表情の中に苛立ちを混ぜ、ダリドラは口を開く。


「襲撃者については何か分かりますか?」

「いえ、ルノーラも初めて見た相手だったと言ってます」


 その言葉でルノーラが死んだ訳ではないというのを知り、少しだけ安堵の息を吐く。

 そして何かを口にしようとした、瞬間……再び部屋の扉が開かれ、一人の男が入って来た。


「ダリドラ様!」

「今度は何ですか!」


 またどこかが襲われたのではないか。そんな思いから叫ぶが、部屋の中に入ってきたのが研究所に潜んでいた男の死体を調べるように命じた男なのに気が付く。

 もしかしてこの屋敷も襲撃されたのか。

 そんな思いで視線を男に向けたダリドラだったが、男の口から出たのは理解出来ない何かを目にしたが故の恐怖に満ちた声だった。


「ダリドラ様……あの襲撃者の死体を調べていたのですが、とんでもないことが判明しました」

「とんでもないこと、ですか? 具体的には?」

「その、正直これをどう言葉で表したらいいのか……ちょっと分からないので、一緒に来て貰えますか? 私が何かを言うより、直接ダリドラ様に見て貰えばすぐに分かりますから」


 レイがこの場にいれば百聞は一見にしかずとでも言いそうなことを口にした男の言葉に、ダリドラは少し眉を顰めたものの、そのまま立ち上がる。

 報告に来た男はダリドラにとっても信頼出来る部下であり、この切迫した状況で意味のないことはしないだろうという判断からだ。


「分かりました、案内して下さい」

「はい、こちらです」

「ダリドラ様、ルノーラの店の方は……」


 立ち上がったダリドラにルノーラの店の襲撃に関しての報告を持ってきた男が声を掛ける。


「至急救援を出して下さい。既に敵がいないのであれば、店の片付けとルノーラを含めて従業員の治療、それと馬鹿な真似をする者がいないように周囲の警戒を。ああ、周辺の店に事情の説明も忘れずに」

「はい、分かりました。すぐにでも」

「それと……貴方達の中から何人か彼と一緒に行って下さい」


 突然声を掛けられた護衛達は、予想外の展開に驚きながらもダリドラを翻意させようと口を開く。


「ですが、これがダリドラ様を狙う為にこちらの戦力を分散させようとしているのかもしれません」

「それでもです。それに、私はここに残っていますし、そろそろナルサスも完全ではないにしろこちらに復帰出来るでしょう。だから、今は……」

「……分かりました」

「聞いていましたね? 護衛と共にルノーラの店に向かって下さい」


 素早く出された指示に頷くと、男は早速動き出すべく護衛と共に部屋を出て行く。

 それを見送ったダリドラは、白衣の男について調べさせていた部下と、そしてまだ部屋に残っていた護衛と共に部屋を出る。

 向かうのは、ダリドラの店の中でもある程度の研究施設が揃っている場所。

 普段はここで商品の研究や開発、分析といったことを行っている場所だ。

 勿論そこまで大掛かりな施設ではないので、クトガのように本格的な研究者にとっては満足出来ず、結果としてゴーシュの街外れに専用の研究所を用意したのだが……その研究所も、クトガが殺されてしまってはどうにもならない。


(頭の痛い出来事が続きますね。……せめて、何か朗報でもあればいいのでしょうが……)


 廊下を歩きながらダリドラは溜息を吐いて首を横に振るが、すぐに何かに気が付いたかのように顔を上げる。


(いえ、オウギュストはともかく、レイと敵対しなくてもいい……それどころか、今回の件に限っては手を組むことが出来るというのは、間違いなく朗報でしょうね)


 レイの情報は集めていたし、護衛の者達からも強いというのは聞いていた。

 そして研究所では自分達を襲ってきた相手を苦もなく倒した。

 その辺を考えれば、レイと敵対せずに協力関係を結んでいるというのは間違いなく朗報だろう。


(それに、レイの……深紅の異名を持つ人物を間近で見ることが出来るというのは、その趣味嗜好、性格といったものを間近で見ることが出来るということです。彼はこの先、まだまだ大きくなる。その際に、私が持っている情報の価値はオリハルコンすら超えるでしょう)


 レイに感謝の気持ちを抱いてはいるが、同時に商売の種にする。

 それは、ダリドラにとって少しも矛盾していることではない。

 そのような性格があってこそ、エレーマ商会をゴーシュの中でも高い影響力を持つまでに規模を拡大出来たのだから。

 これからのことを考えながら通路を進むと、やがて研究室へと到着する。

 そうして研究室の中に入ったダリドラと護衛達が見たのは、テーブルのような台の上に置かれている白衣の男の死体だった。

 ダリドラの様子を見て、白衣に視線が向いていることに気が付いたのだろう。男は口を開く。


「その白衣に関してですが、どうやら意味があるものではありません。恐らくこの男があの研究所に侵入する際に……もっと具体的には、ダリドラ様を待ち伏せする際に誰かから奪ったのでしょう」


