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レジェンド  作者: 神無月 紅
砂漠の街
1129/3865

1129話

 オウギュストがその報告を聞いた時、緊張しなかったかと言えば嘘になるだろう。

 だが、それも当然だった。

 何故なら、屋敷に尋ねてきたのはオウギュストと敵対している相手であり、同時にこの屋敷がその人物の手の者に襲撃される可能性すらあると考え、知り合いに門番をやって貰っていたのだから。

 だからこそ、オウギュストが門番を頼んでいるギュンターからダリドラが家に尋ねてきたという話を聞いた時、驚愕で目を見開いたのだ。


「……どうします? 会わないという手もありますが」


 ザルーストが呟くが、少し考えてオウギュストは首を横に振る。


「いえ、ダリドラも襲撃されたのであれば、当然私が襲撃されたという情報を掴んでいる筈。であれば、わざわざ私の家まで来たのはそれに関係することがあるからでしょう。……会います」

「いいんだな?」


 確認するように尋ねるのは、オウギュストの向かいに座っていたレイ。

 今回のようにわざわざ敵対している相手に尋ねてくるということは、オウギュストが言うように襲撃の件が関係していると思ってもおかしくはない。

 だが逆に、そう見せ掛けて襲撃してきたという可能性も決して無視は出来ないのだ。


(こっちを襲ったのが一人で、ダリドラは複数人。……向こうにしてみれば、俺達が考えたように相手が襲われたのがブラフやアリバイ作りという風に考えても決しておかしくはない)


 そう、オウギュスト達が考えたようなことは当然向こうも考えている筈であり、こちらが本気で動く前に先手を……と考えても不思議でもなんでもないのだ。

 それでもダリドラというこの街の重要人物が尋ねてきたのだから、それに会わないという選択肢はない。

 いや、あるのかもしれないが、そんな真似をすればこの先どんな不利益が襲い掛かってくるか分からなかった。


「会いましょう」


 自分の命の危機となるかもしれないにも関わらず、オウギュストがダリドラに会う決意をしたのはレイの存在が大きい。

 その力を目の前で見ているオウギュストにとって、レイという存在がいればもしダリドラが何を仕掛けてきてもどうとでも対処出来るという期待があった。


(このような子供にそこまで依存するのは、正直情けないとは思うのですが……ね)


 フードを下ろして顔を露わにしているレイを見ながら、オウギュストは内心で自分を情けなく思う。

 だが見た目とその人物の力量というのは必ずしも一致しないことであり、レイ以外にも何人かそのような人物を知っているオウギュストはすぐに考えを振り払う。


「分かった、お前がそう言うのなら俺も護衛しよう。……襲撃の件もあるし」

「ありがとうございます。こちらからお願いしようと思っていたのですが」


 自分が頼むよりも前にレイが護衛を申し出てくれたことを嬉しく思うオウギュストに、レイは気にするなと軽く手を振る。

 レイにとってこの屋敷はゴーシュにいる間の自分の宿だ。

 そしてオウギュストの妻のキャシーが作る料理は非常に美味しく、キャシー本人もレイを我が子同然に可愛がっている。

 そんな居心地のいい屋敷がダリドラに襲撃されるかもしれないとなれば、当然それを放っておくことは出来ない。


「じゃあ、行きましょうか。俺がいても何かあった時の盾くらいにはなるでしょうし」


 当然ダリドラとの面会にはザルーストも参加するつもりだ。

 もし向こうが何かを仕掛けてきた場合、レイとオウギュストだけではレイがオウギュストを守る必要があり、向こうに好き勝手をさせる恐れがある。

 それを防ぐ為には、自分がオウギュストを守ってレイには自由に動いて貰う方がいい。


(それに、元々オウギュストさんの護衛は俺の仕事だしな)