 先程ダリドラの部屋に飛び込んできた時に比べると、ある程度時間が経っているというのもあるのだろうが、落ち着いた様子で話す。

 そんな男の様子と、その内容にダリドラは安堵の息を吐く。

 少なくても、自分が雇っていた者の中に裏切り者がいた訳ではないことがはっきりしたのだ。


(いえ、情報を流していたといった者達がいる可能性はありますね)


 自分の部下という扱いではあっても、元々クトガの部下である以上は外様の部下と言ってもいい。

 それだけに、明確な裏切りはなくても情報を流すくらいはしている者がいたとしてもおかしくはなかった。


「白衣に関してはその辺で……それより、見て欲しいのはこれです。こちらへ来て下さい。正直、見て楽しいものではないのですが」

「妙に勿体ぶりますね」

「ええ。正直、このような技術……もしくは、者達と言うべきでしょうか。何と言えばいいのかは分かりませんが、それでもこんなのは初めて見ます」


 そう言い、男がダリドラを連れていったのは死体の中でも頭部のある場所。

 死体が口から吐き出していた緑の液体は既に拭かれている。

 それに気が付いたダリドラは、ふと気になって口を開く。


「そう言えば、あの緑色の液体は何だったのか分かりましたか?」


「ああ、それですか。この死体を作ったのはレイとか言いましたよね? その人の言ってる通り、奥歯に自決用の毒と思われる物が入ってました。強く噛むと液体を飲み込むようになっていたようですが……恐らく強烈な衝撃を受けた際に、自然とその液体を飲んでしまったんでしょうね」


 その言葉に、ダリドラはやはりレイの予想通りだったか……と納得の表情を浮かべる。


「この死体の調査が終わってからでいいので、この男が持っていた瓶の中に入っている毒の調査もお願いします。薬草の類を多く売っている道具屋の店主に見せてみたのですが、どのような毒か分からなかったので」

「分かりました。……さて、これです。いいですか、ダリドラ様。驚くなとは言いませんので、くれぐれも混乱はしないで下さい」


 そんな風に言われたダリドラは、若干ではあるが不機嫌そうな表情を浮かべる。

 ダリドラとて、幾つもの修羅場を乗り越えてエレーマ商会をゴーシュの中で一番の商会にしたのだ。

 そんな自分が驚く……どころか、混乱するようなことはそうそうないと。

 だが男もダリドラの部下としてそれなりに長い間過ごしてきたのだ。

 にも関わらずこのようなことを言わなければならないというのは、それだけ今から見せるものが常識の外にあるものだということだった。

 ダリドラの準備が整ったと見るや、男は死体の顔へと手を触れ……おもむろに顔の皮膚へと触れると額と髪の境目に指をめり込ませる。

 ……そう、皮膚を撫でるや触れるといったことではなく、指を皮膚の下へと入れたのだ。


「なっ!?」


 これには当然ダリドラの口からも驚愕の声が上がる。

 まるで紙でも剥ぐように、顔の皮が剥がれていく。

 当然その皮の下にあるのは皮膚の存在しない肉であり、見ている者に嫌悪感を抱かせるものだ。


「うっ!」


 ようやく男が混乱しないようにといった理由を理解したダリドラだったが、落ち着くと同時に周囲の護衛達へと視線を向ける。


「このようなことをする理由……理解出来ますか?」

「そう、ですね。……あまり考えたくはないことなのですが」


 護衛の一人が、顔の皮膚が存在しない死体からそっと視線を逸らしつつ口を開く。


「恐らく変装の為……ではないかと。普通であれば、褐色の肌の人間は白い肌の人間に変装するのは無理……とは言いませんが、かなり難しいです。ですが、自分の顔の皮膚を自由に剥げるのであれば……」


 その先は最後まで言わずとも、ダリドラにも理解出来た。

 つまり、顔に他人の皮膚か何かを貼り付けて変装が可能になる。


「……本当にそんな真似をする奴がいるのか? そもそも、何の為に?」


 視線の先にある、皮膚の存在しない人間の頭部を見て気持ち悪そうに呟く護衛の男。

 そんな護衛の男に対し、この部屋の主は小さく肩を竦めて口を開く。


「誰にも知られることがないまま……それでいて完全に別人になれる。それこそ、皮膚の色も全て。そんな真似をする必要があるのは、さてどんな人達でしょうね」

「……暗殺者……」


 その答えは、考えるまでもないことだった。

 そもそも、ダリドラや護衛の者達の前にある死体は、暗殺者と思われる者の死体なのだから。


「第三勢力が私の命を狙う為に暗殺者を雇った?」


 呟くダリドラだったが、何となくその答えは違うような気がした。

 商人としての勘でもあるし、何より自分を狙うのにオウギュストを巻き込むような真似をするのは色々と非合理的でもある。


「そうなると、私とオウギュストの両方に恨みを持っている存在? ……そんな人がいるとは思えないのですが」


 自分はともかく、オウギュストを恨むような人物に見当がつかないダリドラは、短く呟くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