 こうして、三人はダリドラとの面会に挑むことになる。






 オウギュストの住んでいる屋敷は裕福だった先祖が作ったものであり、当然その部屋数も多い。

 それだけに全ての部屋の掃除が行き届いている訳ではないが、それでも使用頻度が高い部屋の掃除は小まめにされている。

 そんな綺麗に掃除されている部屋の一つ、客室にオウギュストやダリドラ、その他今回の話し合いに参加する者達の姿があった。

 もっとも、基本的に話をするのはオウギュストとダリドラの二人……だった筈なのだが、今は何故かソファにレイの姿もある。

 ザルーストやダリドラの護衛達はソファの後ろで立っているにも関わらず、だ。

 これはオウギュストが望んだことではなく、ダリドラが望んだことだった。

 今回の襲撃について、異名持ちの高ランク冒険者であるレイの意見を聞きたい、と。

 そう言われれば、オウギュストも否とは言えない。

 いや、レイが今回の話し合いに参加してくれるというのは、オウギュストにとっても非常に助かることだ。

 実際にオウギュストを襲った男を倒したのはレイなのだから。

 それにレイがいれば、向こうに侮られなくなるだろうというのも大きい。

 勿論護衛としてそこにいるだけで十分に力となるのだが、自分の隣に座っているというのはオウギュストにとって非常に心強い。


「ダリドラさん。先程何者かに襲撃を受けたということですが、元気そうで何よりです」

「おや、耳が早いですね。ですが、そういうオウギュストさんも暴漢に襲われたとか?」

「ええ。お恥ずかしながら、その際に大きな怪我をしてしまいましてね」


 あっさりと自分が怪我をしたと認めたオウギュストに、ダリドラは少し意外そうな表情を浮かべる。

 護衛を抜かれて怪我をしたというのは、護衛にとっては恥だ。

 それをあっさりと認めるとは、思ってもいなかったのだろう。

 これにより、オウギュストの護衛の拙さを突いて会話の主導権を握ろうとしていたダリドラの狙いは呆気なく外れてしまう。

 だが、そんな思いを顔に出さないまま、ダリドラはさも心配そうな視線をオウギュストへと向ける。


「そうなんですか? それではこうしてあまり時間を取って貰う訳にもいきませんね。傷の方は……」

「ああ、大丈夫ですよ。ちょうどこのレイさんが近くにいてくれたので。レイさんが持っていたポーションであっさりと回復しました」

「……ほう」

「いや、本当にレイさんがいてくれなかったら、もしかすると私は今頃ここにいることは出来なかったかもしれません」

「それ程の重傷を癒やすポーションですか。それは、随分と高品質なポーションだったのでしょうね。そのようなポーションを持っているとは……羨ましい」

「いえいえ、そんな。ダリドラさんこそ傷を負ったという話を聞いてますが……」

「そうですね。ですが私の護衛は優秀ですから。殆どかすり傷に等しいものです」


 自分の護衛を褒めているようでいながら、その実、ダリドラはオウギュストが重傷を負ったのは護衛が弱かったからだと暗に臭わせる。

 それが分かったのだろう。オウギュストの背後に立っているザルーストが一瞬だけ反応するが、それでも口に出したりはしない。

 事実、自分が不甲斐なかったのが原因でオウギュストに瀕死の重傷を負わせたのは間違いないのだから。

 命が助かったのは、レイが高品質のポーションを持っていたからに他ならない。

 それが分かっているだけに、反論を口には出せない。

 その後も暫くお互いに嫌味の応酬を続け……そのまま十分程が過ぎると、やがてそんな真似ばかりをしていられないと本題に入る。


「さて、実は今日オウギュストさんを尋ねてきたのは、今回の襲撃の件があります。……何でも、オウギュストさんを襲った犯人を殺さずに捕らえたと聞きましたので。是非その情報をこちらにも融通して欲しいのですよ」

「ほう、随分と耳が早いことで」

「ええ。このゴーシュで商売をやるには、どうしても情報の早さというのは必要になってきますから。……それで、どうでしょう?」


 じっと視線をオウギュストへと向けるダリドラ。

 そんな視線を向けられたオウギュストだったが、やがて少し沈黙した後で首を横に振る。


「残念ながら、捕らえたのは事実ですがあくまでも雇われただけであって、詳しい情報は何も知りません」


 オウギュストの言葉に、ダリドラは視線をより鋭くする。

 当然だろう。自分の命を狙った者達の情報を手に入れられるかどうかの瀬戸際だというのに、その情報を全く自分に寄越さないように見えるのだから。

 当然ダリドラは、オウギュストがあらゆる手段を使って捕虜から情報を得ているものだと思っている。

 それは大前提としてあるのだが、そこにオウギュストとダリドラの致命的な差があった。

 人道的なと言ってもいいオウギュストと、目的の為には手段を選ばないダリドラ。

 だからこそ、ダリドラはオウギュストが対立している自分を不利にする為に情報を漏らさないのだと考える。


「私には情報を渡せない、と?」

「は? いえ、ですからそもそも情報を知らないんですよ。それなのに情報を渡すも何もないでしょう?」

「……後悔しますよ? 寧ろ、今回の襲撃を企んだのがオウギュストさんだと考えてしまわざるを得ません」

「だから、そもそも情報が……」


 これ以上は話していても無駄だ。

 そう判断したダリドラが立ち上がろうとした瞬間……


「ひっ!」


 いきなり目の前に巨大な刃が姿を現し、ダリドラに驚愕の声を上げさせる。

 そして刃を見た瞬間にダリドラの背後に立っていた護衛が動こうとするが……それよりも前に、レイは手にしていたデスサイズを再び操り、護衛達を牽制するようにその刃をダリドラの首筋へと突き付ける。

 レイが少しでも手を動かせば、ダリドラの首はあっさりと斬り裂かれ、その命を終えるだろう。

 そう思える程の鋭利な鋭さを持つデスサイズを前に、護衛達は動くことが出来ない。

 自分達の中で最も腕の立つナルサスがここにいれば……そう思わないでもなかったが、この場にいない人物をどうこう言っても仕方がない。

 今の護衛達に出来るのは、何とかレイの隙を突いてダリドラの首に突き付けられているデスサイズの刃を外すこと。

 それなりの広さがあっても、ここが室内なのは変わらない。

 そうである以上、レイの身長より巨大な長物であるデスサイズは取り回しに難がある筈だった。

 それは異名持ちの冒険者であっても変わらない。

 ダリドラの護衛達はレイがデスサイズを使って部屋の家具で動きが鈍った瞬間に一斉に攻撃にでると視線で合図を固めるが……次の瞬間にはダリドラの首に突き付けられていたデスサイズは姿を消していた。


『……』


 唐突なレイの行為に刃を突き付けられていた張本人のダリドラだけではなく、護衛の者達までもが何が起きたのか分からずに動きを止める。


「取りあえず落ち着いたな? いいか、良く聞けよ? 何か勘違いしているようだが、捕らえた男は本当に何も情報を知らない。これは嘘でも何でもない、純然たる事実だ」


 まぁ、その尋問しているところを俺が見た訳じゃないから、実は何か言ってるのかもしれないけど……と、内心で思うも、それを口にするような真似はしない。

 ともあれ、レイの突発的とも呼べる行為により、一触即発だった部屋の中の空気はいくらかでも落ち着いたものになった。……どちらかと言えば、レイの行為に呆気にとられてそんな気分ではなくなったという方が強いのだが。

 そんなレイの様子に、ザルーストは右手で顔面を覆いながら溜息を吐く。

 唐突なレイの行為に驚いたが、そんな驚きよりも更に大きかったのはレイがいつデスサイズを取り出したのかがまるで分からなかったことだ。

 自分とレイの間に大きな実力差があるのは理解していたが、それでもまさかデスサイズを取り出す行為すら確認出来なかったとは……と。

 アイテムボックスから何かを取り出す行為はレイと知り合ってから何度も見てきた。

 だが、今のレイの行為は全くそれとは違う。言うなれば、戦闘用の取り出し方と言うべきか。

 デスサイズを取り出してから構えてダリドラの首に刃を突き付けるのではなく、アイテムボックスからデスサイズを取り出したその行為がダリドラの首に刃を突き付けるという行為そのものだったのだ。

 実際に攻撃が行われる直前まで武器を手にしていない。

 そんな恐怖をザルーストは味わっていた。

 ……そして当然その行為の意味はダリドラの護衛達も理解している。

 自分達が束になって掛かっても、まず倒すことは不可能だろう相手だと改めて認識してしまう。

 それでいながら顔を覆って心労に耐えているザルーストに対し、レイが仲間にいるというだけでも疲れるのだと、妙なところで納得してしまった。


「さて、取りあえず落ち着いたところで改めて話し合いといこうか」


 落ち着いた? どこが!? というのが、レイ以外の者達の心の声だろう。

 だがそんな心の声にレイは気が付かず、ソファへと腰を下ろすのだった。

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